それは野生の感ですか?
バネッテ様を見てから、マイガーさんの様子が変だ。
そう気づいたのは、殿下にバネッテ様が見つかったことを報告して執務室を出ようとした時だった。
バネッテ様を喰い入るように見つめているのだ。
まさか、マイガーさんが一目惚れなのではないか?
そうならバネッテ様がお婆さんだということは、言わない方がいいのかもしれない。
そう思った瞬間、マイガーさんはバネッテ様の手を掴んだ。
「な、何だい!」
飛び上がりそうに驚くバネッテ様にさらに顔を近づけたマイガーさんはぽつりと呟いた。
「もしかして、婆ちゃん?」
私もだが、バネッテ様も息を呑んだ。
「な、何で解ったんだい?」
思わずバネッテ様の口から言葉が漏れた。
「目が一緒。俺、婆ちゃんの目好きだからさ!」
それは、野生の勘というやつでは?
私がそう思ってるうちにマイガーさんはバネッテ様の手を掴んだままニコニコ笑っている。
バネッテ様の顔が赤い。
「あらあらまあまあ! マー君ったらうちの娘が照れちゃうから手を離してあげて」
リーレン様が助け舟を出すがマイガーさんは首を傾げた。
「手を繋ぐのなんて、よくやってるよね?」
マイガーさんにとっては、若くても年寄りでも関係なく自分の知っている〝婆ちゃん〟という人物でしかないのではないか?
マイガーさんを意識させるのは思った以上に難しいのかもしれない。
「い、いつもやめろって言ってるだろ!」
手を揺らしてマイガーさんの手を振り払おうとしているバネッテ様。
それはなんだか微笑ましくて、お似合いにしか見えない。
「どういう状況だ?」
二人を微笑ましく見ていると、殿下が横にやってきた。
「バネッテ様はうちの養護施設にお婆さんの姿で薬を売りにきてくれていたんです。灯台下暗しというやつですわね」
殿下はしばらく二人を見つめていたが、思い出したようにいった。
「老人の姿でいたということは、好きな人とは同じような老人ということか?」
殿下、大外れもいいとこである。
手を揺らしていたマイガーさんの動きが止まった。
あの場にマイガーさんもいたからバネッテ様が好きな人ができたから廃坑を出てこの街にきたことは解るが、相手が誰かなんて直ぐには解らないのだ。
「婆ちゃんの好きな人ってどいつ?」
マイガーさんがニッコリ笑顔で聞く。
「関係ないだろ!」
素直になれないバネッテ様。
だが、それは照れているだけにしか見えない。
何故かマイガーさんの笑顔が深くなる。
「そいつが婆ちゃんを幸せにしてくれるやつなのか見極めたいから……ね、教えて」
どう見ても笑顔なのに、殺気が漏れ出ているのが、私にも解る。
バネッテ様は好きな人に好きな人を聞かれてプチパニックでマイガーさんからの殺気に気づいていない。
「とにかく、手をお離しよ」
「だって、まだ婆ちゃんの好きな人聞いてないもん」
マイガーさんは聞くまで手を離す気はないようだ。
バネッテ様が困っているのは明白だ。
「マー君、その子は私の子で今再会を楽しみたいのよ。だから、返して」
リーレン様はそう言いながらマイガーさんの手を振り払い後ろ手にかばった。
「マー君はうちの子がお気に入りみたいだけど、覚悟はあるのかしら?」
「覚悟?」
「ドラゴンに関わる覚悟よ」
マイガーさんはキョトンとした後言った。
「ドラゴンと関わる覚悟ってやつは解らないけど、婆ちゃんを看取る覚悟はあるよ」
今度は周りがキョトンとする番だった。
リーレン様が首を傾げる。
「看取る?」
この言葉は、ある意味プロポーズのような言葉だ。
「俺は婆ちゃんに沢山愚痴ったりお菓子もらったりよくしてもらってきたから、婆ちゃんが死ぬまで側にいたいって思ってるの! だから、婆ちゃんの好きなやつを見極める権利があると思う」
「マー坊、それは私がドラゴンだって解る前のいつ死んでもおかしくない婆さんだと思っていたからだろ?」
バネッテ様は信じられないと言いたげだ。
「そうだけど……婆ちゃんがドラゴンでそう簡単には死なないって解っても婆ちゃんの事看取るのは俺だと思ってるんだよね」
「できもしないくせに!」
バネッテ様はイライラしたように言った。
「できないかなぁ?」
マイガーさんは不思議そうだ。
いや、普通に考えたら無理だろう。
「マイガー、ドラゴンの寿命は長い。看取るには何百年も生きなくちゃいけないってことになるんだぞ」
殿下の言い分はもっともだ。
だが殿下にマイガーさんはニッコリ笑って見せた。
「何百年生きられるかは解らないけどさ、俺バンシーの血族だから結構長生きできると思うんだけど」
「「あ!」」
私と殿下は同時に思い出した。
彼の母親はいつまで経っても若く美しい。
彼なら数百年生きられそうな気がする。
「マイガーがそんな風に思える人が現れたことが俺は嬉しい。応援するぞ、兄弟」
殿下がマイガーさんに兄弟と言っているのを初めて聞いた。
いや、そうじゃない、マイガーさんの言い分は今のところ祖母のことを考える孫の域を出ていない。
それは、私だけでなくリーレン様とバネッテ様も感じている。
そうじゃないのだ。
恋愛感情を持って欲しいのだ!
ここはひとまず撤退した方がいいんじゃないだろうか?
私とリーレン様はアイコンタクトをして執務室のドアの方に向かい言った。
勿論、バネッテ様の腕を掴んだ状態でだ。
「とにかく、覚悟は解ったわ! でも、こっちの覚悟は決まってないからまた今度ね〜」
それだけ言うと私とリーレン様はバネッテ様をひきずるようにして執務室から逃げ出した。
作戦を練り直さなければならない。