廃鉱の中には……
長らくお待たせいたしました。
廃坑の中は入り組んでいて、横穴が沢山あり目印をつけなくては迷子になりそうだ。
壁に小さくバッテンを描きこんで歩く。
「離れて歩くと危ないから、皆固まって歩けよ」
殿下の言葉はもっともである。
こんな迷路のようなとこではぐれたらパニックになってしまいそうだ。
少し怖くて殿下の手を掴む。
「ユリアス?」
「は、はぐれたくないので」
殿下はしばらく黙って繋いでいる手を見つめてからニカっと笑った。
ドキッとするからやめてほしい。
「あ、ズルイ! お嬢、俺もはぐれたくないから手繋いで!」
マイガーさんが手を出してきた。
「お前は大人しく前を歩いてろ」
「ズルイズルイズルイ!」
「煩い、狭いんだから前を歩け」
口を尖らせるマイガーさんを軽く蹴りながら前に進む殿下。
思わず笑ってしまったのは許してほしい。
その後しばらく歩いていると、さらに前を歩いていたドラゴンの二人が足を止めた。
「どうかなさいましたか?」
「この奥が一番奥なんだけど……」
なんだか歯切れの悪い二人にマイガーさんが先に奥に奥に向かう。
私達もその後に続いて奥に向かった。
そこには綺麗な鉱石がキラキラと輝く広い空間があった。
「綺麗」
思わず声が漏れた。
「だが、小竜とはいえドラゴンがいるようには見えないが?」
殿下の言葉にそう言われてみればと思う。
私達はその空間の中を小竜がいないか探し回ったがいそうになかった。
「やっぱりいないのね」
後ろからゆっくりとやってきたリーレン様とハイス様がため息をついた。
「どこにいるか、心当たりはここしかないのですか?」
「そうなのよ。殺されたりとかでないといいのだけれど」
リーレン様の言葉にハイス様がグッと息を呑んだ。
私は何か手がかりがないかさらに探し回った。
「リーレン様、壁に傷がついていますが戦闘の跡でしょうか?」
私がそう言えばハイス様が近づいてきてその傷に触れた。
すると、その傷が淡く緑色に光った。
「これは、ドラゴンの文字だ」
「なんと書かれているのですか?」
ハイス様はそれを読むと近くにあった岩を素手で砕いた。
何が書かれていたのか、怖くて聞けない。
「あらあらまあまあ! 好きな人ができてここを出て行くって書かれてるわね」
リーレン様の言葉にハイス様が二個目の岩を砕いた。
「あの子に恋愛なんて早すぎる」
ハイス様の顔は父親の顔になっていた。
「あら、ハイスは反対なの? 私にとってのハイスみたいな存在をあの子は見つけたのよ! ただ、あの子が何に恋をしたのかにもよるわね」
何にとはどういうことだろう?
「ドラゴンはドラゴン同士で番うのではないのですか?」
私が首を傾げると、リーレン様が苦笑いを浮かべた。
「そうとは限らないのよ。私達は変化の力があるから」
姿を変えられる生き物を探すのは大変だと、周りが絶望に変わる。
「ユリちゃんに宝物庫を見せてあげたかったけど何も残ってないみたい。ごめんなさいね」
リーレン様の言葉に何かが引っかかった気がした。
「この鉱石は宝じゃないのですか?」
私はキョロキョロと周りを見渡した。
「こんな石はどこにだってあるわよ」
人とドラゴンとではやはり価値観が違うようだ。
「帰りましょっか」
悲しそうなリーレン様にかける言葉も見つからず、私達は家路をとぼとぼと帰ったのだった。
諦めません。
街に帰ってきてからもリーレン様とハイス様は暫く城に滞在することになった。
少しでも娘さんが見つからなかったことを慰めたくて、無理をいって接待させてもらっているのだ。
驚いたのは、お父様とハイス様が娘が嫁にいく辛さを毎晩語り合いながらお酒を酌み交わしていることだ。
「嫁にとか言ってるけど、あの子の恋が実ったかすら解ってないのに、あれはお酒を飲みたいだけなのよ」
リーレン様も呆れている。
「リーレン様の娘さんがどんな感じのドラゴン様なのか聞いてもよろしいでしょうか?」
私とリーレン様は毎日のようにお茶会を開いていて、少しずつ私はリーレン様達の娘さんの情報を手に入れていた。
「あの子はグリーンドラゴンで植物を育てたり動かしたりできるの、素敵でしょ」
「はい」
「あの子はまだまだ恋愛なんてしないって勝手に思ってたからビックリしちゃったわ」
私だって、殿下を好きになるなんて思っていなかった。
心境の変化とは突然である。
「お名前はなんとおっしゃるんですか?」
「バネッテよ」
私の知り合いにはいない名前で少し残念だ。
「好きな食べ物とかはどうでしょうか?」
「私の作るこの蜂蜜の飴が大好きで、一人で暮らすことになった時作り方を教えたの……懐かしいわ〜」
リーレン様はしばらく物思いにふけってから優雅にお茶を飲み言った。
「あの子が好きになったのはドラゴンじゃないし、上手くもいってないと思うの」
母親の勘というやつなのか、絶対そう! とリーレン様は言い張った。
「だって、上手くいってたら連絡ぐらいしてくると思うの! ハイスにはなくても、私には素敵な彼氏ができました! って言うはずなの。それが無いんだから、上手くいってないのよ」
リーレン様はクッキーをムシャムシャ食べてお茶を飲み続けた。
「それに相手がドラゴンだったら廃坑を出て行く必要がないでしょ! 相手がドラゴンなら、やっぱり私達に報告があるはずよ! それが無いんだから」
「相手はドラゴンではなく、お付き合いされている可能性も低いというんですね」
私もお茶を飲みながら考えた。
難しすぎる問題である。
「まあ、すぐに傷つくことになるでしょうね」
「え?」
「ドラゴンは寿命が長いじゃない。人は寿命が高々百年足らずでしょ」
私は思わず首を傾げた。
「待ってください。相手は人間なのですか?」
今度はリーレン様が首を傾げた。
「だって、好きな〝人〟ができましたって書いてあったじゃない」
言われてみればそうだ。
人であるなら、探し出すことができないとは言い切れなくなる。
まず、探すならマイガーさんの父親である宰相閣下の領地だろう。
あの廃坑の近くにある家を中心に新しく一人暮らしを始めた女性とかを調べよう。
「リーレン様、人の姿になっていてもドラゴンだと解る特徴とかはありませんか?」
リーレン様は腕を組んで考えてから言った。
「無いわ」
少し期待していただけにガッカリしてしまったのは許してほしい。
「でもあの子は擬態が苦手だから首の後ろにウロコがアザみたいに残ってしまうの」
それならいけるかもしれない。
「ユリちゃんはまだ頑張って見つけるつもり?」
「はい。勿論です」
リーレン様は寂しそうにお茶のカップを見つめながら言った。
「もう、いいのよ。高々百年の片思いだわ。いずれ連絡もくるでしょ……だから」
私はテーブルを叩くようにして立ち上がった。
「私は諦めません! 私は、リーレン様達をもう家族だと思っているんですわ! だから、バネッテ様はすでに私の姉のようなものなのです! それなのに一度も会ったことがないなんてことが許されますか?」
私の気迫に目をパチパチさせて驚くリーレン様。
「私は絶対に諦めません」
私の力説が終わると、リーレン様は声を上げて笑った。
そんなにおかしなことを言っただろうか?
「じゃあ、ユリちゃんに任せようかしら」
「お任せください! 必ずやいいお話をお持ちできるように頑張らせていただきます」
私はその場で拳を握りしめリーレン様に誓ったのだった。
その後、私は自分の店の工房に寄り職人のみんなに言った。
「先日、鉱石を沢山持ち帰りましたよね。あれでネックレスとチョーカーを作ってほしいのです」
廃坑の奥にあった鉱石はドラゴンにとってあまり価値が無いと聞いたため、拾えるものを持って帰ってきていた。
ハイス様が複雑な感情を岩にぶつけていたので結構な量が取れた。
護衛二人にマイガーさんも持ってくれたし、殿下も荷物を持ってくれたので大量に持ち帰れたのだ。
「小さいものだけでいいので安いコストでお願いします」
ネックレスやチョーカーを、安く売りあわよくば首の後ろもチェックできるって戦法である。
「明日までにデザインを描いてもらえませんか? 無理を言ってすみません」
私が謝れば、職人達は豪快に笑い各々の机や鞄からデザインの書かれた紙を持ってきた。
「姫様に提案したいデザインは皆腐るほど持ってるんだ。明日までになんて時間いりませんぜ」
私は感動しながらデザインを確認。ダメ出しをしながらもデザインも決まりすぐに作業に入ってもらった。
職人の頑張りによってネックレスとチョーカーは三日で用意することができた。
無茶なお願いをしたのが、いいものが揃った。
勿論休みとボーナスをプレゼントしたのはいうまでもない。
四日目には宰相閣下の領地でネックレスとチョーカーを格安で売り歩いてもらったが、成果は売り上げだけだった。
勿論、情報収集もしたが、首にウロコのようなアザがある女性の情報は得られなかった。
それに、彼女が巣にしていた廃坑はラオファン国との境目のためラオファン国側かもしれない。
私は直ぐにムーラン様に手紙を出して、同じように首にウロコのようなアザがある女性を探してもらったがやはり見つからなかった。
「俺も店に来る女性に聞いてるけど、知らないってさ」
マイガーさんも積極的に探してくれているが、なかなか見つからないものだ。
どうしたら見つけることができるのだろうか?
私は頭を抱えていた。
「私達のためにごめんなさいね。はい、飴ちゃんでも食べて疲れをとって」
リーレン様に口の中に飴を入れられて思った。
本当に美味しい飴である。
蜂蜜をそのままとじこめたような優しくて、懐かしい味の飴。
「疲れは取れた?」
「この飴、回復薬でも入っているのですか?」
リーレン様はクスクス笑った。
「入って無いわ。甘い物は疲労に効くからよ」
疲れが溶けて行くような甘み。
これを商品化できたら……
でも、蜂蜜は貴重品だから商品化は難しいだろう。
こんなに美味しい飴なら高級品として貴族にブランド価値をつけて売ることはできるかもしれない。
現実逃避をしてしまった。
今は商品開発ではなく、グリーンドラゴンを見つけるのが先である。
「ユリちゃんは、本当にいい子ね」
リーレン様は私の手にヒンヤリとした何かを握らせた。
手を開いて見れば、水色なのに角度によって七色に輝く石のようなものがあった。
「それ、私のウロコ。水につけると、水を凍らせることができるわ。これをユリちゃんにあげる」
「そんな貴重なものを何故私に?」
リーレン様はニコニコ笑った。
「ユリちゃんがずっと言ってくれてたでしょ。私達は家族だって、それって私達からしたら凄く嬉しいことなのよ。化け物って言われたり、失神されるのが普通なの。だから、ユリちゃんみたいに家族だと思ってくれて、娘まで探してくれて、嬉しくて嬉しくて」
リーレン様の瞳から涙がポロポロと溢れ、その涙は綺麗な結晶になって床に転がった。
「ユリちゃん、バネッテはいずれ見つかるから無理しないでね」
リーレン様にそう言われ、はいそうですかと諦められるわけがない。
だって、リーレン様は家族なのだ。
娘を心配していないわけじゃない。
「いいえ、私はバネッテ様を見つけます。そして、恋の応援をしたいのです! 恋は素晴らしいものです。私もようやくそのことを知りました。だからこそ、応援したいのです」
「ユリちゃん」
私とリーレン様はしばらくの間抱き締めあった。
仕事を終えた殿下が顔を見せにきた時ギョッとされてしまったが仕方が無いと思う。
それに、リーレン様の涙の結晶が凄く綺麗だと言ったら全部くれた。
後後知ったが、この結晶はドラゴンの涙というまんまの名前で希少価値の高い最高級の宝石だったらしい。
直ぐにイヤリングとネックレスに加工したのだが、リーレン様には恥ずかしいから止めてほしいと言われた。
気に入って毎日つけているのは決して嫌がらせではない。