装備は早めに揃えましょう
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リーレン様の話では娘さんの住んでいる場所は大体解るもののここという確信のある場所ではないと聞いた。
「それなら私も探すのを手伝いますわ!」
「本当! 嬉しいわ〜」
リーレン様はすごく喜んでくれたが、殿下が不満そうにこちらを見ている。
「殿下?」
「ユリちゃんを私に盗られて拗ねちゃってるのよ」
リーレン様がクスクス笑う。
それは、嫉妬というやつだろうか?
少し嬉しい。
「もう、そんな顔しないの! ユリちゃんの代わりにハイスを貸してあげるから!」
リーレン様の真後ろに常に寄り添うハイス様も殿下も似たように嫌そうな顔をしている。
「リーレン、そういうことじゃないと思うぞ」
ハイス様の言葉にリーレン様は頬をプクーっと膨らませた。
可愛らしい姿を微笑ましく思う。
話を戻して、リーレン様達の娘さんが、住んでいるのはこのパラシオ国とラオファン国の境界線にある鉱山だという。
その地域はラオファン国から友好の証としてパラシオ国に贈られたもので、森ばかりで未開拓の場所。
私も鉱山だということを知らなかった場所である。
「廃坑の更に奥に巣を作ったって連絡が来てから連絡が取れなくなってしまったの」
「廃坑ですか」
はっきりいってそんなところに廃坑があることすら知らなかった。
自分の国の利益になる場所は全て把握していると思っていた私にとっては寝耳に水の話だ。
「ユリアス、大丈夫か? 顔色があまり良くないぞ」
殿下が心配そうに私の顔を覗き込む。
「鉱山なんて、宝の山を私は今まで気づかずにいたなんて……悔しすぎる」
「心配して損をした気分だ」
殿下の呆れ声を無視して私はリーレン様に笑顔を向けた。
「リーレン様はその鉱山が何故廃坑になったのかご存知ですか?」
「娘のせいね。あの子人間嫌いで鉱山で働いていた鉱山夫達を脅かせたみたいなの。そのせいで凶暴なドラゴンの出る山だって話になって廃坑になったみたい。しかも、ドラゴンの加護のあるパラシオ国ならドラゴンの出る厄介な場所も喜ぶだろうとラオファン国に程よく押し付けられたみたい。一帯の土地と一緒に友好の証しといってね。フフフ娘の通り名は人食いドラゴンなのよ! 笑っちゃうでしょ!」
全然笑えない話を聞いた気がするのは私だけだろうか?
見れば殿下の顔色も悪くなっているから、笑えない話で間違いないだろう。
「心配しなくてもユリちゃんは私達が守るわ」
なんとも心強い言葉だ。
「あの、殿下は守っていただけないのでしょうか?」
「ルーちゃんは私の加護があるし、娘に攻撃されても死にはしないでしょ?」
私は攻撃されたら直ぐに死んでしまうってことなのだと理解した。
「自分は大丈夫なので、必ずユリアスだけは無傷で守ってください。お願いします」
真剣にドラゴン二人に頭を下げる殿下に愛しさがつのる。
「無傷で守れとは、ルドニークも愛がなんたるかを理解したのだな」
ハイス様が優しく笑顔で頷いている中、殿下は眉間にシワを寄せて拳を握って力説した。
「守る守るといっておいて、傷一つでもつければ莫大な慰謝料を請求されるのは目に見えています。ユリアスがタダで死ぬとは思えませんが、生死の問題よりも慰謝料の方が恐ろしい。なので、必ず守ってほしいのです!」
殿下のあんまりな言葉に思わず小さな舌打ちをしてしまったが許してほしい。
「ルーちゃん、流石にユリちゃんに失礼よ」
なんとも言いづらそうにリーレン様に注意されていたが、殿下はむしろリーレン様に言い聞かせるように両肩を掴んで言った。
「ユリアスはか弱いだけの人の子とは違うのです。味方にすればこれほど心強い人間を他に知りませんが、敵になったらこれ以上怖い生き物はいないのです!」
あんまりにも言い過ぎじゃないだろうか?
「ルドニーク、言い過ぎてその娘に嫌われてもおかしくない状況だと理解しろ」
肩を掴まれグラグラと揺さぶられてフラフラのリーレン様を慌てて殿下から奪い取ったハイス様は殿下を叱り付けた。
「すみません。取り乱しました」
「謝るならその娘に謝れ。お前の番いだろう」
ハイス様の言葉に殿下がこちらを見たが、日頃の行いからいっても言われて仕方がないのは明白である。
「大丈夫ですわ。私が常に慰謝料請求いたしますと言い過ぎたのがいけないのですから」
「自覚があったことに驚きだ」
舌打ちしたい気持ちを我慢した自分を褒めてあげたい。
「とにかく、娘様のところに行くのが先決です。準備いたしますので数日お時間をいただけませんか?」
こうして私は二日の猶予をもらい準備を始めることになった。
目的地は深い森の奥にある鉱山だ。
人数は最小限。
ドラゴン二人と私と殿下は決まりである。
私の護衛のルチャルさんとバリガさんはお願いだから連れて行ってくれと土下座された。
基本殿下が一緒の時は席を外してくれる二人だが流石に今回は危ないと思ったらしい。
実際森は深いし、通り名とはいえ人食いドラゴンのいる鉱山に護衛無しとは言えないのだが、置いて行かれると思ったのか二人とも綺麗な土下座だった。
後はマイガーさんがくることが決まった。
理由はその土地が宰相閣下の領地で、閣下の息子であるマイガーさんはその森で遊んだことがあり、案内ができるといったからだ。
「それに、面白そうじゃん」
そういって笑うマイガーさんを見て護衛の二人が信じられない者を見るような目で見つめていたことを私は見なかったことにした。
服は山登り用にズボンを履くことになった。
初めてする格好にワクワクする。
靴も編み上げの頑丈なブーツをにしたし、荷物も軽くて持ち運びが便利なものを用意した。
準備万端だと思っていた私にマイガーさんがいう。
「誰か怪我したとか病気になったとかなると困るから婆ちゃんに頼んで薬を用意していくといいね」
マイガーさんのいう婆ちゃんとは養護施設にくる薬売りのお婆さんのことだ。
彼女の持ってくる薬はどれも品質が高い。
大量購入したいところだが、お婆さんが個人で作っているから量産は出来ないと断られた経験がある。
それに彼女の作るお菓子が美味しすぎて小さい時は彼女が薬を売りにくるのが嬉しくて仕方がなかったものである。
それはマイガーさんも一緒で彼女が薬を売りにくると婆ちゃん婆ちゃんと沢山話しかけて懐いていた。
いや、むしろ今も懐いている。
そんな彼女の薬があれば安心してドラゴン探しに行けそうな気がした。
お守りの安心感よりも実用的な薬の方が安心できる。
私はすぐにマイガーさんを連れ立って町外れに住むお婆さんの家に向かった。
お婆さんの家は小さな一軒家で庭には雑草のようにハーブが植っていて、入口のドアの横に小さな窓がありその小さな窓からも薬を買うことができる。
あまり利用はされていないが、頼めば医者のように診察もしてくれるのだという。
私が小さな時からお婆さんはお年を召していたから、長生きしてほしいと願わずにはいられない人である。
「婆ちゃんいる?」
マイガーさんは躊躇うことなくお婆さんの家のドアを開けて中に入っていった。
「勝手に入ってくるんじゃないよ! ビックリして心臓が止まるかと思っただろ!」
お婆さんの元気そうな声に安心して、私もマイガーさんの後を追った。
「おやおや、今日はお嬢さんも一緒かい」
ニヤリとシワのある顔に笑みを浮かべて、こっちにおいでといって彼女は私達を奥に案内した。
「今日はいったいどんな話なんだい?」
お婆さんは私達にハーブティーを淹れながら言った。
「ドラゴンに会いに行く旅に出るんで、婆ちゃんの薬を持って行きたいってお嬢に頼んだ」
「ドラゴン? そりゃ大変だ! ドラゴンなんてこの辺にいたかね?」
お婆さんは部屋に飾ってあった近隣の諸国の地図を見た。
「婆ちゃん、この森の奥にあるここら辺の山にいるんだって」
マイガーさんは地図に近づき指を指してこの辺だと教えた。
「……こんなところにドラゴンがいるのかい? 仕方ない、常備薬を見繕ってあげるから待ってな」
お婆さんは私達の前にお菓子の載った籠を置いてから奥に行ってしまった。
その籠の中からクッキーを手にとり口に運ぶとサクサクとした食感とハーブのいい匂いが口に広がり幸せな気持ちになる。
「美味しい」
私が思わず呟けば、マイガーさんは嬉しそうに頷いた。
「本当、婆ちゃんのお菓子は何食べても美味いよね!」
「流石の私も独り占めしたいとうっかり思ってしまうぐらいお婆さんのお菓子は美味しいですわ」
私がしみじみいうと、マイガーさんがお菓子の箱の入った籠を抱えてしまった。
「それはダメ! 婆ちゃんのお菓子は俺のです〜」
小さな子どものように籠を抱えているマイガーさんの背後からお婆さんが現れ、パシリとマイガーさんの頭を叩いた。
「何やってるんだい! お嬢さんにもちゃんと分けてあげな!」
お婆さんに頭を叩かれて、ドMのマイガーさんは嬉しそうだったがお婆さんは気づいていないようだった。
「すまないね〜お嬢さんもたんとおあがり」
「ありがとうございますわ」
お婆さんは笑顔で私の頭を乱暴に撫でてから、持ってきた薬をテーブルの上に乗せて一つ一つ丁寧に薬の説明をしてくれた。
「薬には限りがあるんだ…無理だけはするんじゃないよ!」
本当に見た目と違って優しい人である。
「それにしても、そのあたりのドラゴンとはね。確か人間嫌いのドラゴンが住んでるって聞いたことがあるよ」
「ご存知なのですか?」
お婆さんは苦笑いを浮かべた。
「亀の甲より年の功といってね、年寄りは物知りだって相場は決まっているんだよ」
「どんなドラゴン様なのか聞いてもよろしいですか?」
お婆さんは自分の顎を数回撫でてからいった。
「確か緑の力を操るドラゴンだって聞いたね。植物を動かして生き物を捕まえたり、森の木を動かして迷子にさせたりするんだろ?」
初めて聴く情報に興味津々の私とマイガーさんを見てお婆さんはアハハハっと笑った。
「マー坊もお嬢さんもいくつになっても変わらないね〜そんなにババァの話が面白いかい?」
「お婆さんのお話はいつも面白いですわ」
「俺も婆ちゃんの話好き!」
「……ありがとうよ。でも、本当に気をつけるんだよ! ドラゴンの宝を奪うと国が滅ぶって言われているからね」
別に見せてもらうことはあっても取ろうとまでは考えてはいないから大丈夫なはずだが、一応頷いておいた。
「何か残ってるといいね」
お婆さんは小さく呟いた。
それは、ドラゴンに跡形もなく消し去られてしまう可能性があるということだろうか?
かなり不安のある言葉だったが、お婆さんは同行するメンバーに、ドラゴンが二人もいることを知らないから仕方がないと理解した。
こうして私達は薬を手に入れたのだった。
明日、四巻発売です!