建国記念
お待たせして申し訳ございません!
そして迎えた、建国記念日。
私と殿下はあれ以来まともに顔を合わせていない。
それぐらい忙しかったのだ!
国の一大事と言ってもいいほど、準備はギリギリで兄も最後の方は抜け殻のように生気がなかった。
なので、全てが終わった後は兄の恋人であるマニカ様を旅行に招待しようと手はずを整えてある。
私の店の方は、うちの従業員が優秀だったおかげでだいぶ進んでいて、従業員全員にささやかながらボーナスを支給することを決めている。
そのため、私もお兄様のサポートにまわることができた。
厳かな雰囲気の中始まった式典。
街はお祭り騒ぎで色とりどりの花びらが飛び交う。
我が国の建国記念日は本当に美しい。
獣人のお客様は、十人程度だが踊る人々や飛び交う花びらが珍しいようで皆が口をポカーンと開けて驚いている。
「シュナ様、どうです? 我が国自慢の祭事は?」
「綺麗!」
私は嬉しくなっていろんなところにシュナ様を連れて行った。
この日にしか売られないお菓子のお店。
この時期にしか咲かない花を見て、広場で踊る人々を眺める。
この場に殿下がいないのが凄く寂しい。
殿下は殿下で色々な仕事がいっぱいで、式典の間の警備の陣頭指揮も執っているのだと言う。
「ユリアス姉様? 寂しい顔してる?」
本当にシュナ様は感情の変化に敏感だ。
「国に帰ってからルド様に会えてませんので」
「これは、秘密って言われてるんだけどね!」
シュナ様が突然言った話に私はかなり驚いた。
「ルド兄様、寝る前に僕の部屋に来て、今日は何をして遊んだか聞くの! なんでだと思う?」
「何故でしょう?」
「そんなことも解らないの?」
そんなこととはどんなことだろうか?
「やっぱり、殿下はシュナ様が好きで何をしていたか気になるのでしょうか?」
シュナ様は納得いかない顔で言った。
「違うよ! ユリアス姉様が何をしていたのか知りたいからだよ! 直接会えないから、僕と何してたか気になるんだよ!」
私がパチパチたまばたきをすると、シュナ様はニコッと笑った。
「で、最後に、『簡単にユリアスに抱きついたりするなよ』って言って帰ってくの! ルド兄様僕がユリアス姉様に抱きつくの嫌なんだって!」
「何が嫌なのでしょう?」
フーっとシュナ様は息を吐くと言った。
「僕も気になって聞いたの」
シュナ様は ニシシっと笑った。
「『俺だって数えるほどしかユリアスを抱きしめたことが無いのに子供だからってズルいだろ!』って言ってたよ! ルド兄様も中身は子供っぽいな〜って思ったの」
シュナ様はニコニコしながら続けた。
「でも、本当に可哀想だから、今はユリアス姉様に抱きつかないようにしてるよ!」
言われてみれば、最近はシュナ様に抱きつかれていない。
子供っぽい話なのかもしれないけど、私には嬉しい情報でしかない。
「今度、ルド兄様に会ったら抱きついてあげるといいよ!」
私はクスクス笑って頷いた。
「ええ、そうします」
「聞いたからね! 絶対だよ!」
シュナ様と私は、次に殿下に会ったら抱きつくことを約束したのだった。
その日の夜、私はシュナ様とほかの獣人様をある場所に連れてきていた。
我がノッガーの庭に作ったガラス張りの建物に椅子と飲み物、軽食を用意した。
「これは何?」
そして、大事な物を皆さんに配った。
「コルクでできた耳栓ですわ」
「耳栓?」
私は皆様に耳栓が行き渡ると言った。
「これから、建国記念名物打ち上げ花火が上がります! 打ち上げ花火は皆様が嫌いな火薬を使った光の花です」
周りの獣人様達が心配そうな顔になる。
「この建物の中は火薬の臭いを防ぐために、そして、耳栓は音を軽減するためにあります。皆様が嫌いなものも実は使い方次第で人々の心を癒す美しい物になるということを知って欲しいのです。では、耳栓を装着して下さい。楽しい時間をどうぞごゆっくりお楽しみください」
私はそう言って建物を出た。
それとほぼ同時にぴゅ〜っという音とともに花火が上がった。
外からでも、獣人の皆様がビクッと肩を跳ね上げ、花火が開くと目を奪われるのが解った。
シュナ様がピョンピョン跳ねて喜んでいるのが解ってこのガラス張りの建物を作った甲斐があったと思わせた。
私はゆっくりとその場を離れた。
実際花火は綺麗だが、ただ、できることなら殿下と一緒に見たかった。
私はゆっくりと自室に戻った。
自室の窓からも花火はよく見えた。
「会いたい」
小さく呟けば、寂しさが更につのる。
その瞬間、私は背後から誰かに抱きしめられた。
咄嗟のことに悲鳴を上げそこなってしまった。
「誰に会いたいんだ?」
その声に思わず悲鳴を上げたくなった。
殿下だ。
声だけで解ってしまうなんて私はどれだけこの人が好きなんだ?
「俺にだったら嬉しい」
「……不法侵入ですわ」
「解ってる。後で慰謝料請求でもなんでもしろ」
通常であれば、こんなこと許せることではないのだが。その時の私は殿下が側にいてくれることだけでかなり幸せだと感じてしまっていた。
「会いたかった」
殿下は私の頭にキスをしてそう、呟いた。
「ここまで会えなくなるなんて思ってなかった」
「シュナ様に嫉妬なさっていたと聞きました」
殿下はチッと舌打ちをした。
殿下の舌打ちは初めて聞いた。
「秘密だと言ったのに」
「それを聞いたら、殿下に会いたくなりました」
「からかうためじゃないだろうな?」
この人は本当に警戒心が強い。
「私、言ったはずですわ。殿下の情けないところを愛しく感じていると」
「俺も言ったよな? 君には格好悪いところは見られたくないと」
私達は暫く黙るとクスクスと笑った。
「花火が綺麗だ」
「打ち上げ花火をやりたいと王妃様に頼んだ甲斐がありました」
私達は暫く抱き合っていたが、私は殿下の腕をこじ開けて、殿下の腕から逃げ出した。
「嫌だったか?」
「嫌ですわ」
そう言って私は殿下を正面から抱きしめた。
「こっちの方がいいです」
「可愛いすぎる」
殿下は何やら呟くと私を強く抱きしめてくれた。
「どこでこんな技をおぼえた?」
「技なのですか?シュナ様と、殿下に次に会えたら抱きつくという約束をしていました」
「シュナには後でカリカリクッキーを買ってやる」
私と殿下はクスクスと笑い、そのまま花火を眺めた。
花火が終わり、シュナ様達の元へ殿下と二人で向かうとシュナ様がニコッと可愛い笑顔を見せてくれた。
「ユリアス姉様、約束守れた?」
殿下はそんなシュナ様の頭を乱暴に撫でるとニッと笑った。
「シュナにはカリカリクッキー買ってやる!」
「え? 上機嫌すぎてルド兄様気持ち悪い!」
シュナ様の言葉に殿下はシュナ様を指差して私に聞いた。
「一回殴っていいか?」
「ダメですよ」
殿下は不満そうにフンっと鼻を鳴らした。
「ユリアス姉様嬉しそう、ユリアス姉様が嬉しそうだと僕も嬉しい!」
そう言って、シュナ様は私に抱きついた。
「こら、シュナ! それをやるなって言ってるのが解らないのか!」
シュナ様は不満そうに口を尖らせた。
「ユリアス姉様はそんなことじゃ怒らないもん! ルド兄様のケチ!」
「ケチだと言うなら言えばいい! ユリアスは俺のだ!」
大人気ない殿下に私は思わず吹き出してしまった。
笑う私を見て、殿下も柔らかい笑みを浮かべた。
なんて穏やかな時間だろうか!
私はそんな幸せを噛み締めるのだった。




