帰国パーティー
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化粧を直し、殿下にはついてしまった口紅を落としてもらいパーティーに出ることが出来たのだが、さっきから殿下が私の腰に手をまわして離してくれない。
「ルド、ユリアス嬢をダンスに誘いたいから手を離せ」
「嫌だ」
「子供か?」
私が殿下を見上げると、殿下は緩んだ笑顔を私に向ける。
甘い空気に体温が上がる気がする。
「ルド、お前は国に帰ってもユリアス嬢に会えるが俺は暫く会えない。ダンスぐらい誘ってもバチは当たらんだろう?」
「ユリアスに気のあるやつに、いや、今は誰にもユリアスを触らせたくない」
「嫉妬深いやつは嫌われるぞ」
呆れたように言うジュフア様を、尻目に殿下は心配そうに私の顔を覗き込む。
「嫌いになるか?」
パオ様バリに可愛く首を傾げる殿下に私は両手で顔を覆った。
「な、なりません」
甘い。
滅茶苦茶殿下が甘い。
「口から砂糖が出そうなのですが」
「人の口から砂糖は出ないぞ?」
伝えたいことがイマイチ伝わっていない。
「殿下の空気が甘すぎて」
私が二の句を続けられずにいるとジュフア様が呆れ顔で言った。
「胸焼けしそうだ」
「羨ましいだろ?」
殿下のドヤ顔にジュフア様がぐぬぬっと唸っていた。
「と、とにかく、最後にユリアス嬢と踊らせてくれ」
「殿下、私行ってきますわ」
私がそう言うと、殿下はだいぶ嫌そうな顔をした。
そんな顔をしてもらえるだけで嬉しくなってしまう自分は末期かもしれない。
しぶしぶ私の腰から手を離す殿下に少し安心する。
が、殿下は私をもう一度引き寄せて私の頭にキスを落とした。
何が起きたのか気づいた時には私の顔は真っ赤だったに違いない。
「浮気するなよ」
「し、しません」
殿下はへにゃっと笑って私をジュフア様に預けた。
「いつのまにあんな嫉妬深い男になったのですか?」
「いつでしょうか?」
はい。つい先程からです。
私は遠くを見つめてそう思った。
でも、殿下のこの執着を嬉しいと思っている自分に一番驚いている。
「ああ、ユリアス嬢が離れた途端にルドは女性に囲まれていますね」
ラオファン国に来たばかりの頃は殿下が女性に囲まれているだけでモヤモヤしていたのに、今は何も気にならないのが不思議だ。
心穏やかな私はジュフア様と他愛のない話をしながらダンスを楽しんだ。
「また、ラオファン国に来てくれますか?」
「ええ。この国はまだまだ売れそうなものがたくさんありますから」
私がそう答えればジュフア様は安心したように笑った。
「俺は貴女が好きだ。まだまだチャンスはあると思ってもいいだろうか?」
ジュフア様の真剣な表情に私は苦笑いを浮かべた。
「その答えは前と変わりません。チャンスはきっと無いと思います。ビジネスは別ですけれどね」
「こう言ってはなんだがルドは、ああやって常に女性に囲まれる。そんな男を貴女は信じられるんですか?」
私はクスクスと笑った。
「ジュフア様〝信じられる〟じゃないのです。私は〝信じたい〟のですわ」
私がそう言えば、ジュフア様はフーッと息を吐いた。
「そうですか、本当、ルドのやつが羨ましい」
「いずれ、ジュフア様にも素敵な伴侶が見つかりますわ」
「俺は貴女が良かった。残念だ」
ジュフア様の言葉は本当にありがたいものなのだと今の私は知っている。
自分の思いに相手が応えてくれることなんて奇跡に近いのだ。
一人では制御できない思いに、相手が応えてくれるなんて凄いことだ。
ダンスが終わるとジュフア様は私をきちんと殿下の元までエスコートしてくれた。
「ずっと踊っていたかった」
熱っぽく私を見るのはやめてほしい。
「次は、ビジネスの話がしたいですわ」
「ははは。そうですね」
どうか、ジュフア様の気持ちに応えられない自分を許して欲しい。
「ルド、有意義な時間を過ごせた。感謝する」
ジュフア様が女性達をかき分け、私を殿下の元へつれていってくれた。
殿下は私を見ると柔らかく笑って私に手を伸ばした。
「お帰りユリアス」
本当に殿下が甘くて困る。
「た、ただ今戻りました」
私がおずおずと返せば、殿下は定位置と言わんばかりに私に近づき、さっと私の腰を引き寄せた。
「で、殿下」
「なんだ?」
「そこまで、くっつかなくともいいのでは?」
殿下はキョトンとした顔で言った。
「気持ちが通じたのに、遠慮して周りにユリアスを奪うチャンスがあると思われたら困る」
この人、平然と何を言っているのだろうか?
「君は俺の気持ちをみくびってないか?」
殿下は真剣な顔でわたしを見つめた。
「俺は、階段落ちで俺のために泣いてくれた時から、いや……初めて君と会った時からかも知れないと思えるほど君が好きなんだ。それが今や気持ちが通じ合っている。これは奇跡みたいなことだ」
殿下の言葉に私は驚いてしまった。
だって、そんな前から私を好きだなんて……。
「ユリアスは諦めて俺の側にいろ」
殿下はそう言って笑ってから困り顔になった。
「それに、国に帰ったらローランドとマイガーに邪魔されて指一本触らせてもらえなくなるのは目に見えているんだ。今ぐらい許してくれ」
殿下の情けない言葉に私が吹き出してしまったのは仕方がないことだと思う。
「あ! ユリアス姉様!」
そう言って背後から現れたのはシュナ様だった。
遠くの方でインスウ様がコソコソシュナ様を見ているのが見えたが、見なかったことしようと思った。
「ユリアス姉様、これ美味しいよ」
お皿いっぱいの食べ物をモグモグしているシュナ様は可愛い。
だが口の周りがソースで凄いことになっている。
私は近くのウエイターに紙ナプキンを頼み、シュナ様の口をぬぐった。
「ありがとうユリアス姉様……で? ルド兄様はどうしてユリアス姉様にぴったりくっついてるの?」
「えっ?」
私が動揺する中、殿下は真剣な顔でシュナ様に言った。
「俺とユリアスは番だからだぞ」
「番じゃしょうがないね!」
シュナ様を一瞬で納得させるなんて、殿下は凄い。
「そんなことより、シュナは大丈夫か? インスウ王子からストーカ行為をされてないか?」
殿下の言葉にシュナ様は首を傾げて言った。
「遠くから観察されてるだけだから大丈夫」
するとシュナ様の後ろに控えていたミーヤさんがにっこりと笑って言った。
「次、シュナ様に何かしようものなら……もぎますから」
何をだろうか?
私が何をか聞こうか迷い殿下の方を見ると殿下の顔は少し青くなっていた。
どうしたのだろうか?
見ればジュフア様も少し顔色が悪い。
とりあえず、掘り下げてはいけない話だということはわかった。
「ユリアス様には後で教えて差し上げますね!」
ミーヤさんが、私に気がついてくれてそう言ってくれた。
世の中には知らなくていいことがたくさんあると後々思うことになるのだがそれはまたべつの話である。
「シュナ殿は、この後国に帰るのか?」
「ううん! パラシオ国の建国記念の、式典に出るからパラシオ国に行くよ!」
「「あっ!」」
私と殿下は同時に声を上げた。
お互いに建国記念を忘れていたのだとわかる。
「殿下、準備は」
「は、半分くらいか?」
「ヒッ」
私が恐怖におののくと殿下は遠くを見つめた。
「ローランドに殺される」
「明日、朝一で帰りましょう。バハル船長には悪いですが緊急事態です。呼び出しましょう。大丈夫です。我がノッガー伯爵家が絶対に間に合わせますから!」
「頼もしい」
殿下にそう言われ私はシュナ様の肩を掴んだ。
「シュナ様、明日は朝一から船に乗りますが、シュナ様は寝起きが悪いので今日は船でおやすみいただきますね」
「え?」
「ミーヤさん、シュナ様の出立の準備は?」
ミーヤさんはキリッと立ち直すと言った。
「既に出来ております」
私は笑顔を作った。
「よろしい。シュナ様、お腹いっぱい食べられましたか?」
「う、うん」
「それは、ようございました。ミーヤさん、シュナ様を船に」
「は、はい。シュナ様、逆らったらヤバイの解りますよね〜行きましょうね〜」
シュナ様は苦笑いを浮かべてミーヤさんと会場を去っていった。
「ジュフア様。今回は本当に充実した時間をありがとうございました。諸事情のためこれにて帰国したいと存じます。本当にありがとうございました」
殿下はジュフア様の手を掴むとブンブンと振った。
「緊急事態のため、これにて失礼する。後で手紙を書くからな。ありがとう」
挨拶が終わると、私と殿下は足並みをそろえて会場を後にした。
徹夜で荷物を船に乗せ、遊びまわるバハル船長を捕まえて出航したのは日の出前。
殿下とバハル船長(二日酔い)が必死に風の魔法を使い、その日の夜中にパラシオ国の港に着けたのは本当の奇跡だと私と殿下は思った。
勿論、パラシオ国は建国記念日の準備でてんてこ舞い。
なのに一人王子が不在のせいで溜まった仕事を、お兄様が必死にフォローしてくれていた。
そのため、殿下も私もこっぴどく叱られたのは言うまでもない。
イチャイチャしてますか?