女子会にようこそ
『勿論、慰謝料請求いたします!』マンガ二巻発売です!
改めてムーラン様に頼み、私はパオ様を呼び出してもらいお茶会をすることになった。
今、パオ様は精神的に追い詰められている。
きっと今しか仲良くなるチャンスはないだろう。
相手は女性である。
きっと、我がノッガー伯爵家の扱っているドレスも宝石も雑貨も興味を持ってもらえるだろうから、船から粗方の商品を取り寄せた。
シュナ様達はパオ様には興味がないというので殿下とジュフア様にお菓子作りを教えてもらうらしい。
男性同士で可愛らしいお菓子を作る姿はなかなかシュールである。
ジュフア様のお菓子は美味しいのでシュナ様も喜ぶだろう。
私も朝からキッチンを借りてパウンドケーキやマドレーヌをラオファン国の特産のフルーツやナッツ類を入れて焼き上げていた。
今回のお茶会に出すためだ。
気に入ってもらえたらこの国で店を出すのもいいかも知れない。
ノッガー伯爵家がこの国でもブランド化していると解ったのは、ラオファン国に自分の足で出向いた甲斐があった。
この国でも、仕事をしてくれる手駒は多い方がいい。
と、いう訳でパオ様に白羽の矢が立ったのだ。
そのため、私はおもてなしの準備を頑張ったのだった。
午後のお茶の時間に合わせて開かれたお茶会ははっきり言って、重苦しい空気から始まった。
パオ様は顔色が良くない。
何故か?
と聞かれたら、このお茶会のメンバーが私とムーラン様とパオ様、それにランフア様だったのだ。
南の島の国王との顔合わせは成功したようで、終始ニコニコしているランフア様にパオ様は怯えているのだ。
聞いた話だがこの国で姫の中では、長女であるランフア様が一番権力を持っている。
ランフア様は基本ムーラン様以外の姫を視界にすら入れないのだと噂されている。
側室ではなく正妻の子供がジュフア様とランフア様とムーラン様だけだから他の側室の子供は眼中にないみたいだと噂されているのだ。
そのせいかパオ様の緊張は計り知れない。
「ランフア様、南の島の国王とは何事も無く顔合わせが出来ましたか?」
私が切り出した言葉にランフア様の顔がパーっと明るくなった。
「ええ。素晴らしい旅になったわ!」
そう言ってお茶を口に運んだランフア様は本当に美しく見えた。
「お役に立てて、よかったです」
私がランフア様に笑顔を向けるとランフア様はフンっと鼻を鳴らした。
「で、貴女はそこに座っているパオに嫌がらせをされたんですって?」
ランフア様がチラッとパオ様を見るとパオ様の肩がビクッと跳ねた。
「いいえ。パオ様に意地悪などされていません。勘違いですわ!」
「ルドニーク様に相応しくないと詰め寄ったと聞いたのだけど?」
ランフア様の圧力にパオ様が涙目でプルプル震え始めた。
この前はポメラニアンかと思ってたけど、チワワのようだ。
「ルド様に相応しくないのは解っています。事実ですから」
私の言葉にランフア様は深いため息を吐いた。
「ユリアス、相応しい相応しくないじゃないのよ! ユリアスはルドニーク様をどう思っているの?」
「そうよ! そうよ!」
ランフア様の言葉にムーラン様は、前のめりの体勢になった。
私は暫く遠くを見つめてから口を開いた。
「……す、好きです」
私の言葉にランフア様もムーラン様も満足そうな顔をした。
「な、何故なんですの? ランフア姉様もムーラン姉様もどうしてその女の肩を持つんですの?」
パオ様は今にも溢れそうな程の涙を瞳に宿したまま、そう言った。
「勝てないからに決まってるじゃない!」
それに答えたのはランフア様だった。
「女の世界って周りが思っている以上に弱肉強食の世界なのよ! 弱い女は生きられない。そんな世界で私はユリアスに負けたわ」
ランフア様の言葉にパオ様は唖然としている。
「負けた弱者がどんな扱いを受けるか、貴女もよく解っているでしょ?」
パオ様は俯いてしまった。
「そんな弱者にユリアスは手を差し伸べてくれたの。私だったら負けた人間なんて二度と視界にも入れたくないし、どんな人生を送ろうが関係ないって思うのに、ユリアスは違うのよ」
ランフア様は慈愛に満ちた笑顔でそう言った。
買い被りすぎだ。
ランフア様は私の本性に気がついていないのだろうか?
「でも、でもその人ルドニーク様を〝歯車〟などと言ってるらしいのです!」
チワワのようなパオ様に庇護欲をそそられそうになる私をよそに、ムーラン様がフンッと鼻を鳴らした。
「パオ、貴女全然解ってないわね! 〝駒〟と言われたんじゃなく〝歯車〟と言われることがどれほど重要か! まあ、私もシャオラン公爵に聞いたんだけど……」
ムーラン様はテーブルをバンバン叩きながら言った。
「〝駒〟はただ動かすだけでいい存在のことを言うの! だけど〝歯車〟は決められた場所に決められた大きさでのみ動けるって事!」
「は、はぁ?」
よく解って居なそうなパオ様にムーラン様は眉間にシワを寄せてさらに叫んだ。
「要するに! 壊れたり無くなったら困るってことよ! いてくれないと困る存在って言ってるのと同じなのよ! 解った?」
改めて言われると恥ずかしいのでやめてほしい。
「私だって! ユリアス様の〝歯車〟になりたいわ!」
「ムーラン、落ち着きなさい。ユリアスが困っているわ」
ランフア様に窘められムーラン様は落ち着いたようだった。
「悪いわねユリアス。最近ムーランは貴女に仕事をもらって生き生きしているの。ユリアスやムーランを見ていると、この国の女性に足りないものをまざまざと見せつけられている気がするわ」
私はクスクスと笑った。
「ランフア様が心配せずとも、ムーラン様を見ていればムーラン様に憧れて仕事をしてみたいと思うご令嬢が増えると思いますわ! だって、ムーラン様はキラキラしてますもの。ラオファン国は宝石の産地ですから、キラキラしたものがお好きでしょ? 自分をキラキラさせたくなるに決まってますわ」
私がそう言えばランフア様とムーラン様がクスクスと笑ってくれた。
「私、ルドニーク様にはフラれたけど、ユリアスと出会うためだったのなら仕方がないって今は思っているのよ」
「私もよ! ユリアス様に出会えたのは一生の宝物だわ!」
褒め殺されそうだと思ったのは初めてである。
パオ様は本当に不思議そうに首を傾げていた。
「パオ様、少しリラックスできるようにお菓子をどうぞ」
私はクッキーとマドレーヌの載った皿をパオ様の前に置いた。
「食欲がないわ」
パオ様は私から視線を逸らした。
「パオ、食べなさい」
ランフア様が無表情に言い放てば、パオ様は慌ててクッキーを手に取り口に放り込んだ。
「ランフア様、無理強いはいけません」
私がそう言えばランフア様は拗ねたように口を尖らせた。
可愛らしい限りである。
「パオ様、どうですか? お口に合いましたでしょうか?」
パオ様に聞けば、パオ様は目をパチパチと瞬きした。
「くっ、悔しいけど美味しいですわ!」
私は嬉しくなって緩んだ笑顔を作った。
「よかったですわ。私のお手製のお菓子なんですのよ」
私の言葉に、ランフア様もムーラン様もパオ様も同じように目を見開いた。
こういうところは血筋を感じる。
「お手製ってユリアスが作ったの? パティシエに頼んで作らせたのではないの?」
ランフア様はクッキーを一枚つまみマジマジと見つめてから口に運んだ。
「美味しいわよ! どういうこと?」
褒める気があるのか無いのかはっきりしてほしい。
「うちは商品開発も私が携わっているものが多いのですわ! 説明する行程を省くために自分で作って味見をしてもらうのです。クッキーとパウンドケーキには乾燥させたイチジクを入れています。ラオファン国の特産だと聞いたので」
私は説明をしながらパウンドケーキを切り分け人数分の皿に分けた。
「ユリアス様って本当になんでもできるのですね?」
ムーラン様がしみじみ言うので、私は首を横に振った。
「私は、恋愛については本当に未熟ですわ」
はっきり言って、殿下との距離は近くて遠いものだ。
歩み寄り方を誰かに指南してほしいくらいだ。
「ユリアス、貴女あんなにルドニーク様に愛されているのに何を言っているの?」
「?」
「気づいていないとか言わないわよね?」
殿下は私を愛してくれている。
それは解っている。
「なぜ、殿下は私なんかを愛してくれるのでしょうか?」
殿下は私が舌打ちしても、レポートを書かせても最終的に許してくれる。
「私は殿下に対して、褒められた態度をとったことがないのです。嫌われてもおかしくなくて、婚約破棄と言われたらと最近では……怖いと感じるようになりました。」
私が気持ちを話すとランフア様とムーラン様がニヤリと笑った。
「ユリアス、貴女、ルドニーク様にそれを全部言いなさい」
「お姉様の言う通りだわ! ルドニーク様に捨てられたくない! ってはっきり言った方が絶対に良いわよ!」
私は二人を見つめて言った。
「私は一度婚約破棄をされています。いわゆる傷物令嬢ですわ。そんな私が、〝捨てられたくない〟などという我が儘を言ったら、殿下は私を面倒な女だと思うかもしれません」
私がそう言えば、その場にいた私以外の全員が深いため息を吐いた。
「ねえ、貴女! ルドニーク様の愛が信じられないの?」
パオ様が私を困った子を見るような目で見つめてきた。
「私の元婚約者様は、〝真実の愛〟に目覚めたのだと言って他の女性と恋仲になったのです。 もし、殿下に〝真実の愛〟の相手が現れたら……」
私の言葉にランフア様がフンッと鼻で笑った。
「なによそれ! そんなやつと、ルドニーク様を一緒にしないでちょうだい! ルドニーク様はそれはそれはいい男なのよ! なにが〝真実の愛〟よ! そんなに心配なら貴女がなればいいのよ! 〝真実の愛〟の相手に」
ランフア様の言葉に私はキョトンとした後、クスクスと笑ってしまった。
「なにがおかしいのよ! ムカつくわね!」
ランフア様が頬を膨らませて怒るのを見て、私は更に笑ってしまった。
「ユリアス! 貴女失礼よ!」
「申し訳ございません」
そうか、私がなるのか!
私はモヤモヤしていたものが全部晴れていった気がした。
「ランフア様、本当にありがとうございます」
「何がよ! 笑ったくせに!」
「私、やってみます。〝真実の愛〟の相手になってみせますわね」
私がそう、宣言するとランフア様だけでなくムーラン様もパオ様も頷いてくれた。
「皆様、ありがとうございます」
私がお礼を言えば、皆様が同じように笑ってくれた。
その後、三人から女の技というものをたくさんレクチャーされた。
首を傾げる角度とか涙を浮かべるすべなどは本当に怖いと思った。
顔を見上げることでさえ上目遣いという技なのだと聞いてこの三人は、これまでどんな弛まぬ努力を積んでいたのだろうか? と尊敬にも似た気持ちになったのは言うまでもない。
「貴女! こんなに何も知らずに、よくルドニーク様の婚約者になれたわね!」
中でもモテ仕草のエキスパートはパオ様だ!
角度や目線の位置、立ち位置からボディタッチのタイミングまでありとあらゆる仕草が計算されているのだと知った時は恐怖すら覚えた。
「貴女は好きな人に、最高に可愛いと思われたくないの? ダイエットだって食べないだけで痩せようとしたらリバウンドで更に太ることだってあるのよ! 弱音を吐くんじゃありません」
しかも、結構な鬼軍曹ぶりである。
私はメモを必死でとりながら、はい! はい! と返事を返した。
そして、決めたのだ。
「パオ様、ダイエットセミナーの講師をするつもりはありませんか?」
「ダイエットセミナー?」
「世の中には体重の悩みを抱えた女性がたくさんいます! そんな世の中の女性に美しさを導く伝道師として講演などを行うのです!」
キョトンとするパオ様を尻目に、私は続けた。
「まずは、本を出しましょう! 題名は『女性の美しさは1日にしてならず』または、『ダイエットは女性を救う』などはどうでしょう? 自分で良い題名があれば遠慮なく言ってくださいね」
これは売れる。
私は高笑いをしたい気持ちだった。
「私、本を出せるほど文才はないわ!」
慌てたように言うパオ様に、私はニヤニヤ笑いながら言った。
「大丈夫ですわ。私が抱えるエッセイストに代筆させますので、必要なことを箇条書きしましょう! 私がとったメモもありますし! 売れる! これは売れますわ‼︎」
私が耐えられずに高笑いをすると三人にドン引きされたのは私達だけの秘密だ。
女子会をそろそろお開きにしようかと話し始めたころ、殿下とジュフア様とシュナ様が、こちらに顔を出した。
どうやらみんなで焼いたシフォンケーキを持ってきてくれたようだ。
「ユリアスは迷惑をかけていなかったか?」
シフォンケーキをテーブルに置きながら殿下が言った言葉にランフア様達姉妹は呆れたような顔をした。
「迷惑だなんて、ルドニーク様はユリアスを何だと思ってらっしゃるの?」
不満そうなランフア様に殿下は首を傾げた。
「パオ姫まで呼んでお茶会だろ? 何か金になる匂いを嗅ぎ取ったということではないのか?」
その場に居た全員を一遍に黙らせることが出来るなんて本当に殿下は凄い。
「どうだ? 金になりそうか?」
「ええ、パオ様と本を出せそうですわ」
「本か。またお抱えの作家が増えるな」
「いえ。バナッシュさんに代筆を頼む予定ですわ」
殿下はキョトンとした顔の後、呆れ顔を作った。
「元婚約者の婚約者をこき使い過ぎじゃないか?」
「それはそうですわ。こき使ってさし上げなければ、私への慰謝料がいつまで経っても返済されませんもの」
殿下はフーっと息を吐いた。
「ほどほどにしてやれよ」
「勿論、私は従業員には優しいのですよ」
「こき使うくせにな」
私と殿下は暫く黙ると同時に吹き出した。
本当に殿下は凄い。
こんな他愛のない会話ですら私を簡単に笑顔にするのだから。
「ユリアス姉様!」
私達が、笑い合っていると、シュナ様が、私に抱きつこうとしてきたが殿下に首根っこを掴まれ阻まれていた。
「ユリアスに簡単に抱きつくなと何度言えば解る?」
「ルド兄様のケチ! ちょっとぐらい、いいじゃん!」
「ちょっともダメだ! このエロガキ」
シュナ様はほっぺをプクーと膨らまして言った。
「ユリアス姉様を寝室に連れ込んでチューしようとしてたルド兄様の方がドエロでしょ!」
「バカ!」
殿下が慌ててシュナ様の口を塞いだが間に合っていない。
「お前は何てことを言うんだ!」
叫ぶ殿下の背後から剣を振り上げる私の護衛のバリガとそれを止めるルチャルの姿が見えたが見なかったことにした。
「ジフ、誤解だぞ!」
これまた表情の無い顔で腰に差していた剣を抜こうとするジュフア様に気がついた殿下が、シュナ様を抱えたままジリジリと間合いを取っている。
「状況は偶然だし、未遂だったからしてない!」
必死に説明している殿下をよそに、ジュフア様が剣を抜いた。
「落ち着けジフ!」
「偶然で寝室に連れ込むやつがどこにいる?」
殿下は周りをチラッと確認すると小さく呪文を唱えるとシュナ様を抱えたまま、文字通り飛んで逃げた。
「風の魔法ですわね」
私が悠長に殿下が飛んで行った方を見ているとジュフア様が剣を鞘に戻すと、慌てたように私の元までやってきた。
「ユリアス嬢! 本当に未遂だったのですか?」
「はい」
私が笑顔を向けるとジュフア様は安心したように息を吐いた。
「ユリアス! 何故そんな大事なことを黙っていたの!」
そこに、ランフア様の声が響いた。
「どんなに女性がアピールしてものらりくらりと躱していたルドニーク様とキスするチャンスがあったなんて!」
ランフア様の言葉にジュフア様の顔が複雑に歪む。
「ユリアス! 不安なんてもの感じずとも既成事実を作ってしまえばこっちのものよ!」
「ラ、ランフア? 何を」
「お兄様は黙ってて!」
ランフア様は悪役顔負けの企んだような悪い顔をしていった。
「ユリアスいい? そんなチャンスがこれからたくさんあるのだから、恥ずかしがってモジモジしている間に飽きられ浮気なんてことになったらどうするの?」
飽きられて浮気される?
なんて恐ろしい話なんだ?
「だからこそ、チャンスを逃してはダメよ! 解った?」
ランフア様の声の圧力に、私はコクコクと頷くほかなかった。
読んで下さりありがとうございます!