隣国の姫ランフア
長らくお待たせして申し訳ないです。
シュナ様とミーヤさんをうちの従業員にまかせ、私はランフア様が待つという貴賓室に殿下と一緒に向かった。
ドアをノックして、中から許可を告げられるのを待つ。
暫くするとドアが内側から開きランフア様が顔を出した。
自らドアを開けたようだ。
今までなら考えられない行動である。
「ユリアス。待ってましたわ」
親しみ深げに笑顔を向けてくれるランフア様を見つめた。
ランフア様は私の後ろにいた殿下を見ると顔を真っ青にして部屋のドアを閉めた。
「殿下、威嚇するのは止めて下さいませんか?」
「威嚇なんてしていないぞ」
私は殿下をひと睨みするとドアを開けた。
ランフア様はソファの陰に隠れるように蹲っていた。
「ランフア様大丈夫ですわ。殿下には威嚇しないように言いましたから」
ランフア様はソファの陰から立ち上がると殿下に向かって深々と頭を下げた。
「私、本当に申し訳ないことを致しました」
殿下は慌てたように私を見ると言った。
「これは誰だ?」
「どう見てもランフア様ですが?」
「ランフアは謝ったりしない」
殿下の言葉にランフア様はゆっくりと言った。
「私、これまでの人生全てを反省致しましたの」
殿下が信じられない者でも見るような目を向けている。
「ユリアスからいただいた世界の美女図鑑に書かれていた美女達の末路。反省と慈悲深さを軽んじて処刑された者は数知れないとルドニーク様は知ってらっしゃる? それを読んでから心を入れ替えたのですわ」
私はオルガさんが用意してくれたお茶をテーブルに並べながら言った。
「で、ランフア様。今日はどうして此方に?」
「お礼を言いに」
そういうとランフア様はソファに座りお茶を飲み始めた。
「お礼ですか?」
「そう、お礼よ。ルドニーク様と婚約できなかった私には国に居場所なんてないはずだったわ。でも、あの本を読んで危機感……心を入れ替え侍女や執事も一個人として接することができるようになり今では私を前以上に大事にしてくれるようになったの」
「それは良かった」
ランフア様はクスクスと笑った。
「貴女が手紙に書いたのでしょう『自分がされて嬉しいことをする。自分がされて嫌なことは誰でも嫌なはずです』と。私がされて嬉しいことを周りにすると凄く驚かれて凄く心配されるのよ! ルドニーク様にフラれて心が洗われたのだ! なんてことを言う輩まで出てくる始末だわ」
国に居場所が無いなんて悲しい。
そうならないように私ができることをしただけである。
ただ、忠告しただけだが。
「それに、わざわざ南の島の国王との婚約の話まで。本当にありがとう」
そう、私はツテを使いランフア様を好きそうな王族を探し出した。
まあ、私のツテを使えば結構簡単ではあったのだけど。
「そんな貴女に相談があるの」
ランフア様は居住まいを正すと真剣な顔をした。
「今、ラオファン国は次期国王の座に就くのは、お兄様と第二王子であるインスウ王子二人のどちらか一方だと言われているの」
ラオファン国の第一王子のジュフア様と腹違いの第二王子インスウ様は国の中でも力が強いらしい。
ランフア様の話では、国の要である宝石の採掘事業にジュフア様は力を入れていていて、それを完全に否定しているのがインスウ様らしい。
採掘の仕事は本当に危険な仕事なのだという。
そのため怪我や死に繋がってもおかしくない仕事だ。
ジュフア様は日夜そんな採掘現場の安全性を高めるため現地視察などをして現場で作業している人達からの信頼が厚いらしい。
それに引き換え、インスウ様は危険な仕事を国民にさせたくないと主張して人気を集めているのだ。
私から言わせてもらえるなら、仕事をしなくては収入が無くなるのだから生活できなくなるんじゃないのだろうか?
本当に国民のことを想うなら、安全性を考えているジュフア様は至極まっとうである。
「お兄様が負けることなんて絶対にないと信じてるけれど、私は結局ルドニーク様と結婚できなかったし、足手まといにしかなれないのよ。だから、貴女にお兄様の力になってあげてほしいのよ!」
ランフア様は本当にジュフア様が大好きなのだ。
「私にできることであれば喜んでお力になりますわ」
私の言葉にランフア様はニコニコと笑った。
「本当は貴女にはお兄様と結婚していただきたいのだけど……ルドニーク様! 睨まないで下さいませ」
私が殿下を見れば殿下はプイッとそっぽを向いてしまった。
「貴女がお兄様の力になってくれるとわかっただけで、少し安心したわ」
ランフア様は冷めたお茶を飲み干した。
「実はこの後南の島の王様と顔合わせをするの、どんなに年をとっていようとも不細工であろうとも必ず私にメロメロにさせてみせるわね」
ランフア様が儚げに笑った。
私はすぐにオルガさんを呼び出した。
「南の島の王様のことを調べたのは?」
「私でございます」
「そう、姿絵とかは無いのかしら?」
「簡単でよければ描きますが?」
オルガさんは羽根ペンにインクを浸すとサラサラと絵を描き始めた。
ものの十分ほどで描き上げた姿絵は本当に写真のようなできだった。
筋肉質で逞しい感じの美丈夫だと解る。
「今年三十歳、髪は金髪で肌は褐色の美しい王ですが、確か南の島は一夫多妻制だったはずなので、今は一人も妻がいないようですがランフア姫様が嫁がれた後に複数妻を娶る可能性があります」
ランフア様はオルガさんが描いた姿絵を抱きしめた。
「大丈夫だわ! 私のお父様だって側室が沢山いるもの。ユリアス、何も返せない私に色々してくれて本当にありがとう」
私はクスクス笑いながらランフア様の手を両手で握った。
「ランフア様、何も返せないわけがございませんでしょう? ランフア様には南の島でしか手に入らない果物や織物、ドレスにアクセサリー等々我がノッガー伯爵家との輸入の架け橋になっていただかなくては」
ランフア様は目をパチパチと閉じたり開いたりしていた。
「何を言っても、ランフア様が幸せになって下さるのが一番です。応援していますわ」
私に励まされたランフア様は、上機嫌で港に向かった。
ランフア様が居なくなってから殿下は深いため息をつくと呟いた。
「君は猛獣使いか何かなのか?」
「いいえ、私は殿下の婚約者ですわ」
それを聞いた殿下は困ったように笑ったのだった。
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