人前のイチャイチャは控え目に願います
お兄様がマニカ様に惚れ込んでしまってからマニカ様は困惑気味である。
人前ではイチャイチャしないが、二人きりになると甘甘になるらしい。
嬉しそうにのろけてくるマニカ様は凄く可愛い。
困っているとは言うものの溢れ出る幸せオーラに説得力はない。
お兄様の甘甘話は妹としてどう聞いたものだろう?
だが、マニカ様からしたら私にしか言える人が居ないのだ。
なら、仕方ない。
マニカ様の、のろけ話をニコニコ聞いていると突然肩を掴まれた。
振り返れば、そこに居たのはムーラン様だった。
「ごきげんよう、ユリアス」
どんどん馴れ馴れしくなってくるムーラン様に苦笑いが浮かぶ。
「ごきげんよう、ムーラン様」
「まだ言ってくれないの?お姉様でしょ?」
うん。
面倒臭い。
「ムーラン様、ユリアスさんが困ってますわ」
「マニカって本当うるさい。ユリアスと私の間に入らないでくださる?」
「ユリアスさんに迷惑をかけなければ私だって口出しいたしません」
マニカ様が私を庇おうとしてくれたおかげで、ムーラン様は激怒だ。
「何を揉めてるんだ?」
そこに現れたのは、殿下とジュフア様だった。
「ジュフア殿下、ムーラン姫にユリアスさんを困らせるのは止めるように言って下さいませんか?」
「迷惑だなんて、私はユリアスと姉妹のような関係になりたいだけですのよ!」
ジュフア様は驚いた顔をしたあと、ムーラン様の頭を軽く撫でた。
「ユリアス嬢と仲良くなるのは俺も賛成だ」
マニカ様は眉間にシワを寄せると殿下を睨んだ。
「む、ムーラン姫、仲良くなるにしても適した距離を考えなければ逆効果ではないだろうか?」
殿下も焦ったのかありきたりな言葉を吐いた。
「でも、私がここに居られるのは短い時間なんですもの!出来ることをして何が悪いのかしら?ねぇ、教えてルドニーク様」
ああ、殿下がフリーズしてしまった。
可哀想に。
「とりあえず、昼食をいただきませんか?」
私はゆっくりと皆を誘導して座らせた。
「そう言えばお兄様は?」
「ローランドは俺達の分も食事を運んでくれている」
「お兄様に何をさせているんです?」
「剣術で俺に負けた罰ゲームだ」
殿下は困ったように笑った。
罰ゲームなら仕方がない。
「お待たせしました」
お兄様は腕まで使って器用にトレイを左手に二つ右手に一つ持ってやって来た。
お兄様、家が没落してもウェイターとして働けます!
私はそう確信した。
「悪いな」
「負けましたからね」
お兄様と殿下は本当に仲良しである。
お兄様は殿下とジュフア様の前に食事の載ったトレイを置いた。
「ローランド、私の横にどうぞ」
ムーラン様は甘い声でそう言った。
誰が見てもムーラン様がお兄様を狙っているのがバレバレだ。
「申し訳ございませんムーラン姫。僕の席は既に決まっていますので」
お兄様の席。
それは、私と殿下の間が定番である。
現に円卓である今の席はマニカ様に私そして一つ空いて殿下、ジュフア様の次にムーラン様だ。
ムーラン様の隣は二つほど空席である。
「ユリアス」
「はい、お兄様」
「一つずれてもらえるか?」
私が首を傾げると、お兄様は優しく笑った。
「マニカ様の隣を空けてくれ」
「あ、はい」
私が殿下の横に座り直すと、殿下が不思議なものでも見るかのようにお兄様を見ていた。
勿論ムーラン様も唖然と呟いた。
「ろ、ローランド?何故マニカの隣に………」
「ムーラン姫、何か?」
「な、何故マニカの隣に座るのです!」
お兄様はマニカ様に蕩けそうな笑顔を向けながら言った。
「いけませんか?」
「いけないわ!当たり前でしょ!ローランドは私の物になるはずなのに」
お兄様はキョトンとした顔で首を傾げた。
「ムーラン姫は僕を物だとお考えですか?ですが僕は人間で意思がある。貴女様はそんな簡単なことを理解してらっしゃいますか?」
お兄様はマニカ様に視線を移すとニコッと笑った。
「その点マニカ様は僕の能力を認め、支えてくださるとおっしゃいました」
お兄様を見つめて顔を赤く染めるマニカ様は可愛い。
「僕はマニカ様のために宰相になろうと思っています。そちらの国で暮らすつもりはありません」
ムーラン様は青くなって立ち上がった。
「気分が悪いわ」
ムーラン様が去っていくのを私たちは見送った。
「ジフ、追いかけなくて良いのか?」
「慰め方なんて知らん」
ジュフア様、それはないと思うよ。
「ジフ、側に居るだけでも良いと思うぞ」
「………………いや、いい。失恋も経験だ。それよりも食べよう」
ジュフア様はそう言って食べ始めた。
本当にそれで良いのか?
とりあえず、気まずい空気の中食事を始めた。
お兄様や殿下、ジュフア様の食べる速度は早い。
お兄様にいたっては早く食べてニコニコとマニカ様を眺めている。
居た堪れないとは………この事か?
「ユリアス、ローランドが可笑しい。注意してくれ」
「無理です」
マニカ様もなんだか食べ辛そうだ。
真っ赤な顔であまり口も開けられない状態で一所懸命でハムスターのようだ。
「ろ、ローランド様、食べ辛いですわ」
「では、僕が食べさせて差し上げましょう」
ああ、お兄様。
「ああ、ローランドが恋を知って馬鹿になった………」
殿下が横で頭を抱えてしまった。
可哀想に………
「殿下、お兄様はマニカ様に格好悪いところを見せられないのでこれからよく働くと思いますから………」
「ユリアス………ローランドもだが、俺にとってはマニカも幼馴染みなんだ………幼馴染み二人のイチャイチャを見させられる苦行が君には解るか?」
可哀想に………
とりあえず殿下はほおっておこう。
「それにしても、ジュフア様は良かったんですか?ムーラン様を追いかけなくて」
「今ごろ別の男探しでもしているだろう」
「失恋してすぐに次なんて考えられないのでは?」
普通は考えられないはずだ。
「我が国は、女性は男無しでは生きられないと言う風潮だ。安定の幸せは、男の質で変わる。そんな国の女なんだ俺の妹は………だからルド、頑張れよ」
「………何で今、俺に頑張れと言った?」
ジュフア様は苦笑いを浮かべた。
ああ、この国で一番の良い男は殿下で決まりってことね。
本人は可哀想が服を着て歩いているような人だけど………
「殿下」
「なんだ」
殿下の声は弱々しい。
「殿下は私が守ってあげます」
「………見返りに何を望んでいるのか先に聞こう」
純粋な気持ちで言ったのに。
どうやら私は殿下にタダでは動かない人間だと思われているらしい………当たり前か。
「パッと思い浮かばないので思い付いた時で良いですか?」
「イベント以外なら譲歩しよう」
私はゆっくり口元を手で隠した。
「舌打ちしようとしたろ?」
「しなかったので許して下さい」
「………そうだな」
殿下は私に苦笑いを浮かべて手を差し出した。
「たのむ」
「お任せください」
私が殿下の手を握ろうとするといつの間に現れたのかお兄様にその手を叩き落とされた。
「むやみに妹に触れるな」
「ローランドはマニカとイチャイチャしてたんじゃないのか?」
「マニカ様が一番大事ですが、妹も大事なので」
お兄様……素敵ですが、マニカ様だけ大事にしてくれて大丈夫です。
そう思ったのは仕方がない。
そのまま殿下が頭を抱え直したのは言うまでもないのだった。