起こしてくれるって言いましたよね?
あの日。
階段から落ちる時。
頭に浮かんだのは……
やり残した金儲けの企画。
死んでも死にきれないと思った時には衝撃とともにふわりと香る百合の花のような匂い。
起き上がってみれば私の下になって辛そうな顔をする殿下。
血の気が引いた。
声をかければ返ってくるが、辛そうな顔は代わらない。
ビックリしすぎて、涙があふれた。
「まあ!素敵!」
「………マチルダさん………参考になりますか?」
「勿論!ただ、スマートに助けられない時点で殿下はマイナスなので颯爽と助けた設定にします!」
私は今回の事件もマチルダさんに報告した。
ただ、殿下に悪い気もしている。
「スマートではなかったですが、とっても格好良かったですよ」
「惚れましたか?」
マチルダさんはニッコリ笑顔を作った。
「惚れるとはどんな感情ですか?」
「………へ?」
「私、惚れたら何か変わるんですかね?」
マチルダさんは目を見開いて言った。
「その人の顔を見たらドキドキしたり、テンパって素直になれなくなったりとかしたこと無いんですか?」
「ビックリはドキドキに入れても良いんですか?」
「ダメです」
ビックリのドキドキは解る。
「殿下がケガをしたかも知れないと思った時はどんな気持ちでしたか?」
「王族に対する慰謝料って、いくらぐらいかかるの?怖い!」
「………」
マチルダさんは深いため息をついた。
「殿下を好きですか?」
マチルダさんの言葉に私は少し考えてみた。
殿下は一緒にいると楽しい。
私が失礼な事を言うと怒……
いや、注意してくれる。
レポートも書いてくれたし、紹介状も書いてくれるって言ってくれた。
「殿下が困っていたら助けますか?」
「勿論!」
マチルダさんはニコニコしながら言った。
「殿下とお嬢様が好き合ってくれたら私は本当に嬉しいんですけどね」
「殿下にだって選ぶ権利があると思うの」
「お嬢様にだって!勿論、うちの息子でも良いんですよ」
私はクスクス笑いながら言った。
「マイガーさんにも選ぶ権利があります」
「お嬢様が選ぶならマイガーに拒否権なんてありません」
私とマチルダさんはクスクスと笑ってしまったのだった。
「って事をマチルダさんと話しました」
目の前には呆れ顔の殿下。
例のごとく、放課後バナッシュさんと婚約者様の逢い引きを記録しながら殿下に報告してみた。
「……そんなことまでネタにされるのか?」
「売れる匂いはします」
「………そうか、売れるのか………言っとくが、俺だって格好良く助けたかったんだ」
「充分、格好良かったですよ」
「………」
殿下が俯いてしまった。
耳が赤いからテレているのだろう。
「いきなりデレるのやめてくれ」
「………テレてる殿下は可愛いです」
「まったく嬉しくないんだが」
私は暫く黙ると言った。
「殿下は〝好き〟って解ります?」
「………まあな」
「私に詳しく教えてくれませんか?」
「嫌だ」
「何故?」
いつもだったら教えてくれる気がする。
「〝好き〟は自分で見つけるものだ」
「………解んないんだもん」
「解んないんだもん~じゃない……ユリアスが幸せになれる相手を選べ」
殿下はねっころがりながら本を読み始めた。
私は殿下の横にねっころがった。
「おい」
「殿下の目線が気になりまして」
「………勝手にしろ」
殿下の横にねっころがるとほどなく眠くなってきた。
「眠い」
「起こしてやるから寝ても良いぞ」
「ありがとうございます……」
私は程なくして眠りに落ちた。
誰かが怒鳴っている声で目が覚めた。
少し肌寒い。
目を開けると、どうやらお兄様が怒鳴っているようだ。
「殺す!お前は殺す!」
「誤解だ。話を聞いてくれ」
お兄様は激怒のようだ。
「おはようございます」
「ユリアス!君からも何もなかったと言ってくれ」
どういう事?
「ユリアス、正直に言うんだ!」
「何を?」
首をかしげて聞くと、お兄様はイライラしたように言った。
「ユリアス、殿下と仲良くお昼寝していたってのは本当か?」
………
「殿下も寝ちゃ駄目じゃないですか?」
「隣で寝息をたてられたらついウトウトしてしまって……」
「起こしてくれるって言ったのに」
お兄様の口元がヒクヒクしている。
私は慌てて姿勢をただした。
横を見れば殿下も正座させられていた。
「本当にお昼寝してました」
「ユリアス!いくら殿下が圏外でも殿下もユリアスを圏外とはかぎらないだろ!気を付けないと駄目だ!」
殿下のせいで滅茶苦茶怒られた。
「お兄様、ごめんなさい」
私が謝るとお兄様に頭を乱暴に撫でられた。
お兄様はイライラすると人の頭を触りたがる。
暫く撫で撫でされていると、お兄様は漸く落ち着いたみたいだ。
「次やったら殿下を沼に沈めますからね」
「はい。すまなかった」
殿下はかなりシュンとしてしまってちょっと可愛かった。
「ユリアス、殿下も男なんだ。男は狼になると言って、油断したら食べられてしまうんだ!」
え!狼になれるの?
見てみたい!
狼の毛ってフワモコ?それともサラ艶?
私はお兄様にむかって言った。
「モフれるんでしょうか?撫で回してみたいです!」
「………ユリアス………狼は比喩だ」
「本物の狼じゃ無いんですか?異国には獣人も居るじゃないですか?」
私の言葉に殿下とお兄様は深くため息をついた。
「ローランド、お前も苦労するな」
「こんなに世間に疎いとは……育て方を間違ったか?」
お兄様が頭を抱えたのを見て殿下がお兄様の頭をポンポンしてあげていた。
何だか、お兄様も可愛く見えてしまった。
このお昼寝事件が後々で蒸し返されることになるなんて私もお兄様も殿下も思いもよらなかったのである。
ああ、わちゃわちゃしてしまった。