書類にサインを… ノッガー伯爵目線
短めです。
娘が欲しがっていた書類は簡単に作れた。
私の娘はアイディアの天才だ。
美しくも聡明。
庶民を味方につけ、貴族を自在に操る。
だからこそ、侯爵家に嫁になんて行かせたくなかった。
それなのに娘は頭がよすぎるあまりに侯爵家になることで利益があると思ってしまった。
息子と世界を呪ったのは婚約が決まってしまったその日だった。
そんな娘が婚約破棄を考えている。
手伝わないなんて選択肢は用意されていない。
むしり取れるだけむしり取らなくては!
都合よく侯爵が家に支度金と言う名のお小遣いをせびりに来た。
私は金を用意するように執事に言い侯爵の座るソファーの前に座る。
「お金は直ぐに用意させる」
「女の支度とは金がかかって困るな」
白々しいことを吐き出す侯爵を何度殴ってやろうと思ったか知れない。
「ああ、侯爵」
「何だ?」
「うちの娘がね貴方の息子との結婚を考え直したいと言っている」
「何だと!」
直ぐにカッとするこの男は扱いやすい。
「考えたいと言っているだけだ、うちの娘は損をするのが嫌いでね。損だと思えば考えたいなどとは、言わなくなるだろう。ついてはこれにサインと捺印をしてもらえないか?」
この書類にはお互いのどちらかが浮気等をおこし婚約破棄にいたった場合、慰謝料を支払い速やかに婚約破棄をすると言った内容が書かれている。
「どういう事だ?」
「うちの娘が考えたいと言っているのは王子殿下と最近仲良くなったからだ」
「何?」
「娘が殿下に恋をしているなら婚約破棄したいと言うだろう。私は娘が可愛い。婚約破棄したいならさせてやりたい。だが、そうすると貴方に迷惑がかかる」
侯爵は書類に視線をうつした。
「貴方に迷惑がかかるなら慰謝料を払って円満に解決したい。慰謝料の金額は娘が所有する店を全て売り払った時にできる金額だ。悪い話ではないと思うがどうだろうか?」
勿論嘘だ。
王子殿下と娘は恋仲ではないし、慰謝料の金額は侯爵が持っている領地を全て売り払った時に生まれる金額。
娘の店があんなに安いわけがない。
「勿論考えた末に貴方の息子と結婚すると言うならそのままの話だ。保険としてサインと捺印だけいただけないだろうか?」
メイドが丁度良くお茶とお菓子をテーブルに置き、私はお茶を一口飲んで侯爵に笑顔をむけた。
侯爵はニヤリと笑うとサインをサラサラと紙に書き、鞄から出した朱肉に自分の親指を押し当てて捺印した。
アホは扱いやすくていい。
今サインと捺印をしたことで自分の首をしめる縄を編み込んでしまったと気づきもしない。
お菓子とお茶を楽しむ侯爵に笑顔をむけると執事が金を持って来て侯爵はいそいそと帰っていった。
「旦那様、塩をまいておきましょうか?」
「まかせるよ」
執事の言葉に笑顔をむけると窓の近くに居たメイドがクスクス笑いながら言った。
「大丈夫ですわ。すでに外に居る庭師と料理長が塩をまいていますから」
「うちの人間は優秀だな」
私もクスクスと笑いながら書類を手に取った。
「ユリアスはきっと喜んでくれる」
「お嬢様の笑顔が見られるのが今から楽しみですね」
「フフフ」
うちの執事もメイドも嬉しそうに書類を見つめていた。
優秀な人間ならこんな罠にはかかったりしない。
侯爵がアホだから成り立った。
私は必要書類を全て揃えてまとめると娘が可愛くはしゃぐ姿を思い描き笑みを浮かべるのだった。