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帰国します

 ドラゴン三匹がブチキレ事件の翌日、エウルカ国王様は正式に宰相をクビにした。

 ただし、クビと言うことにしてしまうと国としての体裁が悪いので、理由は優秀な後継者ができ、世代交代したことにさせてほしいとエウルカ国王様に言われたが、自国の有力貴族が集まるパーティーでの事件がきっかけなのは、目に見えているはずだから意味があるかはよく分からない。

 次期宰相も私の意見を聞き入れてくれたのか、実力でなのか分からないがラスコ様に決まった。

 忙しくはなったが、ラスコ様を馬鹿にする人は事実上いなくなった。

 ラスコ様が宰相に決まった時、涙を流して一番喜んだのはラジータ様だった。

 それはもう、カサンドラ様がドン引きするぐらい泣いていた。

 とにかく、エウルカ国での私の用事はこれで終わりを告げた。

 これ以上この国にいては、要らぬ問題を解決しなくてはならなくなりそうだから、さっさと国に帰ろうと決めた。

 その話もあって、殿下に用意された部屋に向かった。


「殿下は先にお帰りですか?」


 私が聞けば、殿下は凄く嫌そうな顔をした。


「早く帰らなければならないが、君とは長く会えていなかったんだから少しぐらい一緒にいてもバチは当たらないと思うのだが?」


 私だって、殿下の顔を見たら離れがたい気持ちになっている。


「では、一緒に船旅をしてお帰りになられますか?」


 殿下はしばらく遠くを見つめて言った。


「忘れていたかったことを言ってもいいか?」

「はい」


 首を傾げながら返事をすれば、殿下は言いづらそうに口を開いた。


「君の兄ローランドに全ての仕事を押し付けて来た」


 私は祖国の方角を見つめた。


「それは、尋常じゃ無く怒られますわね」


 殿下は顔色悪く頷いた。


「それを考えると、一分一秒でも早く帰らなければならないだろう」

「そうですわね〜」


 理由が理由だけに、引き止めるわけにはいかない。


「エウルカ国王陛下に挨拶したら先に帰る……仕方ない」


 力無く項垂れる殿下がなんだか可愛く見えて来るのが不思議だ。

 私は殿下の腕にしがみついた。

 私の唐突な行動に、殿下が驚いたように私を見た。


「では、私も殿下と一緒に帰ってお兄様に怒られて差し上げますね」


 殿下はキョトンとした後、優しく笑ってくれた。


「それは頼もしい」


 そう言って、殿下は私を抱き寄せた。

 久しぶりの甘い空気に、キスを予感したその時、部屋にノックの音が響いた。


「国を離れても邪魔が入るのはローランドの呪いか?」


 殿下の呟きは無視して、私は殿下から離れてドアに向かった。


「はーい」


 ドアを開けるとそこにはランフア様とエウルカ国王様が居た。


「あ、今お二人に会いに行こうと思っていたんですよ」


 私は二人を部屋の中に案内した。

 美味しいお茶とお茶請けも用意した。

 勿論、ランフア様には妊婦さん用のお茶を出す。


「エウルカ国のお茶じゃ無いな」

「本当に何処から出して来るのか不思議ですわ」


 お茶を飲み、一息つくお二人は本当に仲睦まじい。

 お二人が幸せそうで私までほっこりした気持ちになる。


「ランフア様、私ランフア様にお願いがあるのですが」

「ユリアスにはいつもお世話になっているもの。私にできることなら何でも言って」


 私は意を決して言った。


「お腹に触っても宜しいでしょうか?」


 私を不思議そうに見るランフア様に、私は言った。


「妊婦さんのお腹に触ると健康で幸せなお子さんが産まれると聞いたことがあって」


 ランフア様はフッと柔らかく笑った。


「エウルカ国では聞いたことが無いのだけれど、ラオファン国では妊婦のお腹を撫でると撫でた人にも元気なお子が生まれると言う言い伝えがあるわ」

「それは、是非各国の伝承を調べて本にしなくては」


 私が拳を握って訴えかけると、ランフア様はクスクスと上品に笑った。


「貴女らしいわね。まだ、お腹もあまり出ていないけど触っていいですわ」


 私はランフア様に近づきお腹を触らせてもらった。


「何だか不思議です。ここに新たな命が宿っているのですね」

「そのうちお腹の中で大暴れする様になるんですのよ」


 ランフア様も慈愛に満ちた笑顔になっている。

 ランフア様の気高い雰囲気が今や聖母のように見える。


「私も早くお子が欲しくなってきました」


 それこそ、子ども関連のグッズに書籍などなど、自分で体験しなくては分からない商品がたくさん思い浮かぶかもしれない。


「ユリアスに子どもができたら、ラスコ様のご実家の木工芸品で子どもが口にしても安全なガラガラを特注して差し上げますわ」

「それは素敵ですわ! そのような品が作れるのであれば、輸入したいので書類の作成をしなくては」


 ランフア様と二人で話を進めていると、エウルカ国王様が笑いながらランフア様の肩を抱いた。


「ノッガー嬢は、その前にパラシオ王子と結婚しなくてはな」


 それもそうだ。

 先走りすぎて話をややこしくしてしまうところだった。

 反省しながら殿下を見れば、殿下は呆れたように私を見ていた。

 言いたいことがあるなら言ってほしい。


「何か?」

「べつに」


 何だか引っかかる言い方である。


「はっきり言っていただかないとモヤモヤするのですが」


 私が不満で口を尖らせると、エウルカ国王様が豪快に笑った。

 殿下は私と目が合わないように意図的に逸らす。


「貴女はルドニーク様に愛されてる自覚を持った方がいいですわ。ところで、ルドニーク様のお帰りもユリアスと一緒でよろしいのかしら?」


 ランフア様にも分かっているのに私が分からないのはモヤモヤしたが、ランフア様に話を変えられその話はそこで終わった。


「一緒に帰るつもりだ」

「そうですか。それは残念ですわ」


 ランフア様の本当に残念そうな顔に、横に居たエウルカ国王様がオロオロしているのは見えていないようだ。


「ランフア姫が幸せそうで安心した。愛されている女性は美しくなると言うが、本当だな」

「ルドニーク様ったら、いつからそんなに口が上手くなったのですの?」


 殿下が優しく笑うと、ランフア様もふんわりと笑顔をかえした。


「二人は仲が良すぎではないか?」


 うわずった声で不安そうに聞いたエウルカ国王様に、ランフア様は悪戯っ子のような顔をした。


「ルドニーク様は私の初恋の人ですから」

「なっ」


 エウルカ国王様の絶望感の漂う顔にランフア様はクスクスと声を出して笑った。


「今は、もう一人の兄のような方ですわ。ご心配なさらなくても国王様以上に愛せる人などこの先存在するはずありませんのよ」


 感動するエウルカ国王様にランフア様は今思いついたと言いたそうなハッとした顔をした。


「どうした?」


 眉を下げたエウルカ国王様にランフア様はフーッと息を吐いて見せた。


「エウルカ国王様と同じぐらい愛せる人がいたことを思い出してしまいまして」


 ランフア様の言葉に泣きそうなエウルカ国王様が可哀想である。


「それは、何処のどいつだ!」

「勿論、この子ですわ」


 そう言って、ランフア様はお腹を撫でた。

 そのランフア様の行動に、エウルカ国王様は鼻をスンッと鳴らした。


「では、お腹の子は世界一幸せな赤子になれるな」


 エウルカ国王様はランフア様をギュッと抱きしめて頭にチュッと音のするキスを落とした。

 幸せそうなお二人に私までほっこりしてしまう。


「目の前でイチャイチャしないでほしいのだが」


 殿下はムスッとしてる。


「羨ましくてもランフアはやらん」


 殿下はハーッと深いため息をついた。


「国王様、ルドニーク様はユリアスとイチャイチャしたいだけですわ」


 ランフア様の呆れた声だけが、その場に響いた。


「とにかく、ランフア様には本当にお世話になりました」


 私は話を切り上げるように二人に頭を下げた。


「こちらこそ、ユリアスがいなかったら、私は意地を張り続けて国王様に嫌われていたかもしれませんわ。だから、ありがとう」


 ランフア様は私の手をギュッと握った。


「ルドニーク様に迷惑をかけすぎてはいけませんのよ。分かってますわよね?」


 握られた手がぎりぎりと力を増していく。

 私はコクコクと頷くことしかできなかった。

 そんな私達を見て、エウルカ国王様が呟いた。


「パラシオ王子はランフアのことを妹のように思っていると言っていたが、ランフアはどうなんだ?」


 何故余計なことを聞くのだろうか?

 ランフア様はキョトンとした顔で言った。


「ルドニーク様は私の初恋の人ですわ」


 ランフア様も何故素直に初恋の人などと言ってしまうのか?

 私は頭を抱えたくなった。

 あからさまにエウルカ国王様の顔が絶望に染まる。


「初恋と言っても、ただの私の憧れで、いとも容易くユリアスに奪われてしまいましたわ」


 笑い話のように言ってのけるランフア様とは対照的に私達を信じられない者を見るような目つきで睨みつけて来るエウルカ国王様が怖すぎる。


「ですが、そのおかげで国王様と言う素晴らしい旦那様と結婚できたのですから感謝しか無いんですのよ」


 ランフア様がそう言って微笑みかけると、エウルカ国王様はランフア様を愛おしそうに見つめた。

 直ぐに二人の世界に行ってしまうのは止めてほしい。

 殿下など、二人から視線を逸らし、遠くを見ている。

 この二人が羨ましく無いと言ったら嘘になるが、人前でイチャイチャするのは恥ずかしく無いのだろうか?

 そんなことを思いながら二人を眺めていると、痺れを切らした殿下が口を開いた。


「そろそろ、国に戻らなくてはならない。エウルカ国とのこれから先の友好に幸多からんことを祈っております」


 殿下はさっさと帰ることにしたようだ。


「私も、殿下と共に帰るつもりです。この度は本当にありがとうございました」


 お礼を言って私も帰ることを伝えると、ランフアは寂しそうに眉を下げた。


「ユリアスがいる間は退屈する暇が無かったですわ」

「ランフア様、お手紙書きますね」


 私がニッコリと笑うと、ランフア様も笑顔を返してくれた。


「私も絶対に書きますわ」

「ついでに原稿の依頼書も送りますので、マタニティグッズの感想などを添えてお返事くだされば嬉しいです」


 ランフア様の笑顔がスンッと消えた。


「私、貴女のそういうところが嫌いですわ」

「私はランフア様の、そのはっきりものを言ってくださるところが大好きです」

「褒め言葉に聞こえないのだけれど?」


 ランフア様に軽く睨まれてしまった。

 私が苦笑いを浮かべると、殿下の深いため息が聞こえた。


「君は本当にブレないな」


 殿下の呆れた声にはなれてしまい、むしろ安心感すら感じてしまう。

 思わず顔が緩む。


「なんて締まり無い顔をしていますの?」


 ランフア様はそう言うと、私の頬を両手で挟んだ。


「早く帰って、ルドニーク様とイチャイチャすればいいのですわ」


 面と向かってイチャイチャすればいいと言われても。


「言われなくてもイチャイチャしたいのだが、俺とユリアスは何かと邪魔されがちなんだ」


 殿下がフーッとわざとらしく息を一つついた。


「ルドニーク様は、二人だけの空気を作り出すのが下手なのですわね」


 何故か嬉しそうにクスクスとランフア様に笑われてしまった。

 二人だの空気なんて、二人きりの時以外にどうやって作るのだろう?

 恋愛上級者のランフア様には教えてほしいことがたくさんである。

 その辺も後々手紙で教えてもらうことにしようと決めた。

  

         ※


 私達が先に帰ることをバハル船長に報告しに港へ行くと、大きなため息をつかれた。


「その過保護な王子が迎えに来たからか?」

「そう言うわけでは無いのだけど」


 今回の旅で手に入れた物資の加工について、いち早く職人さん達と話し合いたいとか言ったら、また呆れられてしまうに決まっている。

 見れば殿下には気づかれているのか、呆れた顔をされている。


「護衛の二人のこともお願いね」


 流石に護衛まで背中に乗せてほしいなんて、ドラゴン様達には言えないのでバハル船長に頼んだのだが、二人には思い切り泣かれてしまった。

 まるで捨てて帰るみたいに見えてしまうから縋り付くのは止めてほしい。


「護衛が泣くなど情け無い」


 見送りに来てくれたラスコ様は厳しい一言をバリガに向けたが、バリガは袖で涙を拭きながらエグエグしている。


「シャンとしないか!」


 見かねて怒鳴るラスコ様にバリガは近づき肩を掴んで叫んだ。


「護衛なのに置いていかれる私の気持ちが貴様に分かるものかー」

「そう言われてみればそうだな。ノッガー様は護衛が居なくて大丈夫なのですか?」


 私はニッコリと笑うと後ろに並んでいたドラゴンの家族を見た。


「殿下もいますし、空から帰りますから、攻撃できないと思います」

「空?」


 普通に考えたら空を飛ぶなんて非現実的なことである。

 現にラスコ様も首を傾げている。


「ドラゴン様方に乗せてもらって帰るのです」

「ドラゴンとは、空想上の生き物なのでは?」


 ラスコ様が不思議そうな顔をした。

 そんなラスコ様の話を聞いていたドラゴンの家族がラスコ様の前に立った。


「あらあらまあまあ、この子、新しい宰相様じゃな〜い」


 リーレン様の艶のある喋り方にも惑わされることなく、ラスコ様は恭しく頭を下げた。


「この度、宰相に選ばれました。ラスコと申します」


 そんなラスコ様の頭を躊躇いなく撫でるリーレン様に、少しムッとしたようにハイス様がリーレン様を後ろから抱きしめる。


「ラー君ね。覚えたわ〜。ラー君いい子だから飴ちゃんあげちゃう」


 リーレン様に差し出された飴を、オロオロしながらも口に入れパーッと感動したような顔になるラスコ様は誰が見ても可愛い。

 そんな可愛いラスコ様を小さな子どもを見るように見つめるリーレン様が聖母のように見える。

 しばらく幸せそうに飴を舐めていたラスコ様はハッと我に返り、私に紙袋を手渡してくれた。


「これは、僕が作った物なのですが、良ければ」


 紙袋の中には木製彫刻の髪飾りがたくさん入っていた。


「なんて素敵な細工でしょう! 木材をこんなに繊細に削り出すことができるんですね。

是非専属契約したいのですがいかがでしょうか?」


 書類を準備しようと言ったのだが、ラスコ様はゆっくりと首を横に振った。


「凄く嬉しい申し出ですが、これから宰相としての仕事で忙しくなるので」

「そうでした。勿体な……げふんげふん。仕方のないことですわ!」


 私は渋々納得した。


「お嬢さん! それ、見せておくれよ」


 バネッテ様は髪飾りを一つ手に取ると、興奮したのか瞳の色が金色に変わった。


「これは凄いね! 感動したよ!」


 そう言うと、バネッテ様はラスコ様の手を握った。

 そして、その手にチュッと軽い音をたててキスをした。


「あんたみたいに緑を愛する人間は嫌いじゃないよ。少しだけだが祝福を授けた。木に触れたり話しかけたりしたらよく育つからやってみな」


 バネッテ様は髪飾りが気に入ったようで、髪に取り付けている。

 バネッテ様の祝福を授かったのはよかったのかもしれないが、彼氏であるマイガーさんに手にキスされたなんて知られたら、ラスコ様の命の保証ができない。

 殿下も同じことを考えているようで、バネッテ様を恨めしそうに見ていた。

 バネッテ様がうっかりマイガーさんに、この話をしないように後で釘を刺しておかないといけない。


「そろそろ行かなくてはならない。ユリアスが世話になった」


 殿下はラスコ様にお礼を言った。

 それとほぼ同時に、バネッテ様がドラゴンの姿になった。

 見上げるほどに大きなドラゴンの姿に港が大混乱になったのは、許してほしい。


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[気になる点] ルドニーク様は私の初恋の人のあたりのやり取りをすぐさま繰り返しているところ、1回目のやり取りが無かったかのようなやり取りをしている様見えて、若干クドさを感じた。 エウルカ王の2回目の反…
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