ラジータ様はラスコ様の信者です3
カサンドラ様に会いに執務室を訪れると、そこにはエウルカ国王様も居て和やかなティータイムを楽しんでいるようだった。
案内されるまま執務室に入ったのだが、ルチャルに担がれたラスコ様を見てカサンドラ様から殺気が漂ってくるのが私にも分かった。
「……何故私の大事な夫を担いでいるの?」
今にも斬り殺されそうなオーラを放つカサンドラ様に、ニコニコ笑顔で少しも動じないルチャル。
大事な夫と呼ばれて感動しているラスコ様は見ないようにした。
「カサンドラ様に伺いたいことがありまして、当事者でもあるラスコ様はこうして無理やり連れて参りました」
「当事者?」
怪訝さを隠そうともしないカサンドラ様に、私は笑顔を向けた。
「返答によっては、ラスコ様のためにも私が代理となることをお許しください」
「さっきから何を言っているのかさっぱりだわ。分かるように説明して」
「カサンドラ様がラスコ様に不安を与え、心の傷を負わせたことにかんしてと言えばお分かりいただけるのでは?」
カサンドラ様は驚いた顔をしてラスコ様に視線を移した。
「ラスコの心に傷?」
「そうです。ことと次第によっては、最終手段をとるより他ありません」
「最終手段?」
ラスコ様を見つめ、切なそうな顔をするカサンドラ様に向かって私は言った。
「勿論、慰謝料請求いたします!」
執務室に沈黙が流れた。
開け放たれた窓からそよそよと風が入ってきて、心地よく感じる。
「はあ? ノッガー様、僕はそんなことを望んでいません」
いち早く我に帰ったのはラスコ様だった。
私は笑顔のまま続けた。
「私に任せてください。私は元婚約者様から多額の慰謝料をむしり取った経験と実績がございますので」
「そう言う不安は一切ありません。そうじゃなく」
私はラスコ様を無視して、カサンドラ様に向き直った。
「カサンドラ様はラスコ様に……大事な夫であるラスコ様に二番目に好きだとおっしゃったそうですが、間違いありませんか?」
私の言葉にカサンドラ様は一歩後ろに引くぐらい驚いた。
「何故それを」
話を聞いたからだ! と言いたい気持ちもあるが、話が長くなりそうだから笑顔で誤魔化した。
「ラスコ様はその言葉に酷く傷つき、ラスコ様を神がごとく崇拝するラジータ様が一番なのだと勘違いをしてラジータ様との関係を拗らせた自覚はございますか?」
カサンドラ様はラスコ様に慌てて視線を向けた。
まだルチャルに担がれたままで、情け無い姿になっているのは、こちらが悪いと認めようと思う。
「ラスコ様はカサンドラ様の何げ無い悪気の無い一言に酷く傷ついています! さあ、慰謝料を払ってくださいますね‼︎」
カサンドラ様はショックを受けたように力無く項垂れた。
「……払う。言い値を言ってちょうだい」
力無いカサンドラ様の言葉に私が勝ちを確信した瞬間、ラスコ様が呟いた。
「慰謝料などいりません」
ラスコ様の呟きに、カサンドラ様は困ったような顔をした。
「いや、それでは私の気がすまないわ」
「僕が欲しいのは慰謝料では無く、カサンドラ様の一番が誰なのかが知りたいだけなのです」
ラスコ様は顔を真っ赤にして、そう叫んだ。
ラスコ様のカサンドラ様に対する愛情が溢れたのだと分かる。
ラスコ様の叫びに、カサンドラ様は視線を逸らした。
明らかに後ろめたい何かが有るように見える。
「そんなに気にすることはないんじゃ無いかしら? 夫として一番大好きなのはラスコなんだし」
カサンドラ様の苦しい物言いに、ラスコ様の瞳から涙が溢れた。
「カサンドラ様が虐めて泣かした〜」
ラスコ様が泣き出してしまったことに気づいたルチャルが、ようやくラスコ様を下ろして小さい子にするように頭を撫でてあげながら言った。
動揺を隠せないカサンドラ様がオロオロしているが、ルチャルがラスコ様に近づけないようにガードし始めた。
「う〜、言うからラスコを返しなさい」
カサンドラ様が痺れを切らすと、ルチャルはラスコ様をガードしたまま言った。
「じゃあ、先に言ってください」
「ラスコにだけ言えばいいでしょ」
「上手いこと言って有耶無耶にする気だ〜」
ルチャルの言葉にラスコ様がショックを受けないわけが無かった。
「もう、いいです。僕は実家に帰らせていただきます」
その場を走り去ろうとするラスコ様を戦女神と言われるカサンドラ様が逃すわけが無く、素早い動きでラスコ様の腕を掴み抱き寄せた。
「実家になんて帰らせない」
カサンドラ様の切ない叫びが響いた。
「異性として大好きなのはラスコ、貴方だけよ」
「嘘はもう結構です」
カサンドラ様の腕の中でもがくラスコ様に、カサンドラ様は叫んだ。
「兄様よ!」
顔を真っ赤にしながら泣きそうになりながらもカサンドラ様は説明を始めた。
「私にとって、一番大事なのは国を導き国民を守る兄様よ。騎士にとって一番は君主でしょう?」
「なら、何故黙っていたのですか? 国王なのであればこんなに拗れる話では無いはずです」
信じられ無いのか、ラスコ様が食い下がると、カサンドラ様はラスコ様の肩に顔を埋めた。
「兄様が一番なんて、ブラコンみたいじゃないの」
耳まで真っ赤なカサンドラ様は羞恥に耐えられないと言うようにラスコ様の肩に額を擦り付けている。
ああ、カサンドラ様ってこんなに可愛い女性だったのか。
「カサンドラ様がブラコンなんて、誰でも知っているじゃ無いですか」
静まりかえった部屋に、ラジータ様の呟きだけがやけに大きく響いた。
ラスコ様も何故か頷いている。
どうやらカサンドラ様のブラコンは有名な話のようだ。
ラジータ様とラスコ様を見てカサンドラ様が更に赤面したのが、本当に愛らしく感じると共に、無性に殿下の顔が見たくなった。
昨日、勝手に通信機を切ったのにも気づいているだろうし、呆れた顔が目に見えて怒った顔をされそうだが、そんな殿下に早く会いたいと思ってしまうのが不思議だ。
「でも、これでラスコ様が私を気にする必要も無くなり、一件落着ですね」
嬉しそうにラジータ様が締めの言葉を口にしているのを見て、私は首を傾げた。
「何をおっしゃっているのですか?」
私の不思議そうな顔が不思議だと言いたそうな三人の視線に、私は眉間にシワを寄せた。
「根本的な問題が解決していないのに、何を終わらせられますか? この問題は王位継承権を含んだとてもデリケートな話のはずです」
私が真剣に言えば、三人は今気づいたと言わんばかりに目を見開いた。
「まだまだお子様であるドラド様まで巻き込んでいる話だと理解されていますか?」
三人は目に見えてシュンとしてしまった。
これでは私が虐めているみたいじゃ無いか。
「先程のお話をまとめさせていただくと、カサンドラ様はブラコンで王位継承権を目論むなどありえず、ラスコ様はカサンドラ様に好かれていると実感できればよく、ラジータ様はラスコ様を崇拝できれば満足と言うことで宜しいですか?」
私の確認に、三人が項垂れてしまったのは私のせいだろうか?
「一番心配なのは、ドラド様が国王になりたいと思っているのかどうかですわね」
ラスコ様が宰相様に嘘を吹き込まれていたのと同じように、ドラド様にも碌でも無いことを吹き込んでいるかもしれない。
そっちの方が不安だ。
次はドラド様に会いに行かなくては、彼が捻くれてしまう前に。
※
ドラド様は、どうやらランフアの部屋に行っているのだと従者が教えてくれた。
両親であるカサンドラ様とラスコ様も一緒についてきている。
ドアをノックすれば、返事は返ってこなかったが、気にせずドアを開けた。
部屋の中にはランフア様を間に挟み睨み合うドラド様とエウルカ国王様がいた。
どう言った状況かとランフア様に目配せで説明を求めてみる。
「ドラド様と遊んでいたら、王様が訪ねて来てくださって、何故か睨み合いが始まってしまって」
ランフア様は困り顔でそう話してくれた。
「ランフア様は今僕と遊んでいるんです! お忙しい王様はお仕事にお戻りください‼︎」
「いやいや、仕事の癒しにランフアに会いに来たのだ! ドラドこそ同年代のお子様と遊んでこい‼︎」
大人気ないとか言ったら怒られそうな勢いの王様に見せつけるようにドラド様はランフア様に抱きついた。
「王様が怖いよ〜」
なんて天才的な演技力だろうか?
「王様、小さい子を虐めてはいけませんわ」
ランフア様がそう諫めると、エウルカ王様は怯んだように一歩後ろに下がった。
「ドラド様、王様は日々国民のために日夜政務をこなす素晴らしい方ですのよ。私との時間を癒しだと言ってくださるなら私は凄く嬉しいのです」
ランフア様の嬉しそうな笑顔に、ドラド様は悔しそうにエウルカ王様に頭を下げた。
「……ごめんなさい」
「余こそすまなかった」
子どもの喧嘩を収めるようなランフア様の神技に、育児本など書いてもらえないだろうかと思ってしまった。
「分かってくださればよいのですわ」
ランフア様の穏やかな声に、エウルカ王様もドラド様もうっとりしていた。
なんとも平和な光景である。
「あら、ユリアスじゃない、どうかした?」
ランフア様がようやく私達に気付いてくれた。
「ドラド様にお話があり参りました」
「僕にですか?」
不思議そうなドラド様に私は躊躇うことなく聞いた。
「ドラド様は将来の夢はありますか?」
ドラド様は大きく目を見開き、ゆっくりとランフア様を見るとモジモジしながら私に耳打ちしてくれた。
「僕、ランフア様のお婿さんになります」
それは無理じゃないだろうか? とか言うのは子どもの夢を壊してしまうだろうから、口に出すのはグッと堪えた。
「では、王様になりたいとは思っていないのですね?」
ドラド様はチラッとエウルカ王様を見た。
「お母様やランフア様みたいに、僕の好きな人はみんな王様が好きなので、王様は憧れでは無くライバルです」
コソコソと教えてくれた思いに、ホッコリした気持ちになった。
「それでは、負けられないですわね」
ニコニコと頷くドラド様の頭を思わず撫でてしまった。
不敬だったかもしれないが、ふわふわの髪の感触に思わず口元が緩む。
はっきり言って、話さえすれば何も問題の無い話ではないか?
下手な思い込みと、宰相の入れ知恵さえ無ければこんなにこじれなかったに違いない。
これは、宰相様をどうにかしなくてはならないだろう。
私がそう結論づけた時、ドラド様が私の服の裾を引っ張った。
「どうかなさいましたか?」
ドラド様に視線を合わせた。
「宰相のおじさんに、ランフア様と結婚したいなら僕が王様になればいいって言われたことがあるけど、それが嘘だって僕知ってるよ」
「何故知っているのですか?」
ドラド様は眉を若干下げて言った。
「ランフア様に僕が王様になったら結婚してくれる? って聞いたら、王様が王様じゃなくなってもランフア様は王様の奥さんがいいって言われちゃったから」
ランフア様がエウルカ王様を心底愛しているのだと、ドラド様は知っているのだ。
やはりドラド様は天才だと思う。
「ドラド様は女性を見る目も確かですし、眉目秀麗でいらっしゃいます。これから出会う素敵な女性はドラド様を放っておけやしません。それに、ランフア様のお子様が生まれたら、ドラド様は素敵なお兄様にもなれるんですのよ」
私が笑顔を向けると、ドラド様の瞳がキラキラと輝いた。
「お兄様?」
「カサンドラ様はお兄様であるエウルカ王様が大好きで、ランフア様もジュフア様と言う素敵なお兄様がいらっしゃいます。私にも誰に自慢してもしきれないほど大好きなお兄様がいますの」
私はドラド様の頭を優しく撫でた。
「自慢できるお兄様には努力しなくてはなれません。私のお兄様はパラシオ国の次期宰相になるべく努力をしているのです」
「次期宰相」
「宰相とは、時に国王よりも頭が良くなくてはいけないのです。国王が間違ったことをしたら訊さなければならないではありませんか?」
「それって、国王よりカッコいいってこと?」
私はドラド様をギュッと抱きしめた。
明らかに戸惑った様子のドラド様がものすごく可愛い。
「国王に意見できる宰相様なんてカッコいいに決まっています」
「でも、エウルカ国の宰相はカッコ悪いよ」
私は高らかに笑った。
ええ、周りに居た大人どころか、ドラド様が怯えるほどの高笑いだ。
「カッコ悪い宰相がどうなるか、私がドラド様にきちんと教えて差し上げますわ!」
その場に居た大人達はドラド様が悪い魔女と契約を結んだ瞬間を目撃した気分だったと後々聞くことになるのだが、その時の私にはそんな意識は微塵もなかったのである。




