ラジータ様はラスコ様の信者です
翌日、ラジータ様の案内でラスコ様に会うことになった。
煌びやかな王宮の中でも、質素に見える中庭を抜けてたどり着いた部屋は、やはり落ち着いた雰囲気の廊下の先にあった。
調度品が無いわけでもないのに、センスをかんじるレイアウトで素敵だ。
建物のレイアウトを纏めた本とか売れるかも知れない。
私がそんなことを考えている間にラジータ様は部屋のドアをノックしていた。
ドアが開き従者らしき人が恭しく頭を下げ、案内してくれた先には書類を見つめる天使がいた。
ラスコ様は、絵画で見る大天使が飛び出してきたような見た目をしていた。
濃い金髪は短髪ウェイブで、これはエンジェルパーマと言うやつであると確信した。
瞳は黄緑色で、神秘的で整いすぎた顔立ちだ。
「ラジータ殿……そちらの方は?」
少し嫌そうな顔をしたラスコ様は、私に気づくと首を傾げた。
そんな仕草さえ美しく見える。
「ランフア王妃様のご友人のユリアス様です」
「ユリアス・ノッガーと申します」
私がゆっくりと淑女の礼をするのと、ラスコ様が勢いよく立ち上がったのはほぼ同時だった。
ラスコ様の座っていた椅子が倒れて大きな音が響いた。
「ユリアス・ノッガー様」
ラスコ様の口から小さく私の名前がこぼれ落ちた。
「えっと、何処かでお会いしたことがありましたでしょうか?」
少なくとも、私にはラスコ様に会った記憶は無い。
こんな大天使のような見た目を忘れることは不可能だと思う。
「あっああ、初めてお目にかかります。ラスコと申します」
ラスコ様は瞳を輝かせて私に近づき手を差し出してきた。
握手を求められていると気づき、その手を掴んだ。
「ノッガー様と握手してる」
何故か噛み締めるようにそう言われ、驚いてしまったのは仕方が無いと思う。
「ああ、失礼しました。ノッガー様に対する憧れが溢れてしまい、申し訳ない」
今度は私が首を傾げる番だ。
「憧れ?」
「そうです。たくさんの斬新なアイデアで人々の生活をよくする聖女と名高いノッガー様の噂は世界中に轟いております」
そんな大層な人間では無い。
「別人の話では?」
「いいえ。自分の友人のバリガと言う男からもよく聞いているのです」
私の中で、護衛の顔が浮かんだ。
どんな噂を流しているのか、バリガに厳しく問い詰めようと心に決めた。
「このたびはどう言った御用向きでいらっしゃったのですか?」
ラスコ様に聞かれてようやく本題を思い出した。
「ラスコ様とカサンドラ様の馴れ初めをお聞きしたいと思い、伺わせていただきました」
ラスコ様は私の言葉にピシリと固まってしまった。
「ラジータ様が、お二人がとても仲睦まじいと教えてくださったので、夫婦円満の秘訣などありましたら教えていただきたいと思っています」
ラジータ様は私を見ながら頷いた。
「……その話はしたくありません。帰ってください」
ラスコ様は思い詰めたような眼差しで私とラジータ様を部屋から押し出した。
ラジータ様には聞かれたく無い話なのかもしれないと思いながら、ラジータ様に視線を移した。
すると、ラジータ様は閉められたドアに向かって両手を揃えて拝んでいた。
「ラジータ様?」
「あっ、すみません。ラスコ様があまりにも神々しくて思わず祈りを捧げてしまいました」
ニコッと笑うラジータ様が急に異常に見えるのは私の気のせいだろうか?
「何故?」
そんな言葉しか出てこないのは、普通だと信じたい。
「ノッガー様はラスコ様がどのように見えましたか?」
見え方を言えばいいのだろうか?
「大変美しい方だと思いました」
「そうなのです。ラスコ様は神のように美しい方……むしろ神そのものなのです」
あ、この人、普通そうに見えて、普通じゃ無い。
「私は仮にも神官の端くれ、神を崇め奉らずにはいられないのです」
拳を握りしめながら力説するラジータ様は、私からは悪魔に取り憑かれているようにしか見え無いと言ったら怒られそうだから、グッと我慢した。
「カサンドラ様はラジータ様の信仰心に関して、理解されているのでしょうか?」
私の心配をよそに、ラジータ様はいい笑顔を向けてきた。
「勿論です。カサンドラ様とラスコ様の美しさについて語る時間は至福の時ですから」
どうやら、二人の共通点はラスコ様を愛でることのようだ。
まさか、こんな話を二人がしているなんて知らないラスコ様がラジータ様に嫉妬するのが、目に見えるようだ。
とは言え、ラスコ様の情報が少な過ぎるし、バリガを友人と言うぐらいだから、彼に聞くことに決めた。
そして、厳しく問い詰めよう。
私はそう決めて、ラジータ様に案内してもらってバリガとルチャルの居ると言う兵士の演習場に向かった。
※
演習場にはたくさんの兵士達が訓練をしていた。
パラシオ国では見ない訓練をしているように見える。
「「ユリアス様!」」
私に気づいたバリガとルチャルが手を振りながら走ってきた。
私はニッコリと笑顔を作った。
すると、二人はピタリとその場に立ちどまった。
私からただならぬオーラがでてしまったのかもしれない。
「な、何かありましたか?」
ルチャルが様子を伺うように聞いた言葉に私は笑顔を深める。
「とりあえず、私とお話しましょうか?」
二人の顔色が悪くなったのが分かった。
「とくにバリガさん」
二人はお互いの顔を見合わせた。
無言でルチャルがバリガを指差し、バリガが激しく首を横に振っていた。
「私は何かしてしまったでしょうか?」
「その辺も踏まえてお話しましょう」
肩を落とすバリガの背中をルチャルが撫でてあげていた。
私が悪いことをしているみたいに見えるから止めてほしい。
「ノッガー様、お二人に汗を流す時間を差し上げては?」
今まで無言だったラジータ様の言葉に二人は凄く喜んだ。
私の配慮が足りなかったと反省してしまった。
二人には身支度をしてもらってから部屋に来てもらうことにして先に自室に戻った私は、お茶の用意をして二人を待つことにした。
とりあえず、ラジータ様にお茶とお茶菓子を出す。
きちんとパラシオ国から私が持ち込んだお茶と日持ちのするカロリー補給栄養食と言っていいクッキーだ。
問題点があるとすれば、クッキーが口の中の水分をエグいぐらい持っていってしまうため、お茶の消費が増えるぐらいである。
「美味しいです」
ラジータ様はクッキーを食べ、お茶を飲むと落ち着いたように顔を綻ばせた。
「それは良かったです。そのクッキーは私の自信作ですから」
二人で他愛も無い話をしていると、部屋にノックの音が響いた。
ドアを開けると、ものすごく急いでくれたようで髪の乾いていない護衛二人が息を切らせて立っていた。
「そこまで急がなくてもよかったですのに」
「「いいえ、ユリアス様をお待たせすることはできません」」
私は二人を部屋に入れソファーに座らせて、二人の頭にタオルを乗せルチャルから頭を拭いてあげることにした。
「ユリアス様、大丈夫です」
慌てるルチャルの頭を両手で挟み、前を向かせて後ろから拭いてあげる。
「人にやってもらうのもたまにはいいでしょ」
ルチャルの髪の毛は短いので、直ぐに乾く。
次にバリガの頭を拭こうとするとソファーから逃げられた。
「ユリアス様のお手を煩わせるわけにはいきません」
「好きでやっているのです」
「私は結構です」
睨み合いを続ける私とバリガ。
そんな様子を見ていたルチャルが素早い動きでバリガを拘束した。
「お前、裏切り者」
「だって、僕だけやってもらったら王子殿下に僕だけ殺されるじゃん。一緒に死のう」
何だか物騒な話をする二人を他所に、私はバリガの長い髪を優しく拭いていった。
ある程度乾いた頃には、二人ともぐったりしていたが、気にしないことにした。
私は二人にお茶を淹れてあげてから、ゆっくりと切り出した。
「バリガの友人にラスコ様と言う方がいるかしら?」
「はい」
私が差し出したお茶を受け取りながら、バリガは頷いた。
「随分長いこと会っていませんが、友人です」
バリガはゴソゴソと胸ポケットから手帳を取り出して、その間に挟んであった写真を取り出した。
「この、見た目がキラキラしたやつがラスコです」
そう言って指差した写真の先には、何故羽根が生えていないのかと言いたくなるような天使にしか見えない小さなラスコ様と女の子にしか見えないバリガが写っていた。
「バリガって友達の写真持ち歩いてるの?」
不思議そうなルチャルの言葉に、バリガはグッと息を詰まらせてから、そっと二人の後ろに写る通行人を指差した。
「商人の間で流行っているお守りだ」
よくよく見ると、小さい頃の私が通り過ぎている姿が写っていた。
「どう言うことですか?」
バリガはいい辛そうに言った。
「ユリアス様は商人の間では商業界の女神と呼ばれていて、ユリアス様の写真は商売繁盛のお守りと言われています。ですが、ユリアス様の写真は公式的に販売されているわけでは無いので、偶然写り込んだこの写真をお守りにしていたしだいで」
それは、私の写真を売ったら売れるってことでは?
そう思ったのと同時に殿下に怒られる未来が見えたので口に出すことは止めておいた。
「これが、幼い頃の天使様」
ラジータ様はうっとりと、子どものラスコ様を見詰めている。
「このお写真、いただけませんか?」
ラジータ様の言葉に、バリガは写真を手帳に挟んで胸ポケットにしまい直した。
「これは私のお守りですので」
「そんな、ラスコ様の部分だけでもいいので」
それはそれで気持ち悪い気がするのは気のせいだろうか?
「本当に、商人ってユリアス様のこと大好きですよね」
ルチャルは笑いながらクッキーを口に入れた。
「ユリアス様、これ口の中パサパサしゅる」
私はルチャルにも忘れていたお茶を手渡した。
「商人達にしか出回らない商会雑誌とかにもユリアス様の功績が事細かく書かれていたりするから、身近に共感できる有名人みたいに思っているみたいです」
私はそんな情報より、私の知らない雑誌が出ていることの方が驚きだった。
「ユリアス様の功績を纏めたコラムが人気で、最初は小さなコラムだったのが今では見開き四ページとか有る時も」
「待ってください。コラムって誰が?」
私の情報を漏らしているスパイが店にいるのでは? と戦慄する。
「えっ? ローランド様ですが?」
お兄様?
身内がコラムを書いているって、それは、身内フィルターのかかった妹自慢を商会達がこぞって読んでいると言うことだろうか?
「恥ずかしすぎる」
私は両手で顔を覆って項垂れた。
「ご存じ無かったのですか?」
「はい」
「私が十歳ぐらいの時から出ているコラムでしたから、ラスコともよくその話で盛り上がったものです」
穴があったら……無くても掘って埋まりたい。
「だから、ラスコもユリアス様のファンだと思いますよ」
ラスコ様は最初私に友好的に見えたのはそう言った理由があったと言うことだったのだ。
「ラジータ様、もしかしたら、ラジータ様のお気持ちを素直にお伝えしたら誤解は解けるのでは?」
私がお茶のお代わりをついで渡すと、ラジータ様は目に見えて震えた。
「自分、ラスコ様を目の前にすると、緊張でまともに目を合わせることもままならず」
この人、もしやポンコツなのでは?
私は遠くを見つめて心を落ち着けた。
「ラスコは見た目と違って下町っ子だから、そんなに緊張しなくて大丈夫ですよ」
バリガはニコッと笑ったが、ラジータ様の顔色は青い。
「ラスコ様が下町っ子? あんなに神々しい大天使と言うか、むしろ神な方ですよ?」
バリガは困った顔をしながら、ルチャルに向かってコソコソと呟いた
「この人大丈夫かな? ルドニーク様に報告した方がいいか?」
「……うん。報告しよう」
コソコソはしているが、ばっちり聞こえてしまっている。
「では、手紙で伝えるのはいかがですか?」
私は打開策として言った。
「前に試したことがあります」
「それで?」
ラジータ様は消え去りそうな儚い笑顔になった。
「想いが溢れすぎ、便箋四十枚分書いてしまい、嫌がらせだとおもわれて読まずに突き返されました」
この人、大丈夫だろうか? 凄く心配だ。
「商人は用件を簡潔に話すことを好むので、ラスコも読む気になれなかったのでしょうね」
バリガは引き攣った笑いを浮かべていた。
「あの〜。何でそのラスコと言う人の話をしているんですか?」
ルチャルはお茶とクッキーを交互に口にしながら聞いてきた。
「そう言えば、言ってませんでしたね」
私は今まで聞いてきた話を二人に説明した。
「ラスコが王妹の旦那に……そうですか〜でも意外です。あいつ権力とか興味無さそうだったんですけど」
バリガは、思い出の中のラスコ様を思い浮かべるように腕を組んで斜め上を見つめる。
「俺が話を聞いてきましょうか? 久しぶりにあいつにも会いたいし」
その場にいた全員が、それがいいと納得したのは、言うまでも無い。




