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国の噂は港で聞きましょう

 翌日、港に戻りリーレン様達の行方を聞くとどうやらバハル船長達と仲良くなっているようで、昼間は二人でデートを楽しみ夕暮れ時には港に帰ってきているのだと言う。

 安心した。

 私があからさまにホッとしてしまった。


「姫様も気苦労が絶えないな」


 バハル船長はニヤニヤしながら私の背中を軽く叩いた。


「そんなこと」

「あるだろう? エウルカ国は今、勢力が二分してるんだろ?」


 私が首を傾げると、バハル船長は信じられないと言いたそうな顔をした。


「元々、エウルカ国王には子どもがいなくて国王の妹に息子が一人いたからその子が次期国王と言われてきたが、異国から嫁をもらい子どもができたことで、国王派と国王の妹派で勢力が二分してるって聞いたぜ」


 小説などで良くある派閥争いの典型みたいなものが、エウルカ国で起きているとバハル船長は言いたいようだった。


「でも、ランフア様とその渦中のお子様であるドラド様は凄く仲良しでしたよ?」

「そうなのか? 酒場ではそんな話で持ちきりだったぞ」


 と言うことは、本人達の話では無く、派閥の間だけで盛り上がっている話と言うことでは無いか?


「国王の子どもが王子なら何の問題もないんだろうけどな」

「そうかしら? 女王政治なんて格好いいと思うけど」


 男の子でも女の子でも、ランフア様が育てるなら素晴らしい王になれそうな気がするのは、私だけでは無いはずだ。


「姫様の子どもなら、どっちでも経営の上手い子どもになるだろうな」


 殿下に似たら堅実な子になりそうだと思う。


「まあ、姫様が巻き込まれなきゃ俺には関係ないけどな」


 無責任に見えて、私が巻き込まれたら助けてくれる気でいるバハル船長はいいお兄ちゃん役と言える。

 今の話は他人である私が首を突っ込むわけにはいかない話だ。

 ランフア様に相談されたわけでも無いし、気にしないのが一番である。


「自分から巻き込まれに行くなよ」

「勿論」


 自分から巻き込まれに行ったりなんかするわけが無いが、殿下にこの話はしておいた方がいいに決まっている。


「あと、王子に迷惑かけんなよ」


 何だかんだと、バハル船長は殿下を好きだと思う。


「ただでさえ姫様に振り回されてんだから、離れている時ぐらいゆっくりさせてやれ」


 バハル船長を私のお兄ちゃんのようだと思っていたのだが、どうやら殿下のお兄ちゃんなのでは無いかと疑い始めたくなる対応である。

 裏切られたようで、少し寂しい。

 とりあえず、一緒に来た人達も各々平和に過ごせているようだ。

 護衛の二人も一緒に宮殿に来てくれていたのだが、宮殿内の警備兵に連れて行かれ訓練させられているのは、気にしないようにしている。

 気にしたら負けだ。


「あら?」


 そんな話をバハル船長としていたその時、港の市場を慌てたように歩く宰相が見えた。

 五、六歳ぐらいの男の子を追いかけているように見える。

 よくよく見れば、その男の子はドラド様のようだ。


「お待ちくださいドラド様」

「宰相はついて来ないでいい」

「街は危ない所ばかりなのですぞ」

「護衛がついてるから大丈夫!」


 逃げるドラド様に媚びるような猫撫で声を出す宰相は側から見ても、変態感がある。

 追いかけた方がいいか悩む私に、バハル船長が言った。


「宰相の噂もあるぜ」

「噂?」


 バハル船長は鼻をフンッと鳴らした。


「見れば分かんだろ。王妹の息子を王にして、孫娘を結婚させて王政を握る気らしいってよ」


 それはドラド様に媚びている理由として安直ではないだろうか?


「王妹の旦那のラスコってやつには、貴族の圧力で仕事を押し付けてるって話もあるぜ」


 それが本当なら、小説に出てきても中盤に倒される中ボスレベルの宰相である。


「国王も、宰相の悪事をまとめて突きつけるために、密偵を動かしているみたいだ。これは酔っ払いから聞いたから、庶民の願望かもしれないけどな」


 バハル船長はニヒルに口元だけ引き上げた。


「話してるうちに、宰相達行っちまったぞ」


 バハル船長がニシシッと笑った。


「足止めしました?」

「余計なことに首突っ込むと、王子に怒られんぞ」


 何だかんだとバハル船長は殿下のことを気に入っていると思う。

 私は小さくため息をついた。

 殿下の話をされると、会いたくなってしまうから止めてほしい。

 私は、ドラド様と宰相を追いかけることを、諦めたのだった。

 媚びようとしているってことは、傷つけたり誘拐したりはしないはずだからだ。

ちなみに、もう宿に戻りたいと言ったのだが、逆に宿に残していた荷物も全て宮殿に運ばれてきてしまった。

 もうしばらく宮殿に居なくてはいけなくなったことを殿下に報告したら盛大にため息をつかれた。


『帰ってくる気あるのか? いや、はっきり言われたら心が折れそうだ』


 何だか殿下が疲れているように見える。


「殿下、大丈夫ですか?」


 心配で聞けば、殿下はフーッと息を吐いた。


『早く帰って俺を安心させてくれ』


 殿下は眉の下がった笑顔だ。


「今、もの凄く殿下を抱きしめたい気持ちになりましたわ」

 私の口からこぼれ落ちた言葉に、殿下は困った顔になった。


『それは、帰って来たら好きなだけしてくれていいぞ』


 優しい殿下の言葉もだが、ランフア様とエウルカ国王様が仲良くしているのを見れば見るほど殿下に会いたくなる。

 早く帰らなくては。

 そうあらためて思ったその瞬間、私の部屋にノックの音が響いた。


『嫌な予感がする』


 殿下、その言葉を巷で何と言うか知っていますか?


「そう言った言葉を〝フラグ〟と言うらしいですよ」


 そう、旗を立てて目立つようにしたさま、固定された結末のことを〝フラグ〟と言うのだと、バナッシュさんが教えてくれた。

 バナッシュさんは、マチルダさんのアシスタントをするようになってから、かなり博識になっている。

 従業員のレベルの高さを感じながら、私の思考は現実逃避に旅立った。


「ノッガー様、少しお時間をいただけないでしょうか?」


 静かで響く大人な男性の声に、聞き覚えはあるが誰かまでは分からないまま扉を開くと、そこにいたのはラジータ様だった。


「ラジータ様?」

「パラシオ王子との通信中だとお見受けしますが、少しだけお話をさせていただけませんか?」


 何だか思い詰めた雰囲気のラジータ様に、今はやめてほしいなどと断りの言葉をかけられるほど私は鬼では無い。


「とりあえず部屋の中へどうぞ」


 私が部屋に招き入れると、当然のように殿下のため息をつく音が聞こえたが、無視した。


「お二人の大事な時間を、邪魔してしまい申し訳ございません」


 ラジータ様は深々と頭を下げてくれた。


『かしこまらなくていい』


 殿下に止められ、頭を上げたラジータ様は一つ息を吐き出すと語り出した。


「聡明で行動力もあり、沢山の難事件を解決してきたと有名なノッガー様にご相談がありまして」

「それは誰の話でしょうか?」


 私が首を傾げると、ラジータ様はにっこりと笑った。


「勿論、ノッガー様のことでございます」


 難事件を解決した覚えなど無い。


「商人の間で語られる話を聞いたことがあり、全てが真実だとは思っていませんが、この国でもノッガー様のご活躍は知れ渡っているのです」


 たぶん、事件云々は全て嘘である。

 商売的な話なら本当のことがあるかもしれないが、事件となると思い浮かぶものは無い。

 今からラジータ様が言う話を聞いてしまったら、きっと面倒臭いことになる。

 そう確信した瞬間には、ラジータ様が話し始めてしまった。


「もうすでにご存知かも知れませんが、今エウルカ国は危機に直面しています」


 何とも壮大な出だしに、話の内容を警戒してしまう。


「エウルカ国はの派閥はの話はご存知ですか?」


 昼間バハル船長から聞いた話だと、ピンときた。


「エウルカ国王様とカサンドラ様の派閥ですわね」


 私の推測に、ラジータ様は首を横に振った。


「違います。国王のお子を推す派と、カサンドラ様のお子であるドラド様を推す派です。これが何を意味するか、分かりますか?」


 ラジータ様の顔色は悪い。

 こんな話を他国の王族に聞かせるのは、決してエウルカ国の得にはならないと分かっているのだろう。


『それは、本人達の意思は反映されていないと言うことか?』


 殿下の解答に、ラジータ様は苦笑いを浮かべた。


「我が国の王は妃の次に妹を愛し、カサンドラ様もまた王を愛していて、王権を欲しがってはいないのです」

『周りの貴族だけで盛り上がっていると言うことか』


 通信機越しだが、さすが殿下である。


「ドラド様派の筆頭はドラド様の父親であるラスコ様です」


 ラジータ様は悲しそうに俯いた。


「ラスコ様が派閥を率いることになったのは、私のせいなのです」


 ラジータ様の一言に部屋の中は重苦しいものに変わった。


「私がカサンドラ様の二人目の夫になったのは六年ほど前になります。愛し合って結婚したわけではありません」

「政略結婚ですか?」


 どこの国にも、そんな制度があるのかと思った私に、ラジータ様は首を横に振って見せた。


「政略結婚ならまだよかったのかもしれません」


 ラジータ様はしばらく天井の隅を見つめ、それからゆっくりと話てくれた。


「私は高い神聖力を持って男爵家に生まれ、その力のため物心がつく頃には神官として教会で暮らすようになっていました。そして、最年少で高位神官の位を手にしたのです」


 輝かしい経歴を聞いていた私達だったが、ラジータ様の雰囲気は暗い。


「そのせいで、私はことあるごとに難癖をつけられるようになっていき、終いには元々可愛がってくれていた先輩神官達から空気のような扱いを受けるようになりました」


 ああ、簡単に言えば、虐められてしまったのだ。


「精神的に追い詰められた私を救ってくださったのがカサンドラ様でした」


 さっきまで闇を背負っていたラジータ様はクスッと笑った。


「カサンドラ様は戦女神と言われるだけあって、生傷の絶えない方で、私の治癒魔法を必要としてくださり、私には王族と結婚することで、誰よりも高い地位を持った神官にしていただくことで利害が一致したのです」


 だから、愛のある結婚では無いと言い切るのかと、納得する。


「ですが、カサンドラ様にはすでに愛し合っている夫のラスコ様がいました。突然現れた第二の夫の存在にラスコ様は疑心暗鬼になっていってしまいました」


ラジータ様は目を閉じて息を吐いた。


「ラスコ様はエウルカ国の大商人の次男で貴族の出では無いことをコンプレックスに感じていたようで、高位神官で男爵家の出である私がどんなに説明をしても、愛の無い結婚だとは信じてもらえませんでした」


 ああ、なんて売れそうなストーリーだろうか? 後々でいいから小説にしたらダメだろうか?

 そんなことを私が考えているなんて予想すらしていないだろう。


「しかも、私がカサンドラ様と結婚してから、ドラド様を孕られたことがさらにラスコ様を不安にさせてしまったようで……私は神官ですから、カサンドラ様とは清い関係ですからラスコ様のお子様だと分かっていると思うのですが」

『その誤解が何故派閥までに発展するんだ?』


 殿下の言いたいことは分かる。


「ドラド様が次期国王になれば、ラスコ様が国王の父親になれるからだと思います」


 本当に典型的な物語のシナリオのようだ。


「カサンドラ様はラスコ様をとても大事にしていますし、心配など必要ないのに」


 ラジータ様はカサンドラ様もラスコ様も好きなのだろう。

 自分のせいで拗れてしまったことに罪悪感を感じてしまっているのだ。


「私はラスコ様に会ったことが無いので何とも言えませんが、分かり合えたらいいですね」


 ありきたりな言葉しか出てこない自分が凄く嫌になる。


「私もそう思っています」


 ラジータ様は苦笑い浮かべた。

 どうにかしてあげたい気持ちが湧く。

 見れば殿下は呆れた顔で私を見つめていた。

 私が気にかけていると気づいているのだろう。


『首を突っ込むんじゃ無いぞ』


 殿下の声が虚しく響いた。


『返事をしろ』


 私はニッコリ笑って通信機に手を伸ばした。


「あら? 何だか電波が悪いようで殿下の声が聞こえづらいですね?」

『そんな見えすいた嘘を』


 私はそのまま通信機を切った。

 後々怒られるのは目に見えているが、仕方がない。


「では、明日でいいのでラスコ様に合わせていただけますか?」


 何ごとも無かったようにラジータ様に話しかければ、驚いた顔をされた。

 とりあえず私は、通信機を大切にしまって、ラジータ様に笑顔を向けた。


「何ごとも、当事者全員にお話しを聞かなくては、正しい判断はできないものですわ」

「あ、ありがとうございます」


 ラジータ様は希望に満ちた眼差しで私を見ているが、話を聞いた上で無理だと判断したら速やかに国に帰ろうとも思っていることは口に出さないことにした。

 ランフア様が関わっているし、友人として、できることはしたいが限界はある。

 とにかくラスコ様の話しだいだ。

 


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