噂を信じてはいけません
エウルカ国王様に通信機の話をした翌日、ランフア様に会いに行くと怒られた。
「何故私が怒っているか分かる?」
何かしてしまっただろうか?
私がいまいちピンときていないことに、ランフア様がさらにイライラした。
「昨夜、王様と逢引していたんですって」
「……逢引? 私がですか?」
私の反応に、ランフア様はフンッと鼻を鳴らした。
「王様に会ったのは確かね」
「はい」
「どんな話をしたのかしら?」
「本の流通の契約の話と通信機の使用についての話などをしました」
正直に話したのに、納得いかない顔をされた。
「通信機?」
「殿下と毎晩通信機で会話していまして、その許可をもらっていました」
ランフア様は頬を膨らませて見せた。
「そう言うことは私に先に言ってほしかったわ」
「先に言うつもりでしたが、たまたまエウルカ国王様が部屋に訪ねて来てくださったのでその話をしました」
ランフア様はハーッと息を吐いた。
「夜に王様が部屋に来たらもっと色っぽいことになっていてもおかしく無いって普通は思うのよ」
「ラジータ様も居ましたし、通信機で殿下とも通話していましたよ」
わたしが嘘をついていないと分かったのか、ランフア様は安心したように口元に笑顔をのせた。
「ランフア様、本当はエウルカ国王様を独り占めしたいのでは、ありませんか?」
「……当たり前でしょ」
そんな素直な一言をエウルカ国王様に言ってあげてほしい。
「猫被るのを止めてみては?」
ランフア様は私に背を向けてしまった。
「嫌よ。嫌われたく無いもの」
「嫌わないと思いますけど」
ランフア様は不貞腐れてクッションを抱えた。
「で、王様は私のことで何か言ってた?」
エウルカ国王様がランフア様を好きで好きで仕方がないと話していいのだろうか?
「ランフア様が素晴らしい女性だと言っていました」
「そう思ってもらえるように努力しているもの」
私はゆっくりとランフア様の手を握った。
「ランフア様、『愛され女子になる方法』みたいな本を書いてみませんか?」
私が期待を込めて見つめると、ランフア様は嫌そうな顔をして私の顔に手を乗せて視線を遮った。
「貴女ねぇ、何でもお金にしようと思わないでくれないかしら?」
「私からお金儲けを奪ったら何も残りません」
ランフア様が完璧に呆れていた。
「そんなことを自信満々に言うことじゃないでしょう。それに、お金儲け以外にも貴女の良さはたくさんあるわ」
本当にランフア様は仲良くなると優しい。
お姉様と呼びたい。
「私、結構貴女に憧れているんですのよ」
私があからさまに驚いてしまった。
私からしたら、女性としてランフア様に勝てるところなど存在しないと思っているし、王族との婚姻も妊娠まで学ばせてほしいことばかりなのだ。
「自立した女性と言う面では、貴女に憧れている女性はたくさんいるわ。だから、そんな珍獣を見るような目で見ないでくれるかしら」
自立した女性だなんていい言葉で言ってもらえてるが、男性に甘えられない可愛げの無い女性だと言われてもおかしくない。
「私はランフア様から愛され女子になれる方法を学ぶことはあっても、教えられることは一切ないと思います」
ランフア様はクスクスと上品に笑った。
「貴女は貴女なりの愛され方があるでしょう」
愛され方?
ランフア様の言葉は私の中にじんわりと溶けて染み込んでいくようだった。
無性に殿下に会いたくなったことは、ランフア様に気づかれたく無いと思った。
「ランフア様は猫を被るより、素直な方が数百倍可愛らしいです」
ランフア様の可愛さをエウルカ国王様にも見てほしいと心の底から思った瞬間だった。
ランフア様には私の気持ちは分かってもらえなかったが、いずれエウルカ国王様の前で猫を被ることをやめてくれそうな予感はしたから、これ以上言うのは止めようと決めた。
そんな時、ランフア様の部屋に小さなノックが響いた。
部屋付きの侍女さんが確認しに行くと、そこには五、六歳ぐらいの男の子が立っていた。
「王妃様、ドラド様がお越しになりました」
ドラドと呼ばれた男の子は許可を得ずにランフア様に駆け寄った。
「王妃様、遊んでください」
可愛らしくランフア様に抱きつくドラド様はエウルカ国王様にそっくりに見えた。
「王妃様、こちらはどなたですか?」
ドラド様は私を指差してランフア様に聞いた。
「こちらはパラシオ国の次期王妃のユリアス様です」
ランフア様の堅苦しい説明に、ドラド様は胸に手を当て頭を下げた。
「初めまして、パラシオ国の王妃様。僕の名前はドラドと申します」
礼儀正しく挨拶をされ、私も丁寧に頭を下げた。
「初めまして、ユリアス・ノッガーと申します。気軽にユリアスとお呼びください」
ドラド様は照れたような笑顔を見せてくれた。
「ドラド様はカサンドラ様の息子様ですわ」
王妹様の息子様。
「王妃様も凄く美しいですが、ユリアス様も美しいですね」
照れながらも女性を褒めるドラド様のポテンシャルが恐ろしい。
「お褒めいただきありがとうございます。ですが、ランフア様に比べれば私など足元にも及びません」
「王妃様は王妃様の美しさであって、ユリアス様の美しさとは別です。比べることなどできない美しさだと言うことです」
小さな紳士に私はグッときた。
「ドラド様は本当に素敵な男性ですわ」
ランフア様が優しく頭を撫でると、ドラド様は顔を赤くした。
ああ、小さな紳士はランフア様に恋心を抱いているようだ。
なんとも微笑ましい。
「世の男性方にも見習ってほしいですわ」
私の呟きに、ドラド様はキョトンとした。
「ユリアス様は誰がどう見ても美しいですが、他の男性から言われたことが無いのですか?」
純粋な瞳で見つめながら言われた質問に、ゆっくり考えてみる。
「社交辞令ではたくさん言われましたが……」
「それ、貴女が気づいてないだけですわ」
ランフア様は呆れ顔である。
「ランフア様は誰がどう見ても美しいですから、言われ慣れてらっしゃると思いますが、私には縁遠いものです」
ランフア様は額に手を当てた。
「ルドニーク様に美しいと言われたことはあるでしょ?」
「記憶にございません」
私の言葉にランフア様は額に当てていた手を外した。
その時の顔は美し過ぎて、怖いぐらいだった。
「ルドニーク様ってば、そんなにポンコツなんですの?」
言ってはいけないことを、私は口にしてしまったようだ。
「あの……か、可愛いとは言ってもらっています」
自分からそんなことを言わなくてはいけなくなってしまい、後悔する。
「ユリアス、可愛いは当たり前なのよ」
えっ?
私が驚きで言葉を失うとランフア様はあからさまなため息をついた。
「普通に考えて、ルドニーク様とデートに行くとして服装やメイク、足の先から頭のてっぺんまで気を使ってお洒落するわけよね? 見て直ぐ美しいと言うのが礼儀でしょう?」
それは礼儀ですか?
分からないが、それを口にした瞬間、ランフア様に怒られる未来は見えた。
「ドラド様もそう思いますわよね?」
「はい!」
ランフア様からうける英才教育の現場を目撃してしまった気がする。
「そう言えば、ドラド様はお勉強の時間は大丈夫なんですの?」
ランフア様が、時計を見ながら言えば、ドラド様は胸を張った。
「すでに経済学と帝王学と一般常識の授業を行なってきました!」
五歳にははやすぎる授業内容に言葉を失う私に気づくこともなく、ドラド様はニコニコしている。
「そうでしたか。ドラド様は本当に聡明でいらっしゃいますのね」
ランフア様ですら感心している。
「ですが、父はもっと凄いのです! 質問することには全て答えてくれますし、僕が興味を持つように難しいことも楽しく教えくれるんです」
「ドラド様は本当にラスコ様が大好きなんですのね」
ランフア様がドラド様の頭を撫でると、ドラド様はシュンとしてしまった。
「どうかなさいましたか?」
私が聞くと、ドラド様はしばらく言い淀み、ゆっくりと口を開いた。
「父は毎日宰相に虐められているんです。庶民庶民って……庶民は貴族の役にたてって仕事も押し付けられてて、僕が勉強を頑張って、早く父の力になりたいです」
ドラド様は眉の下がった笑顔で、私とランフア様は胸を締め付けられる気持ちになった。
「ドラド様は本当に聡明でお優しい方です。私はドラド様のそう言ったところが大好きですのよ」
ランフア様はそう言ってドラド様を強く抱きしめた。
ドラド様はそれはそれは嬉しそうに口元を緩ませてランフア様に抱きついていて、私はその微笑ましい光景にウルッとしそうになった。
「話をもどすけど、今日もルドニーク様と通信しますのよね?」
突然思い出したかのように、ランフア様がドラド様を抱えた状態で私に聞いてきた。
「はい」
私の返事に、ランフア様の口元が上がる。
「私がきちんと話してさしあげますわ」
ああ、どうやら先程の殿下が私に綺麗と言わない話は終わっていなかったようだ。
殿下ごめんなさい。
今日も二人きりの時間を作ることは無理そうです。
私は遠くを見つめることしかできなかったのだった。




