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手紙が届きました

 私の人生は学園に通うようになって劇的に変わったと言っていいと思う。

 婚約破棄したり王子殿下と婚約したり隣国や獣人族の王子と友人になったりドラゴン様達との繋がりができたり幽霊ホテルの経営を始めたり、凄く忙しかったと言っていい。

 新しい婚約者であるルドニーク殿下が学園を卒業してしまい、会えない日々がつづいている。

 なんてことはなく、幽霊ホテルの経営が安定したのとほぼ同時に王子妃教育と言うものが始まり、毎日のように王宮に足を運ぶようになった。

 そのおかげもあり、比較的殿下とは会えていると言っていい。

 学園に行った後、王宮に行き王子妃に必要な教育を受けるのだが、今や王妃様とのお茶会がメインだ。

 覚えることはたくさんあるが、元々知っていることもたくさんあったからだ。


「ユリアスちゃんは覚えるのが早いから、そろそろ王妃教育も始めちゃおっかしら?」

「王妃様、ご冗談はおやめください」


 王妃様はニコニコと笑うだけで、返事を返してはくれなかった。

 とにかく、そんな話もあったせいで高位貴族から学園を飛び級して卒業してはどうかと言われることも増えた。

 だが、そんなことをしたら市場調査ができなくなってしまう。

 周りは分かっていないようだが、私はお金儲けが好きなのだ。

決して早く殿下と結婚したいわけでは無い。

殿下は好きだし、一緒にいられるのは嬉しいが、王子妃になるのだって早すぎる。

学生の間なんて短い時間だし、まともに学園に通えているかと言われたら通えていない。

 新たな事業をおこそうとすれば、それなりに時間がかかり、通えていない授業をテストでいい成績を取ることで補っているのは、全て人との繋がりや知見を広げるためだ。

 それで、殿下との時間が減ってしまったとしてもである。




「学園に通いたいと言うのは、わがままなのでしょうか?」


 私の一番の相談相手である、売れっ子作家のマチルダさんは何やらメモをとりながら私の話を聞いてくれた。


「そんなわけ無いじゃないですか! 自分達が楽したいから言ってるだけなんだから無視していいですよ!」


 マチルダさんの言葉に私が安堵の息をつくと、マチルダさんの弟子であるバナッシュさんがフンッと鼻を鳴らした。


「でも、王子様が好きなら毎日会える方が良くない?」


 勿論、殿下と会えないと寂しいと感じる。


「何言ってんの? この先ずっと一緒に居る時間の方が長いんだし、数年一緒に居られないぐらいなんてことないわよ」


 バナッシュさんの言葉にマチルダさんが食って掛かる。


「結婚してるのに一緒に居ない師匠に言われても」


「……私には、離れて冷静になってもらう時間も必要だったのよ」


 マチルダさんが悟りを開いたように遠くを見つめてしまった。


「私は早く結婚したいけどな〜」

「バナッシュさんも飛び級します?」


 親友のバナッシュさんが一緒に飛び級してくれるならしてもいいかも? と思ったが、バナッシュさんは凄く嫌そうな顔をした。


「私、自慢じゃ無いけど頭悪いって知らなかった?」

「私でもできるんですから少し頑張れば大丈夫では?」


 私が首を傾げると、バナッシュさんはじっとりとした目付きで呟いた。


「ユリアスさん基準とかマジで意味分かんない。私、ユリアスさんのそう言うとこ嫌い」


 私はバナッシュさんのはっきり言葉にしてくれるところが凄く好きなのだが、怒られそうだから言わないでおく。


「結婚なんていつでもできるけど、学生は今しかできないじゃない。ゆっくりで大丈夫ですよ」


 そんな私達を見ながら、マチルダさんは大人な意見をくれた。

 さすがである。

 今の言葉で、やっぱり学園を飛び級するのはもったいないことだと思えた。


            



「飛び級はしないことにしました」


 私の宣言を殿下は気にも止めずに、書類仕事を続けた。


「驚きませんか?」

「そうだろうと思っていたからな、俺からも高位貴族達に伝えておくから心配するな」


 そんなにあっさりとした返しをされると、何だか寂しい。

 少しモヤモヤとした気持ちが湧き上がる。


「飛び級すると言った方が驚きだろ? ユリアスが学園でしか得られない情報を飛び級なんかで逃すとは思えん。それに、こうやって理由を作って俺に会いに来てくれているのも、嬉しい」


 殿下は学園を卒業してから国王の仕事を手伝うようになり、だいぶ忙しそうで、私が理由を作って執務室に来なくては会える時間が無いに等しくなってしまうのだ。

 会えないと寂しいのだから時間を作るのは当たり前だが、素直にそれを伝える勇気は無い。


「そう言えば、ユリアスに手紙が届いていたぞ」


 渡された手紙はラベンダー色の封筒に黄金の封蝋のされた手紙だった。

 送ってきたのは、ランフア様だ。

 隣国の姫のランフア様は南の島国、ウエルカ王国の王様と電撃結婚をした。

 顔合わせの席でお互い惹かれ合い、とんとん拍子に話は進み、気づけば『結婚しました』と言う手紙が届いたことでランフア様が結婚式まで終わらせていたことを知った。

 結婚式は国で盛大に行われたようだが、あまりにも短い婚約期間のせいでランフア様は身内しか結婚式に呼ぶことができなくて申し訳ないと言っていた。

 ランフア様の結婚式は見てみたかったが、仕方が無い。

 ランフア様が幸せなら私も嬉しいので、結婚祝いをたくさん送った。

 最近『アリアド』ではセクシー系の服や小物が流行っているから、南の島国でも流行るように数点紛れ込ませておいたのは策略である。

 そんなランフア様からお礼状だろうか?

 中を確認して驚いた。

 手紙の内容はプレゼントのお礼もそこそこに、ランフア様が御懐妊でおめでたいことになっていると言ったものだった。

 嬉しい気持ちと不安が混ざり合った手紙に、私はランフア様に会いたいと思ってしまった。


「険しい顔をしているが、どんな手紙だったんだ?」


 気づかないうちに、私は眉間にシワを寄せていたようだ。


「ランフア様から……」


 御懐妊というデリケートな手紙の内容を勝手に触れ回るのはよくない気がして口籠る。


「ランフア姫がどうかしたのか?」


 心配を顔に貼り付けた殿下に、私は笑顔を向けた。


「私、ランフア様に会いに行ってきたいと思います」

「は?」


 殿下は片手で頭を押さえると、しばらく考えてから言った。


「ランフア姫はエウルカ王国に嫁いだんだったよな?」

「はい。結婚式にも行けませんでしたし、会ってお祝いを申し上げたいと思っています。ランフア様も会いたいと言ってくださっていますし、エウルカ王国に行くなら外交官として招いてくださると書いてありますから」


 私の言葉に、殿下は両手で頭を抱えた。


「君はエウルカ王国がどれだけ遠いか分かっているのか?」

「普通の船なら片道一週間ほどだと記憶しています」


 殿下は恨めしそうに私に視線を向けた。


「ただでさえ二人で会える時間が少ないのに、往復二週間に滞在日数は確実に会えないのを君は耐えられるのか?」


 殿下は、はーっと深いため息をついた。


「俺は耐えられない」


 殿下の素直な告白に胸がギュッと締めつけられる。


「君は……俺と会えないことを寂しく思わないのか?」


 実際、殿下に会えないのは寂しい。

 だが、結婚と出産に関してランフア様が遥かに先輩で、王族との結婚に向けての心構えをするためのアドバイスをもらえる気がして、会って話がしたい。

 殿下との結婚に万全のモチベーションが欲しいと思っているなんて、殿下本人に言うのは、恥ずかしい。

 殿下は手に持っていたペンを机に置くと、私に近づいてきた。


「君はどうなんだ?」

「さ、寂しい……です」


 殿下はニカっと笑うと私を抱きしめた。


「よかった。君なら俺よりなんらかの利益の方が大事だと言うかと思った」


 安心したような殿下の優しい声に、少なからず罪悪感を感じてしまう。


「寂しいですが、私はランフア様に会いに行きます」


 私の消えそうな声に返事は無い。

 聞こえなかったのかもしれない。

 もう一度口を開こうとしたのを察知したように私を抱きしめている殿下の手に力が入る。


「決まっているんだな」


 呆れたと言うか、諦めたような殿下の声に申し訳なさがつのる。


「きっと寂しくなってしまうので、魔法通信機で毎晩連絡をしてはいけませんか?」 


 会えないのは寂しいが、一日一回声を聞けたら少しはマシだと思えたのだがどうだろうか?

 殿下は私を抱きしめていた手に少し力を込めた。


「君はたまに、凄く可愛いことを言う」


 名残惜しむように頭まで撫でられ少し決心が揺らぐから止めてほしい。


「王族との結婚がどう言ったものか、勉強してきますね」


 思わず口から出た言葉に頭を撫でていた殿下の手が止まった。


「君はそれを学ぶためにランフア姫に会いたいのか?」

「それだけではありませんが……いけませんか?」


 殿下は私の肩に頭を乗せた。


「そ、それは、止めるわけにはいかないな」


 何故か照れたように頭を乱暴に撫でられた。

 髪がボサボサになるので止めてほしい。

 私が口を開く前にそのことに気づいたのか、殿下は私を抱きしめるのを止めて髪を手櫛で直し始めた。


「早く帰ってきてくれ」


 照れの残る顔で殿下は私の頬に触れた。

 キスの予感に瞳を閉じる。

 それと同時にドアをノックする音が響き殿下の手がピクッと跳ねた。

 ああ、またキスできないと思った瞬間、殿下の唇が触れて驚いた。


「毎回邪魔されてたまるか。ユリアスと会う時は部屋に鍵が必須だ」


 ドアノブをガチャガチャと鳴らす音とお兄様の『ここを開けろ』と言う叫び声を聞きながら、殿下は私に二度目のキスをしたのだった。


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