証拠を集めて勿論……
ルチャルとバリガが尾行役をしている中、子ども達は新しい遊びを取り上げられたように不満顔だったが、新装開店のお店を自分達が仕切れる責任感に変わって行った。
私が子ども扱いしてしまっているだけで、彼らは十五歳で私と三つほどしか変わらないのだから、これから直ぐに立派な従業員になるだろう。
後、問題があるとすれば自警団の皆様がルチャルとバリガを女性だと信じて疑わないことは夢を見せてあげ続けた方が良いのか……決して面白いからとかそう言ったたぐいの話では無い。
二人の宣伝効果を狙ったりなどもしていない。
ただ、二人に似合う服を大至急『アリアド』から店長に持ってきてもらった。
最近二人に着てもらう服が売れるので、ホテルの一角を借りて作った『アリアド支店』に置くための商品の広告塔にしようなどとは一切考えていない。
信じてほしい。
まあ、殿下はかなり呆れた顔をしていたが、信じてくれているはずだ。
話を戻すが、自警団の人達がルチャルとバリガを尾行させると言ったら、ものすごく反対された。
可憐な女性には危ないからだと、説得してくる自警団員さん達にルチャルは笑顔を向けた。
「えっ? ケンカ売ってる?」
ルチャルはどうやら怒っているみたいで、可憐な女性がと言っていた人を数人投げ飛ばしていた。
バリガも花束を持ってきたイケメン団員さんを睨みつけていた。
「ユリアス、二人が女装だと言わなくていいのか?」
心配そうな殿下を他所に、バリガが差し出された花束の花を無言で引きちぎっている姿はカオスとしか言いようがない。
「バリガさん、お花は大切に」
「失礼しました」
反省してくれたかと思いきや、残りの花束をイケメン団員の顔面に叩きつけていたのは、見なかったことにした。
「皆さんが心配する必要はありません。二人は私が信頼を置く護衛ですので」
私の言葉に、護衛二人が感動した様な顔をした。
バリガに至っては、感極まって涙が浮かんでいる。
「「ユリアス様、ご安心を! 必ずやフードの男を捕まえて参ります!」」
「とっても、頼もしいです。宜しくお願いしますわね」
私が笑顔で頼むと、二人は気合いを入れて出ていった。
「ユリアス、君は魔性の力を持っているんじゃないよな?」
魔性の力? そんなお金になりそうな力があったら、普段から活用している。
「自覚がないのか……」
殿下は安定の呆れ顔になった。
何だか解らないが、失礼ではないか?
「そんな力があるなら、自分が不安にならないぐらい殿下をメロメロにしています」
口を尖らせて不貞腐れた様に呟いた言葉を殿下は聞き取った様で、両手で勢いよく顔を覆ってしまった。
何だか痛そうである。
「だ、大丈夫ですか殿下?」
「魔性‼︎」
何故か怒った口調で言われた。
私は心配しているって言うのに、解せない。
しかも、自警団員の皆さんに生暖かい眼差しを向けられたのだった。
あれから半日が過ぎたところで、ルチャルとバリガが帰ってきた。
バリガの肩にはフードの男が担がれている。
「美しいお嬢さんが、男を軽々担いでる〜」
「そんな姿も美しい」
などの言葉を呟かれていたが、バリガは鋭くそちらを睨むだけだった。
「簡単に捕まりましたよ、ユリアス様」
ルチャルが楽しそうに報告してくれた内容は、三人のゴロツキを尾行すると直ぐに冒険者ギルドに併設している酒場でお酒を飲み始めたらしい。
そして、しばらく観察していると声をかけられた。
一緒に飲まないかと、一緒に飲んでいた方がフードの男が現れた時に捕まえやすいと考えた二人は、奢ってくれるならと言って快くその誘いに乗った。
それからすぐに、今担いでいる男がやって来た。
「ホテルはどうだった」
フードの男の言葉に、ゴロツキ達は難色を示した。
「あのホテルには手を出さない方が良いんじゃないか?」
「ゴリラみたいな姉ちゃんが居るしな」
「俺は降りるぞ。顔覚えられたから、直ぐに自警団に突き出されちまう」
どうやら、ゴロツキ達は改心しているようだ。
「ふざけるな。お前らにいくら出したと思ってるんだ。成果を出すまで働け」
フードの男の言い分はブラック企業の考え方だ。
成功報酬の話をしておいて、それ以前の過程の話は大してしていない。
失敗した時の話をしていなかったのなら、怒る理由にはなり得ないのだ。
「金をもらっておいて、成果を出せないですむか!」
ゴロツキ達はハーッと息を吐いた。
「言っとくが、ホテルで難癖つけて営業妨害はしたんだ」
「ただ、ホテルのオーナー対応が凄くて大した妨害に、ならなかっただけだろ。言われたことはしたぞ」
「何もしてなくて文句言われるなら解るが、言われたことはした」
ゴロツキの言葉は尤もである。
「作戦考えたそちらがポンコツだっただけじゃないですか〜」
ルチャルはそう言ってフードの男を挑発した。
「女だからって調子に乗るなよ!」
そう言ってルチャルに掴み掛かろうとしたため、バリガがフードの男を後ろから羽交い締めにした。
「男だからって、調子に乗るなよ」
と言いながら、ルチャルが数回お腹を殴るとフードの男は失神したので、バリガが担いで連れてきたらしい。
フードの男の年齢は四十代前半ぐらいに見えるが、そんなに殴って大丈夫なのだろうか?
「死ななければ大丈夫ですよね?」
女装姿で可愛いルチャルが心配そうに聞いてくる。
周りもこんなに可愛いルチャルが言っているなら仕方ないか! と言う雰囲気になった。
「瀕死は駄目だろ」
殿下だけが、何か呟いていたが声が小さ過ぎて聞き取れなかった。
「でも、失神している人に証言を取るのは大変では?」
私の言葉に、バリガがいい笑顔で失神している男を椅子に座らせ縄でぐるぐる巻きにしだした。
「ユリアス様、大丈夫です。こうして身体の自由を奪って水をかければ、大抵の失神した者は目を覚まします」
美しい女性にしか見えないバリガの流れるような手際の良さに、自警団員の皆さんも顔色が悪い。
「何でもお好きな証言を取って見せますが、どうしますか?」
鬼気迫る迫力に後退りしそうになりながら、私は笑顔を作った。
「お好きな証言はいらないわ。真実を知りたいだけですから」
「そうですか?……水、汲んできますね」
バリガは残念そうな顔をしてからバケツに水を汲んで持ってきた。
勝手にコップ一杯ぐらいのお水を想定していたせいで、かなり驚いてしまった。
「ユリアス様が濡れてはいけないので、離れていてください」
バリガはに促されて、部屋の外に出るとバシャンと水がぶつかる音が響いた。
部屋の中はだいぶ水浸しだが、フードの男は目を覚ました。
「ここは?」
「自警団ですよ」
可愛くルチャルが教えてあげると、フードの男はガタガタと椅子を揺らして暴れ出した。
「俺は何もしてない! むしろその女に突然殴られたんだ」
彼の主張は間違っていない。
「私の護衛がごめんなさい。でも、貴方にお会いしたくて」
「はあ? 誰だお前」
瞬間的にバリガが男の髪の毛を掴んだ。
「誰に向かってお前と言った?」
バリガの地を這う様な低い声に自警団員の皆さんまで震え上がっている。
「バリガさん、大丈夫ですわ」
「ですが、私にとってユリアス様は永遠の女神。そんな女神をお前などと」
バリガさんの掴んでいる髪の毛が抜けそうなぐらい引っ張られている。
「そ、それ以上やったらハゲちゃうわ! さあ、落ち着いて、手を離して深呼吸」
バリガは髪の毛から手を離すとゆっくりと深呼吸をした。
「取り乱してしまい、申し訳ございません」
反省しているバリガの横でルチャルがフードの男の頬を突いていた。
「僕達、君の上司の名前が知りたいんだよね! 教えてくれる?」
フードの男は鼻で笑う。
「誰が言うものか」
ルチャルはニコニコ笑いながら、男の頬に穴が開きそうな勢いで頬を突く。
「えっ? 言わないの? 僕は別にいいけど、あっちの人は手加減してくれないよ! 女神の言うこと以上の結果を出したがる人だよ。僕なら耐えられないから、直ぐに吐いちゃう」
ルチャルは突いていた頬を今度は優しく撫でた。
「ここで喋ったら、自警団の人に助けてもらえるけどその後は……僕には怖くて何も言えない。あ、足に錘つけて泳いだことある?」
自警団の皆さんが部屋の隅に固まってプルプル震えている。
「今、話す? 女神信者に引き渡してから話す? どっち?」
フードの男は真っ青になりながら叫んだ。
「今話す! アイーノ伯爵の指示だ! だから、殺さないでくれ! 俺には妻も子どもも居るんだ!」
怯えるフードの男にルチャルは口を尖らせて見せた。
「えっ? 僕殺すなんて一言も言ってないよ! ね、そうでしょ」
ルチャルの言葉にフードの男はアワアワと口を動かしていたが、やがて項垂れた。
「ルチャルさんったらドSの素質が……」
「ユリアス様、違いますよ! あの人に習いました」
ルチャルは殿下を指差した。
予想外な人物に私が驚くと、殿下は深いため息をついた。
「ユリアス、騙されるな。ルチャルもユリアスを揶揄うな」
えっ、私騙されてる?
慌ててルチャルを見れば、ニヤリと釣り上がった口元を両手で口元を隠していた。
その仕草が可愛いのが、何だか女性として負けた様な気になる。
気を取り直して、私はフードの男の肩をポンと叩いた。
「貴方はアイーノ伯爵の指示だとおっしゃいましたけど、指示は口頭でしたか? それとも書面ですか?」
項垂れていたフードの男は力無く私を見る。
「何故そんなことを聞く?」
不安そうに瞳を揺らすフードの男に私は心配そうに聞こえる声で優しく伝えた。
「それは勿論、貴方を助けたいからです。貴方がこちらに捕まったと知れば、証拠隠滅に貴方の命を狙うかも知れませんわ。殺されたく無くて仮に貴方が私達に力を貸して証言をしてくださっても、貴方の存在など知らないと言われたら証拠として認められ無いかも知れません。けれど、書面が残っているなら貴方を守ることができます。書面で無くてもいいのです。証拠になるものをお持ちではありませんか?」
さも、貴方を守らせてほしいと言う顔で証拠の有無を確認すれば、彼は懐から書類を取り出した。
「依頼は書面で、達成したらアイーノ伯爵家の調査団がそれを確認して達成印を付けてくれる。その印の付いた書類をアイーノ伯爵に渡すことによって金が支払われるんだ」
彼は不安そうに私を見つめた。
「これで助けてくれるか?」
「安心してください。これがあれば……フフフ、フハッアハハハ」
思わず高笑いをする私を見て、彼は顔色悪く泣きそうな顔をした。
「ユリアス、悪いオーラが隠しきれていないぞ」
殿下は何故か残念な者を見るような目で私を見ていた。
「申し訳ございません。思わず笑いが込み上げてしまいましたわ。ですがこれで、私を騙し幽霊の出るホテルを掴ませ、そのホテルの再建を試みれば営業妨害してくるような方を追い詰めることができますわ」
私はニッコリと笑顔で宣言した。
「私に喧嘩を売ったんですもの! 勿論、慰謝料請求いたします!」
殿下はフーッと息を吐いた。
「言うと思った」
私の心を読むのは止めてほしい。
「あっ、それと貴方」
私はフードの男を見て言った。
「奥様とお子さんがいるのでしたらもっと安全な仕事をなさった方がいいわ! と言うことで、家のホテルで働かない? 家のホテルの従業員って若い子しか居なくてお客様を不安がらせてしまうかも知れないと思っていたの。貴方ぐらいの年齢の方が働いてくれると凄く助かるわ。無理にとは言わないけど、如何かしら?」
私の言葉に、フードの男はボロボロと泣き出した。
「ユリアス、何泣かせてるんだ!」
「何か、気にさわりましたか?」
フードの男は泣きながら私に頭を下げた。
「ありがとう……ありがとうございます。誠心誠意働きます」
なかなかいい人財を見つけたようだ。
あの後ホテルに戻ると、モーリスさんが慌ててやって来た。
温泉施設を体験した人達の口コミのおかげで、予約が更に増えたのだと言う。
新しく、従業員になったフード男ことジャンさんをモーリスさんに紹介すると凄く喜んでくれた。
「これから、宜しくお願いします」
モーリスさんがジャンさんの手を両手で強く握って笑顔を向けると、ジャンさんはまた号泣していた。
「今は従業員がたくさん居てくれた方が助かりますから。凄く有難いです。ジャンさん、頼りにしてますよ」
モーリスさんの人の良さのおかげで、ジャンさんも直ぐに打ち解けられそうだ。
「オーナー、温泉施設の口コミだけでこの予約数の伸び率ですから、これから確実に忙しくなります。ですので、もう少し従業員を増やしたいと考えてます」
「私もそう思います。増やしすぎてお給料が払えないなんてことにならない程度に増やしたいですわね」
私達の話を聞いていたジャンさんが言いづらそうに口を開いた。
「俺は、凄く運がよくて雇ってもらえたことは解っているのですが、俺の知り合いにも職を探しているやつが何人か居るのですが、雇ってもらえないでしょうか?」
ジャンさんは駄目だと解っていますと言って頭をかいた。
「それは、駄目です」
「……そ、そうですよね」
私は優しくジャンさんの背中を撫でた。
「特別扱いは駄目です。きちんと面接をした上で考えさせていただきたいので、お友達に面接を受けるかどうかを確認してください」
「……は、はい! チャンスをくださってありがとうございます!」
ジャンさんは本当に涙脆いようでまた大号泣していた。
でも、これで従業員の心配は無くなったように思った。
翌日、昨日の疲れからか幽霊を意識することもなく、ぐっすり寝てしまった。
朝食ができたことを知らせに来てくれたハンナさんと食堂に向かっていると、ホテルのエントランスが騒がしいことに気づいた。
部屋から出ると、困った様な顔の殿下がエントランスの方を指差した。
「俺に用があるみたいなんだが、追い出して来ていいか?」
殿下のうんざりした様な顔に、私は笑顔を向けた。
「しばらく殿下はお待ちください。ホテルの従業員としての対応をするいい機会かも知れませんから」
殿下は不服そうにハーッと息を吐くと私をギュッと抱きしめた。
「危ないと思ったら、すぐに呼べ。後、我慢できなくなったら出て行くからな」
バナッシュさんの時は〝助けてくれ〟と言っていた人が、今は私の心配をしてくれている。
その事実だけで、何でもできてしまいそうな力が湧き上がってくる気がした。
決意を新たに、朝も早い時間から騒いでいるのは何事かと思いエントランスに向かうと、アイーノ伯爵と令嬢のミッシェルさんが従業員である子ども達に何やら怒鳴っていた。
「いいから早く王子殿下を呼んでこい!」
「そう、言われましても、当ホテルでは早朝からアポイントメントも無い方を、お客様の許可無くご案内するわけにはまいりませんので、どうぞアポイントメントをお取りになられましてからのご来訪をお願いしております」
クレーマーに対する対応も訓練もきちんとこなせていて、何だか鼻が高い気分だ。
「お前みたいな若造では話にならんな! 責任者を呼んでこい」
アイーノ伯爵が対応をしていた彼を突き飛ばした。
「何か不手際がございましたでしょうか? ホテルチャロアイトでオーナーをさせていただいております。ノッガー伯爵家長女ユリアスと申します」
見かねて、私が声をかけるとアイーノ伯爵は小さく呟いた。
「今度は小娘のお出ましか」
呟くなら聞こえないように呟いてほしいもので、危うく盛大な舌打ちをするところだった。
「オーナーさん、私はアイーノ伯爵と申します。大至急王子殿下に取り次いでいただきたい」
「では、アポイントメントはお取りですか?」
「また、それか」
アイーノ伯爵はうんざりだと言いながら、私に近づいた。
「お嬢ちゃん、これは遊びじゃ無いんだ! 早く、王子殿下を連れて来い」
王子殿下の婚約者に対しての態度云々も別にして、王子殿下を〝呼んで来い〟とは、どれだけ自分が偉いつもりで居るのか?
黙っていればイケオジと言われそうな見た目のアイーノ伯爵だが、傲慢な態度が釣り上がった目元に現れている。
あまりにも軽率な振る舞いに、よく貴族になれたと感心してしまいそうになる。
「王子殿下は当ホテルで重要なお客様であり、プライベートな時間を過ごすためにお泊まりいただいて居ますので、おいそれと勝手な真似はできません。ご了承ください」
オーナーとしてのお客様への対応をしているが、アイーノ伯爵は眉間にシワを寄せた。
「君はホテルのオーナーとしての自覚が足りないんじゃ無いか?」
「そうよ! ノッガー先輩はオーナーとしての自覚が足りないわ!」
この親子は貴族としての自覚が足りないんじゃ無いのか? と返したいのをグッと耐えた私は偉いと思う。
「王子殿下は国の宝だぞ! そんな宝をこんな古くてカビ臭くて本物のお化け屋敷のホテルと言ったら烏滸がましいような建物に滞在させるなんて、頭がおかしいんじゃ無いか?」
「お化け屋敷に泊まらないといけないなんて王子様が可哀想」
王子殿下の婚約者にそんなホテルを売りつけて、そんな暴言を吐いている方が頭おかしいんじゃないのか? と強く言いたい。
見れば、モーリスさんが自警団長と数名の自警団員を連れて来てくれたようで、離れたところからこちらを窺っている。
「早く王子殿下を助け出さなくては! 婚約者と言っても所詮政略結婚に過ぎないからってそんな配慮もできないとは、所詮はおままごとと言うことか」
吐き捨てるように言われた言葉に、子ども達から殺気があふれる。
「君の様に可愛げの無い女に王子殿下の婚約者なんて務まるわけが無い。娘から色々と聞いているぞ! 王子殿下に宝飾品をねだったり、国税を好き勝手しているそうじゃないか! 早く婚約破棄して私の娘にその場を譲りなさい」
アイーノ伯爵が横にいた娘のミッシェルさんの肩を抱くと、ミッシェルさんは照れた様な笑顔をこちらに向けて来た。
「それは誤解ですわ。殿下の資産は国税ではなく、殿下が正当な方法で稼いだお金ですし、殿下から買っていただいた物も数多くはありません。私が欲しいものを的確に理解してくださってますので物では私が喜ばないと解っているのです」
「物では無いだと! そうやって王子殿下の寵愛を受けようとするなんて、いやらしい女だな」
この空気の読めない親子を貴族にしたのは誰ですか? 怒らないから出て来てほしい。
いや、普通に考えたら国王陛下が任命しないと貴族にはなれない。
これは、王妃様に怒ってもらおう。
私は脳内でそこまで考えた。
「あの〜、何を揉めてらっしゃるんでしょうか?」
そこで、ようやく自警団長が話しかけて来た。
貴族相手だと言うこともあり、慣れない敬語で頑張って声をかけてくれたのが解る。
「ああ、いいところに! お前達自警団の者だろ! 王子殿下誘拐の犯人だ。コイツらを牢にぶち込んでくれ」
犯罪をでっち上げるのは、犯罪です。
「アイーノ伯爵、それ以上は名誉毀損で慰謝料請求させていただきますが、よろしいですね!」
「何が慰謝料請求だ! 煩い誘拐犯め」
私が困った顔を自警団長に向けると、自警団長も困った顔をした。
「誘拐……ですか?」
「そうだ、幽霊屋敷に拉致監禁だ!」
「昨日、王子殿下に会ってお話しさせて頂きましたが、拉致監禁されてませんでしたが?」
アイーノ伯爵は苛立ちを解りやすく顔に貼り付けて叫んだ。
「拉致監禁されて、政略結婚させられそうになっているのがどうして解らないんだ? 家の娘の婚約者になるお方を早く助け出せ!」
「好きでも無い女性と政略結婚だなんて、自警団員様お願いです。王子様を助けて」
血管が浮き出るほどの怒号を上げるアイーノ伯爵とそれを煽る様なアイーノ嬢に、何言ってるんだコイツらと言いたそうな顔で自警団長は言った。
「政略結婚ですか? 俺には王子殿下が婚約者様にメロメロにしか見えなかったが?」
「お前の目はどうなってるんだ! 眼科に行け! 王子殿下は娘を愛しているんだぞ」
「そうよ! そうよ!」
自警団長は明らかに、大変ですねと言うオーラで私に軽い会釈をした。
「何騒いでるんだ?」
そこに、我慢の限界が来てしまった殿下がやってきた。
明らかにうんざりしているように見える。
「王子殿下! やっとお顔を拝見できましたな! さあ、こんなところから早く出ましょう」
「何言ってるんだコイツ」
殿下はうんざりした様な顔をしながら私の横に立った。
「王子殿下ともあろうお方が、こんなところに泊まるなど言語道断! 我がアイーノ伯爵家が所有する最新高級ホテルに移りましょう」
殿下は大きなあくびを一つした。
「何だか解らんが、俺はこのホテルが気に入っている。他に泊まるつもりは無い」
アイーノ伯爵は目を見開いた。
「信じられない! 何をおっしゃっているのです? こんなお化け屋敷を気に入っている?」
「さっきからお化け屋敷お化け屋敷言ってるが、このホテルに出る幽霊は家族を心配してホテルの経営を手伝う妖精の様な幽霊であって、害も無いどころか会えたら恋人の絆を強くしてくれる様な幽霊だ」
殿下はそう言って私の腰に腕を回して引き寄せた。
「その上、王族に加護を与えるドラゴンが作った天然温泉がこれから自慢のホテルになる」
殿下はそんな説明をしながら私の頭にチュッと音を立ててキスをした。
「殿下、人前で止めてください」
私が小声で言えば、殿下はフンと鼻を鳴らした。
「空気読めないやつには、空気を読まない対応をしているだけだ」
とくいげにそう言う殿下に思わず舌打ちしてしまったのは、恥ずかしくて耐えられなかった弊害だと思ってほしい。
「まさか、王子殿下は幽霊に洗脳されているんじゃ!」
アイーノ伯爵はめげずに突拍子もないことを言ってくる。
「幽霊を使って殿下を洗脳するとは、ノッガー伯爵令嬢は魔女に違いない!」
「……まあ、魔女みたいに笑うこともあるな」
殿下が小声で呟いた言葉に、思わず殿下の足を踏んでしまったが、許してほしい。
「アイーノ伯爵、俺の婚約者を魔女だと言ったか?」
「そうです。王子殿下目を覚ましてください!」
必死に訴えかけてくるアイーノ伯爵と、私心配してます顔のアイーノ嬢。
「目を覚ますも何も、王族は神殿で光の祝福を受けているから、洗脳は百パーセント無理だぞ。国のトップが洗脳なんかされてたまるか」
「ですが、王子様はノッガー先輩にいいように使われているではありませんか! 神聖なドラゴンの力をお化け屋敷に使うなんて!」
アイーノ嬢は目に涙を溜めてウルウルとした瞳で殿下を見つめた。
「ドラゴン様を使うなどと、何を言っている? ドラゴン様は王族よりも上の存在だ。頼んだからと言って力を貸してくださる様な存在では無い。ドラゴン様がこのホテルを気に入ったから力を貸してくださっただけだぞ」
自警団長達もどうしたものかと思案している様だ。
下手に手を出せないのは、自警団長が貴族ではないからだと思う。
思い込みが激しくて空気を読めないがアイーノ伯爵は貴族。
自警団長が尻込みするのも解る。
「アイーノ伯爵は解って居ないな。王族の中でも王位継承者はドラゴンの加護を受けた化け物で、そんな王族に嫁いで来るのが魔女ならお似合いだと思うがな」
その原理で言ってしまうと、私は魔女だと認めることになってしまうのだが。
不満は大いにあるが、今は面倒なクレーマーを退治する方が先である。
「魔女とドラゴンの加護は別物ではありませんか!」
殿下はフーと息を吐くと言った。
「アイーノ伯爵、あまり調子に乗らない方がいい。ユリアスは国王と王妃と俺が手を尽くして手に入れた婚約者だ。俺の愛する婚約者であるユリアスの敵になるのであれば、王族全員を敵にすると思え」
「ですが、王子殿下は娘を愛しているのでは? 娘はずっとそう言って」
アイーノ伯爵の言葉に、殿下は嫌そうに眉間にシワを寄せた。
「娘の妄想癖も見抜けぬとは、俺が愛しているのはユリアスだけだ」
殿下の迷惑そうな顔に流石のアイーノ伯爵も言葉を失った。
「話は終わったのかい?」
見ればバネッテ様が二階からこちらを見ていた。
「その面倒臭いやつら、私が海に捨てて来ようか?」
殿下からあの二人の顔はもう見たくないと言う雰囲気を感じ取ったのか、バネッテ様がクスクス笑いながら言うと、殿下はお願いしますと即答した。
バネッテ様は楽しそうに声を出して笑うと、背中だけドラゴン化させて羽根を生やすとアイーノ伯爵達の首根っこを掴んで飛んで行き、海にポイっと捨てたのがホテルからよく見えた。
町の人達も複数人目撃して、何だか騒ぎになっているが気づかなかったことにした。
そんなことより、遠い沖に捨てなかったのはバネッテ様の優しさだと思う。
「お嬢さんも、あんな面倒なやつらを丁寧に扱ってすごいねぇ! 私なら絡まれて直ぐに雪山のてっぺんに捨てに行くよ」
バネッテ様はそう言って笑ったが、雪山のてっぺんは死んじゃうので許してあげてほしいと強く思ったのだった。




