ホテル再建は欲望と共に 2
町を見て回って、ホテルに戻ると何故か地下温泉の横に地下プールができていた。
「海があるのにプールですか?」
私が首を傾げると、バネッテ様はご機嫌に頷いた。
「この辺の地下は地熱が高いから、冬でもプールに入れるなんてなったらカップルが季節に関係なく泊まりに来るんじゃないかい?」
バネッテ様の後ろでマイガーさんが深く頷いている。
二人が考えて、このホテルに人が来るように考えてくれたのが嬉しかった。
「バネッテ様、マイガーさん。本当にありがとうございます」
私が純粋にお礼を言うとマイガーさんはニッコリと笑った。
「うんうん。俺このホテル気に入っちゃったからデートに使うためにも必要な設備は全部揃えときたいよね! 雨でもプールがあれば婆ちゃんの水着姿見られるし!」
マイガーさんの言葉に殿下が呆れた顔をしていたが、私は別のことを考えていた。
「年間を通してプール。と言ったら季節限定だった水着が季節を問わずに販売できる。アリアドの支店をこの町に作れば……アハ、アハハハ! 売れる!」
悪役の様に高笑いをする私を見て殿下が額に手を当てて溜め息をついていたのは、見なかったことにした。
「新オーナー様、お食事の準備が整っております」
そこに、ハンナさんが夕食を知らせに来てくれた。
案内された食堂に行けば、手早くモーリスが前菜を運んできた。
魚のマリネやトマトとチーズのサラダから始まったコース料理は全てが新鮮で美味しい料理ばかりだった。
「モーリスさん、とっても美味しかったです」
「ありがとうございます」
給仕をしながらも嬉しそうに笑顔を向けてくるモーリスさんの目の下には色の濃い
隈があり、痛々しく見えた。
「モーリスさん、貴方ちゃんと寝てますか?」
私が心配して聞けば、モーリスさんは笑顔で固まった。
寝ていないのが解る反応だ。
両親が亡くなってから、従業員は減っていきハンナさんと二人で頑張ってきたモーリスさんの苦労は計り知れない。
とりあえず、従業員の受け入れを進めなくては。
そんなことを考えていると、キッチンの方で何かが倒れる様な音が響いた。
殿下とマイガーさんが席を立ち、護衛の二人が直ぐにキッチンに向かう。
見ればモーリスさんの顔色が悪い。
しばらくすると、護衛の二人がキッチンから真っ青な顔で飛び出してきた。
バリガさんの手にはハンナさんがお姫様抱っこで抱えられている。
「ユリアス様、物が浮いて……あの」
ルチャルさんが必死に説明をしようとしているが、言葉が上手く出てこないように見えた。
モーリスさんを見れば頭を抱えている。
「モーリスさん、どう言うことでしょう?」
「……」
訳知り顔のモーリスさんはグッと息を呑んだ。
「何が起きたのか、把握していますわよね?」
モーリスさんは私をジーッと見つめた後、諦めたように口を開いた。
「たぶん、母です」
モーリスさんは力無く語り始めた。
「ハンナは兄である自分から見ても、ぬけていると言いましょうか、そそっかしいと言いましょうか……注意力に欠けるところが多々ありまして、よく転けます。両親が生きているころは、母がハンナに注意していたのですが亡くなってからは、ポルターガイストという物を浮かせたり投げて見せる様な手段でハンナを叱っているようなのです。家族のお恥ずかしいところをお見せしてしまい申し訳ございません」
困ったように眉を下げて説明してもらったが、どう言った反応をするのが正解なのか……。
「アグレッシブなお母様ですわね」
当たり障りの無い言葉を選んだつもりである。
「幽霊になってからこちらに意思を伝えるために頑張ったのだと思います」
しみじみと返され、言葉を失う。
いや、努力でどうにかなる話なのだろうか?
「と、とにかくお母様を落ち着かせなくてはいけませんわね」
私はマイガーさんをチラッと見た。
マイガーさんは気にした様子もなく食後のデザートの塩バニラアイスを頬張っていた。
「マイガーさん、通訳してくださいませんか?」
「え〜アイス溶けちゃう」
アイスを溶ける前に食べたい気持ちはよく解る。
それにこのアイスが凄く美味しい。
甘みが口いっぱいに広がり、後味に塩味を感じるのだ。
……現実逃避してしまった。
「マイガー、食べながらでいいから何故こうなったのか聞いてくれ」
殿下が呆れたように聞いてくれ、安心した。
「え〜……しょうがないな〜」
マイガーさんは渋々アイスを片手にキッチンに向かった。
マイガーさんが聞きに行ってくれている間に、私はハンナさんに話を聞くことにした。
バリガさんに抱えられたままプルプル震えているハンナさんの頭を優しく撫でた。
「怖かったのですね。大丈夫ですよ」
目をウルウルさせるハンナさんを他所に、モーリスさんが困ったように言った。
「あぁ〜たぶんですが、片付けを横着していっぺんに皿を片付けようとして転んで割ったりとかその辺だと思います」
「お兄ちゃん見てた?」
「母さんが怒るぐらい酷い失敗なんて、想像がつく」
少し怒った様な空気を出しながらモーリスさんがハンナさんを見ていた。
私はハンナさんに、満面の笑顔を向けた。
「しなくていい失敗で怒られた……と?」
ハンナさんの顔が青くなっていく。
「私、備品が減っていくのが凄〜〜〜〜く嫌いなんですの。頻繁に物が減ると補充しなくてはいけなくなって一番最初からある物の良さなんて直ぐになくなってしまうでしょ。あまりに酷い様でしたら、ホテル丸ごと取り潰して思い出なんて一つもないピッカピカの新しいホテルを建てても良いんですのよ」
ハンナさんを抱えているバリガさんも、青い顔でプルプル震えているのは無視した。
「温泉施設を一瞬で作れる様に、壊すのだって一瞬ですわ……備品は丁寧に扱う。解りましたか?」
ハンナさんと何故かバリガさんが激しく頷いてくれる。
解ればいいとばかりに視線を逸らすと、マイガーさんがキッチンのドアから警戒する様にこちらを覗いていた。
「お嬢の説教終わった?」
明らかに怯えたマイガーさんの態度は解せない。
「説教してる時のお嬢が一番怖いからね!」
キッチンから出てきたマイガーさんはハンナさんに注意する様に言った。
本人を目の前にして失礼じゃないだろうか?
「備品を壊した時のユリアスは怖いよな〜。解る」
殿下まで賛同していることにムッとしていると、マイガーさんが口を開いた。
「まあ、ちゃんと叱らないと解らないだろうってついポルターガイストしちゃったってママさんは言ってたよ。怒らないであげてね」
「備品を壊したのはハンナさんであってリアーナさんではありませんから、怒ったりしません」
疑った様な顔を向けるマイガーさんにデコピンをしてしまったのは仕方がないと思う。
「ありがとうございます!」
デコピンされた額を押さえながらお礼を言うのは止めてほしい。
ドMを喜ばせるためにしたんじゃないのに。
マイガーさんの反応にモーリスさんがドン引きした顔で私を見ている。
「デコピンされたらお礼を言うシステムがあるのでしょうか? 自分もしなくてはいけない感じですか?」
「アレは、ただの変態だ。マネしなくていいし、見なくていい」
コソコソと殿下に相談し無くていいし、殿下も真剣に答え無くていい。
「とにかく、私は罪の無い人にまで怒ったりしません」
その場はそれで話は終わり、私達はお互いに与えられた部屋に向かうことになった。
本来であれば、男女分けた二部屋を借りる予定だったのだがホテルの客室を使うのが私達だけだったため、一人部屋を用意してもらった。
接客の練習になると思うからである。
ただ、一人でいるとジワジワと恐怖の芽が開く。
勿論このホテルにいる幽霊はモーリスさん達のご両親で怖がる必要が無いのは解っている。
が、怖いことに変わりはない。
得体の知れないものに対しての怖さは無いが、幽霊に対しての怖さが無くなったわけでは無いのだと理解した。
一人で眠れる気がしない。
そうだ、バネッテ様様に頼んで一緒に寝てもらおう。
私はそう決めて部屋を出ようとして、廊下が騒がしいことに気づいた。
どうやらマイガーさんが騒いでいる様だ。
「婆ちゃん! ここ開けて! 一緒に寝よ〜よ」
「騒ぐんじゃ無いよ! 大人しく一人で寝な!」
「え〜、じゃあ、朝までお話しするのは?」
「寝ないと明日遊べないだろ? 大人しく寝な」
バネッテ様はかなり大変そうである。
私は諦めて部屋に戻り、バルコニーに出た。
海を見下ろすと、月の光が反射してホテルの前の海岸まで伸びてきていて、まるで光の道が海面にできている様だ。
「綺麗」
思わず呟いた。
「そうだな」
独り言に返事が返ってきて肩が跳ねるほど驚いてしまった。
「すまない。驚かそうとしたんじゃ無いんだ」
声のする方を見ると殿下が一メートル先にある隣の部屋のバルコニーに立っていた。
「殿下」
「ああ煩くっちゃ寝れないな」
殿下からはあまり困った様な雰囲気を感じないが、私は一人じゃ無い安心感に思わず口元が緩む。
「ロマンチックですわね」
「そうだな……あまり煩いならマイガーを黙らせてくるぞ」
「大丈夫です……と言いたいところですが、実は一人でいると怖くて、バネッテ様に一緒に寝てほしいと頼もうと思っていたのです」
殿下は驚いた様に目を見開いた。
「だって、大丈夫そうにしていたじゃないか?」
「一人になると言い知れない不安が……すみません」
思わず謝ってしまった。
昼間に平然としていたのだからそう思われても仕方がないと思う。
殿下はフーっと息をはくと、バルコニーの手すりに手をかけると乗り越えて私のバルコニーに飛び降りた。
「あ、あぶないですわ!」
私が慌てているにも関わらず、殿下は気にした様子もなく私を抱きしめた。
「あんな距離で怪我などしないし、今日のユリアスは可愛過ぎて困る」
かなりドキドキしたのはきっと殿下がバルコニーを飛び越えてきたからだ。
抱きしめられたからではない……はずだ。
「可愛いではなく恥ずかしいではありませんか」
「解ってない」
殿下は抱きしめながら私の頭を撫でてくれた。
「怯えて俺に頼ってくれるのが、凄く嬉しいし可愛いと思ってしまうのは仕方がないだろ」
殿下の手の温かさの安心感が半端ない。
更なる安心のために殿下の背中に腕を回してしがみつく。
「……可愛過ぎだ」
しばらく殿下と抱きしめ合いながら海を見つめたのだった。