苦手なもの
第十四の旅「ビルクリアまで」
―草原―
「もう大丈夫なんだな?」
「はい、三日前と気持ちは同じです」
「そっか、うしっ!後ちょっとでビルクリアだぜ!」
チェックはガッツポーズをする。正は彼のテンションにはもうだいぶ慣れていた。
「今日の夜ぐらいに付く予定でしたっけ?」
「おうよ、このチェック様のためにきっと歓迎会が開かれるぜ」
「あはは…」
(いや、それは多分ない気がする)
僕がドグさんと話をして、もう三日経つ。出発してからはもう五日、つまりこの世界で一週間が経つことになる。予想以上に長居することになりそうで、そろそろ皆も家族の事や友達の事も心配になってきた頃だろう。
瑛君なんて特に授業のほうを気にしてそうだ。まあ彼の場合はもう三年の内容終わりかけてるらしいけど、隼人なんて下手したら留年なんじゃないだろうか。いや、それは僕だって変わらない。この世界で少しでも、勉強なんかよりも大切な何かを得られれば、まだ良いんだけどな。
(…甘い考えだよねぇ)
死を受け入れてからの日々は、やっぱりどうしても心は痛くて、苦しいって言うか、思い出して眠れない日もあった。いや、もしかしたら明日見さんと二人ってのもあるかもしれない。気づいて初めの夜が明けた時は、顔色を酷く皆に心配された。
それでも前を向こうと歩いて、普通のモンスターにも出会って、ワンさんが一瞬で片付けちゃって。明日見さんも、慣れたってわけじゃなさそうで少し辛そうだった。それもそうだ。きっとあの時の態度は、自分の恐怖とかを押し殺してまで僕を救おうとしてくれたのだろう。結局僕はまだ情けないままだ。
でも、そんな彼女もチェックさんといる時は、何だか楽しそうで、互いの天然が噛み合っているのかもしれない。もしもの時は、僕が何とかしたいって無理するよりも、彼に明日見さんを任せるのが適切だ。多分だけど。
そうやって毎日死に出会って、理解した分まだマシではあるけど、こんな生き方は早く皆には止めてもらいたかった。僕が出来ることは、言葉での交渉とかだろうか。口下手だから難しそうだけど、それでも自分に出来ることなら、まずやってみたほうが良いだろう。
「ねぇねぇワンさん。あっちに着いたらどうするんですか?」
「ん?あぁ、もしかしてご飯とお風呂に関してでしょうか」
「ぬ!バ、バレてる……」
少し頬が赤らまっていたから、すぐにばれてしまったのだろう。というか、正面からは見えない僕でも、あのモジモジした動きなら分かってしまう。多分明日見さんは嘘がつけないだろうなぁ。
「はは、アイは本当に飯と風呂が好きなんだなぁ」
「チェ、チェックさんよりかは食べませんよ!」
「ん、そうか~?俺はあんま食わねぇ気がすんだけどな」
「滅茶苦茶食べるじゃないですか、こんなに、こ~んなに!」
とぼけるチェックさんの前で、明日見さんは必死に手を広げ大きさを表現する。っていうか、あれ?様付けや君付けってしないのかな?あれは演技が入ってからなんだろうか。
「はは、悪かったって。もちろん取ってんだろ?」
「はい、もう連絡は、いっているので大丈夫でしょう」
「本当ですか!?やったー!」
「流石だねぇ。俺様のためにご苦労様だぜ☆」
そう言ってチェックは決めポーズをする。
(そういう動作と発言がなかったら顔はカッコいいんだけどなぁこの人。発言も良い事言ってくれるのに、何でこんなに残念なんだろう…)
「セイ達の分は俺達が出すが、借金」
「ん、はい、何でしょうか。仕事の依頼ならいつでも」
「お前の分は自腹だからな」
「…え?」
(本当残念だなぁ、この人)
チェックはドグの言葉を聞くと、その場に立ち止まり、生気を失った顔でドグを見つめる。
「な、何で?」
「お前自分の呼ばれてる名前を考えろよ」
「チェ、チェックさっ」
「借金」
「なんでだよおおおおおおおおおお、良いじゃねぇかそのくらいケチケチすんなよ!」
チェックは現実逃避とばかりに発狂しだした。
「んだと!?てめぇ同情されてここまで仕事で雇ってやってんのに、結局何にもしてねぇだろうが、あぁん!?」
「良いだろ、俺様は兵士じゃねぇんだよ、非、戦闘員!!」
「お前のパルナは飾りか?この五日間、アオの水魔法で服洗うぐらいしか役立ってねぇじゃねぇか!」
「モエルンが火起こしてくれてるしぃ!お前ら全員俺の力がなきゃ皆レトルト食品じゃねぇか。大体お金ザックザクあるんだから、ケチってんじゃねぇよ真っ黒くろ助!!」
「黒くねぇよちょっと毛並みオレンジとか入ってるっつうの!」
「あはは何それワンポイントファッションのつもりですか、超ダサいんですけどアハハハ!!」
何故だろう、何故なんだろう。二人とも誰かの助けになってくれる時は、あんなに大人なのに。何故宿泊代くらいでこんなに惨めな争いをしているんだろう。
二人は互いに取っ組み合う。取っ組み合うといっても、一方的にチェックが負けているのだが。
「さ、二人共行きましょう。この先の道は私も分かりますから」
「え、良いんですかあの二人、あのままで…」
「大丈夫です、じき終わります」
「やっぱり、長年一緒だとそういうのも分かるんですね。何だか私憧れちゃうなぁ」
「ふふ、まぁ今回の場合はそうと言い切れる訳でもありませんけどね。さぁ、先を急ぎましょう」
「は、はぁ…?」
(どういう事なんだろう)
「はーい!」
明日見さんが疑問もなくワンさんの後ろを行くから、僕もそれに続いた。後ろをチラチラ見てみても、彼らが戻ってくる様子はない。本当に大丈夫だろうか・
そう思いながらも三人で進んでいってると、背後から二つほど、雄叫びというか、悲鳴というか、そんな声が聞こえてきた。
「うおおおおおおおおおおお、うおおお、うおおおおおおおおお」
「走れ、とにかく走れえええぇえぇえぇ」
向こう側から走ってくるのはチェックさんとドグさんだった。僕は胸を撫で下ろし、二人に手を振ろうとする。振ろうとしたのだが、その背後からとても大きな身体と口を持ち地面を這いずり回る大きな液体が追いかけてきていた。多分スライムだ。
「あぁ、なるほど」
「な、何あれ…」
「スライムキングですよ」
こちらに気づいたのだろう、二人は僕らを大声で呼びとめようとした。
「おお、ワン、丁度良い所にいるじゃねぇか!ちょっとで良いから手伝ってくれ!!」
「アイ君、俺と一緒にヒーローになろう!ね!?」
そんな二人を見なかったかのように、ワンは前を向き一言だけ言った。
「私は、粘々したのが嫌いなんですよね」
「わ、私も得意じゃないかなぁ」
「じゃぁ、走りますか」
「良い考えですね、セイ」
「賛成!」
そういうと僕らは一斉に目的地の方へ、二人に背を向け走り出した。
「ワ、ワンンンンン!?」
「ア、アイ君、俺を見捨てるのか!?」
「聞こえないなぁ何も」
「チェック様、ごめんなさい!」
二人は聞こえないくらいの小声でそう言うと、何も聞かなかったかのようにただ走る。
「ああああああああああああああ」
「何か、何か粘々してるんだけどおおおおおお」
二人の断末魔は、はっきり聞こえた。何かが爆発する音も聞こえた。モエルンだろうか、まぁ良いや。今は何となく、全力で走ってみたい。
正はそう思い、ビルクリアへと一直線に進んでいった。




