目に映るものと共になる
第七の旅「これで良いの」
見取り図の通りに進んでみると、双子の名前がプレートに書かれた部屋を見つけた。
「アス♡ミークの部屋、だって。可愛いなぁ二人共!」
「うっし、入ってみっか!」
ドアに付いているスイッチを押すと、扉は横に開いた。
(何で宴の間だけ手動なんだよ)
その先の構造はピンピの部屋と同様なのだが、この世界のモンスターを可愛い感じにした人形が沢山ある。
部屋の雰囲気も子供らしくなんとも和む気持ちにさせてくれる。リビングの中央では、アスが夢中になって何かをしていた。
「アスちゃん、遊びに来たよー」
水希が声をかけると、アスは最初ビクッとなった後に、こちらに気づくと元気いっぱいに駆け寄ってきた。
「わぁ、おねぇちゃんとお兄ちゃんだ!どうしたのー?ここ、何もないよ!」
(来て早々何もない宣言かよ…)
「ふふ、隼人が来たくなったんだって」
「お兄ちゃんが?そーなんだ、やっほー!」
「お、おう。やっほー」
(やっぱアスのテンションは強過ぎるなぁ…)
「うちの名前ね、水希って言うの、こっちは隼人。せっかくだから、名前も覚えて欲しいな」
「そうなんだ!ハヤト、と、ミズキおねぇちゃん!」
「え、何で俺呼び捨て?」
「そうそう、よく言えたね!」
「うん、アス記憶力バッチリだから!!」
アスは誇らしげに両腕を腰に当て仁王立ちをしている。
しかし、それでは駄目なのだ。このままでは俺が舐められていることになってしまう。この歳で呼び捨てを許してはきっとアスの将来に関わるはずだ。ここは、一歩大人になる俺としてビシッといかなくては。
「呼び捨ては、ほら、目上の人なんだからちゃんと敬語を使った方が良いと思うぜ」
「えー、でも長老様がハヤトはアスよりお子様?だから、敬語とかもったいないって言ってたよ!」
(あのクソジジイ…ここに来ると分かってて先手を打ちやがったな。これも歳上の特権かよ)
「あ、そ、そうだなー。アスの方が歳上だもんなぁ」
「そーゆーことだよ!」
「ちょっと、隼人ってば舐められてるよ」
「う、うるせぇな。お前には分からない駆け引きが俺とクソジジイにはあるんだよ!」
「ふ~ん、一体どんな駆け引きなんだろうなぁ」
「カケヒキって何ー?アスにも教えてよ!アスの予想はね、女の子の話!!」
「だ、だから違うっつーの!い、いつか教えてやるから、ほらそんな目をキラキラさせんなよ!」
「ふふ、もう、隼人ってば動揺しすぎ、本当今日どうしたの?」
水希はいつもと違って優しい笑顔を俺に向けてくれる。いや、もしかしたらいつもこいつの笑顔は優しかったのかもしれない。俺が気付いて、いや、向き合おうとしなかったからだろうか。もし、俺が自分の心と向き合い、一つになることが出来たら、もっとこの世界は…。
「…別に本当に何でもねぇよ。んなことよりアス、さっき何一生懸命やってたんだ?」
話題転換を図り、アスにさっきの行動が何だったのかを聞いてみると、彼女は思い出したかのように大声で叫んだ。
「あー!!!そうだよ、アスね、お絵かきしてたの!!そうだ、ハヤトとミズキおねぇちゃんも一緒にしようよ。ほら、こっちこっち!」
「うわっと、おいおいひっぱんなって」
「お絵かき?良いよ、お姉ちゃん苦手だけど一緒にやろう♪」
アスに手を引かれてリビングの中央に行くと、そこには白い紙が数枚とクレヨンから色鉛筆まで塗り絵道具が沢山あった。アスはさっきまでイヌのようなものを描いていたらしく、それもやはり仁王立ちしている。アスの趣味なのか、この世界のイヌはそうなのか、よく分からなかった。
「うわぁ、上手だね!」
「一応絵にはなってんのな」
「ありがと!ほら、ハヤト達もこれ使って!お題はねー、木!」
「木って、そこら辺に生えてるやつか?」
「うん、そうだよ!」
「木かぁ、難しそう…」
水希は少し悩んだ顔を見せる。いや、木ぐらい描けるだろ。
「それじゃあ、よーいスタート!」
アスの合図で三人は一斉に木を描き始めた。隼人は母親が絵の才能に関しては秀でていたために、妹の雪と同じで絵は下手ではなかった。美術の先生からは本気で将来その道を行かないかと面談をされたこともある。
でも隼人は絵があまり好きではなかった。理由は発想力がなかったからだ。
だから、今もこうしてこれまで見てきた木の記憶を辿っている。そうするとそれは、自分達が最後に見た正の家の木と重なった。隼人はそれを夢中で描いていく。アスも真剣に絵を描いており、部屋の中には水希の悩む声が聞こえるのみだった。
どれくらい経ったのだろう、気付けば、隼人の絵は完成していた。隼人が息をつくとすぐ、アスが大声で、出来た!と歓声を上げた。
「よーし、じゃあ行くよぉ」
「おう」
「良いよ!」
「せぇーのっドン!」
アスの掛け声と共に三人は絵を見せ合った。
「ほわわわわ!?ハヤトの絵、凄く上手だよ!びっくり!これがあれだよね、似合わないってやつだよね!すごいすごーい!!」
「綺麗…」
「言いたい放題だな…、絵は苦手じゃねぇんだよ」
「いや、これ得意不得意の領域じゃないって言うか…」
隼人の絵は、あの大木を鮮明に書き写しており、幹の彫から枝の分かれ、根元の地に張り巡らされている様子や、大きな緑の葉の一枚ずつがくっきりと浮かび上がっているように描かれていて、それは何とも美しかった。
「分単位のクオリティじゃないでしょ…」
「良いなー!アスも頑張ったんだけど、それには劣っちゃう…」
「どれ、見せてみろよ」
アスの描いた木の絵は、その歳には見合わないほど十分な上手さだった。一つ子供らしいというなら、木には沢山のお菓子やキラキラしたものがついており、その木の下で色んな形の顔をした小人?が描かれている。丸や四角だけではなく、形の種類にはハートや星なのもあった。
「うぉ、普通にうめぇじゃねぇか。アスお前才能あんぞ!」
隼人は思わず声を上げるほどに、その完成度に驚いた。
「本当?やった、ハヤトに褒められたんだったらしんよーできる!長老様に言われても、絵下手っぴだから嘘と思っちゃうもん」
(はは、ざまぁねえなぁクソジジイ)
「本当に上手だね。アスちゃんは凄いなぁ」
「えへへ、でしょでしょ」
「一つだけいうなら、木にこんなもんは付かないし、こんな形の顔もないけどな」
隼人がそう言うと、アスの顔は一瞬止まり、自分の絵をじっくりと見始めた。
(あ、あれ。俺もしかして不味いこと言ったか…?)
「ちょっと、隼人何言ってんのよ。アスちゃん落ち込んでっ」
「これで良いんだよ」
「え?」
「い、良いのか?」
「うん、これで良いの」
そう言うアスの表情は、落ち着いていて、とても幼いとは言えなかった。
「長老様が言ってたんだ。自分の気持ちを絵にすると良いって。確かに、木は本当はもうちょっと違うし、ヒトもこんな見た目じゃないけど…。でも、長老様は、リンカク?は元の形があればそれで良くって、その先は自分の考えや気持ちを表していけば良いって教えてくれたの!よく、意味は分からないんだけど、多分あるべきものを描いたら、その先は自分の好きにしなさいって事だと思うの!」
アスの持っている絵をもう一度見てみると、確かに木は描かれていて、そこにただアスの好きな物が実っているだけだ。人の顔だって、きちんと目や鼻、口、耳。必要なものは全て揃っていた。顔の形なんて、確かに人それぞれだ。
「へぇ、そんな事言ってくれたんだ。多分長老様がそういう事を言ってくれたのも、アスちゃんが、想像力が豊かだからなんだろうね!多分見えてるものが沢山あるんだろうなぁ。沢山いろんな事喋ってくれるし」
「想像力、見えてるもの…」
部屋を見渡してみると、確かに机にはキャンディーやお菓子が載っていて、壁の模様はハートで、すぐそこには星型のクッションがある。そればかりか、その絵にはこれまでライプで見てきた様々な物が描かれていた。
でも、アスは一度も絵を描いているとき周りを見渡していない。普通自分の住んでいる場所にある物なんて、それに一箇所ではなく全体に渡ってわざわざ覚えている者なんてそんなにいない。
彼女には見えているんだ。見ようだとか、覚えようだとか、必死になってるんじゃない。自然と彼女には、視界の全体が映っているんだ。
「えへへ、そんなに褒められると照れちゃうよぉ」
この無垢な笑顔が何よりの証拠だ。視界を自分の物にするんじゃなく、一体となって目に見える全ての物をきちんと受け入れている。そしてそれを豊かに想像し、自分の好きなように表現していく。これが、視野を広げるということなのだろうか。
いや、多分これだけじゃない。まだあのクソジジイは何か考えているはずだ。考えろ、考えるんだ。
「ねぇ、ねぇ。ミズキおねぇちゃんの絵も見せてよ!」
「え、えぇ!?うちの絵かぁ…。え、えい!!」
水希はさりげなく隠していた絵を見せると、そこには幼稚園児と疑うレベルの可愛らしい絵があった。描かれた木と太陽には顔が描かれていて、どっちも笑っている。
「わ、わぁ、凄いねぇ…」
この絵を見て確信を得た。絶対もっと何かあるはずだ。水希が持っていて、俺にないものが。うん、ある。じゃないと色んな意味で納得できねぇ。
そんな事を思っていると、水希はアスの反応を見て、見せたことを後悔するようしゅんとなっていた。一人でボソボソと何か言っている。これは慰めてやる必要がありそうだ。
「良いじゃねーか。その絵」
「え、そ、そうなの?」
「こ、これが社交辞令…」
アスが教わったことを目の当たりにするような目でこちらを見ている。つーかなんて言葉を教えてもらってんだよ。
「あぁ、お前らしい可愛らしさがあんぞ。相変わらず乙女チックだからなぁ、前から」
「うち…らしさ……」
「あぁ、木に目と口が付いてて、太陽浴びながら笑ってんのが、お前の優しさが出てるって思わねぇか?」
「そ、そうかな…えへへ」
水希は頬を赤くし、自分の絵を抱きしめながら、嬉しそうにしている。慰めたつもりだが、そこまで喜んでもらえるとは。
隼人はその水希の姿を不思議に思いながらも、アスの方を見ていると、彼女の目はまた輝いていた。何だか嫌な予感がする。
「ねーね、アスね、ずっと気になってたの!」
「な、何がだよ…」
「ほ?どうしたの、アスちゃん」
「あのねあのね!」
アスが大きく口を開くと、慣れた台詞が放たれた。
「ハヤトとミズキおねぇちゃんは恋人なんですか!」
その言葉が放たれた時、水希の顔を見ると、またも世界が終わったような顔をして、とりあえず訳の分からない言葉をまた、この場所でも放っていた。
いつも一緒にいることが多いため勘違いされるなんて、可哀想だ。
隼人は、水希の気持ちに気付くことなく、彼女の立ち居地を不運に思い、後でまた謝ろうと気持ちの準備を始めた。
子供の見えてる景色って羨ましいですよね




