説教 1/25 内容改変
隼人にフラグがたっていくううう
第三の旅「自分で道を歩く」
ライプでの生活も三日目、うちも隼人もここの生活には大体慣れてきた。この世界の朝は早くて、夜も早いらしい。まさに健康生活。
今日はお昼に何やら皆で農業をするらしく、うちらもトレーニングルームの隣にある農業ルームにやってきた。中の気温は植えている野菜などによって変更されるらしく、今は春くらいの温暖な状態だ。
野菜への水やりに加え、腐敗した葉っぱの処理などを手伝っているのだが、間違って綺麗な物まで切ってしまいそうで冷やっとする。
うちらがしばらくマルさんや他の人達と共に作業をしていると、隼人はピンピさんに呼ばれてどこかへ行ってしまった。いったい何をしに行ったのだろう。
しかし、そんな事を気にする時間もなく、急いで作業にとりかかることにした。二時間以内には終わらせたいらしい。腰も痛いし、なかなかに疲れる。後で隼人にマッサージしてもらおうかな。
―長老様の部屋―
ピンピさんは俺をこの部屋へ連れてくると、またすぐにどこかへ行った。一体何がしたかったのだろうか。というか出来ればもうここには来たくなかった。目の前では白髭を垂らしたクソジジイ様がいる。
「あのぉ、何か用すか?俺水希に任せてきちゃったんで、なるべく早く戻りたいんすけど」
いつも通り顔は笑顔を作る。
「……まぁ座れ。少し話をしよう」
「はぁ」
隼人は用意された椅子へと座る。どうも真面目な顔つきだ。
「お主は今、何を思ってここにいる」
長老は問いかける。
「ここに、何があると思っている」
「……別に、俺はここに来たくて来たわけじゃないっす」
しばしの無言が続き、空気が重くのしかかっていく。
「……ほほ、やめじゃやめじゃ。そんな真剣な顔をするでない。重たい空気は嫌いなんじゃ」
「…は?」
しかしそんな空気も一瞬で崩れ、長老は朗らかに笑い出した。
「なぁに、わしがお主に言いたい事はそんなたいそれたぁ事でもない。一つ聞くならば、人生は楽しいか、素直に生きとるかということじゃ」
「はぁ、楽しんでますし、素直っすよ俺は基本」
隼人は当然のように答える。
「爺ぶった考えは早う捨てい。わしはそんな答えを聞いてはいないぞ。わしはお主ではなく、お主の心と話したいんじゃ。そんなどこにでもありそうな入れ物に興味なんてないわい、女の子なら別じゃがのう」
「よくそんな意味不明な事と気色わりぃ事を躊躇わず言えんのか俺には分からないっすわ」
隼人は目の前の変態爺へ軽蔑の眼差しを向ける。
「わしは何を言われようが構わんよ、わしはわしじゃからな。誰物にも変わらなければ、誰色にも染まらん。それが自分じゃ」
「……その言い分、俺には自分がないって言いたいんすか」
「ほほ、そうではない。お主はちゃんと自分さを持っておる。その身体という入れ物をな。お主が持っていないのは心と視界じゃ」
「……会ったばかりの俺の事を、何であんたが分かるんすか。つか、構うなよ…」
「そうは言っても少し自分が出てきておるのぅ。良いぞクソガキ、とことん熱くなれ。お主に欠けているのはそこなんじゃからな。全てを自分の常識で決めつけて冷めておる。例えば、お主の話し方、それはお主がわしを常識的に目上と見ているからじゃ。確かに歳の差というものは大きいかもしれんが、ヒトに優劣なんてものは存在せんよ。それはお主がよく分かっておろう?ほれ、少しは親しみを持ってみんか」
(しょうがねぇだろ、人として日本に生まれてきたんだからよ)
「…おいおい、それが歳上の言うことかよ」
「あぁ、これが歳上の特権じゃ」
長老の強い眼差しは、隼人の方をじっとみつづけている。
「それで、何が言いてぇんだよ。このまま曖昧で終わらせる気はないんだろ」
「そうじゃのう、まずは、大人について話すとしよう」
長老はそう言うとどこかに隠していたのであろう缶入りのお酒を取り出し、それを一口飲むと話を始めた。
「……ヒトというものはな、そんなに簡単には育たん。何時までもガキが良いんじゃ。それでも大人というものにならなければならない時が来る。だが、その方法が分からないから、身体だけが生きるか死ぬかに迷い、ただ生きることを選択して大きくなっていくんじゃ。お主もきっと、そうやって大人になろうとしてきたのだろう」
「……確かに、そうかもな。何も代わり映えしない日々の中じゃ、そうするしかねぇだろ。何しろ俺らは田舎者だ。命のやりとりもなく、生きてきたんだよ」
「それもそうじゃな。お主のように、恵まれた環境に生まれてしまうことは、親がいる限りいつまでも子供でいれることを保障してしまう。親も子も、そう思っていなくてもな。皮肉なもんじゃが、例えそれが幸せであっても、その幸せがヒトを身体だけ世の中に追いつかせようとして、わがままな心は進もうとしない事だってあるんじゃ。これはもしかしたら、一種の退化なのかもしれんのう」
長老は部屋の壁にかけてある、沢山の写真を眺めながら言う。その写真は、どうやらライプの人達のようだ。
「何だよそれ。俺らが安全に過ごしてこれたように、幸せなら、それだけじゃ、ダメなのかよ。俺が今まで見てきた世界では、何だかんだで皆同じでも、笑顔だったんだよ。つまんねぇ奴らでもな。でも、味のある人間はそうでもない。頑張って幸せの先に進化を求める奴らはそうじゃない。クソ真面目に頑張って、社会としての歯車になろうとしてる世の中の貢献者は、どんどんどんどん自分を失っていくだけじゃねぇか。ただ機械のように生きてよ。今ある幸せを捨ててでも、社会が求める大人になろうとした代償がそんなものなのかよ」
「それがお主達の常識での進化じゃ。お主が知る進化は、その視界が、常識が定めた人の理想。お主が知るべき進化は、ヒトが本来ヒトとして生きた先にある大人じゃ。自分の心と共に生き、生命を忘れる事なく新たな道を切り開いていく存在じゃ」
その言葉に隼人は耐え切れず、衝動的に声が荒くなる。
「…だったら、ヒトがそんなんだったら社会は成り立たないだろ!人の理想にならなきゃこの世界は回らない。廻らないんだよ。自分勝手じゃいつか均衡は崩れてそれこそ全部失っちまう。皆分かってんだよ。だから俺は人の前で笑うんだよ!そうやって俺らを生んだ親達が、血肉を削いで作ってくれた幸福がヒトを退化させるなら、何がヒトを進化させんだよ。自分勝手になることかよ。そんな世界の先に、どんな幸せがあるってんだ。そうやって自分の気持ちを貫いて、悲しい軌跡を残して辿り着く場所が大人って言うんなら、そんなの酷すぎるじゃねぇか。なりたくもねぇよ。周りに流されるだけでも良い、心が子供でも、自分なんてなくても幸せになれるならそれで俺は構わねぇよ!」
隼人は、瞳孔が開いていた。頭の中が真っ白になっていき、自分が目をそらしてきた恐怖と向きあっているような、そんな不安を感じた。
「まぁ、そう恐れるでない。誰だって親を裏切る事も、その気持ちを踏みにじる事も不可能なんじゃ。それは分かっておる。親はこれからもお主らに幸福を与え続けるじゃろう。お主らはそれを、自分自身で大人になれるための材料と思えばいいのじゃ。お主はもう、それを持っている。その使い方を知らないだけじゃ」
「…んだよ使い方って、どう使えば良いんだよそんなもん」
「可能性、希望」
隼人の問いに、長老は目を閉ざして答えた。
「それらを掴むために使うのじゃ。それらはヒトを強くし、生き物を進化させ、そして全てを満ち足りた物にする」
「可能性、希望……?」
「あぁ、その姿は誰にでも存在しえて、形が違うもの。ある者にとっては夢、また、ある者にとっては栄光、平和、愛、絆、そして家族。それらの可能性や希望は、ヒトがヒトであるための心や、ヒトの世界の本来の広さを手にした先を作り出してくれるのじゃ」
「…器だけじゃ何も変化しねぇ。それだけじゃ、また今の世界を繰り返して、いつか皆、退化していく」
隼人の脳裏に、これまでの自分の人生が浮かんでいく。その一つずつには、空っぽのままの自分がいる。
「うむ、いつかそんな未来が訪れてしまう事も、あるかもしれんのう。誰もが期待し、望んでいるように、心は後から勝手に追いかけてくる訳ではない、視界はどんどん開けてくるものでもない。幼きあの頃のままにいる心を引っ張り、また、自分の手で視野を広げなければ前へは進めないのじゃ」
「器に心と視界が合わさって初めて、ヒトは大人になれる。そして、可能性や希望は、その先を生きるための道しるべ。俺はまだ、何も足りちゃいねぇのか…?」
「少しずつ見えてきたようじゃのう。じゃがな、希望や可能性というものは酷く脆くて、確証もないものじゃ。それらを失った時、ヒトは簡単に絶望し、闇に飲まれていく。それらを手にするためには、それ相応の覚悟も必要になる」
「覚悟…か」
「それが備わっているのなら、責任を背負う事のできる人の理想と、自分の心に従える大人の二つになれる。それがお主が今求める姿であろう」
「でも、俺にはそんな器用な生き方なんてできねぇよ。こう見えても、こう見えても今だけで精一杯なんだよ…」
「ほっほっほ。あぁ、分かっておる。自分で生き道を考えろなどとナンセンスな事は言わんよ。お主の未熟さなんて百も承知じゃ。ヒトは皆自分ではできなくとも、他人にはそれを当たり前のように求めてしまう。大人へのなり方など、必死に生きて爺や婆になるか、子供を愛することのできる親になるまで、そう簡単には気づける事ではないのにのう。お主もそのような大人になることを強いられた環境に、今あるのではないか?」
「俺が生きている環境……?」
確かに今の現代では分からない事は調べて当たり前、人に聞くな自分で見つけろ、そうしなければお前はただやる気がないだけだ。そんな言葉で全部済まされてしまっているのかもしれない。
今の若いのはとか、老害がって、自分達の価値観を押し付けあって歪み合っている。お前達はもう大人になるんだって。そんなこと言われたって誰だってまだ子供でありたいし、自分の主張を通したい。
相当人間が出来てないと、他人に教えるのは面倒だし自分の事で手一杯だ。普通の人間は、毎日生きてるだけでも、きっと疲れてしまう。
そうやって皆余裕がなくて、必死に自分なりに生きているだけなのに、それは人に理解されずにいる。理解されるような運があって、恵まれた人間は一握りなのかもしれない。
だったら俺は今、運が良いのだろうか。
「運が良いのでは等と、うしろめたく思う必要はない。これはお主へと贈られたチャンスじゃ。心のままにするが良い」
こいつには俺の足りない物が見えている
取っても、良いんだろうか
「だったら…」
これが本当に俺に贈られたチャンスなら
「だったら俺は…、俺はどうすれば良いんだよ!」
その答えを待っていたかのように、長老はニヤリと笑った。
「よぅし、その答えが聞きたかったんじゃよ。わしはな」
そう言うと長老は立ち上がった。酒を何度も口に含んだせいか、少しよろけている。
「お主はな、ミズキちゅわーんのように、自分の心と好奇心に向き合う必要がある」
「俺が、水希のように…?」
「そうじゃ、あの子はお前にない可能性と希望を持っておる。確かに人は皆何かが欠けておるもんじゃ。それは人それぞれであり、お主にあって彼女にないもの。彼女にあってお主にないもの。そんな物は沢山あるじゃろう。でものぅ、それは自分で手に入れることが出来る。可能性じゃろうが希望じゃろうが、手に入れる機会は気づければ誰にでもあるんじゃ」
「俺になくて、水希にある…」
「あぁ、もちろん彼女にもまだ足りぬ部分はある。だがお主はそれより酷い。お主が気づいておるように、何も足りておらず空っぽのような物じゃ」
「酷い言いようだな…」
「自分で分かっとるんじゃからいまさら気にする事でもなかろう。お主がそれを満たしたいのならば、まずはわしの孫である双子に会いに行くといい。騙されたと思ってな。まずそれがお主の第一歩じゃ。初めに可能性や希望を持てなどとも言わんし、心を育めとも言わん。全てを揃える事ができればそれで良いのじゃ。だからまずは視野を広げるんじゃよ」
「双子に会いに行けば、俺の視野が広がるのかよ」
「ほほ、その先は自分で考えるのじゃ、お主は馬鹿ではないじゃろう」
「そうじゃねぇと世の中に失望なんてしてないっての」
「ようやく若くなってきたのう。わしら大人は道は示せる。だが、答えまで示すのはまたこれも、ナンセンスなのじゃ。さぁ、世界を広げに行ってこい、クソガキ」
そう言うと長老は部屋のドアを方へ指をさす。何でこんなにも楽しそうなんだ。
「…自分で道を歩く」
俺は何か決めつけていた。確かに決めつけていた。失望していた。出会った奴らのどいつもこいつもが皆同じようで、つまらなくて。皆自分の欲望ばっかりに正直になって周りに合わせようとか、人の事を考えようとか、そんな気なんて持ちやしない。
でもそれは、俺の勘違いだったのかもしれない。皆俺のように、自分の気持ちを押し殺して、その幸せを噛み締めるのに必死だったのかもしれない。子供のままでも、それでも親や社会を裏切らずに、今を楽しむフリをして、当たり前に社会の歯車になろうとしたんだろう。
それなのに俺は、すべてを悟ったふりして、そいつらをつまらない子供扱いして、人間っていうモノの常識を決めつけていた。自分は違うだなんて思っていた。本来あるべき大人になろうとしてるんだって。なり方なんて何一つ分かっちゃいないのにな。
俺だって気づいて欲しかったんだ。本当の俺はこんなんじゃないって。もっと心のままに生きて、色んな世界を見てみたいんだって。
気づかれる訳もねぇよな。俺が皆の事を知ろうとしなかったんだ。誰も俺の事を知ろうとするわけない。
―これがうちのやり方だから―
だから、俺は、あいつに甘えていたのかもしれない。
俺なりのやり方か…。探さねぇとな。
「望むところってやつだわ。クソジジイ様にいつか説教できるくらいに、大人ってやつになってやるよ」
「そうじゃ、その顔が見たかったんじゃよクソガキ。お主のその生きた顔がのう」
隼人は自分でも気づかない程自然に、笑顔になっていた。
水希と隼人がマッサージしてる姿、なんかほっこりしますね




