空に咲く花
ここのパレードの描写、ものすごく時間がかかってしまいました…
第二十二の旅「告白」
夕陽が沈むと直ぐに、水の中から七色の光が飛び出して来た。
その光達は湖の端をグルグルと周回し、さらに光を強めたかと思うと消えていく。
そして全体像が露になった。
湖の中心には氷の柱がそびえ立ち、その頂上には大きめの丸く透明なガラスが浮かんでいた。七色の光がまたも水の中からそのガラスへスポットライトを当てると、ガラス上に美しい一人の女性が現れる。
「わ、わぁ!突然出てきたよ!」
「だ、誰なんだろう」
僕等がその現象に驚いていると周りからは大歓声が聞こえた。
「エメさーん!!」
「歌姫だああああああああ」
「いつも応援してます!」
「何て美しいんだあああああああ」
「ファンです、大ファンです!」
「今日も良い歌期待してるぜぇ」
どうやら彼女はこの国でも超人気の歌手らしい。パレードに歌、異国の僕らでさえ一瞬で惹き込まれてしまう。
−ステージ上−
エメは真下にいる予想以上の観客に少し臆していた。しかし、ここで焦ってはいけない、彼女は約束したのだ。皆にこの歌を届けると。
(大丈夫、私ならできる。絶対に)
彼女は自分に言い聞かせながら、マイクを手に大きく息を吸い、自分の想いを音色にした。
−屋根上−
目に美しいものが映り、耳に美しい声が聴こえる。
アカペラではあるが、なおいっそうにそれがこの場の空気を作り出していき、不思議な空間に立ち会っている気にさせた。
「綺麗な歌だな。初めて聴くが、何だか懐かしさを感じさせてくれる」
「この歌はRe:being、彼女が初めて自分で作り上げた歌です」
「存在へ……か。家族の歌か?リビングにかけているんだな」
「はい、歌詞の一つ一つに彼女の憧れや思い出が詰まっているんです」
(憧れや思い出…)
瑛はダスとの会話を思い出し、彼女も引き離された存在なのかと思うと、この歌がたまに別の表情を見せる気がした。
大切であり、一番身近な存在へ贈る言葉。そんな意味のこもった言葉の羅列の真意が分かるのは、彼女以外にはいないのかとしれない。
−湖 辺−
エメの歌声に合わせて、氷柱の周りを美しい輝きを持つ水が渦巻いていく。
その渦はエメの方へと段々上昇してくると、目の前になった途端に集合し、人のシルエットへ姿を変えた。
何をするかと思えば、その水のシルエットはエメへとお辞儀をし、瞬く間に散開して何体もの人型となった。
それらは緩やかに、時には上品に、宙の中を舞っていく。
そして、曲の終わりと共に水は一気に弾け、空から冷たく綺麗な水の粒が観客へと降りかかった。
「冷たい!でも、気持ちいいね」
「うん、何だか心まで綺麗にされていく気がするよ」
「人の心に触れれる、それがあの人のパルナの特徴だったりしてね」
「それだけじゃないと思うよ、こんな曲がかけること自体は彼女自身に依存するんだから」
「何でもパルナのせいってことは、やっぱりないよね」
明日見さんは発言を叱るように、自分の頭に軽くげんこつを入れた。何だその可愛い動作は。
一曲が終わると、辺りは大歓声の後に静まり返った。彼女が挨拶を始める。
「皆さん、こんばんわ。エメ・スターリングです。ようこそパレードへ。今夜は皆さんにすばらしい世界をお見せしますので、楽しんでいってくださいね。と言っても私は実際は歌を歌うだけなのですが……。それでも、自分に出来ることはこれしかないので、歌います。それでは、ミュージックスタート!」
彼女がそう言うとメロディと共に空に大きな炎が現れ、僕らの頭上で爆発した。距離はあったが少し熱が届く。
「あっつ!」
「なんだこりゃ!?」
「びっくりすんなぁおい!」
「ママァァァァァ」
「大丈夫、怖くないわよ」
何が起こったのか皆理解していないらしい。明日見さんも驚いて僕の腕を握っている。ありがとうカーニバル。すると、爆発の後に残った巨大な煙の中から、突然火を纏うモンスターが大胆に現れた。その登場にあわせてエメが先ほどの穏やかさとは違い、力強い声色で歌い始める。
「グオオオオオオアアアアアア」
そのモンスターは叫ぶとすぐに空へ火を吹き始めた。そこから残り降り注ぐ火の粉は、先ほど散った水の粒が幾つか宙に浮かばされているのだろう。互いに打ち消しあうことで消滅していく。
(これも演出の一つなんだろうけど、どうやってこんなことが出来るんだ?)
正は先ほどから起こる不思議な現象に完全に虜になっていた。モンスターが本格的に動き出そうとすると、どこからか声が聞こえる。マイクの音声だろうか?というか今気づいたのだが、そもそもこの世界にもマイクはあるんだな。
「おおっとこれは大変だぁ、イフリートが封印から解き放れ暴れだしたぞ。これはこのチェック・フレンズ様が行くしかないねぇ!」
すると、水の中からまたもや甲冑を身に着けた大きな巨人が風と共に姿を現した。全長は二十メートルくらいだろうか。その肩の上には赤毛の好青年が立っていた。
「行くぜ、ジンちゃん。ショーの始まりだ!」
彼らはイフリートと呼ばれるモンスターの方へと飛んでいく。
(イフリートにジン、そんなおとぎ話の精霊まで。本当にどうなっちゃってるんだよこの世界…)
正はあまりにも本当に見たことはないのに、知っているワードがこの世界に多いことに更に謎が深まっていった。
-屋根上-
「また新たな曲に新たな場面、目が離せられないな……」
「この曲は夜のお祭りという曲らしいですよ。こういう戦局にも合うようなハイテンポなリズムが特徴的です!」
「一曲目のときといい、詳しいんだな」
「もちろん、私は彼女の大ファンなのですから!」
エメはとびきりの笑顔で、何故か自慢げに答えた。
一方、空ではイフリートが放つ火炎を、チェックの指示の元にジンが風で打ち消し、そのまま勢い良く懐へ殴りにかかっていた。全長二十メートル付近同士の空でのダイナミックな戦闘は、動きの一つ一つが壮観だった。
「そろそろ終わりといこうじゃんか。ジンちゃん、いっちょハリケーンいっちゃって!」
チェックがそう言うとジンは巨大な竜巻を繰り出し、イフリートをまるごと捕まえた。
「そぉれカマイタチ!」
すると竜巻の内部で無数の斬撃が起こり、イフリートを攻撃していく。
もう二度と見られないであろう豪盛な戦いの決着は、曲の終わりとともにジンとチェックの勝利に終わった。
「あっ、見てくださいアキラ。風を操っているお方が勝ちましたよ!」
(これは演出なんだから当然だろ)
そんな事を思いながらも、無邪気にショーを楽しむ彼女の前でそんなことが言えるはずもなく、
「はは、そうだな。ヒヤヒヤした」
等と当たり障りのない言葉だけを彼女へ送った。
-ステージ上-
二曲目を歌い終えると、このステージの雰囲気にも慣れ、高揚感が生まれだした。この感覚はいつになっても気持ちよく鳴り止まない。ステージの上に立つものだけが味わえる快感や高ぶりがいつだって彼女の身体を光の当たる舞台へ誘い出すのだ。
エメはそんな感動を胸に抱きながら、あることに安堵した。
(……。チェックさん成功してよかったあああ。リハーサルじゃ全然モエルンもジンちゃんも言うこと聞いてくれなくて焦ってたけど、やる時はやっぱりやってくれるのね。これで後はルフェリア王妃とフォースが上手くやってくれるはずだから、私は私に歌を歌うだけよ!)
このカーニバルで最も危惧していたことが成功し、次のステップへ舞台は動き出していく。
突如、都内の景色は、明るい草原の中へと風景を変えた。
(さぁ、ルフェリア王妃の幻想の始まりよ!)
-湖 辺-
「な、何これ、何で私達こんな広い草原にいるの!?」
「分からないよ、さっきまで都だったはずなのに……」
どうやら驚きを隠せないのは、正達だけではないようだ。周りの大勢も動揺しているのが見える。しかし、視界に広がるのは太陽のさす草原だけで終わることはなく、次第に森林、町、火山、雪山、砂漠、海辺、海の中、そして青空へと変わっていった。僕らはその旅に、ただ見入ってしまい言葉を忘れていた。
「なんだぁ!?」
「ママ、僕空を飛んでるよ」
「本当…、夢みたいだわ」
「粋なことしてくれるぜ全く!」
周りも同様に静寂していたが、一気に興奮が湧き上がったのだろう。皆が皆手を伸ばしたり、青空の中で飛ぶ様を装ってみたりと忙しそうだった。
「ねぇ、天野君」
「どうしたの?」
「私ね、本当はこの世界に来たとき、皆をちょっとだけ恨んでたんだ」
「えぇ、そうだったの!?」
明日見さんの唐突な発言に、僕はついビックリしてしまった。
「ふふ、そりゃそうだよ。だって半分無理矢理に連れて来られて、前触れもなしに、こんな所に空から落とされちゃったんだよ。パパやママに会える方法も分かんなくて、お風呂にも入れない。私だってこれでも女の子なんだよ?」
君はどこからどうみても素晴らしく女の子だ。
「それに死ぬまでに野宿するなんても思わなかったし、お腹がすいてもご飯がなかった。なんでこんなことにーってずっと思ってた」
「あはは、確かに言われてみれば酷い有様だね……」
いつも当然のように過ごしてきて、当たり前のようにあったものがなくなったのは、裕福な日本人である僕らには確かに信じられないことなんだろう。どれだけ僕らは今まで幸せだったんだろうか。そして、今でも僕らはどれだけ幸せなんだろうか。
「誘ってきた水希ちゃんとはこっちでまだ会えてなくて、この先不安で不安で、どうしたらいいんだろうってずっと怖かった。それなのに天野君と導衆君はすぐ慣れちゃってどんどん次に進もうとして、私を置いていかないでってずっと思ってたの」
「……そうだったんだ、ごめんね気づけなくて」
「責めてるわけじゃないの。私だって無理に元気良く振舞ってたから、察してよっていうのは我が儘だもん」
確かにその言葉の通りなら我が儘になるのかもしれない。でも、彼女を巻き込んだのは間接的には僕自身だ。誰だって不安や恐怖の原因を打ち明けたくもなるし、恨みたくもなる。ましてや僕は彼女とたいして仲良くもないのだ。ぼくは少しうつむき加減になってしまった。
「でもね、そんな中今日に会えた。あの場で付いて行かなかったら、私はこんな経験絶対できなかった。だからね、今日のでプラス上乗せ、少しだけ感謝が勝利だよ♪」
その彼女の笑顔と共に僕らの視界は元に戻った。
「わぁ、戻ってきたね!」
「うん、戻ってきた」
「ふふ、ただいま。天野君と私」
「え、ああ、おかえり。僕と明日見さん」
彼女は全てを許してくれたのだろうか。それはまだ僕には分からなかった。それでも彼女が僕に笑いかけてくれるなら、僕も彼女へ笑い返そう。それがきっとこの先の僕らの関係だ。
正はこの世界でどう生きていくべきかを、もう少し真剣に考えてみようと思った。それが元の世界に帰る手段に繋がるのなら、そんな希望を胸にエメのほうを見上げる。そこではエメがマイクに語りかける姿が見える。どうやらラストスパートのようだ。
その場の者たちは皆、一体感を作り出している。
「次は、いよいよ最後の曲です。皆さんパレードの後も引き続きフェスタをお楽しみください。それでは乗っていきましょう、ファイヤーワークス!」
音楽が鳴り出すと、上空では何万発もの花火が空を覆った。
-屋根上-
エメの上空に浮かぶ、水晶の様に美しい大きな水の球から、いくつも花火が放たれていく。それだけではなく飛空艇や城からも花火が放たれ、タテノツキの空全体を花火が自在に飛び交っていた。
「花火か。こんなに凄いのはどの祭りでも見たことがないな」
「毎年恒例なんです。あの水の中から出てくるのは初めてですけど」
「こんな景色が毎年か、いくら金がかかってるんだろうか」
「そ、そこを気にするんですね…」
瑛は花火を眺めながら、ここに来るまでの苦労が全て吹き飛んでいく気がした。
「さっきよりはしゃがなくなったな。流石に疲れたか」
しかし、彼女の表情に浮かぶのは、疲労というわけではなさそうだ。
「……アキラ、私はあなたに伝えなければならないことがあるのです」
「伝えたい事か、いくらでも言えば良いだろ。自分がなにか言いたいことがあるなら遠慮する必要なんてない」
「でも、これを言ってしまえばもう、私は後戻りできないのです」
レイスは立ち上がり、横に座る瑛の方を見る。彼女の目は真剣だった。
「後戻りが出来なくなるって、一体どんなことを話すつもりなんだ。俺はもう何かに驚くつもりもないぞ」
「驚かせようというわけではないのです…」
「じゃあ、どういうつもりなんだ?はっきり言えよ。お前に多少なりとも救われたんだ。何か悩みがあるのなら手伝うさ」
「では、いいのですね」
「あぁ」
彼女はそういわれると、大きく深呼吸をし、言葉を紡いだ。
「私は、あなたに嘘をついています」
「……嘘だと?」
瑛はこの時、彼女が何を言いたいのか分からなかった。
「信じてくださいね」
様々な音が賑わう都の中で、レイスの声だけが耳に良く通る。
「私はこの国、タテノツキの王女、レイス・ハートマイトです」
花火の音よりも大きくその言葉は耳に、頭に、心に響く。
花火が光を与える彼女の顔は、何故だか少し大人になったようだった。
花火に照らされる人の顔って、なんだか凄くいいですよね




