夕日が照らす人の営み
ついにフェスタの目玉であるカーニバルが間近になってきています
第十九の旅「とりあえずこれを見といてくれ」
−ライプ−
トレーニングルームで汗を流した隼人と水希は、ピンピと共に昼食を済ませ、ライプの生活に慣れようと色々散策していた途中である。
「おーい、二人共ちょっとこっちに来てくれ」
そんな中、唐突に呼ばれた方向を見てみると、マルが宴の間へと手招きしていた。案内されるままに二人は中で色々何かの絵が貼られている掲示板へと連れてこられた。
「マルさん、これは何でしょうか」
水希は掲示板に貼り付けられた紙を一枚ずつ見る度に色んな反応を示していた。確かに、可愛いかったり気味が悪かったり強そうだったりと多種多様なモンスターが描かれている。
「ここの掲示板はね、最近出没が報告されているモンスターの情報を貼っているんだよ。例えばこれ、アイスマンやスノウエレファント、そしてホワイトベアなんてものがそうだね」
マルの示したものには確かにそのモンスターの名前と特性、生息地などが詳しく書かれていた。
「うわぁ、これ覚えんの面倒そうっすね…」
隼人はとても嫌そうな顔をしている。暗記は苦手だから無理もないだろう。
「まぁね、俺も最初は大変だったよ」
マルもその辛さには共感できるらしい。
「これは全てモンスターなんですか?」
水希は興味津々に全てに目を通していた。
「あぁ、基本的には種族って言うんだけどね。文明や文化が見られなかったり、言語を話せなかったり、気性が荒くて暴力的な種族をモンスターと呼んでいるんだ」
「おぉ、なるほど。確かにこんな毛皮一杯の生物が喋ってたら怖いですもんね」
「あはは、確かにエレファントが話しているのは想像したくはないね」
水希はそれらのモンスターに関する情報を全てメモしておこうとペン類を取り出したが、それを止めるようにマルはあるノートを渡してきた。
「ん、何すか。その小さい本」
「これはモンスターブック。この世界のモンスターに関する事が記されているよ。この掲示板はあくまでおさらいしたり確認する所で、基本は皆その本を見て性質を覚えるんだ」
その手持ちサイズの本にはびっしりとモンスターの名前や性質、絵などか記されている。隼人と水希はその丁寧な内容に関心した。
「すげぇ書き込んでんな」
「沢山の種族がいるからね。とりあえずこれを見といてくれ。暇潰し程度でも構わないからさ」
「分かりました!ありがとうございます」
水希は笑顔でマルへお礼を言い、隼人と共に宴の間を後にした。
第二十の旅「涙の理由」
もう結局日は沈んで、フェスタのパレードがそろそろ住宅区で始まるらしい。
ワンさんとドグは僕と明日見さんはお客だからという事で住宅区でパレードを見るように言われた。
瑛君とレイスさんとかいう人の散策は二人に任せて欲しいらしい。元々都に詳しくない僕らは足手まといになるであろうし、大人しくそれに従う事にした。
ダスさんは事がこじれると言われ彼の自宅へ帰り家族と過ごしてくれとお願いされていた。良い人ではあるが、色々とハプニングを起こしてしまうのであろう。それは短時間一緒にいるだけでも分かるくらい悪目立ちしていた。
結果的に僕は明日見さんと二人きりになれてナイスなのだが。
ワンさんに預けられた地図を元に、都の中心の丘に立つ城から住宅区へと明日見さんと共に歩いているのだが、如何せん祭りのムードに毒されてしまいそうな自分を制御するのに必死だった。
あれやこれやと妄想をしながらそれをかき消すという馬鹿な事をしている間に、あっさりと住宅区前へたどり着いてしまった。
住宅区の雰囲気は市場区と違って落ち着いている雰囲気があった。
丘から続く道に入るとすぐ右手に花畑、左手には花屋があり、花屋に入って中央の階段を降りていくことで住宅区へと入れるらしい。
花屋の中は凹型の形をしており、左には色とりどりの花が並べられ、右はカフェスペースになっているらしい。親子の姿がチラホラ見える。真ん中はもちろん階段でここから降りてみると凹型の出っ張っている部分の下は日陰スペースにもなっているみたいだ。ここにもカップルなど涼んでいる。
花屋を出てみると正面に丸型の広場があり中心に誰かの銅像が建てられていた。王国タテノツキ初代王クニタケル・ハートマイトと書かれている。おかしな名前だ。
その広場を取り囲むようにお肉屋や魚屋、八百屋等市場区に行かなくてもある程度生活用品は手に入るようだった。
丘の麓の方に賑わっている場所は酒場や居酒屋のようなものが多く、雰囲気も暗がりに暖かい光が点々としていることから、仕事帰りの父親達の憩いの場所なのだろう。
いっそ家族皆でという人達も多そうだ。
「ここの人達、皆仲が良さそうだね!」
「きっと平和に暮らしてるんだと思うよ」
「なんだか憧れちゃうなぁ」
確かに今の僕らの御時世で御近所づきあいなんて事は本当に少ない。
近所に住んでいる人の名前すら知らない事もある。
その代わりに繁栄したのがネット社会での新たな繋がりというのなら、直接人々同士の温もりに触れられるこの環境は明日見さんだけでなく他の人にも羨ましい物だろう。
憧れまではなくても、一度体験してみて悪い気分にはならないはずだ。
僕の場合は特に、家族というものが遠い存在に感じられていた為、何か締め付けられるものがあった。
「どうしたの?天野君、大丈夫?」
「えっ?」
どうやら無意識に涙が浮かんでいたらしい。
僕自身でも何が起こっているのか分からなかった。何故僕はこの時泣いてしまったのだろう。
「はい、ハンカチ」
明日見さんは僕にハンカチを手渡してくれた。さっきお風呂に入ったついでに着替えたこの国の服はもう僕らをこの世界の住人している気がした。
「ありがとう、明日見さん」
「たまに、あるよね」
「何が?」
僕は涙を拭いながら先の言葉を聞いた。
「良く分からないど涙が出ちゃう事。自分が本当に言いたい事を言おうとしたら涙が出ちゃうじゃない?」
「う、うん」
僕はその事で何度か泣いたことがある。あの感覚はどうしても理解が不能だ。本当に口にしたい事を相手に言おうとすると、何か苦しくて、塞き止めていた川が溢れ出すように目から涙が出てくる。
これは僕が弱い人間だからなる症状だと思っていた。
「今天野君が泣いちゃった事はきっと、心の中で何かを訴えたからだと思うの。心の中でずっと思ってた事を叫んで、だから涙が出た」
「…明日見さん」
「そうやって泣ける人はね、臆病な人じゃなくて優しい人なんだよ。だから心配しないで天野君」
彼女は丘とは逆にある、視界一面に広がった大きな湖を見ながら、どこかで泣いている心を包み込む。
「ありがとう。やっぱり明日見さんは優しいね」
「それ天野君が言っちゃうと私が霞んじゃうよ」
彼女は無邪気な笑顔で慰めてくれた。
「ほら、そろそろカーニバル始まるみたいだよ!皆湖の辺に集まってきてる!」
明日見さんの指さす方では、沢山の者達が湖の方へと歩き出していた。いつも仕事をして中々家族との時間を作れない父親や、子供の世話に明け暮れてあまり外に出れない母親達。青春真っ只中の若者に加え、遠くからこのカーニバルを見に来たのであろう旅人達や日頃の苦労を飲み明かそうとする兵隊達。
全てが夕暮れのさす美しい湖へ集う時、フェスタの目玉が始まる。
「行こう、天野君」
「うん、今行くよ」
一人の少女に手招きされたその少年は、涙で乾いた肌へ風をぶつけるように駆けていった。
明日見は初めから、絶望に立った誰かや、悲しみに暮れる人の心に手を差し延べるキャラにしていきたいなと思っていました
この回でその第一歩が踏めたと思います




