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子どもたちとの約束

 送り届けた子供たちにイザベラがまずしたのは、各々の頭にげんこつを落とすことだった。

 いつもより本気で殴ったらしく、子供たちは鳥のひなのようにそろって泣き出した。

「あなたたちは……! 子供たちだけで森に行っちゃいけないってあれほど言ったでしょう!」

 そう言うイザベラの声も涙ぐんでいる。イザベラは子供たちに謝るよう促し、自身も何度も頭を下げた。

「それにしても、まさかドラゴンの子供を拾っていただなんて……」

 イザベラが当惑するのも無理はない。目の当たりにしたルードたちですら信じられない心境だった。そもそも、ドラゴンの生体自体、明らかになっていない。子供のドラゴンの存在など、世紀の大発見かもしれなかった。学者連中が聞いたら狂喜乱舞するだろう。もちろん、そんな連中に引き渡すつもりは毛頭なかった。しかるべき場所に返すのが筋だろう。

「では、子供のドラゴンを親元に返せば、それで万事解決、なん、で、しょう……か?」

 イザベラが眉間にしわを寄せた。そうなのだ。仮に予測が正しいとして、ドラゴンが「我が子が奪われた」と思っている場合、子供を帰したところでただですむだろうか?

「たとえばさ」

 ルードがピッと指を立てる。

「我が子を連れ去られ、そして数日後に、ひょっこり返しに行ったとして……無事にすむだろうか」

「大概の親は怒り狂うと思う」

「だよねぇ」

「でも、今までここに来ても、家を破壊したり人間を襲ったりしなかったわけですから……そこまで直情的な性格ではないという証とは言えませんか?」

「ん〜、確かにそうだけど」

 子ドラゴンは実際は森の洞穴に隠されていたわけだが、親ドラゴンは屋敷に来ていた。ということは、我が子は屋敷にいると勘違いしていたと思われる。屋敷を破壊しなかったのは、万が一にでも子ドラゴンがとばっちりを食わないようにという配慮とも考えられるのではないだろうか。

 人間に危害が加わっていないのは……ただ単に、ドラゴンに立ち向かう人物がいなかっただけ。ドラゴンが来ている間、みんな家の中に引きこもっていたのだから、当然と言えば当然だ。

 しばらく3人で額をつきあわせていたが、このまま考えていてもらちがあかない。今有力な説は、親ドラゴンが子供を探しに来ているということであり、それを解決する方法は、なんとか穏便に引き渡すしかないということだけだった。

 幸い、子供たちはドラゴンに子供を返すことに賛成してくれた。元々、親からはぐれたと思ってかくまっていたのだ。自分たちを引き取って育ててくれているイザベラのように、今度は自分たちが子ドラゴンを立派に育てようとしてくれていたのだった。その心意気はとても立派なものだった。ただ今回はーー残念ながら、相手が悪かったが。

「とにかく、今夜ヤツが来る前になんとか手を打ちましょう」

 そう、とにかく早いうちに対策を講じなければならなかった。ドラゴンの堪忍袋の緒が、いつ切れるとも知れないのだ。

 ルードとレイファは再び森の洞窟に赴き、今度は借りてきたカンテラで中を照らした。先ほどと全く同じ形でうずくまる子ドラゴンが闇の中に浮かび上がる。

「よーしよし、今お母さんのところに返してやるからな……」

 優しく声をかけながら、ロープを首に掛ける。自分たちが危害を加えないと分かってくれているのか言葉が通じているのか、意外なくらい大人しい。

 ロープで首が締まらないように注意しながら、洞窟の外に出るよう誘導する。このまま、森を抜けて町を取り囲む塀の手前にある草原辺りで親ドラゴンに引き渡すのが理想だった。

 村から離れた場所に連れて行く案も考えたが、ドラゴンが見落とす可能性があるし、何より、子供たちが使っていた洞窟から町へ通じる道以外は、ろくに歩ける足場はなかった。

 あの草原なら、もしドラゴンが暴れても町に被害は及ぶまい。そのためには、飛来してくるより早めに森を抜ける必要があった。

「レイ、魔法で運んだりは出来ないのか?」

 もう夜もかなり更けている。ドラゴンが来る前に屋敷にたどり着くにはぎりぎりといった感じだ。子ドラゴンをつれた状態ではさらに時間がかかってしまうかもしれない。風の魔法か何かで浮かせて、運ぶことは出来ないかと考えたのだ。

「風の魔法は微調整が難しいのよ。もし万が一吹き飛ばされたり、落としてしまったりしたらことでしょ」

「なるほどなーっておいちょっと待て」

 昨日思いっきり俺を風で運んでなかったか? なるほど、道理でずいぶん乱暴に扱われたものだと思ったが、原因が分かったからといって納得できるわけがない。

「さっ、こんなところで口論してる暇はないわ。急いで屋敷に向かうわよ」

「……………………………………………………………………………………うん」

 釈然としない、の空気を思い切り漂わせながら、ルードは子ドラゴンを促して歩きだした。最初はおっかなびっくりという感じだったが、次第にルードたちが歩くのと同じスピードで歩を進め始めた。

 ざくざくと草木を踏みしめて歩く音だけが夜の森に響く。やがて森を抜け、草原に出た。足首ほどある柔らかい草花は、月の光を浴びてゆらゆらと揺らめいている。

 ルードは背負っていた自身の長剣チンクエデアを地面に突き立てて、ドラゴンの襲来を待った。「手のひら」という意味を持つチンクエデアは、その名の通り広げた手のひらほどもある幅広の剣で、一般的には50センチ程度の短剣なのだが、これはゆうに1メートル超もある特注の両手剣だ。当然重量も並ではなく、普通の人間では持ち上げることすら難しいが、ルードに流れている魔族の血が、この剣を片手ですら扱うことを可能にしていた。

 レイファは魔法をサポートする魔石を準備している。手のひらほどの石にルーン文字が刻まれたアイテムで、魔法の詠唱を省略したり、二つの魔法を同時に使用するためのものだ。

 二人とも、本気でドラゴンを相手取るつもりはさらさらない。これらはあくまでも万が一の時の対策である。何せ相手は、翼の羽ばたき一つで人一人吹き飛ばすほどの力を持っているのだ。レイファは昨日見たドラゴンの姿を思い出し、改めて身震いをした。

 子ドラゴンの首の縄を外してから、待つこと数分。やがて山の向こうから、空気をうなる羽ばたきの音が聞こえてきた。それは大きくなり、やがて空に竜のシルエットが浮かび上がってきた。

 このまま屋敷まで行かせてしまっては意味がない。レイファは素早く呪文を唱え、炎の精霊にお願いして2、3個の火の玉を出してもらった。それは50メートルほど高く舞い上がり、花火のように閃いて消えた。簡易の閃光弾だ。ドラゴンがこの光に気づいてこちらに気づいてくれれば、子供の姿も確認できるだろう。

 ルードは一瞬目がくらみながらも、鱗をきらめかせて羽ばたく銅竜の挙動を観察した。

 果たして、ドラゴンは一瞬減速をし、こちらを一瞥する素振りを見せた。そして、その場でくるりと旋回したかと思うと、今度は一直線に二人めがけて降下してきた。それはまるで巨大な猛禽類の所作だった。獲物に狙いを定めた、獰猛な金色の双眸が二人の姿を捕らえ、鉤爪が鎌首のように迫り来る。

 ルードは剣を構え、衝撃に備えた。レイファは子ドラゴンの側に立ち、ルーンを刻んだ石に力を込める。だがドラゴンの体はレイファをすり抜け、ルードに向かって突進した。剣の重量をもともせず、ドラゴンは数十メートルもルードの体を押しつける。

 レイファを避けたというより、やはり子ドラゴンを奪還にきたらしいことが見て取れた。予想は当たったわけだが、安心するためにはもう少しドラゴンの気を静める必要があった。

 最初の一撃はなんとか凌いだルードだったが、すぐさま第二の攻撃が飛んできた。だがその攻撃は、ルードが予測もしていない方法だった。ドラゴンがふいと背中を向けたのだ。

 逃亡を思わせるその姿に虚を突かれ、だが同時に戦士としての勘が警鐘を鳴らす。

 ーー違う。尻尾か!

 急激に体を旋回させることによって、大木のような尻尾が鞭さながらの鋭さで顔面めがけて飛んできた。通常尻尾を使って攻撃するという動物は少ない。ドラゴンは全身が凶器だと分かっていても、それが飛んでくると分かるまではどうしても一瞬判断が遅れる。なんとか剣で受け止めはしたが、勢いを削ぐことは出来なかった。ルードはとっさに藪が密集している方向に飛ばされることで、なんとか致命傷は免れた。

 ドラゴンはレイファと子ドラゴンの方に向き直った。その瞳は爛々と燃え、怒りにたぎっているのが手に取るように分かる。子ドラゴンもそんな親の姿に怯えてしまっているようで、震えたまま動かない。

 ドラゴンは大きな翼を広げ、金切り声とともに口を開ける。ずらりと並んだ牙が夜の闇の中不気味に白く浮かび上がった。

「お願い、落ち着いて!」

 レイファは懇願するように額の前で両手を組んだ。目をつぶり必死に祈る姿は、命乞いをしているように見える。だがそうではなかった。レイファは目の前の竜に対してではなく、辺り一面に浮遊する精霊たちに語りかけていた。

 ざわざわと森がうなりをあげ、足下の草が、森の木が、すべてが早送りのように成長し始めた。オークの木がドラゴンの行く手を阻み、トウヒが腕を、顔を、翼をからめ取る。ブナの木が守護神のごとく立ちふさがり、後ろへ下がることさえ許さない。

 さすがのドラゴンも突然の事態に困惑し、悲鳴のような声をあげる。もがく先から木々たちはさらに成長を続け、ドラゴンの自由を完全に奪ってしまった。

 しかしホッとしている暇はなかった。レイファの手の中の魔石はじりじりと熱を帯びてきている。早く次の手を打たないと、石に込められた魔力が燃え尽きてしまう。

「待ちなさいあなたたち!」

 背後からイザベラの声が響き、町を囲っている塀の隙間から子供たちが一斉に飛び出して来た。子供たちはレイファの側で震えている小さな生き物を見つけると我先にと駆け寄り、震える身体をなだめるように抱きしめた。

「ぽちー!」

「たろー!」

「ちびー!」

「たまー!」

「呼び方統一しろよ!」

 ルードがようやく薮からはい出して来た。

「皆、危ないから町の中へ入って!」

「やだー!」

 彼らが頑として動かない事を悟ったイザベラは、ドラゴンから子供たちを庇うように立ちふさがった。魔法の戒めがいつ解けるかと思うと気が気ではなかったが、子供たちを危険にさらすわけにはいかない。

「ドラゴンさん、ごめんなさいっ」

「ぼくたち、このこがドラゴンのこどもだってことしらなかったんだ!」

「何故」

 さすがのイザベラも聞かずにはいられなかった。

「だって、こんなところにいるなんておもわなくって」

「それに、とってもおとなしいしさ」

「おとなにかくれてかうといえばいぬでしょう」

「こどものゆめだよね」

 そういうもんなのか? 大人たちの当惑をよそに、子供たちは涙ながらに訴える。

「このこ、もりであめにうたれてふるえてたんだ」

「さむそうだから……からだをふいてあげて……」

「よわってたから……ごはんをたべさせてあげて……」

「おとなのひとにいったらおこられるとおもって……だから……」

 子供たちが必死に訴えかけるたびに、ドラゴンを戒めていた木々の軋みが小さくなっていた。

 レイファの手のひらから、砕けた石のかけらがこぼれ落ちる。急激に生長した草木は、始まりと同じように急激に枯れ、萎み、カサカサと崩れていった。

 もはやドラゴンの目に憤怒の色はなく、慈悲と懇篤に満ちた優しいまなざしだった。ゆっくりまばたきをし、うっすらと口を開けて、ささやくように話し始めた。

 それは先ほどのような大気を震わす声ではなかった。言葉かどうかも定かではない。人の踏み入れた事がない山奥に湧き出る泉のようであり、漆黒の闇を二つに切り裂く雷鳴のようであった。春先に吹くあたたかな風のように心が弾み、壮大な夕焼けに遭遇したように胸が躍った。

 そこにいる誰一人としてドラゴンの言葉は分からなかったが、子供の頃に聴いた歌のように懐かしく、何もかもすべて理解出来た。ルードやレイファには謝罪を、子供たちには感謝を、イザベラには勇気を称え、厳かに口を閉じた。

 それから首を巡らせると、自分の体から鱗を一枚ぷつりとはぎ取り、そっと地面に置いた。砂金をちりばめたように煌めく竜の鱗。世の細工師たちが見たら喉から手が出るほど欲しがる代物だろう。お詫びの品、といったところだろうか。

 ドラゴンは最後に一同を一瞥すると、大きな翼をめいっぱい広げた。たった一度羽ばたいただけで背丈ほども飛び上がり、それから子ドラゴンに向かってはーっと息を吐くと、その体は引き寄せられるように宙に浮いた。

「ああっ」

「ぽちっ」

「たまー」

「ちびだってばー」

「もうどっちでもいいわ」

 未熟な羽を賢明に動かし親元に駆け寄りながら、最後に子供たちの方を向いて別れを告げるようにひとつ鳴いた。

 二匹のドラゴンはゆっくり上昇し、山の向こうへ帰って行った。

 やがてそのシルエットは山の向こうに消えていったが、子供たちはいつまでもいつまでも、自分たちの友達が消えた方角を眺めていた。


 翌日、ギルドの受付がもみ手をせんばかりの勢いでルードたちに仕事をお願いしてきた。斡旋ではなく、お願いである。

 いったいどこから聞きつけたのか、いやどういう風に情報が錯綜したのか、ルードとレイファが「ドラゴンを退治した」という噂が流れているらしい。退治ではなくあくまで退けただけだ、と何度説明しても、撃退だの駆逐だのと大げさな言葉を使ってくる。ギルドとしては、そういう勇ましい戦歴を持った人間とつながりがあるといろいろ都合がいいのだろう。

 ともあれ、仕事を回して貰えるようになったことはありがたかった。このさき鬼がでても邪がでても、まさか再びドラゴンに合いまみえるような事態には陥るまい。

 子供たちの強い要望もありそれからもしばらく厄介になっていた孤児院だが、ドラゴンの脅威が去ったと聞いた職員たちが次々と戻って来たため手狭になってきた。

「ギルドのおかげで路銀もたまったし、そろそろ潮時ね」

 レイファの言葉に、ルードはうなずいた。

 数日後、霧に覆われる町の一角に二人の姿があった。朝もやは晴天の兆しでもある。霧が晴れれば、スッキリした青空に恵まれるだろう。

 早い時間にも関わらず、イザベラも子供たちも見送りに来てくれた。

「本当に、色々とお世話になりました」イザベラが丁寧に頭を下げる。

「いえいえ、こちらこそ。……ところで、他のおチビさんは?」

 そう言うと、霧の向こうから数人の子供たちが、何やら重そうな者を運んで来た。

「まってー」

「おにいちゃんこれつかってー」

「おねえちゃんこれつかってー」

「これがめにはいらぬかー」

 よっこいしょ、と二人の前に置かれたのは、鎧だった。表はなめし革で加工してあるが、その特徴的な光沢はまぎれもない、あの日のドラゴンの鱗だった。

「これ、私たちに?」

「そー」

「おれいおれい」

「おわびのきもち」

「おれいまいり」

 レイファがいいの?とイザベラに目で訴えると、彼女は肩をすくめた。

「子供たちがどうしてもって。でも、私もそれで良いと思います」

 1枚だけとはいえ、ドラゴンの鱗などといったらそれだけで一財産になる。だがそれは逆に、物騒な輩に目をつけられる餌にもなりうるということだ。

「幸い最低限の運営は賄ってもらっていますし、それならお二方のお役に立てばと」

「ありがとう……嬉しいわ」

 レイファにとっては本心だった。ドラゴンの鱗で作った鎧は他の殿金属に比べても軽くて丈夫だ。あまり重い物を持つのに適していない華奢なエルフの身体では、身を守る防具も限られてくる。鎧は吸い付くように肌になじみ、もう何年も使い続けて来ているように違和感がなかった。

「ここにいる間ずっと鎧を見せろ見せろって言ってたのはこのためだったのか。しかし、この出来はかなり良いな」

 ルードはもためつすがめつ鎧を眺め、賞賛する。こんな小さな町に、これほどの技術を持った人物がいるのは信じ難いことだった。

「ハロルドさんはてんさいだからね!」

「おさけさえのまなきゃね!」

「おさけでみをもちくずつタイプだね!」

「それでこんなばすえにながれついてきたんだもんね」

「場末って言うな」

 ハロルドと呼ばれた人物が、子供たちの影からきまり悪そうに顔を出した。

 その男に、レイファには見覚えがあった。忘れようがない。ここに来たばかりの時、ギルドの壁とともに派手に吹き飛ばした人物だったのだから……

「あー!!」

 レイファが鎧をかなぐり捨てようとするのを、皆で必死になって止めた。子供たちのプレゼントに罪はない。酔っ払ってさえいなければ良い人だというのは本当らしく、まだ青痰が消えない顔のまま平身低頭して謝り続けていた。レイファの機嫌が直るにはまだまだ時間がかかりそうだ。

「それにしても、よかったのか? 記念になったろうに」

「きねんなんていらないよー」

「だって……」

子供たちは顔を見合わせ、得意げにうなずき合った。

「またいつか、あいにいくもん!」


 それから数年後、少年たちと小さな黄色のドラゴンが各地を旅してまわっているという噂を聞くことになるのだが、それはまた別のお話だ。

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