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ドラゴンの言い伝え

「はぁん、あのドラゴンをねぇ。あんたたちも物好きだね」

 昨日のこともあってか、ギルドの受付はたいそう機嫌が悪かった。

 未だに壁に穴があいたままで、布を張って当座を凌いでいるのを見れば、怒る気にもなれない。

「昨日はごめんなさい。それであの、情報だけでもいただけないかしら」

 レイファは素直に頭を下げた。明確な目標があれば、我を通すような性格ではないのだ。受付の男は毒気を抜かれたように目をぱちくりさせ、ため息をついて居住まいを正した。

「まぁ……昨日のことはもういいよ。だけど例のドラゴンのことはね、こっちもほとんど分かっちゃいないんだ。申し訳ないけれど」

 その言葉に嘘はなかった。町の人たちも、孤児院にドラゴンが狙われているのは気の毒に思っていたが、そもそも町の人も、実際ドラゴンを目の当たりにするのはこれが初めてのことだったのだ。

「そりゃ噂というか、言い伝えでは知ってたけれども。ドラゴンはただでさえ人間の近くに来ることを嫌うっていうし」

「その、ドラゴンの言い伝えっていうのは?」

「大したことじゃないよ。ご先祖様がこの土地に居を構える前からドラゴンはそこにいたってだけで。ああ、あと銅色のドラゴンは温厚で、自分に危害が加わらない限りは人間を襲うことはない、ただし、怒ったときは二種類のブレスでもって応戦する、みたいな話だな」

 ドラゴンには凶悪な爪や歯がある。それは他の動物と同様に、敵対するものにとっては驚異になることは間違いない。が、ドラゴンにはさらにもうひとつ、驚異的な威力の武器を持っていた。

 ブレスと呼ばれる魔法の息だ。

 種族によってその種類は様々で、赤竜だと岩をも溶かす高熱のブレス、青竜だと絶対零度のブレス、などがある。

 銅色のドラゴンが持つ二種類のブレスは、生き物の体をしびれさせる麻痺のブレスと、肉体を溶かす酸のブレスと言われている。

 昨日の様子では、そういった攻撃を仕掛けてくるようには見えなかった。何かに対して怒っているというわけではないのかもしれない。だとすれば……

「なんだろう?」

 思い切り手詰まりになってしまった。

「山向こうの、ドラゴンが住む場所まで行ってみる?」

「それはちょっとなぁ」

 ドラゴンの翼ではものの数回羽ばたくだけで行ける距離かもしれないが、人間の足だとゆうに3日はかかる。さすがにそれは避けたかった。第一、ドラゴンは毎晩律儀にこちらまで来てくれるのだ。わざわざ出向く必要があるとも思えなかった。

「レイ、おまえドラゴンの言葉って分からないのか?」

「そればっかりはね……」

 エルフであるレイファは、木々や精霊の声などを聞くことは出来る。が、別に動物の言葉がすべて分かるというわけではなかった。ドラゴンは動物に比べれば精霊に近い存在だが、昨日の咆こうを聞く限り意志の疎通は難しいように感じられた。

 古の時代では、人間もドラゴンと言葉を通じ合わせる術を持っていたらしいが、今は絶えて久しい。今のまま、どうにかするしかない。

「せめて原因が分かればな……」

 レイファたちはもっと詳しいことを知っている人物を探し、町中を歩き回った。だが有力な情報は得られず、結局この日はそれ以上の話を聞くことは出来なかった。

「まーまー、そうきをおとしなさんなってー」

 肩を落とすルードの頭を、青い服の子供がぽんぽんと叩いた。一応慰めてくれているつもりらしい。

 子供たちは今日の夕飯も「おきゃくさん」がいることが楽しいらしく、きゃっきゃうふふとはしゃいでいる。あまり騒ぐようだとイザベラが叱り、子供たちも素直にそれを聞く。いささか言動に奇抜なところがあるが、基本的に皆いい子たちばかりだ。

「ていうか、みんな怖くないの?」

「なにがー」

「ドラゴンよ。夜中にあんな大きなのがやってきて、ガオーって吼えて……夜眠れないでしょ? 怖いとかも思わない?」

「たしかに……」

「こわい」

「でしょ」

 子供たちは思い出したように震え上がった。

「よるねむれなくて」

「あさおきれなくて」

「イザベラにおこられる」

「けっきょさいごはにんげんがこわいということで」

 上手くまとめられてしまった。いや、上手いか?

「でもきたらみちゃうよね」

「みごたえあるからね」

「おおきいもんね」

「えんたーていめんと!」

 子供たちにとっては、いい見せ物にすぎないのかもしれない。直接的な驚異がない分、無理もない。

 しかし、子供たちにとってエンターテイメントであっても、大人たちにとってはそうもいかない。依然としてここの経営はイザベラ一人に任されているし、たまに応援が来るといってもこのままでは立ち行かなくなるだろう。イザベラ自身も寝不足らしく、顔色が芳しくない。

 どうにかしてあげないと……と、気ばかり焦る。ルードたちとていつまでもこの町にいるわけにはいかないのだ。いっそのこと、本当にドラゴンの住処まで行くべきだろうか?

 レイファが思案を重ねている時、ルードが食後のハーブティを飲み終えてイザベラに聞いた。

「ドラゴンが来るようになったのは半年前からって言ってたけど、そのころ何か変わったことってあったのか?」

「それがなにも思いつかないんです」

「そうか。そりゃそうだよな」

 思いつくことがあればとっくに原因は分かっているだろう。食堂は静寂に包まれ、今日のところはこの辺で打ちきりにしようということになった。

 食事の片づけを終え、二階に上がる。

「はぁ、結局なにも分からず終いかぁ」

 レイファが一日の疲れを発散するように伸びをしたが、ルードはそれに答えなかった。

「ルード?」

「レイ……本当にそう思ってるか?」

「え?」

 ルードは足を止め、今上ってきた階段を下り始めた。レイファも慌てて後を追う。

 ルードが向かったのは、1階の突き当たりにある大部屋。すなわち、子供たちの寝室だった。ルードはノックもせずに扉を開けた。

 当然ベッドで横になっているとばかり思っていた子供たちは、しかし部屋の中央に車座になって何か相談していたようだった。突然のルードの訪問に飛び上がり、固まったまま動かなかった。

「おまえら、何か隠してることがあるな?」

 子供たちの目が泳ぐ。ルードは辛抱強く待ったが、子供たちはそわそわするばかりで口を開こうとしなかった。たまらず、レイファが声をかける。

「半年前に、何かあったの?」

「はんとしまえって?」

「いつのこと?」

「ええと春先だから……庭のアーモンドの花が咲いた頃ね」

「あー、あのころねー」

「さいてたねー」

 子供たちの目はさらにきょろきょろと落ち着きなく泳ぎ回る。怪しい。

「何か知ってるんでしょ」

「しってるような」

「しらないような」

「し……」

 レイファがずい、と歩を進める。と、ずっと隅で動かなかった緑の服の子供が突然、

「うわあああああ!!!」

 プレッシャーに絶えられなくなったのか、レイファとルードの脇をすり抜けて外へ飛び出していった。

「あっばか」

「まてーずるーい」

「ぼくもぼくもー」

 つられて、他の子供たちも飛び出す。しまった、やりすぎたかとレイファが焦っている間に、ルードも子供たちの後を追って駆けだした。

 一拍置いて、レイファも後に続く。騒ぎを聞きつけたイザベラが部屋から飛び出してきて、危うくぶつかるところだった。

「何事ですか!?」

「ごめん、イザベラはここにいて!」

 それだけ言うと、レイファはみんなを見失わないように屋敷の外へ飛び出した。

 日が落ちた後の町は暗い。夜目の利くルードは子供たちの複雑な経路を見失わないように、しかし追いつきすぎないように後を追った。子供たちが何か知ってる以上、今から行くのはその「理由」がある場所だと思ったからだ。

 子供たちは町を取り囲む塀をくぐり抜け、町の外へ飛び出した。100mほどのわずかな草原の先には鬱蒼とした森がある。藪の下を通り、蜘蛛の巣をかき分け、足場の悪い森の中を子供たちは颯爽と駆けていく。

 途中、ピンクの服の子供が転んだ。ルードが助け起こして体に付いた草を払い落としてやる。

「わー、ありがとう」

「で、どこに向かってるんだ?」

「それはねー……ないしょなの」

「そうか」

 手を離すと、一目散に他の子供たちの後を追って駆けだした。ルードはもう追おうとはしない。目的地は目の前にあったのだ。

 そこは、崖に出来た小さな洞穴だった。

 ルードは手早く火打ち石で火をつけ、明かりを灯した。洞はそれほど深くなく、子供たちは全員そこにいた。突然の明かりに再び身を堅くし、こちらを伺っている。

「イザベラには内緒にするよ」

 レイファが到着するのを見計らって、ルードが口を開いた。おびえる子供たちをあやすように、優しい声で。

 子供たちはルードの言葉を聞き、氷が溶けるように警戒を解いた。

「……ほんとうに?」

「ああ」

「どういうことなの?」

 レイファが思わず口を挟む。どうやら子供たちは何か知ってるようだが、何故ルードはそれに気づいたのだろう。

「夕飯の時、こいつらの様子がおかしかったろ?」

「そうだっけ」

「昨日あんだけ騒がしかったこいつらが、半年前のことを聞いた瞬間黙りこくったろうが」

 そういえば。

 昨日は一度たりとも沈黙が流れることがなかった。真剣な話をしているときもしていないときも、子供たちは好き勝手しゃべって笑って騒いでいた。が、確かに今夜だけは、イザベラに半年前のことを聞いた瞬間、口をつぐんでしまっていた……

「そうなの? 何か知ってるの?」

「ほんとに……」

 青い服の子供がおそるおそる口を開く。

「ほんとに、イザベラにはなにもいわない?」

「ああ、約束するよ」

「どうする」

「やくそくしてくれるって」

「じゃあ、はなす?」

「やくそくはやぶるためにあるっていうしね」

「破らない、破らない」

 子供たちは顔を見合わせ、やがて意を決したようにうなずきあった。

「じつは……」

「うん」

「いぬを……」

「うん?」

「いぬをひろったの」

 犬?

 ルードとレイファはがっくりと肩を落とした。犬は……

 犬は関係ないよな……

 半年前のある日、いつものようにこっそり森のはずれに遊びに来ていた子供たちは、そこで親とはぐれたらしい子犬を見つけた。それ以来、子供たちはこの洞窟でこっそり飼っていたのだ。

 孤児院では動物を飼うことを禁止されている。そもそも子供たちだけで町の外へ、それも森へ入ること自体、厳しく禁じられていた。

 万が一自分たちが森へ出かけていることがばれたりしたらどうなることか……

「どうなるかな?」

「きっとすんごいおこられるよ!」

「おにとかすね」

「おそろしや」

「でも、ここでこのまま飼い続けるのは難しいんじゃない?」

 いつまでも隠し通せるとは思えない。そのうちボロが出てもっと怒られる前に、自己申告しておく方が絶対にいい。人は、隠し事をされると、隠されたという事実そのものに腹を立てるものだ。素直に話せば、条件付きで飼ってもいいということになるかもしれない。第一、あのイザベラが子供たちに対して残酷な処置を施すとも思えない。

 子供たちもそれは薄々感じていたらしく、

「むずかしいかな」

「しょうじきにはなす?」

「でもひきはなされてしまったらどうしよう」

「ひれんだひれんだ」

とあれやこれや相談を始めた。

「やれやれ……何か有力な手がかりがあるかと思ったんだけどなぁ」

「そう上手くはいかないわよ」

 正直レイファも期待していた分だけ、少しがっかりしていた。が、子供たちが何かしらの悪巧みをしているわけではないということがはっきりして、ホッとしているのも事実だった。

 子犬について真剣に話し合っている子供たちを眺めて、自分もイザベラを説得する手伝いをしようと思った。

「ところで、どんな子犬なの? おねえさんにもちょっと触らせてくれる?」

「いいよー」

「ちょっとだけね」

「やさしくね」

「そーっとね」

 子供たちが道を譲り、奥に丸まっている子犬の方に導いた。

 それは寒さのせいなのか、それとも突然の来訪者におびえているのか、ぶるぶると体を震わせていた。

 おびえたようなまなざしでこちらを見ているその瞳は、ルードの持つ明かりに反射して、金色に輝いていた。堅い鎧のような鱗に覆われた体は鈍色に光り、触ってもあまり心地よさそうではなかった。人間の腕ほどもあるしっぽは体の内側にくるりと折り畳まれていたが、納めきれずにはみ出している。

 そう、それはどこからどう見ても立派なーー

「犬じゃねえーーーー!!!!」

 ルードの声が洞窟中に響いた。

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