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イザベラと子供たち

エルベの銅竜コッパードラゴンは全3話の予定です。

「無理ムリむりっ! 絶対にイヤっ!」

 レイファは激しく頭を振った。その弾みで、淡い金色の髪の間から特徴的な長い耳が見え隠れする。それほどまでに、旅慣れていないエルフの少女には連れの提案は過酷なものに感じられた。

「大体、そういうことはこの町にはいる前に言っておいてくれればいいじゃない! じゃないと、心の準備ってものが…」

 レイファの訴えを黙って聞いていたルードは、目深にかぶったフードをチラと上げため息をついた。フードの陰から、特徴的な角が見える。額から延びる一本の角。それはルードが亜人ーー人に近しい、人ならざるものーーであることを表していた。

「そんなもん必要ないだろ。それにここは小さな町だし、そんな変な奴はいないって」

 丘陵の中腹にある人口千人ほどの町エルベ。大きな街道からは離れているものの、南に豊かな森があり、北東に川が流れる恵まれた環境のため、そこそこ歴史は古い。200年前からそのままだという石畳の上には、木と煉瓦で建てられた伝統的な建物が建ち並ぶ。

 ルードに課せられた指名、それはすなわち、この少し開けた大通りの突き当たりにある冒険者組合ギルドに一人で赴き、手続きをしてくること。

「今のうちに慣れておかないと、これから先、旅を続けるなら避けて通れないぜ」

 それはルードの言うとおりだった。

 冒険者組合ギルドは、町々をつなぐ旅人の命綱ともいえる存在だ。

 各地に点在する町や村は、必ずしも気軽に行き来できる距離であった、交流が盛んだったりするわけではない。山間の小さな町や、人里離れた村だったりすると、言葉や文化、時には使われている紙幣すら違うことがある。また、そういった土地では余所者の存在をひどく嫌う傾向にあることが多い。

 巡礼者や冒険者などの旅人にとって、長い道のりのオアシスともいえる町や村が利用できないのは死活問題だ。そこで、教会や貿易商、貴族などが出資しあって出来たのが、この冒険者組合ギルドなのである。

 新しい町にきたときにここで登録をしておけば、紙幣の両替もしてもらえるし、時には仕事の斡旋もしてもらえる。ギルドからの紹介なら町の人たちも警戒心なく使ってもらえるので、双方にとってありがたい存在なのだ。

 だが。

「それはよくわかってるわよ…でも、ギルドって、なんて言うかその…」

 レイファが言わんとしていることはよくわかっていた。要するにレイファは“粗暴な冒険者ども”が集うギルド支部に、一人で赴のが苦手なのだった。

 街道には野犬や得体の知れない猛獣が出たりと、物騒な場所も少なくない。敬虔な信者が聖地巡りをしたり、商人が商売のため出稼ぎへ行く以外、好き好んで旅に出る者などほとんどいない。大体は、訳ありか、傭兵か、一攫千金を狙う賞金稼ぎくらいだった。特に街道を荒らす山賊は、生死に関わらず退治をすると結構な金額が貰えるという噂だ。そういった輩を相手取る以上、お上品な性格でないことは想像に難くない。

 レイファは生まれてからずっと人間の村で育ってきた珍しいエルフだが、街道から離れた素朴な村ではそんな野蛮な人種は一人もいなかった。

 出来ることなら、そういった場所に足を踏み入れたくない気持ちはわかる。だが、これから先はそうも言ってられないだろう。

「とりあえず手続きだけしてくりゃいいからさ。じゃ、俺は宿を探してくるから」

 自分でも冷たいと思いつつ、心を鬼にしてルードは踵を返した。

 本来なら宿もギルドに斡旋してもらう方がいいのだが、この小さな町唯一と思われる宿には無情にも「満席コンプレート」の札が掲げられていたので、おそらく無駄だろう。橋の下でもどこでも、雨露をしのげる場所を探しておくつもりだ。

 レイファは「ばかー冷血漢ー」と思いつく限りの罵声を浴びせたが、言いながら自分でも「やるしかない」とは思っていた。そもそも、最初は一人で旅をする覚悟だったのだ。それが思いがけず頼りがいのある旅の仲間が見つかった。だがいつまでも一緒にいるという保証はない。ルードがいるうちに、一人でも旅を続けられるように自分を成長させなければならない。いつまでも、箱入り娘ではいられないのだ。レイファは意を決して、ギルドへ向かった。

 重厚な扉を開け、レイファはギルドへ足を踏み入れた。手前のカウンターがギルドの受付、奥のカウンターは酒場らしい。まだ昼過ぎだというのに赤い顔をした男たちがテーブルを陣取っている。

 レイファはそちらを見ないようにしながら、ギルドのカウンターに向かった。受付ですることは簡単だ。自分が何者なのか、どこから来てどこへ向かうつもりなのかを申告するだけ。虚偽は問われないが、何かあったときは激しく追求されるため、嘘の申告をする者はまれだ。その代わり、自分たちが何者であってもすべて受け入れられる。たとえば、レイファのようなエルフであっても、ルードのような亜人ーーそれが例え、魔族の血を引いていたとしても、だ。

 レイファの思考は、そこで止まった。エルフを珍しがった酔っぱらいが、冷やかしに来たのは気づいていた。鬱陶しいと思いながらも、とりあえずは自分に課せられた仕事を全うしようと心を無にして申告をしている間に、酔っぱらいはレイファの背後に回り込みーー尻をなでた。

 そして次の瞬間、ギルド支部は爆発した。

 通りを二つほど離れていたルードには、少なくともそう見えた。

「あー…」

 幸い、爆発によって破損したのは支部の壁だけらしいが、それでももうもうと立ちこめる煙は、ルードの心まで煤で真っ黒にしてしまうようだった。

 しばしの沈思黙考の後、ルードの導き出した答えはこうだ。

「うん」

 見なかったことにしよう。

 急いでその場を離れようと目をそらしたのが、物陰から走り出してきた子供たちに気づかなかった原因だった。

 元気よく飛び出してきた4、5人の子供たちは、ルードの体にまともにぶつかり団子状態で転がってしまった。ルードもその場に尻餅をつく。

「ああっ」

「やぁしまった」

「すいません」

「かたじけない」

 子供たちは口々にそう言い、そしてーールードの顔を見て固まってしまった。

 やばい、と思って慌てて頭を触るが、案の定だった。ぶつかった勢いで顔を覆っていたフードがはだけてしまったらしく、額から伸びる特徴的な角が露わになっていた。人によってはただの飾りだと思いこむらしく、大事になることはあまりない。が、子供は直情的で正直な生き物だった。

「つのだ!」

「つのがはえてる!」

「ばけものだ!」

「へんたいだ!」

 最後のは違う、と思いながら子供たちをなだめようとしたが、時すでに遅し。きゃあきゃあと叫びながら、路地の向こうへ消えてしまった。

 静寂に取り残され、呆然と子供たちを見送ったルードはやれやれ、とひとりごちたが、わき上がる懸念は服についたほこりのように簡単に払拭することはできなかった。どうやらこの町はあまり亜人の存在に慣れていないらしい。

 亜人種、いわゆるデミ・ヒューマンというのは、この世界をあまねく支配している人間ヒューマンを主体においた表現だが、ようするに姿形や思考が人間に近い、しかし人間とは異なる種族を指す。基本的には人間とコミュニケーションがとれ、比較的友好的な人種のことをいうので、どちらかというと精霊に近いエルフも亜人と表現されることがある。逆に、高度な文化を持ち人間と意志疎通が出来ても、邪悪な考えを持ち人間を敵視しているミノタウロスなどは亜人とは呼ばれない。「怪物」だ。

 人間以外の種族に慣れていないこのような小さな町では、亜人も怪物もそれほど違いはなかった。どんな偏見でもってどんなとばっちりを食うとも限らない。出来るだけ目立たないように早々に立ち去る方がいいのだが、その分化け物がいると噂されるのはいささか都合が悪い。

 面倒なことにならなきゃいいけど…

 気を改めて歩き出そうとしたとき、何か違和感を感じて再び立ち止まった。足下の空気が小刻みに震えているのだ。そして次の瞬間には、地面の感覚が消えた。地面がなくなったわけではない。自分の足が、地面を踏みしめていなかったのだ。

 浮いている…

 と思ったのと同時に、自分の体が風に乗ってとばされた。そう、吹き飛ばされたのとは違う。現に風の感覚はなく、町並みだけ急激な早さで後方に遠ざかっていく。

 ーーレイの精霊魔法だ。

 わかったところで、あがらう術はない。精霊魔法はすなわち自然の魔法。じたばたしたところで太刀打ちすることは出来なかった。それどころか、

「ぐっ!?」

 疾走は風の壁に激突させられることで強制的に止められた。時速がどれくらい出ていたかは定かではないが、その衝撃はもろにルードに跳ね返り、肺の息をすべて吐き出させた。息苦しさにゴホゴホと喘いでる間、レイファとおそらくはギルドの役員らしき人物との怒鳴り合いが続いていた。

「だからっ! 悪いのは私じゃないって何度も言ってるでしょ!」

「壁吹き飛ばしたのは間違いなくあんたじゃねぇか!」

 やっぱり来るんじゃなかったな。

 来る、というより強制的に召喚されたようなものだが、ルードは二人のやりとりをうんざりした面もちで眺めた。

「私が吹き飛ばしたのはあの痴漢であって! 壁が吹き飛んだのは…おまけよ」

「そのおまけで吹き飛んだ壁をどうにかしろってんだ!」

「どうにかってどうしろっていうのよ!」

「弁償だ!」

「そんなお金ないに決まってるでしょ!」

「威張って言うな!」

「壁がなくて不安だったら見張っててあげるわよ! ね、ルード」

「勘弁してくれ」

 直すにしても、素人作業で壁を復旧させるわけにもいかない。精霊魔法では人工物を元に戻すということも不可能だ。

 金がないならペナルティを支払うしかない。結局、この町では仕事を斡旋させないということで片が付いた。そしてそれは、ルードたちにとってかなりの痛手だった。

「困ったなぁ…」

「ごめん…」

 正直、この町での仕事で路銀をためることを当てにしていたのだ。次の町までは2、3日かかる。その間の食料も確保したかったし、消耗品の補充もしたかった。だが、この調子では滞在している間の食事も危うい。

 ルードは3日くらいなにも食べなくてもなんとかなったが、レイファはどうかわからない。エルフは夜露で飢えをしのぐとも言われているが、果たして人間の生活を続けてきたレイファにそれは可能だろうか?

 いずれにしても、いつになく落ち込んでいるレイファを責める気にはなれなかった。とにかく、今日の宿を確保しよう。町外れに大きな屋敷があったはずだ。軒先でも借りれれば…

 と歩を進めていたところ、先ほどの子供たちが行く手を塞いだ。頭に鍋や籠を被り、手に箒や棒きれを持った勇敢な自警団だった。

「みつけたぞばけものめ!」

「せいばいしてくれる!」

「ちまつりだ ちまつりだ」

「おまつりでおみこしだ」

「最後のは違うよ」

 ルードが冷静にツッコんだが、子供たちは聞く耳を持たない。

「うるさい! かかれー」

 きゃあきゃあとルードを取り囲み、持っていたロープでぐるぐる巻きにしてしまった。

「つかまえた」

「せんりひんだー」

「もってかえろう」

「こんやはかいぶつのまるやきだね」

 それはイヤだな、と思いながらも大人しく引っ立てられていく。元々、自分たちが向かおうと思っていた屋敷の方向だったのだ。

「おまえたち、あの家の子供か? 誰か大人の人はいるかな」

「うん」

「いるよ」

「ちいさいおんなのひとがいるよ」

「むねがちいさいおんなひとがいるよ」

 それは言ってもいいものか、と悩んでいると、当の屋敷から小柄な女性が駆けだしてきた。

「あっ、イザベラー」

 子供たちが無邪気に手を振る。

「こら、あんたたちそんな物持ち出してなにをーー」

 イザベラと呼ばれた女性は、ルードとレイファの姿を見て警戒の色を露わにした。亜人やエルフを初めて見た人間として当然の反応だ。しかし、子供たちに素直に引っ立てられてるのを見て当惑もしていた。

 子供たちは「おそろしいかいぶつがでた!」と騒いでいたが、どう見ても恐ろしくは見ない。でも子供たちが「つかまえている」以上、先ほど騒いでいたのは紛れもなくこの人物のことだろう。

 当惑するイザベラに、とりあえずルードとレイファは「こんにちは」と挨拶をした。

「あっはいこんにちは…。あの、あなた方は?」

「だからばけものだよー」

「おだまんなさい!」

「旅の者です。さっき、この町について…」

「さっそくぐるぐる巻きに」

「ご、ごめんなさい! この子たちったら…」

 と頭を下げながら、子供たちの頭を軽く小突いていった。そんなに痛くはないはずだが、子供たちは「いたーい」「やられたー」と大げさに頭をかばった。物事を大げさに言うのが、彼らのマイブームらしい。

「今すぐ、なわを…」

 と言ってルードの背後に回り込み、結び目を見て固まった。

 チョウチョ結びだった。

「あーはずしちゃだめだよー」

「せっかくのせんりひんなのにー」

「なのにー」

「こんばんのごちそうなのにー」

「食べません!」

 子供たちを叱りつつ、ルードたちにお詫びをさせてほしいと屋敷に招いた。子供たちの悪ふざけにイヤな顔もせずーーすぐに解けるような縄もそのままでーーつきあってくれたそのお詫びだった。

「災い転じてって奴ね」

「おまえは見てただけだけどな…」

 屋敷は孤児院になっていた。質素ながらしっかりとした作りの、清潔感のある建物だ。古くても大事に使われていることがわかる。

 子供たちの他は、常任しているのはイザベラだけらしい。

「この広い屋敷に、あなた一人?」

 イザベラの煎れてくれたハーブティを飲みながら、レイファが疑問の声を上げた。確かに、2、3人常任していてもおかしくない広さだ。

「ちょっとした…トラブルがありまして」

「そうだとしても…いえそれならなおさら、あなたみたいな若い女性が…」

 お一人だけなんて、と言うと、ハーブティの代わりにミルクを飲んでいた子供たちから抗議の声が挙がった。

「イザベラはもうおとなだよ」

「はたちだもんね」

「こどもじゃないよ」

「いきおくれだよ」

 光の早さで裏拳が飛んだ。

「たまに応援の人が来てくれたりするんで、運営は大丈夫なんです」

「でも、夜なんか物騒でしょう。もしよければだけど…私たちがこの町にいる間、用心棒代わりに居ましょうか? 私たちも寝泊まりするところがほしいというのが、正直なところだけど」

 レイファがそう提案すると、イザベラは願ってもないことだと喜んだ。部屋は余っているし、食事も、教会や貴族からの寄付や、庭で自家栽培している野菜があるから提供して貰えるとのことだった。

 関係者以外が泊まることは滅多にないらしく、子供たちが歓声を挙げた。

「きょうはおきゃくさんいっぱいだね!」

「そうね」

「ぼくたちがしょうたいしたんだよ!」

「ちょっと違うけど、そうね」

 ただ、

「夜は少し騒がしくなるかも…それだけ了解して貰えますか」

 もちろん、そこまでしてもらっておいて多少騒がしいくらい、異論があるはずはなかった。

 夕飯は、意外にも子供たちが大いに手伝っていた。イザベラ一人でも大丈夫というのはこういうことでもあるんだろう。

「おしおをとって!」

「これはさとうだ」

「にてるからだいじょぶ!」

 ちょっと不安な声も飛んでいたが、十分おいしい料理が並んでホッとした。

 その日は大いに食べ、大いに笑った。黄色い服の子供はルードの膝に乗り、ピンクの服の子供はレイファに手ずから料理を食べさせてくれた。

「えずけだよ!」

「よしなさい」

 イザベラがげんこつを落とす。こういうやりとりはいつものことらしく、子供たちは質のいい芝居を見たときのように手をたたいて笑った。

 夕飯を終えて火を落とした部屋には、いつまでも楽しい時間の残響が残っているかのようだった。

 部屋が余っているというのは本当のことらしく、二階の部屋を一人一部屋あてがってもらえた。

 ーー下手をすれば橋の下で野宿することを覚悟していたのに、まさかベッドまである部屋で眠れるなんて。

 町に着くまでの街道では見張りも必要なので、細切れにしか眠れなかったのだ。レイファは久しぶりに足を延ばして寝れる幸せに浸っていた。一人部屋なら遠慮もいらない。思いっきり伸びをして、勢いよくベッドにダイブし、心地よい夢の中に落ちていった。

 そして、深夜。

 町中が眠りにつく中、ふいに雷鳴が届いた。

 確かに曇り空ではあったが、そこまで荒れるとは思っていなかったレイファは、開け放しにしていた窓を開けるべく、ベッドから降りた。稲光はないようなので、雷が鳴っていたとしても遠くだろう。しかし、雨が降り込む可能性はある。

 寝ぼけ眼で窓際に立ったレイファは外を眺め、そして、我と我が目を疑った。

 空は、晴れていた。月も星も、きらびやかにきらめいている。

 だが空の中心は、ぽっかりと暗闇が支配していた。

 何らかのシルエットのように、星が切り取られている。暗闇は、心なしかゆらゆらとゆらめいているように見えた。目をこすり、そのシルエットをよく観察してみる。

 そう、例えるならば…それは巨大なトカゲ。コウモリのような羽をもち、丸太のようなしっぽを揺らし、金色に輝く巨大な双眸をぎろりと輝かせている。それは紛れもなく、間違いなく…

「えええええええ!!!」

 ちょうど隣の部屋で、ルードも同じタイミングで同じものを確認したらしい。二人の驚愕の声に呼応するように、ドラゴンのシルエットは雉のような鳴き声をあげた。当然その声は雉など比べものにならないほどの大きさだが。

 窓がびりびりと震え、思わず耳を塞ぐ。象ほどの大きさを持つ翼が、危うくレイファの体を部屋の端まで吹き飛ばす勢いで羽ばたいた。

 ドラゴンの巨体は、瞬く間に空高く舞い上がった。

 レイファは窓に張り付き、ドラゴンの行方を目で追う。それは屋敷を物色するように2、3度旋回すると、山の方へ飛び立っていった。呆然としてその羽ばたきが聞こえなくなるまで眺めていると、イザベラが下の階から駆け上がってきた。

「お二方、お怪我はありませんか!?」

「お怪我はありません。けど…もしかして、ちょっとしたトラブルって、あの…」

 レイファが指さした方を見て、イザベラは申し訳なさそうに頭を下げた。そう、この屋敷は何故かーーなにかしらの理由で、ドラゴンに目を付けられてしまったのだ。

 翌朝。

 朝食をとりながらイザベラが話してくれた内容はこうだ。

 ドラゴンが現れたのはつい半月ほど前。それまで、山向こうに銅色のドラゴンが居ることは昔から伝えられていた。だが、ドラゴンが自分の縄張りである山を離れることは滅多にないし、よほどの理由がない限り人里までやってくることはまずない。

 その“よほどの理由”に、当然町の人たちに思い当たる節はなく、またドラゴンが近づくのはこの屋敷以外ないので、実質放っておかれているのが現状だ。だが、それも無理はない。ドラゴンは超自然的な存在であり、人間がどうこうできるレベルではないのだ。

 幸い、ドラゴンが来ることによってけが人などは出ていない。毎日、夜中にやってきては屋敷を物色するように旋回し、うなり声をあげては山向こうに帰って行く。何の目的があるのかは分からないが、強襲をかけてくるという感じでもない。そのため、町の自警団やギルドが積極的に対応にあたらないという側面もあるのだが。

 もちろん、襲ってこないから平気というわけはない。ドラゴンがくるようになってから、この孤児院で働いていた人たちはイザベラをのぞいて全員去ってしまった。イザベラは取り残された形だが、さりとて子供たちを置いていくわけにも行かず、一人で切り盛りする羽目になってしまったということだった。

「ドラゴンのおかげで、夜盗などが寄りつかなくなりましたけどね」

 イザベラは冗談めいて言ったが、このままドラゴンにまとわりつかれるのも気味がいいものではないだろう。

「どうにかしましょう」

 ルードも異論はなかった。一宿一飯の恩というものがある。だが、しかしどうやって?

「とりあえず、情報を集めるしかないな」

 気は重かったが、まずは冒険者組合ギルドを訪ねることにした。

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