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そうして彼女は異世界で歌を歌う



光り輝く『門』を目前にして、戸惑いながらも引き寄せられるように近づいていく仲間の姿をシイナは見つけた。


そしてその光が一層輝きを増していき――


――ズォン!!


空気を震わせながら、『それ』は突如目の前に現れた。誰もが息を呑む。予期せぬ突然の事態に誰もが動きを止めていた。


門の前に立ちふさがるように現れたのは光を吸い込むように佇む、深い深い闇。震え、蠢きながら光の領域を侵していく。



「――ッ!!『闇』だぁぁぁぁあああ!!!」


仲間の叫びを皮切りに誰もが剣を抜いた。シイナも柄に手を掛けながら走る。


馬鹿な。こんな場所に闇が、それも、この数は何だ。


闇が、溢れていく。


悪夢のような光景がそこにはあった。不定形な『闇』達は、確かに<門>を狙い現れる。だが、目の前の光景は信じがたいものだった。奴らが<門>の間近で姿を現す事が出来るなど、誰が知っていたというのだろう。奴らとの幾度と無い戦いの中で、たった一度ですらこんな事態が起きた事は無かった。奴らが姿を現す事が出来るのは<門>を覆い隠すこの森の外であって、<門>の神聖な力で不浄な闇はその近くに出現出来ないと言われていた。いや、信じられていた。今日この瞬間まで。

知っていれば警戒していた。奴らがこんなに<門>に近づいた場所で姿を現す事が出来ると知っていたのなら。


ゾワリと肌が粟立つ。


待っていたのか?この時を。隠していたのか?奴らは。俺達が思っているよりもずっと容易く、その爪を、牙を、<門>に届かせることが出来る事を!!


――この瞬間の為に。


「<門>を!!女神をお守りしろ!!!」


シイナの叫びは目の前の光景に動揺していた仲間達の意識に叩きつけられた。弾かれた様に仲間達が闇の元へと駆ける。


「……うぉおおおお!!!!」


「この……化け物どもがぁ!!!」


仲間達が怯えを押し込め、剣を振るう姿をシイナは確かに見た。その光景を食い入るように見つめながら駆ける。後少し。後少し近づく事が出来れば光弾の射程距離に入る――。


そう思った瞬間、闇に向かって突進していった仲間達がまとめて吹き飛ばされていく。


「!?」


『……ァア゛ア゛……』


何だこれは。何だこの―――。


爛れきった、漆黒の闇は。


『……アァ……アールグール……』



光が歪んでいくようだ。シイナが屠ってきた闇で出来た化け物たち。今まで戦ったどの闇よりも昏く、巨大なそれは、その頭をもたげ、低いうなり声を上げる。ミチミチと不快な音を上げながら、その漆黒の体が少しずつ、質量を伴いながら更に大きく膨れ上がっていった。


『……アール、グール……グ、ォォォオオオオオ!!!!!』


その場にいるのは歴戦の兵どもだ。にも関わらずその叫びは彼らの足を地面に縫い付けてしまった。


「―――!!光よ!!」



駆けながらシイナは蠢く闇に向かって光弾を放つ。直撃を受けて数体の闇が霧散した。ようやく射程距離に入ったのだ。シイナは今、この瞬間に起きている出来事を理解する術を持たない。それでもこれだけは分かる事があった。あの闇を、一際大きく蠢いているあの闇を、絶対に<門>に近づかせてはならない。


迸る光の矢が一直線に巨体の闇へ向かっていく。


だが、シイナは驚愕に目を見張った。巨体の闇に光弾が届く前に、その数体の闇が身を挺して庇った様に見えたからだ。


『……ァ゛ア゛ア゛』


『……アールグール……』


巨体の闇はその腕を持ち上げ、そして――。



ズオッ!!!!!


「!?ぐああっ!!」


「ぐふっ」


一振りで景色が一変した。巨体の闇に押し寄せた仲間達が塵芥のように吹き飛ばされていく。


『グ……オァアアア……』


最早シイナは正面から巨体の闇と対峙していた。灯のように揺らめく二つの目がこちらを

見据えているのが分かる。シイナですら気圧される程の憎しみを湛えた目が。


『……ヒカリヲ……』


「……な……!?」


シイナは自分の耳を疑った。まさか、今目の前の闇が、言葉を発したのか。意思の疎通が、出来るというのだろうか。


混乱の中にいるシイナの動きは瞬間硬直した。それに気が付いたのかは分からないが、

巨体の闇は突如シイナから視線を外し、大きく腕を振り上げた。その先にあるのは。


もはや直視する事もままならない程の光の奔流の中にある、<門>。


「!!やめろおおおおおお!!!!」


シイナは再び剣を振り上げる、巨体の闇が腕を振りおろし――。


そのまま硬直した。


『……グア……アールグール……』


何故かシイナは目の前の闇がひどく動揺している事を理解した。振り上げた腕を、目の前の闇は<門>へ叩きつける事を躊躇っている。


刹那、世界は全て光に包まれた。


そう思える程の閃光だった。余りの輝きに目が潰れてしまったのか、視界が白に包まれて何も見えない。


どうなっている?<門>は?巨体の闇はどうした?


見えぬ先に剣先を向けながらシイナは全身を使って気配を探っていく。心臓を鷲掴みにされているような焦燥に包まれながらも必死に見えぬ目を凝らす。


やがて閃光は収まり、シイナは気づく。


巨体の闇はまるで<門>にかしずくようにその身を平伏している。




そして―――。


一人の女が、<門>の前に佇んでいた。




+++




まだ幼さの残る少女だ。見慣れない服に身を包み、怯えたように立ちすくんでいる。シイナは闇への注意も忘れ、呆けたように少女を見つめた。


まさか、この幼い少女が、女神だと言うのか?


シイナが激しい混乱の中で抱いた疑問は、しかし。


『え?……な、何……?』


彼女の声で一瞬にして打ち砕かれた。


その声。


その音色。


何て、何て美しい―――!!


『……!?い、いや!?なに、え、何これ!?ここどこ!?』



ガシャン!!!


ガシャン!!ガシャン!!


食い入る様に少女を見つめながら、シイナは音を聞いた。仲間達が武器を取り落す音だ。

無理も無いと思える。戦意が掻き消えていた。


何よりもまず、彼女の不安と戸惑いを消さなくてはならない。


信じられない。彼女の声はまるで美しい旋律のようだ。こんなに美しい音を、シイナは今まで聴いたことが無い。


『……!?』


怯えるように周囲を窺っていた彼女の視線が、こちらを捉え――、


そしてうずくまる闇に気が付いた。


『!?い、いやああああああ!!!』


「……うぉおおおおおおお!!!」


「ああああああああああ!!!」


彼女の叫びと同時に仲間達が巨体の闇に殺到していた。取り落した剣を拾いもせずに。

だが、仲間達が何を考えているのか、シイナには痛い程理解出来た。


彼女の叫びには、今彼女がどれほど怯え恐怖しているかが、言葉よりも雄弁に語られていたからだ。


まるで彼女の心の内がそのまま伝わってくるかのように。


弾かれる様に、考える余地も無く、仲間達は巨体の闇を退けようと殺到したのだ。怯える彼女の為に。


女神の為に。



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