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青年は、闇の中でこそ光を見つける

『――シイナ。お前の務めは、何だ?』

『はい。お師匠様。守護人として、神聖な<門>を守る事です』

『然り。だが、もっとお前にとって大事な事がある』

『……それは、何でしょうか?』

『お前は特別だ。お前のその力はいつの日か約束が果たされ、<女神>が降臨した際に御方の身を守る為のもの』

『はい。分かっております』

『……門は光を受け、輝きを増すだろう。光が強くなれば、闇もまた強くなる。だが見誤るな。強い光はお前の目を眩ますだろう。だからこそお前は闇を見据えなければいけない』

『闇を、見据える?』 

『そうだ。闇にこそ、お前が見つめるべき、真の光がある』

『……僕には、おっしゃっている意味がよく分かりません、師匠』

『然り。だが、今私が言った事を、決して忘れてはいけないよ』


 見えぬ闇を見据えなさい。シイナよ。そこに真実がある。





***






 どうやら、着替える事も忘れ眠ってしまっていたようだ。シイナは身を起こすと、大きく伸びをした。先ほどの夢の内容を思い出す。シイナがまだ守護人となって門へやってくる前の記憶だ。どんな時でもシイナを導いてくれた偉大な師匠が、その時はまるで謎かけのような言葉で彼を送り出した。今でも時々夢に見る位、その時の記憶は鮮明に思い出す事が出来る。


 今日もまた、シイナは仲間達と、聖なる門を狙う闇をはらった。闇の出没は不規則で、それでいて唐突だ。けれど闇の出現は、自然と門を囲む一帯の森の中――守護人達の住む里の周囲と決まっていた。


 『闇の勢力』。それはシイナ達守護人が相手取る、悍ましい化け物たちの呼び名だ。この世界をまだ女神が守護していた時代に、その力を欲した暗黒の神が遣わした化け物たち。その名の通りその身は闇を塗り固めたようにただひたすらに昏く、不定形で、一切の意思疎通は不可能だった。


 闇を見据える。


 シイナが門を守り始めて、もう5年が経つ。本来ならば王都で選出されるはずの守護人になるには、シイナが師匠とともに暮らしていた辺境は余りにも無名だった。その名を広く知られていたシイナの師匠はまだしも、その弟子と名乗る幼い子供を、周囲は最初まるで邪魔者のように扱った。どこの馬の骨とも分からない人間が、門からの加護を引き出せるはずが無いと。


 だが約束の地に赴いたシイナは、初めて目にする闇に動じないばかりか、素晴らしい剣技を見せながら、その刃を輝かせた。これにはめったな事には動じない他の守護人達も目をむいた。光り輝くその剣は、門からの加護に他ならない。


 闇の勢力は門を奪い、あるいは破壊する為に襲撃を繰り返す。門は暗黒神から自身を守る為、かつて女神が創り出した。門をくぐり、異なる世界へ去る前、女神は人間達にこう託した。


 ――いつの日か、私の力が戻り、闇の力を打ち倒す事が出来るようになった時、私は必ずこの世界へ帰還しましょう。それまで、どうか、この門を闇の力からお守り下さい。私の加護を、皆さんへ与えます。この地に留まり、門を守る限り、あなた達の力は決して闇の力に負ける事は無いでしょう。


 門の加護を得るには女神の存在を信じ、女神への心からの忠誠を持つ者にしか与えられない。だから王都では徹底した教育の元、選び抜かれた忠誠心を持つ者だけが守護人へと選ばれる。それでも初めて目にする闇に恐怖し、碌に戦えない者が出る中で、シイナは恐ろしい程冷静に、闇を切り裂いていった。その剣先を異形へ向けると、光の弾が音も無く闇を貫き、その身を消滅させた。加護の顕在化。かつてない力を見せつけたシイナに他の守護人達は今度こそ絶句した。


 女神に愛されし守護人


 シイナの事をそう呼んで敬う者がいた。


 得体の知れない出生不明の化け物


 シイナの事をそう呼んで蔑む者もいた。


 だが、シイナ自身も戸惑っていたのは事実だった。師の教えに従い、確かに血反吐を吐き、気を失うような努力を重ねてきた。女神への確かな忠誠心もシイナは持っている。だとしても何故、シイナにだけ他の守護人と一線を画す程の加護が与えられるのか。その答えは、約束の地で他の守護人達と過ごしていくうちに自ずと分かることになった。


 彼らは王都で徹底的にその忠誠心を育てられる。

 彼らの使命は門を守る事。門を狙う闇をはらう事。


 彼らの真の忠誠は、門にこそ捧げられているのだ。


 それは些細な違いなのかもしれない。だがこの地に赴いて、門の加護を受け、彼らは更にその想いを強くする。女神の為に門を守る事こそ、闇の勢力を打ち倒す事こそが使命。聖なる務めなのだと。


 だが、シイナは違った。


 女神よ。聖なる導き手よ。あなたはこの世界の守護を我ら人間に託された。いつかこの世界へ戻り、世界に真の平和をもたらす為に。この門はあなたが創り出したもの。未だ僅かも朽ちることなく、僅かに光り輝くように見える、この門の存在が、そのままあなたの存在が疑いようも無い事を示している。


 だが、神話の時代から、どれ程の時が経ったのか。


 未だに、あなたは戻られない。


 僕は、あなたが心配なのです。異なる世界は、果たして安全なところだったのでしょうか?あなたの身にもしや何かが起きていて、それでこの世界に戻る事が出来ないのでは?


 守護人の誰も疑問にすら思わない、女神の帰還を、シイナは固く信じながらも、同時に怯えていた。女神の身を案じ、毎夜祈っていたのだった。


 絶対的な力を持つ、神の身を案じるなど、守護人失格に違いない。けれど、女神が未だ帰還しない理由を、シイナは他に見つける事が出来なかったのだ。


 シイナにとって、女神はその身を捧げて守るべき存在だ。決して、ただ守られる側になるつもりは無かった。


 ――そして唐突に、その時はきた。





「シイナ!!シイナ!!いるか!!」


 突然の仲間の緊張した声に、シイナの意識は一気に覚醒する。また闇が?だが先ほど姿を見せてから、まだ半刻も経っていない。シイナは勢いよく扉を開け、仲間の姿を確認した。守護人のゼランが息も絶え絶えの様子で、顔を青ざめさせていた。


「どうしたんだ!?ゼラン」

「早く!門へ!」


 仲間の言葉に、シイナは戸口に立てかけてあった剣を持つと勢いよく飛び出した。ただならない事が起きている予感があった。


 灯りも持たずに家を飛び出した事にシイナは気づいた。だが足を緩める事は無い。全速力で門を目指す。


 闇を、見据えろ。


 ぴしりと頬を打ちつけられる感触があった。勢い良く当った枝の先で頬が切れたのだろう。

 鬱蒼と茂る森の中を灯りも持たず、門に辿り着こうなどとは、正気の沙汰では無い。


 いつも通りならば。


 門がある方向から確かに漏れる光があった。近づけば近づく程、その光は輝きを増していく。間違いない。門が光っているのだ。


 門を目指し全力で走りながら、シイナは自分が笑っている事に気付いた。確信めいた歓喜がシイナの胸を締め付けていた。


 あの光は。


 間違いない。ついに、この時がやってきたんだ。


『……門は光を受け、輝きを増すだろう。光が強くなれば、闇もまた強くなる。だが見誤るな。強い光はお前の目を眩ますだろう。だからこそお前は闇を見据えなければいけない』


 唐突に、師匠の言葉がシイナの頭に浮かんだ。光に向かってひた走るシイナの顔から、笑みが消えた。


 ――分かっています。師匠。


 ほんの僅か、シイナは振り返り、通り過ぎてきた森の奥を睨みつける。そこにはぞっとする程の闇が広がっていた。


 僕は、闇から光を求めて、這い出てきた存在にすぎない。


 強く右手の剣を握り締め直すと、シイナは光に向かって駆けて行った。


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