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不運連鎖

 数時間後。


「ぎゃあぁぁ!」


 三人目の先生の悲鳴が部屋中に響いた。

 ダンスの先生は足を散々踏まれた挙句、足をもつれさせたキサラに押し倒されテーブルに頭をぶつけ気絶。

 楽器の演奏の先生は、たまたま開けていた窓から入って来たカラスに身につけていた装飾を狙われ、突かれながら部屋を退出。

 などなど。

 そして今、紅茶の淹れ方を指導してくれていた礼儀作法の先生が熱湯を浴びて悲鳴を上げた。


 手を滑らせてキサラにカップの紅茶をぶっかけてしまった先生。

 慌てて布巾を手渡そうとして、熱湯が入っているポットに袖を引っ掛け自分に熱湯をかけてまったのだ。

 その一部始終を間近で見ていたキサラは思わずため息をつく。

 数時間前にキサラが予測していた事は、案の定現実となってしまっていたのだから。


「熱い、熱い……」


 そう呟き、少し落ち着いた先生にダンテが近付く。


「これは冷やさなくてはいけませんね。どうぞこちらへ」


 そう言ってダンテは先生を連れて部屋を出て行く。

 それを見届けてから、キサラは濡れてしまったテーブルや床を片し始めた。


「キサラ様、それは私の仕事です。貴方はまず着替えて下さい」


 淡々とした言い方は冷たくすら聞こえる。

 だが、そのセラの言葉は最もだった。

 自分も紅茶を掛けられてしまったキサラ。

 いつまでもこのままでいるわけにはいかない。


「そうですね。お願いします」


 そうして少し場所を移動すると、セラはテキパキと汚れたドレスを脱がせ何時の間にか用意していた新しいドレスに着替えさせた。

 床も早く片さなくては染みになってしまう。

 だから急ぎドレスを着付けているのだろうが……。



(それにしたって、早い)


 紐を解き脱がせ、また着せて紐を結びつけるまでものの一分も経っていないのでは無いだろうか?

 もはや人間業では無い。


(セラさんって何者?)


 着付けを終え、片付けを始めたセラをあなどれないと思いながら見つめる。


(そういえば、昨日から一番近くにいるのにまるで私の不運のとばっちりを受けてない!?)


 そこに思い当たったキサラは本気で驚く。

 ミラ程の強運の持ち主などもう出会えるわけがないと思っていた。

 なのに二日側にいて未だに不運を受けていないと言う事は……。


(セラさんって、物凄い強運の持ち主なのね!)


 最早感動に近かった。

 そんな事を考えていると、早くも片付けを終わらせたセラがポツリと呟く。


「これでは明日も思いやられますね」


 ため息混じりで言われたのなら彼女の心境も読み取れるというものだが、いつもと変わらない淡々とした口調のためどう思って言ったのかサッパリ分からなかった。


「……」


分からないから、無言で返すしか無い。


「何か対策でも打っておかなければ、あの先生方は皆逃げ出してしまいます」


そこまで聞いて、やっとキサラは応える言葉を見つける。


「いいんです。やっぱり無理なんです」


 セラは『何がですか?』とは聞かなかった。

 表情にも勿論疑問は表れていない。

 だが、小首を傾げたので疑問に思っているということは伝わった。

 キサラは何と説明しようか迷い、少しずつ話す。


「あたしの不運は、身の回りの人にも影響を与えてしまいます。でも、それだけでは済まないんです」

「と、言いますと?」


 今度は言葉で疑問を口にしたセラに、キサラは躊躇ためらいがちに続けた。


「大抵は、さっきみたいに何かしら不幸な事が起きて皆あたしから逃げて行くんです。でも、たまに辛抱強く側に居ようとしてくれる人がいて……」


 思い出すと心がえぐれる程に辛い。

 側に居ようとしてくれた人達は、皆優しい人だった。



「でも、あたしの側に居ようとすればする程不幸は連鎖的に起こるんです」


 熱湯を浴びるなどは序の口。

 外に出れば野犬に追われ、蜂の巣にぶつかり顔中刺され、肥溜めに落ちるなど。

 日に日に悪化して行った。


 一番酷い人などは、野生の熊に遭遇し危うく死んでしまう所だった。

 そんな事が続き、優しかった人達は暴言を残して去って行った。


 疫病神。

 魔女。

 悪魔。


 良く無い出来事は全て自分の所為にされた。


「そんなだから、強運のミラおばさんと神様の加護がある神父様くらいしか相手にしてくれる人はいなかったんです」


(その神父様も完全には不運を受け流せなくて、結局来てくれなくなったけれど……)


 心の中でそう付け加えてから、キサラは困り笑顔を浮かべ告げた。


「だから良いんです。ダンテさんには申し訳ないですけど、先生方にはこのまま逃げてもらった方があたしとしても助かりますから」

「そうですか……分かりました。ダンテ様には私から伝えておきます」


 淡々とした口調に有り難う御座いますと返そうとしたが、セラの言葉には続きがあったらしくそちらの方が早かった。


「先生方は役に立ちそうに無いので、私がキサラ様をご指導します。と」

「え?」


 思いもよらぬ言葉にキョトンとしたキサラ。

 そんな彼女にセラは紫水晶の瞳を真っ直ぐに向ける。


「この伯爵家のメイドですもの。ある程度の教養は身につけております」

「そう、なんですか……」


 目を瞬かせ、軽く驚く。

 伯爵家のメイドなのだから確かに礼儀作法など身につけているのだろう。

 だが、先生方の様に教えることが出来るのは普通では無いような気がした。


(うーん。でもどうなんだろう? ここのメイドはそういうものなのかな?)


 キサラは首をひねるが、他のメイドを知らないので確かな答えは出ない。

 最終的に、そういうものなんだろうと結論付ける。

 それにセラならば自分の不運のとばっちりを受ける事は無い。

 彼女が教えてくれるのなら、キサラにとってはこの上なく有難いのではないか? と思い至る。


「そうですね。セラさん、ご指導よろしくお願いします」


 改めて頼むと、セラは無表情のまま「かしこまりました」と頭を下げた。

 そして頭を上げるとまた薄紫の瞳がキサラをジッと見つめる。


「……」

「……あの、何か?」


 探る様な視線にいたたまれなくなりながら聞く。


「いえ……。キサラ様の不運はそこまで強力なのかと思いまして。……奥様は他人にそこまで影響を及ぼすことは無かったようですが……」

「え? そうなんですか?」


 自分と同じ様に吸血鬼の伯爵・前マクスウェル伯爵の花嫁であったメルリナ。

 彼女も花嫁となった事で不運体質になった。

 だから彼女も自分と同じ様な体験をしているものだと思っていたが……。


「はい。ですが、奥様は花嫁となってからずっと亡き旦那様に守られておいでてしたので……。キサラ様とは状況が違いますから……」


 そう言い、何かを考える様にセラは黙る。

 キサラも考えた。

 キサラと違い、守られていたメルリナ。

 だがそれで自身が受ける不運から逃れられても、周囲の人への影響は防げるものでは無いのではないか?

 守られていたからだとか、そういう問題ではない気がした。

 なのにセラは何を考えてかとんでもないことを口にする。


「これは本当に早くお二人に結ばれて頂かなくては」

「へ?」


 変な声を出してしまったキサラを気にすることなく、セラは蕩ける様な微笑みを浮かべ続けた。


「そして可愛らしい子を産んで頂かなくては」

「はい!?」


 結婚云々を通り越えて子供の話になるとは。

 しかも無表情の仮面でも張り付いているのでは無いかとさえ思えたセラの顔が、頬を染め幸福そうな笑みを浮かべている。

 あまりの事に驚いたキサラは後じさりしてしまい、ドレスの裾を踏んづけ転んでしまった。


 ドスンッ


「ったぁー……」

「……なに何も無い所で転んでいるんですか」


 淡々とした声が掛けられて、手を差し出される。


「あ、有り難う御座います」


 セラの手に捕まり立ち上がると、キサラは質問をした。


「……あの、セラさんは子供が好きなんですか?」


 あからさますぎて聞くまでも無かったが、一応確認のために。

 するとセラはまたも蕩ける様な微笑みを浮かべ、「勿論です」と言った。


「特に赤ん坊が好きですね。柔らかい頬、指を握る小さな手のひら、無垢な笑顔。どれをとっても愛らしい」


 語り始めたセラに、キサラは若干引いた。

 話している事に頷けなくは無いが、いつも無表情なセラが一変したため殊更ことさら異様に見えてしまう。

 何とも異質な様子。

 得体の知れない感じはしていたが、何と言うか……次元が違う気がした。


「純粋で、こんちくしょーと思う様な事をしても、その次にはキュンと来る事をして来たり……」


 キサラは異次元メイド・セラの過剰な子供への愛を聞きながら、色んな意味で大丈夫かなぁと思った。


*****


 ふとした瞬間思い出す。


 細いのに、程良く肉が付いていて抱き心地が良かった。

 香水とは違う、優しい香りが鼻腔をくすぐる。

 あの心地良さに包まれて、また眠りたい……。


「って! 何を考えているんだ、俺は」


 正気に戻り、頭を振って今考えていたことを払いのける。

 太陽の光を避けて何とか執務室に来れた。

 カーテンを締めきればそれ程辛くは無いため、蝋燭ろうそくの灯りだけで執務をこなしていく。

 休憩も取らずに頑張れば、昼には急ぎの仕事だけでも終わるはずだった。

 なのに……。


(何であの娘のことが頭から離れないんだ!)


 仕事にすら支障をきたすキサラの存在が疎ましく感じた。

 払い除けては蘇り、また払い除けては蘇る。

 ウンザリした。

 おかげで急ぎの仕事が終わったのは昼を遠に過ぎた時間。

 急ぎでは無くとも、早めにこなさなければいけない仕事もしていたら夕刻になっていた。


「全く、昨夜寝てしまわなければこんな事には……」


 過ぎてしまったことは仕方ないのだが、ジュークは愚痴らずにはいられなかった。

 昨夜キサラが袖を掴まなければ、もう少し居ようなどとは思わずあのまま眠ってしまう事は無かった。

 仕事の最中、キサラの記憶が邪魔しなければもっと早く仕事を終え、少しでも眠る事が出来た。

 そう思うと、キサラの存在が本当に忌々《いまいま》しく感じる。


(早く居なくなってくれればいい……)


 そう思いながら何とか最後の仕事を終えると、ジュークは食事のために出掛ける準備を始めた。

 今日は何処に行こうかと考える。

 最近はそれを考えるのも面倒で、同じ女の血ばかり飲んでいる。


 長い黒髪の、血の様に真っ赤な服が似合う妖艶な女。

 余計な詮索をして来ないから、他の女より楽だった。

 だから良く行ってはいるが、女の名前は覚えていない。

 覚えようとすら思った事はないかも知れない。

 ジュークにとって、母以外の女はどうでもいい存在なのだから。


 母は、口うるさくともいつも自分の事を考えてくれる。

 父を早くに亡くしてかなり気落ちしていたのに、新当主となった自分を支えてくれた。

 頭が上がらないくらい、尊敬出来る女性。


 なのに、その他の女ときたら……。

 母と比べれば天と地の差。

 疎ましい存在でしかなかった。

 街の女たちも、城のメイドも。

 身分や容姿に釣られて寄ってくる者ばかり。

 十歳の頃、メイドに寝込みを襲われそうになったのが特に女嫌いを根深くさせた。


 だから母以外の女たちなどたいして価値を見出せない。


(……セラは、少し違うが)


 ふと、今まで唯一母以外の女で他と違うと思ったメイドを思い浮かべる。

 初めて会ったのはいつの頃だったか。

 何時の間にかこの城にいて、何の違和感も無くメイドとして居続けている。


 ただしあれは……種類が違う。

 尊敬出来るかどうかとかではなく。

 ジュークの身分や容姿に釣られているわけでもなく。

 何というか、次元が違うのだ。

 もう女だ男だとかいう以前の問題な気がした。


 兎に角、ジュークは基本的には女嫌いなのだ。

 だから女の名前など一々覚えるつもりは毛頭ない。

 店に行けば、御者が取り付いでくれるので必要性も無い。

 これからも自分があの女たちの名前を覚える事は無いだろう。


 そんな事を考えていると、外出の準備は終わってしまった。


(さて。本当に何処に行くか考え無くては……)


 黒髪の娼婦はここ何日か連続で通っている。

 血を吸う量は少なくても、流石に毎日となれば命にかかわる。

 今日は流石に他の女の所へ行かなくては。


 面倒だと思いながらも、今日行く場所を考えながらジュークは城を出て行った。


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