指を銜える少女
私には昔から指を銜える癖がある。だが敢えて、私はこの癖を直す気がない。更々ない。
私には指を銜えて見ている事しか出来ない。出来ないものは仕方がない。諦めよう。
友達が喝上げされていても、助けられないので仕方がない、じっと見ている。
知人が目の前で恐喝されていても、私は何も出来ないのだから仕方ない、呆然と見ている。
私はそういう人間だ、他人を助けようと思わなくはないけれど、大して興味がない、これは仕方がない、そういうものなのだから、そういう風に育ってしまったのだから仕方がない。人間の根性なんて、この年にもなれば固まってしまって直らなくはなくとも、直すのは面倒だ。癖と同じだ。そう簡単に治るものじゃあない。どうせ簡単には直らないのだから、直す必要はない。するだけ時間の無駄だ。私はそう考える人間だったから、実質直すのは不可能だったと思う。だから、仕方がない。君は指を銜えてそこで見ていて欲しい。
指を銜える少女は、窓から外を見た。
雨。土砂降りの大雨の景色が目に映る。折り畳み傘を常備している私は、先程から降り出したこの雨にはさして困らない。だが、周りのクラスメイトは如何やら違うらしい。最後のホームルームが終わると、途端にクラスは騒めき出す。
「天気予報じゃあ雨だなんて一言も言っていなかったのに。」
「俺傘なんて持ってきていないよ。」
「あーあ、どうしよう。」
全員が持っていないわけではないだろうが、彼方此方で嘆く声が聞こえる。しかし関係がない。私は帰る。ここにとどまる理由なんてない。
「あ、おい「呵々《かか》」の奴傘持ってるぞ。」
私が帰ろうとすると、クラスの誰かが私の持つ傘に気付き、声を上げる。
「ホントだ。なぁ、みんな困ってるんだぞ、一人で帰ろうなんてひどい奴だな。」
「だからと言って一つの傘に全員入るなんて事は出来ないだろう。」
「だからさぁ、それを俺たちに貸してくれって事だよ。わからねぇかなぁ。」
どんなクラスでも面倒な奴は何人かいる。私は自分の傘が取られるのを指を銜えて見ていた。
理屈は関係ない。変な理由をつけて、理不尽な要求をする奴は仕方がない。彼らも根性が固まってしまっているのだから、今更直すことなんて出来ないだろう。私と同じだ。
「帰るか……。」
私はずぶ濡れになって帰った。教科書は濡れると困るだろうから、置いて帰った。
次の日、学校は台風によって休校した。
「あ、教科書が無いと予習ができない……。まあ、仕方がないか。」
私は諦めて自分の部屋を出て、居間のこたつに埋まった。温い。
―――ピンポーン……。
家のベルが鳴り来客を知らせた。誰かが来たようだ。
―――ガチャリ。
家のドアを開けると、覆面をした男が立っていた。知らない人だ。
男は私を押し倒し、何やら怒鳴っている。五月蠅い奴だ。
「お前は人質だ。一緒に来い。」
私は抵抗することなく、男に連れていかれた。なんだ、ただの誘拐か。
こうして「三ノ瀬呵々《さんのせかか》」は、不愉快でも無抵抗に誘拐される。