§9 水場の作り方その3・どんな水場にするか 流れについて考えてみる
ビオトープ計画依頼の時、クライアントは流れをつくりたいって簡単に言います。
透明な清き水の流れ、せせらぎ。そりゃあ、実現できれば良いことも結構あります。
第一に、水質についてあんまし悩まなくて済みます。
第二に、水涸れについても悩まなくて済みます。
第三に、勝手にいろんな生き物が入ってきます。
水が流れないただの池ってやつは、周囲から落ち葉や草木、生き物の死体、水に含まれた栄養、なんてのがどんどん溜まっていくのです。
「水が腐る」なんてよく言われますし、言うお年寄りの方もいますが、まあ、水自体が腐るって事はないのです。
でも、ビオトープが成立しても、長年放っておくとそれに近い状態にはなります。
まず、澄んでいたはずの池水が、数年で緑や茶色に濁ってきたり、もやもやっとした緑色の藻類やラン藻に覆われたりし始めます。
底には落ち葉や草木が溜まり、分解されないまま泥ごと黒く嫌気発酵していきます。
最初はおとなしく岸辺に植わっていたショウブやガマ、アシ、なんていう抽水生植物も、どんどん勢いを増して池の真ん中にまで侵出し始める……とまあ、これがビオトープ池の「富栄養化」って現象ですね。
そうなっても、タフなメダカやフナは平気で生きていたりしますが、底泥が嫌気性発酵して真っ黒になってくると、底に住むタニシや二枚貝、ドジョウ、ハゼ類なんかは死滅します。もちろん、水質に敏感な魚類やエビなども危険な状態になります。
さらにこの状態が進むと、池が浅くなってきてしまい、「陸化」まで起こります。
まあ、自然の池もそうなって陸化し、湿地化して、草地、林へと変わっていくのが、自然の「遷移」ってヤツですから、それを観察するのも悪くはないです。
でも、せっかく苦労して池を造ったのに、草むらになっちゃったんじゃ、そりゃないだろって普通は思いますよね。
ですから、池の場合は定期的に「泥上げ」を行って、深さを保つ必要があります。
この泥上げ、部分的にでも毎年出来れば一番良いんですが、まあ、数年に一度やれれば上出来でしょう。
じゃあ、流れをつくれば、こうした苦労は要らないのか?
といえば、そうではないです。流れだっていろんなモノを運んできますから、下手をするとただの池以上に早く埋まってしまう場合もあります。
とあるビオトープで、地元のおっちゃんが
「専門家なんかいい加減じゃ。そんなヤツの意見なんか聞かないで造ったんじゃ。どや」
と、アカヒレタビラのために造ったビオトープ池を見せてくれました。
山水の流れ込むその池は、一見、うまくできているようでしたが、もちろん問題点が一杯。基本的に人間の利用しやすさしか考えないで造っているので当たり前なのですが。
問題点はいろいろありましたが、中でも一番の問題は、池の周囲が木しか植わっておらず、地面が赤土むき出しであったことでした。
地元ではすでに希少なアカヒレタビラ。これはタナゴの仲間ですが……数十匹は放したんだ、と池に網を入れて、おっちゃんはおかしな顔に。
浅くなってしまっていて、タモ網がほとんど入りません。造成して半年も経たないのに、泥が数十センチも堆積していたのです。
隠れ家として入れた、というブロックも完全に泥の下。その上、浅いのでサギなどに見つかりやすくなりますから、アカヒレタビラは食い尽くされ数匹しか残っていません。
貴重なマツカサガイも産卵用にと何十個も放したそうですが、すべて泥の下です。
私の意見は聞かない、と言いながら、何故自慢げに見せてくれたのかは不明ですが、べつに仕事をいただくわけでもなし、気を遣う必要は一切ないので、遠慮なく問題点を指摘して差し上げましたが、やはり聞く耳は持たなそうでした。
脱線気味でした。
流れをつくると、かように池が埋まりやすくなる可能性はあります。
しかし、常に水が入れ替わるため、池水そのものが極端に富栄養化する、という可能性は低くなります。また、池を経由した流れ出しは池で富栄養化し、水温も上昇しているので、上流とは違った生物種も住みつけます。
さらに、上流からそうした泥が流れ込みにくいように、赤土むき出しではなく、表土流出を抑える工夫がされていれば、泥上げの回数も減らせるかも知れません。
そういう意味でも、流れというものををビオトープに導入するのは、オススメなのです。
上記の「アカヒレタビラのためのビオトープ」も、オニヤンマやギンヤンマ、コシアキトンボなどのトンボ、山際に生息する水生昆虫のためには大変良いビオトープになっていました。
ただ、流れを作るのはなかなか実現しないことでもあります。
そううまく、湧き水や山水が出ている場所が予定地にない、というのもありますし、前の項で書きましたように、農業用の用排水路は、制度上、また地元の方の感覚上、そうしたことに使いにくい、ということがあります。
個人の敷地ではなおさらで、水道水や井戸水の掛け流し、なんていう無茶をやるなら別ですが、それ以外では、ほぼ流れをつくるのは無理、と考えた方が良いでしょう。
錦鯉の池などで流れがあるのを見た、とおっしゃる方もおられるかと思いますが、アレは、錦鯉だけを飼うから可能なのです。
あの流れは「循環ポンプ」によって作り出されています。
循環ポンプは池から水を吸い上げ、濾過装置などを経由して、もう一度池に水を返しているわけです。
循環ポンプには、吸い込み口があり、そこには「ストレーナ」という、網目もしくは格子状のゴミ取りがあります。
コイを飼うだけの池なら大した物は浮かんでいませんし、落ち葉や虫などはコイも食べますから、目詰まりはそうそうないですが、ビオトープ池の場合はそうはいきません。
泥や植物、水生昆虫など、ひっかかるものだらけの上、メダカやヌマエビの子供は楽々とストレーナの隙間を通り抜けて、ポンプに吸い込まれてしまうのです。
よって、循環ポンプでビオトープ池を循環させるのは、現実的でない、と思います。
もちろん、プラ舟レベルであれば、観賞魚用機器を駆使し、それなりに工夫して流れっぽいものを作り出す事は可能です。でも、そこまでしても水温が下がるわけでなし、水質が飛躍的に良くなるわけでもなし。
正直、オススメはしません。
せいぜい、雨樋の水が流れ込むように工夫するくらいでしょうか。
ただ、雨樋の水を入れるようにしておくと、大雨の時にはメダカなどはすべて流されてしまう事にもなりかねません。
一定以上の大きさの池でやるか、もしくはメダカが流されない工夫をしましょう。
さて、そういうわけで、次項では池を造った以上はどうしても避けられない、泥上げの実際を考えてみます。