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§11 道を切ったりつないだり(ビオコリドーっていいます)


 ここでようやく§9項でお話しした、流れのある池のメリットの第三。「勝手にいろんな生き物が入ってくる」ことについて考えてみます。

 

 これはどこででも起きる現象ではなく、生き物が行き来できる「道」が出来てしまっている事がその原因なのです。

 水路がつながっていれば、水生生物にとっては『道』があるようなものです。上流から流され、あるいは下流からさかのぼってやって来るわけです。

 流れのある池、それも池の中で循環しているわけではなく、外部からの流れ込みと流れ出しのある池は、そうやって自然に様々な生き物がやってきて住み着く可能性があります。

 放って置いても、稚魚が流されてきて住み着いたりして、いつの間にか入れた覚えのない生き物が現れる……観察の楽しみが増えます。


 しかし、デメリットとして、あまり入ってきて欲しくない生き物も入ってくることが挙げられます。

 外来生物、大型の捕食生物、希少種の天敵……こうしたものが勝手に入り込みやすいのも、流れのあるビオトープの特徴です。

 特にアメリカザリガニは、現在は日本のあらゆる水域に広がってしまっている上、濡れてさえいれば、水のない場所を歩いたり、大きな段差を這い上がったりも出来るので、とにかく水路がつながってさえいれば、侵入してくる可能性の高い生物です。

 アメリカザリガニが侵入してくる事で、もっとも危機に陥るのは、水生植物です。

 彼等はいかつい外見を持ち、スルメで釣れたり、同居の生き物を食べたりするので、肉食の印象が強いですが、実は植物食傾向の強い雑食なのです。

 特に、水草のような柔らかい植物が大好物で、あっという間に食い尽くします。

 「イヤ、ザリガニがいても水草いっぱい生えてるよ」

 とおっしゃる方々、よく見て下さい。その水草はコカナダモやカボンバ、オオカナダモなどの外来植物ではありませんか? 彼等は食べられるより早く葉を伸ばすので、食い尽くされることがないだけです。

 それら以外にも、ヤナギモやササバモ、エビモの仲間など、流れの植物やヨシやガマ、ミクリなどの抽水生植物はあまり影響を受けない場合があります。

 しかし、ミズオオバコやヒツジグサ、キクモ、ミズニラなどの軟らかい葉はてきめんに食われてしまいます。


 また、ブラックバス、ブルーギル、アメリカナマズなど、悪名高い外来生物は狭い池に入り込むと、メダカやフナなどを食い尽くす場合も見られます。

 外来生物ではありませんが、コイ、ニゴイ、ナマズなどもやはり、狭い池に入り込むとかなり厄介です。


 こういう連中をシャットアウトするには、水路を彼等が通れないように、わざわざ分断する必要も出てきます。

 分断のやり方は様々。

 例えば小さな段差でも、魚類の中には飛び越えられないものがいます。

 僅か数十センチの段差であっても、魚類の遡上には大きな障害になると言われています。段差は多くの魚類をそこでストップさせ、上流へ行けなくするのです。

 一mも段差を作ってしまえば、下流から魚類が遡上する事は、ほぼ不可能と言っても良いでしょう。無論、ウナギの稚魚やボウズハゼなど、変わった能力を持つ魚は別として、です。

 そうやって、一切魚類などの侵入を許さない池を作った場合、生き物が行き来できないことで、魚類にとっては住みにくい池になるかも知れません。

 しかし、水生昆虫や水生植物にとっては、捕食者が少ないことで、逆に多様性が増加することがあります。

 段差がある状態で、どうしても魚類の多様性を確保したいならば、人力で移動してやるしかありません。

 池の出水口、すなわち段差の下には、登れない生物がうようよと溜まっていますから、そこに網を入れて文字通り一網打尽にし、外来種や大型種だけはじいて、入れたい種だけビオトープに入れてやるのです。

 また、流れに適応していない魚種が登れない、しかし中にはは登れる種類もいる程度の段差をいくつか用意し、自由に行き来できるようにすることで、行き来する魚種を選択する方法もあります。

 もともと、狭い島国の日本の自然環境下で進化した在来種は、強い流れに適応した小型種が比較的多く、逆に雄大なアメリカ大陸原産のブラックバスやブルーギルは、強い流れには弱い傾向があります。釣りの際には見事な跳躍を見せるブラックバスですが、数十センチの段差も登れなかったという記録もあります。

 段差ではなく、途中で休めないような手がかりのない坂道を作るのも効果的です。


 また、上流に池があったり、大河川から取水しているような場合は、知らないうちに稚魚が流されてきて住み着く場合もあります。これをシャットアウトするには、金網などで侵入を阻止するしかありません。


 このようにして『生き物の道』を目指す生物種に合わせて、つないだり、切ったりすることで、そこにやってくる生き物の種類を、ある程度ならコントロール可能です。

 この『生き物の道』を専門用語で

『ビオコリドー』=『生態的回廊』

 といい、水路だけを指すわけではなく、低木の茂みを街路樹の根元につなげたり、側溝に蓋をしてカエルなどが渡れるように配慮したり、森同士を樹木の植え込みでつないだりしたものも『ビオコリドー』です。


●ビオコリドーの具体的事例

 具体的事例を考えてみましょう。

 校庭の一部にビオトープを作った場合、よくあるのが、池の周囲が乾燥した砂地になっていたり、舗装した歩道などで囲まれていたりする場合です。

 学校の敷地と隣接して、社寺林や河川敷のある大河川、あぜ道などがあるにも関わらず、隔離されてしまっているために、カエルどころかダンゴムシさえやって来ないビオトープを私は知っています。

 この学校では残念ながら、先生方が積極的でなかったため、私のアドバイスを聞いてはくれませんでしたが、私ならこうする、というコリドーのつなぎ方を書いてみましょう。


1.草むしりをしない地帯を、ベルト状に敷地境界まで伸ばす。

もっとも簡単な方法です。乾燥した砂地といえども、放っておけば様々な植物が生えてきます。毎年、せっせと草むしりをしたり、除草剤を撒いたりするから不毛地帯なだけなのです。

隣接する河川敷や社寺林まで、草むしりしない場所をベルト状に残してやれば、草むら伝いに河川敷の草むらに住むバッタやカエル、トカゲ、社寺林からはヒメネズミなどがやって来ます。


2.プランターを敷地境界まで並べる

1の方法は、もっとも簡単ですが、もっとも周囲を納得させにくい方法でもあります。

日本人は、わずかにでも草が生えていると、とにかく殲滅したがる民族ですから、小学校に草むしりしない場所があるなど、許さない、と考える父兄や関係者は多数います。そこで、少々手間は掛かりますが、草むらを残すのではなく、プランターに園芸植物を植えて、敷地境界まで道を作ります。

草むらと比較して効果は低いでしょうが、これでもやって来る生き物はいるでしょう。

この場合は、野生の外来植物が入り込みにくくなるのがメリットですが、草むらに生える在来植物は期待できなくなります。


3.歩道の上に木道を作って、下の日陰を生き物の通り道にする

木道、というと湿地や池の上に作って、観察道にするのが一般的です。見栄えが良くて自然っぽいので人間に喜ばれますが、実は、木道は生き物にとって非常に良い物なのです。

要するに、人間の歩く場所が限定される事で、踏み荒らされにくくなり、植物や卵など、動かない生き物が踏み殺されにくくなります。また、地面が踏み固められにくくなるので、植物の根や地中の生物にも踏み荒らしの影響が少なくなります。

それだけでなく、木道の下の空間は生き物の通り道、すなわちビオコリドーになるのです。

舗装された歩道上は、真夏の晴天時は灼熱地獄です。カエルも土壌動物も、そこを通るどころか、渡る事すら出来ません。

しかし、歩道上に木道を作る、などという一見無駄な工事をする事で、その下は立派なビオコリドーとして機能します。


4.U字溝の蓋をところどころグレーチングにして、生き物が通りやすくする

そのビオトープは、雨水を導き、オーバーフローした水は、学校の周囲を巡るU字溝に流していました。

U字溝は学校の敷地外までつながっており、あぜ道まで行っています。これなら、U字溝を通って、様々な水生生物もやって来そうなものです。

 ところがこのU字溝、枯れ葉などが溜まるという理由で、完全にコンクリートで塞がれていたのです。こうなると、真っ暗な中を通路として使う生き物は限られてきてしまいます。

 イタチやドブネズミは来るでしょうが、ドジョウやエビ、カエルなどは暗いトンネルを利用する事は少ないのです。

 そこで、コンクリ蓋の一部を、グレーチングに変えます。

 金属製のグレーチングは、光が下まで通りますから、生き物の多くはそこを通路として認識するようになるでしょう。


以上、学校ビオトープにおけるビオコリドーの具体例でした。


 さて、タライ池やベランダの水盤など、小さなビオトープの場合には、コリドーといっても大げさなものではありません。

地面に池を埋めたり、周囲に植木鉢を置いたりして、羽もなく、ジャンプ力もない生き物であっても、水面にやって来られるように配慮するだけでも立派なコリドーです。

ビオコリドーを試すのは比較的簡単で誰にでも出来ます。また、工夫の楽しみがありますから、庭にタライ池やプラ舟を作ったものの余り生き物が来ない、というような人は一度試してみる事をオススメいたします。

まずは、置いてあるだけだったプラ舟の周りに植木鉢を置いたり、土を寄せたりして、ジャンプしなくても水に入れるようにしてみてください。

そこを水場と認識していなかったカエルが、やって来るようになるかも知れません。更に、庭の近くの田んぼや公園までプランターを置き、生き物が日陰で休みながら来られるように配慮してみるとさらにいいかも知れません。

 プランター伝いに、カエルやトカゲ、ハサミムシやクモなどの土壌動物、昆虫、ヒメネズミやアカネズミなどのノネズミもやって来る可能性があります。

 三面護岸の用水路と敷地の間に大きな段差があるなら、水面までツル植物を垂らしてみるのも面白いです。流れてきた生き物が、ツルに引っ掛かり、そのまま這い上がってくるので、カエルや地上性の昆虫、もしかするとカメなどもやって来るかも知れません。

 ツル植物は、ベランダのビオトープの場合にもコリドーに使えます。

 階下の住人の方に差し障りがないなら、地上にツル植物を植え、雨樋伝いに自分のベランダまで這わせてみましょう。アマガエルなどなら、充分にこれを伝って登ってきますし、花が咲けば吸蜜のために昆虫もやって来ます。そうした昆虫を狙って、カマキリやトカゲが這い上がってくるかも知れません。

 敷地内を舗装した歩道が分断していたりした場合には、木道ではなくコンクリートブロックを並べて、上に土を敷き、ブロック穴を通れるようにすればコリドーの完成です。


 小さなビオトープでは、一生を過ごす事は出来ない生き物でも、外界の大きな生態系と行き来する事で、ビオトープに住み着くことが出来、また彼らにとってビオトープの存在価値も上がります。


 ビオコリドーは、周辺の豊かな生態系と自分の作った小さな世界をつなぐ架け橋なのです。


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