§10 水場の作り方その4・地獄の泥上げ作業
ええ。タイトル通り、地獄です。
泥。これってどんな重さだと思います?
イメージ的には重いってよりも、汚いとか、ぬるぬるとか、臭いとかってのの方がピンと来ますよね?
でも、ちょっと考えてみましょう。
泥って、90パーセント以上が水なんです。たった10パーセント水を絞って、80パーセント水分にすると、ほぼ『土』って印象のものになっちゃいます。
つまりは泥の重さは、ほぼ水の重さなわけです。
水って、一リットルが一キロですよね?
十リットルバケツ満タンで十キロ。二十リットルバケツでは二十キロです。
今時、バケツを持たされて廊下に立たされた、なんて人はなかなかいないでしょうけど、バケツで、風呂や防火用水なんかから水を汲み出した経験のある人ならいるでしょうか?
それにしたって、相当な重労働だったと思います。
でも、『泥』は水とは違って「粘る」んですよ。
さっさと水のように汲み出せているうちはまだ良いんです。
泥上げが進み、次第にバケツが刺さらない程度の粘度になってくると、これがキツイ。
スコップだとこぼれ落ちてしまうくせに、バケツでは汲めない。
仕方なしに洗面器とか、ひしゃくとか、プラスチックの箕とか、様々なモノを駆使して泥をバケツに入れます。
そして、いざ泥を入れたバケツを持ち上げようとすると、『仲間の泥』達が「仲間を連れて行かないでくれー」ってな調子で、バケツの底を吸い付け、引っ張ります。
つまり、泥の重量+泥の粘着力 粘着力っていうよりは、吸盤みたいに大気圧が力を貸しているわけで、持ち上げるだけでも一苦労。
しかも、足場は『泥』ですから、力が入らない。
いい年したオッサンが何人も泥まみれになって、泥だらけの池の底で蠢く姿はまさに地獄。
しかも。泥だけならこれまた大したことないんです。
ガマ、アシ、ショウブ、マコモなんかが殖えすぎて、池底を覆っていたりすると、その根の始末がまた厄介。
泥ってのは栄養の塊みたいなモンですから、そこに根付く水生植物の根も、恐ろしいほど太く、また絡み合っています。まるで地盤のように堅くなっていますから、自分の足が泥に沈まないのは良いんですが、この根をぶった切り、掘り出していると、頭まで泥をかぶることになります。
まあ、一回経験すると大抵の方が、『二度とやりたくない』と思われるようで、私の計画したビオトープでも、これがイヤさにビオトープが放置状態になっている場所もちらほら。
まあ、数m四方以上の池の泥上げは、管理者の心を萎えさせる負のエネルギーに満ちておるのです。
これを解決するのは「システム化」もしくは「機械化」しかない、と私は思っております。
まず、「システム化」ですが、要するにお風呂と同じように、底栓つけようやってことです。
「池に底栓だってぇ?」なんて、ため池を知らぬ方々、笑うなかれ。
普通、農業用ため池には、『底樋』と呼ばれる栓がついてるんです。
谷間に堤を作って山水をせき止め、いつでも灌漑に使えるようにするのが農業用ため池の役割です。
ですから、その堤に最初ッから穴を空けて栓をしておけば、これを空ければ水がドドッと出て行く。勢いがあるから、泥も結構出て行く。というわけです。
なんでそんなモンが付いているか、といえば答えは簡単。どんな池でも、次第に埋まるモンだからです。
せっかく作った池が、泥で埋まっちゃ何にもならないわけで、定期的に水を抜いて泥を掻き出し、池の性能を保つわけです。
ついでに出てくるこの泥を、肥料として農地に撒きます。
泥は前述しましたように、周囲から集められた栄養物が溜まったものですから、肥料としての性能は折り紙付き。ってわけです。
この作業を西日本では『どび流し』といいまして、昔ながらの里地農業には欠かせない年間作業だったわけです。
さてさて、というわけでビオトープ池にも、最初からこの栓を付けて計画するのが、解決の一つの近道なわけです。
とはいえ、これは立地条件に大きく左右されちゃいます。
普通に校庭や休耕田にビオトープ計画した場合に、いくら底に栓を付けても、水を落とす先が池より低い場所でないと、当然水は抜けていきませんから。
いったん土を盛って、築山の上に池をつくる??? なんてことでもしない限りは、なかなか難しいですね。
でも、農業用ため池をビオトープへ改造する場合には、そういう機能を残せば良いだけなんで楽勝です。
もう使わないプールとかの場合も、最初から底栓はありますよね。
隣接する農業排水路なんかが、えらく深く作ってあったりして、そこに水を落とせるなら、それもアリかも知れません。
ただまあ、そんなわけですんで、底栓を付けるっていうのは、「出来るときはそうしよう」ってくらいに捉えておいてください。
次に「機械化」です。
こりゃもう単純にポンプで水を抜く、ってことです。
それと、電源のために発電機も必要です。
でもこの方法では、一番問題になる前述の『粘る泥』は排出できませんから、これはパワーショベルで掻き出します。
って、こんな風に書くと「いやいやいや、そんな作業、素人には無理だから」って思っちゃいますよね?
パワーショベル……土木工事で使用する巨大な建設機械。高価な機械で、使えるのはプロの技術者のみ。
そういうイメージがあります。
でもこれは大間違い。基本、誰でも使えます。
操作自体は実に簡単。ゲーセンで遊べる程度の操作センスがあるなら、誰でも普通に扱えます。まあ、難しさで言ったら格ゲーの方が数段上ですけどね。ショベルにはコンボ入力とかはないですし。
もちろん、作業免許は必要なわけですが、三トン未満の機械は、二日間の技術講習で大丈夫。これはテストではないので、受ければ落ちる人はまずいません。
これで機械重量三トン未満の「ミニショベル」と言われる機械なら誰でも運転可能なのです。費用も一万五千円くらいですね。
三トン以上の重機ショベルってヤツになると、三トン未満の免許を持っている人はさらに二日間、教習所に通うと貰えます。自動車免許のあるなしで変わりますが、こちらの費用は約四万円とテキスト代がかかりますね。
そうした運転経験何も無しの人は五日間、教習所に通わなくてはいけない上に、十万円近くの費用となりますが。
じゃあ、プロなんつって威張っていても大したことないのか?
って言えば、そうでもないです。
確かに操作は簡単で、泥出しくらいなら素人でも出来ますが、プロは巨大ショベルの先端で数度曲がった杭を微調整したり、見えない足元を感覚だけで正確に掘ったり、深さ数mの溝を、バケットの幅きっかりに垂直に掘ったり、水田の表面を端から端まで誤差一センチ以内に収めたり、っていうような超人的技術を持っているのです。
そんな超絶技術が無くても、ビオトープ管理は出来ますよって事ですね。
でも、免許だけあっても、機械はどうすんの、って思いますよね?
まあ、地域差もありますが、三トン未満のミニショベルなら一日単価、だいたい数千円でレンタルできます。スタンダードな二十トンクラスの重機ショベルでも、レンタル代は大抵二万円程度。
ちょっとしたスポーツカーの方がレンタル代はずっと高いわけですね。
個人では貸してくれないレンタル屋さんも多いですが、町内とか公民館、学校名義ならまず貸してくれます。
お店から遠いと、運賃がレンタル代より高くかかったりしますけどね。
それでも、あの過酷な重労働を思えば安いモンです。
当然、泥出し用のポンプや発電機もレンタル可能で、しかもそれらはショベルより安いです。
過酷な重労働を選んでお金を節約するか、お金はかかるけど機械で楽するか、どっちかって話ですね。
で、具体的にどうやって使うか、ですが、まずポンプで水と泥を可能な限り吸い出します。この時、メダカやなんかの小さい生き物を出来るだけ吸い込まないよう、ポンプの周りを細かい金網製のカゴで囲うと良いです。
金網は目詰まりを起こすので、ゴミを人力で取り除きましょう。これもけっこう長時間な上に大変な作業です。ポンプの吐出量と池の水量をおおよそ計算してかからないと、場合によっては水位を下げるのに数日かかりますから、作業工程がめちゃくちゃになります。
水が減ったら、次は水生生物を救出します。
子供用プールや衣装ケースなど、あらゆる入れ物を用意し、そこへ最初の方の濁ってない水を入れておいて、捕れた生き物を入れていくわけです。
このとき、生かしておくヤツと駆除するヤツ、駆除するってワケじゃないけど下流へ放そうかってヤツ、くらいに入れ物を分けておくべきですね。
生かしておくヤツってのは、メダカやタナゴなんていう、外傷に弱い生物が多いので、あんまり高密度にしないようにして、いくつかの小さめの容器に分けて入れた方が良いですね。死なせないようにエアレーション、つまりブクブクは最低限やっておいた方が良いです。夏場は高温になるので、遮光も忘れずに。最初から日陰に置くようにした方が良いですね。
駆除するヤツらは生かす工夫は雑でも良いんですが、注意点としてはバスやギル、ウシガエルなんかの特定外来生物指定種は、生きたままどっかへ持って行くとその時点で犯罪になりますから、その場で息の根を止める事ですね。
穴を掘っておいて、いきなりそこへ放り込み、そのまま埋めちゃうっていう過激な団体もありますけど、どの種も食べれば美味しいので、クーラーに保存しておくのがいいかと思いますね。
アメリカザリガニやなんかと合わせて宴会の肴にするのが一番のオススメです。
駆除はしないけどよそへ持って行こうかってヤツ、つまり、コイとかナマズとか、何でも食っちゃいそうな連中も、私は食べてしまう事をオススメしてます。
だって、そいつらが住んでいない場所に放すと、そこがそいつ等の生息に適していればそこにいた生き物が食われちゃうわけですし、適していなければ結局そいつらは死んじゃいます。
生息に適していて、かつコイやナマズが元から住んでいる場所だとしたら、元からいたヤツらで居場所や食料を使っているわけで、余分なモノがあるわけではないのです。
つまり、池から取り出したら、特に行くアテなどないそいつ等。
コイもナマズも結構美味ですから、食べてしまうのが一番かと思います。
こういう連中の食べ方も、経験を踏まえてそのうち別項で書きましょうかね。
水生生物を救出したら、残るのは泥だけ。
泥の排出にかかります。泥の中にも二枚貝などいっぱい生き物は残っていますが、それは作業の途中で取り出せばいいのです。
ここでミニショベルもしくは重機ショベルの出番、となります。
立地条件や池の大きさによりますが、池のほとりにまでショベルを歩かせ、腕を伸ばして泥をすくい取れれば、それで問題はありません。
でも、大きな池だとそれは無理。
この場合には、池の中で土嚢袋やその他の入れ物に泥を詰めるところまで人力でやり、ロープでショベルの足元にまで引き摺ってきます。
そして持ち上げ、外に出す、という一番の重労働部分だけショベルにやらせるわけです。
大概のショベルには、バケットの外側にフックが付いていますので、そこに袋や入れ物を引っかければ良いわけで、持ち上げ作業がないのですごく楽です。
上げた泥は、農地に使うのが一番ですが、そうも行かない場合には、ビオトープ内に穴を掘って埋めてしまいましょう。
陸地部分に置きッ放しって手もありますが、大雨でも降ると、溶けて池に流れ込むので、もとの黙阿弥って事になりかねません。
泥上げを終了したビオトープ池は、大抵の場合、水が澄み、沈水生植物が蘇り、生き物が妙に生き生きと見えます。
もちろん別に気のせいではありません。
水生植物の中には、底がかき乱されないと芽を出さない種類もあります。しかも水質が良くなることで底にまで日光が届き、生育がよくなります。
そうすると、水中での光合成が盛んに行われますし、葉があることで浮遊物が沈降しやすくなり、さらに水質が良くなります。
しかも、隠れ家が増える事で小さな水生生物も住みやすくなり、これまで見当たらなかった生き物も数を増やしたりするわけです。
定期的な泥上げは、池にとって大変意味があるので、是非やっていただきたい作業です。
そうそう。もしもプラ舟やケースなどの小さいビオトープ池の場合はどうするか?
もちろん、泥上げ作業はやりましょう。定期的なリセットが泥上げと同じ効果を生みます。
プラ舟の底にも汚泥が溜まりますから、これは庭や畑に肥料として使えます。注意点は、全リセットしないで、泥を少し戻してやる事ですね。水生植物の種子が含まれているので、消えたと思った種類が復活する事もままあります。
プラ舟ビオの泥上げは、そう大変でもないので、頑張ってやって下さい。