-EP.07-魔法
相談事をされてから2日…
灯里はいつも通り学校から帰ってくると洗い物を片付け、晩御飯の準備に取りかかる。
そこへ庭で何かをしていたレンが額の汗をタオルで拭いながら近づいてきた。
「由希はおらんのか?」
「あいつは今日は部活だ。交流戦が近いとかで気合い入ってるようでな」
「サッカー、というやつか。一度テレビでやっておるのを見たな。ところで灯里よ――」
「なに――」
冷蔵庫の中を確認していた灯里は不意に壁に押しつけられた。
「……なんだ?」
「少しジッとしておれ」
そう言うなり灯里の身体を頭頂部あたりから匂いでも嗅ぐように鼻をひくつかせるレン。
しばらく続いた謎の行為は灯里の左腕の半ばで止まる。
「動くでないぞ」
膝をついたレンが手を合わせると窓も開いていないのに2人の間に風が通り抜ける。
それを確認したレンは軽く頷いて立ち上がる。
「これでよい」
「……なんだったんだ、今のは」
「うーむ…。信じたくはないが間違いはなさそうだ。灯里よ、お主に魔法がかけられておった」
「『魔法』?」
「とはいってもお主自身に影響があるようなものではないが…」
「どんな感じなんだ?」
「言ってしまえば『再認識』の魔法だ。特定の人物に対して『無意識の嘘』を『認識』させるものだと言えばわかりやすいか?」
「無意識の嘘?」
「うむ。言っている当人が自身の知識や記憶とは違うことを特定人物に伝えようとする際に意識させることで、その人物はそれの真偽をわかりやすくしようとしているということだ」
「それって便利なのか…?」
「うーむ…」
レンは顎に手を当ててしばし悩む。答えはまとまったのか――
「一概にはどうとも言えん。だが、相手に『疑っている』ことを悟らせないようにするというのならば、便利なものではあるな」
「疑っている…、か」
「ともあれ、この『魔法』は我の世界の魔法だ。少なくとも、我以外にもこの世界へと転移してきておる者がいるということになる」
「レン、由希が帰ってきたら少し話を聞いてくれるか?」
「むっ?」
灯里にはレンの言う『特定の人物』は心当たりがある。
再び持ち上がり始めた理不尽な物事に、灯里は心の中でため息をつくしかなかった。
◇◇◆◇◇
それから小1時間ほどしてやたらとテンションの高い由希が帰宅してきた。
「これで今週末の試合は負けないぜ、ヘイ!!」
「じゃあ、負けてきたら何か罰ゲームな。レン、お前はどんなのがいいと思う?」
「罰ゲームとやらか?街路樹に吊るして首に『私は嘘をつきました』というプラカードをぶら下げてみてはどうだ?」
「わりと本気で情け容赦が一切無い罰ゲーム?!」
冗談で聞いた灯里ですら引くほどの恐怖の罰ゲーム内容が返ってきた。
「冗談を真顔で容赦ないもの返されると反応に困るな…」
「むっ、冗談なのか?」
「レンちゃんが私を社会的に抹殺しようとしている!?」
「罰ゲーム云々はさすがにな。…とりあえず由希、まずは着替えてきてくれ」
「りょーかっい。何かあったみたいだからふざけるのもこれぐらいにしておくね」
「灯里、ならばこれはどうだ?25mのプールの端から端までを縄でくくって引っ張るという――」
「待て待て待て。そこまでいくと拷問だから…」
由希が着替えのためにリビングからいなくなっていて本当によかったと思う言葉だ。
由希がリビングに帰ってきたところでまずは準備していた晩御飯を食べる。
食べ終わり、お茶を飲んで一服入れたところで灯里は話を始める。
「さて。話があるといったのはレンに関わりがあり、かつ俺と由希も無関係ではないことだ」
「何かあったの――って、わかった!あの転校生さんが家に来たとか!!」
「違う。違うが…当たらずも遠からず、だな」
「転校生?」
首を傾げるレンに灯里が今日までにあったことを報告も兼ねて説明していく。
「ふむふむ。つまりそのシアン・フォーリンゲルデとかいうやつが『アヴァロン』の人間だと?」
「というか、魔王であるお前を追っかけてわざわざ来てるみたいだ。俺に件の魔法をかけたのは俺からなら多少の情報でも出てくる可能性を見たということだろうな」
「まぁ、気がついたらお兄ちゃんはこの街の回覧板だもんね」
「回覧板とはなんだ?」
「町内での情報を共有するためにいろいろと情報が書かれたもので――」
「回覧板の説明してる場合か…。それで、レン。シアンというやつに覚えはないのか?」
うーむ…と、腕を組んで頭を悩ませるレンだが――
「すまぬが『シアン』という名には心当たりがない」
「そう、か…。なら、魔王を狙ってるのは勇者だけじゃないってことか」
「その『勇者』というのには文献からいくつかわかっておることがある。向こうでは基本的に勇者の『血筋』とやらは存在せぬ。あくまでも『当代に存在する魔王を討った者』を『勇者』とするようでな」
「つまり、ゲームみたいに勇者が産まれる血筋はないんだ!」
「ゲームとはなんだ?」
「ゲームっていうのは――」
「同じネタだからやめろ。…つまり、お前――魔王が倒されていないことは向こうでは事実として出回り、そこへ『勇者』になりたいやつがわざわざこちらへ追っかけてきた?」
「そう考えることはできるな」
「ふむ…。だとしたらシアンは俺に何かあると目星をつけているわけでもないのか?」
「さすがに関係者とは見てはおらんと我は思うがな。特に再認識の魔法はよほどのことがない限りはばれることはない魔法だ。――まぁ、使い方が限定されすぎているのも一因ではあるのだが…」
「じゃあ、いますぐどうこうはなさそうか…」
2人して落ち着いた様子ですっかりぬるくなったお茶を飲む。
そこで、先ほどから話に加わっていなかった由希がぽつり――
「魔法は、知っている人にしかどうにかできない…」
「むっ?由希、何か言うたか?」
「ねぇ、レンちゃん。魔法は壊されたりしたらどうなるの?」
「うん?基本的には使用者が破壊されたことに―――ああ!」
「お兄ちゃ~ん。少なくとも『関係者』っていうのは向こうにばれてるんじゃないかな?」
由希の言うことに理解が追いついたレンは手を打つ。その様子に由希は少し呆れている。
だが、灯里は小さく舌打ちとともに――
「なるほど。『魔法』は知らないやつには感知もできんし破壊や解除も不可能だ。だが、そういうオカルトめいたことに精通していたりする場合は変わってくる。
特に魔法なんてものが存在しないこの世界で、それが破壊できるのは『向こうの世界』の出身者の近くにいない限りはほとんど不可能、か」
「ふむふむ。『魔法で探す』のではなく、『魔法を餌に』探したということか」
「つまり、今日から俺は見事に厄介事の最前線に引っ張り出されたわけか…」
「でもさ、お兄ちゃん。完全には特定されてないわけだよね…?」
「あぁ。まぁ、関係のある人物にはピックアップされただろうがな」
本当に面倒くさそうにため息をつくしかない灯里だった。