-EP.06-相談
――放課後。ホームルームも終わり、各々が席をたって帰り始めた頃に教室の扉の前に見慣れた顔があった。
「由希?」
「お兄ちゃん、今日はお迎えに参上したよ!!」
元気よく手をあげて迎えにきた由希はその場で楽しそうに跳ねる。それを愛でるようにクラスの人間は隣を通っていくごとに、由希の頭を軽く撫でたり叩いたりしていく。
「由希ちゃん、人気者だな」
「あいつはなんでか知らんが他人が構いたくなる空気を持っているみたいでな。大勢の人がいる場所だと大抵あぁだ」
ポンポン叩かれるのも嬉しそうに受け入れている。
「兄としてはいいのか、あの扱い?」
「まぁ、邪険にされるよりは全然いい」
グリグリと強めに撫でられても不機嫌そうな表情を出すこともなく、その様子を面白がってクラスのほとんどが由希のいる扉から教室を出ていく。
「じゃあな、快斗」
「おうよ。また明日な」
軽く拳を合わせると由希の元へと歩いていく。
「んじゃ、帰るか」
「うにゅ~い」
妹の謎の相づちはスルーして校舎の玄関へと向かう。玄関で靴に履き替える。
「お兄ちゃん。レンちゃん、大丈夫かな?」
「変なことしてなかればいいんだが…。家の中が大変なことになってないだろうか…」
「そこまで気にしなくても…。私が頑張って教えたんだよ?」
「そうだな。なお不安だ」
「不安言うな~!!」
フグみたいに膨れる妹の頭をポンポン叩きながら、並んで校門をくぐる。しばらく歩いたところで、灯里は足を止めた。
「ん?」
「何か用か?」
振り返ると、そこには転校生のシアンが立っていた。
「柊君はクラスの相談役だって聞いたから。私も相談してもいいでしょうか?」
「相談内容によるな。俺だってややこしい相談はごめんだからな」
「それは…。しかし、相談してみないことにはややこしいかもわかりませんね。よろしければ相談に乗っていただけません?」
「……わかった。話してみろ」
「このような道の真ん中ではなんですから、どこか座れるような場所でお話しません?」
「あっ、じゃあ、少し行ったところに公園あるしそこで聞いたら?」
「少し歩くぞ」
並んで歩く2人の少し後ろをシアンは付き従うように歩く。その様子をチラ見すると、由希が小声で話しかけてくる。
「普通の人に見えるけど…?」
「俺も今はそう思う。ただ、それなら教室での違和感はなんだったのか、ってことだが…」
学校の近くにある運動公園。街中にある公園にしてはかなり広く、テニスコートとバスケットコートが隣接しているため、休日などは大にぎわいの場所でもある。
その公園内には自動販売機が集まる区画があり、そこにはいくつかテーブルとイスが置かれ、昼間は散歩している老人達の憩いの場になっている場所が存在していた。
そこまで来ると、自動販売機で缶コーヒーを3つ買ってイスに座る。
「ここならどうだ?公園内にあるが運動場から離れているし、他にいるのも近所のゲートボール会のご老人ばかりだ」
「申し訳ありません。ここまで配慮していただいて…」
「気にするな。それより、さっさと相談事とやらを話せ」
コーヒーを口に含む。しばらく黙っていたシアンは、灯里の瞳をまっすぐ見据えると――
「突拍子もない相談になりますので、まずは私のことから話します。私は――この世界の人間ではありません」
ピタリ、とシアンの言葉を聞いた由希が動きを止める。対して灯里は気にした風もなくコーヒーを飲んでいる。
「ふむ。で、異世界から来た『自称』異世界人が俺に何を相談する?」
「自称では…っ、いえ、信じていただけないのは当たり前ですね。その前提で話を進めさせていただきます」
缶コーヒーを少し飲むシアン。灯里はそんなシアンから目を離すことなく、ただ見据える。
「私は異世界の国『アヴァロン』よりこちらへと転移してきました。理由としては『魔王』を探して討つためです」
由希は目を丸くして兄の方を見る。しかし、灯里は動揺するどころか落ち着いたままにコーヒーを飲んでいる。
「『自称』異世界人が同じ異世界からこちらへ来ている『魔王』を討ちにきた。そういうわけか?」
「はい。そして、魔王はこの街にいるはずなんです」
「それで――なぜ俺に相談することにしたんだ?」
「学校に通った方が情報をよく集められると思って通いはじめたのですが、あまり芳しくなく…。誰かそういう情報通の人はいないかとクラスメートに聞いたところ――」
「ほぼ全員が俺の名前を出したわけだ」
面倒そうにため息をつく灯里に恐縮そうにシアンは縮こまっている。
「確かに学校の中や街の噂には精通してはいる。だが、『魔王』だの『異世界人』などというレベルの噂を聞いた覚えは無いな」
「まぁ、そんな噂だったらクラスで持ちきりになったりしそうだよね」
「やはり、そうでしたか…」
思ったような情報が手に入らなかったためか、かなり落ち込んでいるシアン。
「悪いな、力になれなくて」
「いいえ。このような非現実的な話に呆れることもなく聞いていただいてむしろ感謝いたします。よい情報がなかったのは残念ではありますが、私は諦めるわけにはいきません!」
シアンは初心に再び帰ることができたのか握り拳をつくって立ち上がる。
「本日は貴重なお時間を取っていただいてありがとうございます。今度、何か御礼をさせていただきます」
「期待しないで待っている」
では…。と一礼して去っていくシアンの後ろ姿を由希と一緒に眺める。
その姿が見えなくなったところで、由希は大きな息をついた。
「お兄ちゃん、今の人は…」
「十中八九、レンがらみだろうな。しかも、レンを討とうとした『勇者』の可能性があるな」
「にしても、よく驚かなかったね…」
「今まで受けた相談に比べれば話の内容は軽い。驚くに値しなかっただけだ」
なまじいろいろな事件や事故に巻き込まれたりはしていない。
突拍子もない、現実味の薄い相談事などは灯里にとっては日常茶飯事だ。ただ聞かされただけでは驚くことはない。
「まぁ、巻き込まれるようなら本格的に対処しなければならないがな」
缶を近くに置かれたゴミ箱へとシュートして立ち上がる。鞄を持つと由希と並んで家路へとついた。
◇◇◆◇◇
家に帰り着くとリビングで暇そうにしていたレンがテレビのチャンネルを変えていた。
「お前はリストラされたサラリーマンか…」
「むっ?灯里、由希ではないか。学校とやらはもうよいのか?」
「夜遅くまであるわけじゃない。これから晩御飯の用意だ」
「うむ。しかし、家事というものはやり方を覚えるとわりと楽だ。ただ――」
台所に立った灯里が真っ先に気がついたのは山盛りにされた洗われた後の皿。
よく崩れないものだと逆に感心できる積み方をされていた。
「皿を片付ける位置まではさすがにわからん…。すまぬがその山は片付けてもらえるか?」
「オーケー。しっかり洗い物をしているだけでも合格点だ」
積まれているのを崩すのは難しいが、積み方が上手いのだろう。1枚たりとも落とすことなく皿を片付け終える。
「お兄ちゃ~ん、ご飯は何するの?」
部屋で着替えてきたジャージ姿の由希が台所に現れる。冷蔵庫を開けて水を取り出すとコップに注いだ。
「今日は余り物の炒め物とみそ汁。あとはきゅうりとタコの酢和え物でもしようと思う」
「タコ…。お兄ちゃん、レンちゃんってタコ大丈夫かな?」
「好き嫌いさせるつもりはない。そもそも魚介類を食べてないわけでもないだろう。昨日は焼魚を平然と平らげていたし、こんにゃくも美味そうに食っていたんだ」
「まぁ、こんにゃく食べてたから大丈夫だよね…?」
「晩御飯に我が嫌がりそうな物を出すつもりか?」
「これだよ」
冷蔵庫から取り出したるはパック詰めされたタコの足。
「うーむ、見たところグリに似ておるな」
「グリ?」
「深海都市のフォーレストの特産品でな。こう、巨大な貝みたいなもので、にょろにょろとした触手みたいなものが生えておる。その触手は煮たり焼いたりすると磯の香りがして美味いのだ」
手で『グリ』と呼ばれる、おそらく二枚貝に近い生物を宙に描くレン。
「…お兄ちゃん、聞いてたら食べたくなってきた!」
「もし向こうに行けたら食わせてもらえ」
「うむ。その時はフォーレストから取り寄せてやろうぞ」
和気藹々とした雰囲気のまま、1日が終わっていった…。