-EP.05-転校生
週明けの月曜日。朝はトーストで済ませた灯里と由希は学園に向かう準備を終えて玄関前に立っていた。
「じゃあ、俺達は学校に行ってくる。お前は洗濯物を干したあとは家の中でゆっくりしてろ。昼御飯は作り置きが冷蔵庫の中にあるから電子レンジを使って温めて食え」
「電子レンジの使い方は大丈夫だよね?」
「うむ。さすがに卵を電子レンジでチンはせぬぞ!!」
「本当にしてくれるなよ?片付けが大変なんだからな」
「そこまで心配するな。どうしても困った場合は『けーたい』とやらに連絡すればよいのだろう?」
「出られる時間は限られてるから気をつけろよ」
「じゃあ、行ってきます!!戸締まりお願いね~」
「うむ。頑張って勉学に励んでこい!!」
玄関前で手を振るレンに灯里は軽く手を上げて返すと、由希と並んで学校へと歩いていく。
「レンちゃん、大丈夫かな…?強盗とか空き巣とか…」
「それこそ心配する必要はないと思うがな。あれでも異世界から来たのは事実なんだろうし、魔法とやらが使えるのならその辺のコソドロは相手にならんだろ」
「それもそうだね。それにしても、レンちゃんって物覚えいいね。だいたいは一回教えたら覚えてくれるよ」
「魔王とかいう自称はあながち嘘でもないのかもな…」
「なんで?」
「魔王とかいう呼び名云々は怪しいが、政治の世界には少しは関わりを持ってるはずだ。前に聞いた世界の形の話はそういう知識を得ようとしない限りは基本的には必要のない知識だからな」
「っていうことは…。レンちゃんって頭いい?」
「思ったよりは教えることが少ないかもな」
◇◇◆◇◇
「おはよー」
「よう、灯里。おはよーっす」
教室に到着すると普段なら自分より遅い快斗がすでに席に着いていた。
「珍しく早いな」
「何を言うか。俺だってお前より早く来る日は月に一回はあるわい」
「だから珍しい、って言ってんだよ」
逆に言えばその一回以外は必ず遅い。
「――で、どうよ?」
「『どうよ?』…って何がだ?」
「おいおい…。先週に相談してきた家出少女とやらの問題は解決したのか?…ってことを聞いてるんだよ」
「あぁ。相談したな…」
「まぁ。今のお前を見たら解決したっぽいけどな」
「……どういう意味だ?」
「ホッとした感じだな。無難に解決したんじゃないのか?」
「……まぁ、全面的に解決したわけじゃないけどな。とりあえずは家に置いとくことになった」
「そっか。まぁ、お前が少しは納得できてるならそれでいいんじゃねぇか」
「まぁな…」
席に着いて授業の準備を始めると快斗は暇そうに机に寝そべっている。
「お前、暇ならなんで早く来たんだ?」
「真菜が早朝練習だからってまとめて起こされたんだよ…。二度寝するわけにもいかんから仕方ないから早く来たんだ」
「朝練って弓か?」
「それもあるな。まぁ、あいつは多才だからそれだけじゃねーんだけどよ。巻き添えに起こされた俺の身になってもらいてーわ…」
「真菜なら一言で一蹴されるんじゃないか?」
「よくわかったな。実際に『寝られるのなら寝てくださって結構です。動かない兄様を的にするだけですから』だとよ。まったく、妹ながらに兄に対する容赦がまるでねぇ…」
「お前に兄の威厳が備わる方がどうかしてる」
くだらない話をしているうちにホームルームの予鈴が鳴る。しばらくすると教師が入ってきた。
「今日は休みいないな。空いてる席無いからいないな。よし、全員出席」
(毎回思うがそれでいいのか…)
そこで快斗が手を上げる。
「先生、俺の後ろ。誰もいないのに席があるんだけど…」
「ん?あぁ、悪い。危うく忘れ去るところだった。おーい、入ってきてくれ」
『失礼します』
教室のドアが開かれると男女問わずため息や驚きが教室内に渦巻く。
それもそのはず。入ってきたのは腰まである銀髪に碧と蒼の相眸異色の瞳の美少女。
(……ん…?)
――だが、灯里はそういうことよりも先になぜか違和感がよぎる。
(なんでこいつを見た途端に違和感……いや、違和感?)
「どうしたよ灯里。いきなり難しい顔しやがって…」
「うん?いや、俺にもよくわからん…。ただ、よくわからん感じが…」
「なんだそりゃ…」
気がつくと少女は教卓の隣に立ち、先生は黒板に名前を書いていた。
「じゃあ、忘れかけてた俺が言うのもなんだが自己紹介してやってくれ」
「はい」
小さく笑うその仕草に男子のほとんどが小さく息を呑む。
「シアン・フォーリンゲルデといいます。先日、北欧よりこちらへ来たのでいろいろと不慣れなのですが、どうぞよろしくお願いいたします」
あいさつに男子女子関係なくはしゃぐのを他所に快斗と灯里だけはしかめっ面をしていた。
「なんだろな~、灯里。あの子見てるとなんかこう…『もにょ』っとした感じがすんだが…」
「奇遇だな快斗。俺もさっきから変な感じが抜けない」
2人してよくわからない感じに首を傾げるも、時間は普通に過ぎるので授業は始まる。
快斗の後ろの席にシアンが座ると、教師は一時間目の準備へと移行する。
◇◇◆◇◇
昼休みに入ると快斗を連れて屋上へと避難する。
「ふぅ…。とりあえず、昼休みの間は教室から離れておこう」
「だなぁ。……まったく、俺や灯里への配慮は無しかよ…?」
「まぁ、転校生の質問タイムに待ったは無理そうだな…」
自他クラスの男女が休み時間ごとに集まってくるのだ。目当てはもちろん、転校生のシアン。
「鬱陶しくねーのかね。毎回のように同じ質問されて」
「仕方ないだろ。転校生の最初の通過儀礼みたいなもんだろ」
弁当を食べながら2人して休み時間の愚痴の言い合い。そこへ学校ではなかなか見かけない2人組が現れる。
「おや?捜し人が2人そろっていましたよ」
「おぉ~。お兄ちゃんが意外にも早く見つかった!!」
「珍しいな。由希が真菜と一緒にいるのは」
「お兄ちゃん。真菜ちゃんは友達だから一緒にいるのは普通ですー」
「そうか?お前、基本的には1人で弁当食ってるイメージが強いんだが…」
「お兄ちゃんは私をなんだと思ってるのさ!!」
髪を逆立てて怒る由希を慰めるように、真菜が頭を撫でる。するとすぐに蕩けた表情でその場に座り込んだ。
「うにゅ~…。真菜ちゃんの撫でテクは最高だよ~」
「おい真菜。他人の妹をふやかすなよ」
「兄様は黙っててもらえますか?私は由希ちゃんの頭を撫でている間の至福の時間を邪魔しないでください」
嬉しそうに撫でる真菜と蕩けるほどに喜ぶ由希。
(2人は気がつくと百合に近づいてるんじゃないのか…?)
「……でよ。真菜と由希ちゃんは俺達のこと捜してたみたいだけど、なんかあったのか?」
「あぁ、そうでした」
「ふみゅう…。お兄ちゃんのクラスに美人の転校生さんが来たって聞いたから確認に」
「何の確認だ…」
「美人の転校生ってどんな人?」
「…そうだな…。俺としてはよくわからない」
「だなぁ。なんて言ったらいいかはわかんねーけど、なんていうか…違和感の塊だ」
「どういうこと、お兄ちゃん?」
「丁寧な説明を求めます兄様」
「…と言われてもな。俺自身どうして違和感なんて感じてるのかすらわかんねーんだ」
「あえて言わせてもらうなら仮面でもかぶっている――とでも形容するしかないんだが…」
腕を組んで悩む男2人に妹2人も首を傾げる。
「じゃあ、どんな感じの人?」
「いや、それは質問の意味が変わってないぞ」
「だってさ~」
「見た目の印象だけで言うなら清楚なおとなしい感じだ。……俺はむしろそれに違和感を感じているのかもしれんが…」
「……兄様も同じ答えですか?」
「あぁ。なんていうか、油断できなさそうな感じだ」
「そう言うのであれば、しばらくは様子を見るべきなのでしょうね」
「うーん、お兄ちゃんの勘って結構バカにはできないんだよねぇ。体質的にも」
「悪いな。なんかよくわからない答えで…」
「ううん。お兄ちゃんがそう言うんだったら私も少しは気にしておくよ」
「私も時折鋭い勘を働かせる兄様を信じてみることにしましょう」
「すまんな。頼りない兄貴で…」
お互いに苦笑する兄2人に妹は満面の笑みで答えを返したところで、昼休みの終了を告げる鈴が鳴り響く。