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-EP.03-自分の答え

終業の鈴を聞きながら帰りの準備を始める。ふと外を見ると先ほどまで晴れていたはずの空がいつの間にか曇天へと変わっていた。


(雨が降るのか…)

「灯里、今日帰りにゲーセンでも行かねーか?」

「悪い快斗。今日は買い物して帰らないといけないんだ。晩御飯の担当は俺だし、それに…雨が降りそうだしな」

「うおっ?さっきまで快晴だったくせに今は曇天だと…」


今気づいたように驚く快斗に苦笑いしながらも、軽く手を振って教室を出る。

校舎を出るところまで来ると、曇天による暗さが際立つ。


「一応、由希にはメールだけしておくか」


メール画面を開いて『雨がヤバそうな場合は要連絡』とだけ打ち込んで送る。

校門から出た辺りでメールの返信が返ってきた。


『合点承知』

「………なぜ四文字熟語」


妹の感性は時々よくわからなくなるのだがそれは気にするだけ徒労に終わるのは知っているので考えない。

そのまま一路銀行に寄って生活費をおろすと、そのまま近場のスーパーへと買い物へ向かう。


「さて。最近は少々手の込んだものを作りすぎていた気がしないでもないし、今日はパスタにでもしておくとするか」


晩御飯の材料に翌朝の朝食分の材料。加えて弁当の材料を買うために店内を回る。

そこで、水産のコーナーに見知った少女が買い物籠を片手に魚の切り身を吟味している。


「こんなところで見かけるのは珍しいな」

「……?あっ、灯里さん。お久しぶりです」

「久しぶりだね、真菜ちゃん」


魚の吟味を行なっていたのは古賀真菜(コガマナ)。快斗の妹――なのだが、外観は大和撫子と呼ぶにふさわしいほどの美少女。

地面につくぐらいの黒髪に黒の瞳。身長は160後半もあるので、灯里より年下であるはずなのにも関わらず大人びいて見えるほど。


「真菜でいいです」

「そうか?それなら今後はそうするけど」

「よろしくお願いします。ちゃん付けは少々くすぐったいです」

「相変わらず少し堅苦しいしゃべり方だな」

「個性です」

「そうだな。それにしても珍しいな。普段ならこっちとは反対側にある商店街で買い物しているんじゃなかったのか?」

「本日はこちらにある本屋に予約していた本を取りに行く用事がありましたので。ついでにこちらで買い物を済ませてしまおうと思いました」

「なるほど。それで、普段ならそう吟味しない魚を吟味していた、と」

「やはりスーパーでは少々鮮度が低く見えます。普段なら魚の鱗に触って選ぶのですが、スーパーでは出来かねますし…」

「そうだな。魚屋でやっていることをすれば怒られるだろう」


しばらく手に持った切り身を見続けていた。やがて、鮭の切り身を買い物籠へと入れる。


「妥協するべきではないのですけれど…」

「さすがに魚屋とスーパーを比べてやるな。向こうはわざわざ小売店まで行く手間をかけてるんだし」

「その手間を惜しんだ結果がこのパックですね。とはいえ、私もその魚屋へ買い物に行くことの手間を惜しんだからスーパーにいるわけですから文句は言えません」

「よくわかっているようでなによりだ」

「ところで灯里さん。何か悩んでいらっしゃいませんか?」


急に脈絡のない質問に驚く。対して真菜は柔らかな笑みを浮かべてこちらを見ている。


「眉間に皺が寄っています。あと、気づいていらっしゃらないようなので言いますが、灯里さんは答えの見つからない考えをしている際はよく右のこめかみを掻くクセがあるようですね」

「……そう、か」


言われるまで自分のクセにはまったく気づいていなかった。

驚きが顔に出ていたのか、真菜は片手で口元を隠すようにして笑っている。


「私からは大した助言は出来かねますが、灯里さんが答えの見つからない考えになるのは自分の出そうとしている又は出した答えに納得出来ていない時に多いと見受けます」

「……兄妹そろって同じ答えか」

「兄様も同じ答えを?」

「あぁ。相談したら『お前が納得出来ていないからじゃないか?』って言われたよ」

「どのような相談をなされたのかは存じ上げませんが、きっとそうだという確信があるのでしょう。でなければ、あの兄様がそのように断言するとは思えません」

「……そう、かねぇ…」

「えぇ、きっと。私と兄様は灯里さんに救われていますから。それくらい、信頼を置けるお相手だとわかっています」


彼女の微笑みを見ている際にレンの別れ際の顔が脳裏によぎる。


―――笑っているようでいて、不安を圧し殺した笑顔を…。


「……ありがとう真菜。なんとなくやるべきことが決まった気がする」

「このようなことでお役に立てたのなら幸いです。それでは、家族の夕食を遅らせるわけにもまいりませんのでこの辺りで失礼いたします」


軽く会釈をして歩いていく真菜の背中を眺めながら、灯里は頬を掻いていた。




◇◇◆◇◇




灯里が買い物を済ませて家に帰り着いた頃。


由希は部活であるサッカーを終え、ジャージ姿で家路を走っていた。

パラパラと降り始めた雨空を忌々しく睨みながらも、駆ける速度を落とすことはしない。


「むむむ…。これはお兄ちゃんに連絡して迎えに来てもらうことを選択した方が正しかったのかも…」


家まであと少しというところで雨に追いつかれた。仕方ないので一時、近場の公園へと逃げ込んで雨宿りをする。


「くそー。あと数百mだというのに…。まったく、雨も気がきかないんだから…」


本格的に大雨に変わり始めた雨空に由希の口からはため息がもれる。


「うーん、ずぶ濡れになる代わりに家へ駆け込むか。それとも雨がやむと信じて少し待つべきか…?」


悶々と悩んでみるが答えが見つかるわけもなく、雨脚は強まる一方…。

そこへ携帯がメールの着信を知らせる。


「ムッ?お兄ちゃんからのメール…」

『雨が強くなってきているが帰ってこれそうか?無理なら迎えにいく』

「……うーん…」


歩いても五分とかからない位置にいるので迎えに来てもらうのはさすがに気が引ける。

かといって雨のせいで寒くなってきているせいか、このままジッとしていると風邪を引きかねない。


「仕方ないですよね。雨ですもんね!!」


そのまま勢いをつけて雨の中へと駆け出す。すぐに100mもいかないうちにずぶ濡れになる中、視界の端にソレは見えた気がした。


(えっ?今のって…)


立ち止まって振り返る。しかし、そこには何も――誰もいない。


(き、気の…せい…?)


ずぶ濡れになり、靴に雨水が溜まり始めているのも構わずに由希はただ立ち止まっていた。




◇◇◆◇◇




「ぬにゃー…。ただいま帰ったよ…」

「遅かったな……って?!」

「…ぅ、ひぃ~くしゅん!!」


帰ってきた由希を出迎えてみれば水が全身から滴るほどにずぶ濡れになっていた。


「帰れそうにないなら迎えにいくってメールしただろ!!」

「い、いや…。あと数百mの公園にいたからいいかなって。全然見通し甘かったけど…」

「とりあえず風呂に入ってこい!!念のために沸かしてある」

「わぁ~い…。こういう時はお兄ちゃん、頼りになるぅ、ぅぅ、ひぃ~くしゅん!!」


濡れ鼠に加えて鼻水を垂らしながら浴室へと歩いていく由希。床に残った足跡と滴った水を洗面所に置かれていた雑巾で拭いていく。

30分ほどするとすっかり温まった由希がバスタオルを頭に載せながらリビングに入ってきた。


「うにゃーん。ありがとう、お兄ちゃん」

「人の好意ぐらいは素直に受け取れ。風邪引いたら元も子もないんだぞ?」

「ごもっともだね。鞄は防水効いてたから被害無いよね?」

「ところがなぁ、鞄の上部にあったなんかのプリントが浸水してたぞ」

「そ…、それならいいや…」


プリントを引っ張り出してみると数学の数式がいくつも書かれたもの。

ただし、灯里にとっての問題はそこではない。


「おい、由希。なんだこの28点っていう数字は?」

「さ、さぁ…?」

「小テストの結果に見えるが?」

「そ、そうですね…」

「来月の小遣いは減額だな」

「そんな…。せ、殺生なぁ…」

「お前が勉強しなかったのが悪い。わからなかったなら聞きにこればよかったのに、それすらしなかったんだから自業自得だ」

「うぅ…。来月は質素に生きよう…」


用意の途中だった夕食の最終準備を始める中、テレビをつけてソファに座った由希は少々落ち込みながらテレビから流れるニュースを見ている。


「あっ、そういえばさ…」

「うん?」

「さっき帰りにさ、レンちゃんに似た人を見かけてさ」

「ふーん。……ん、なんだって?」

「レンちゃんに似た人を見かけた」

「似ているって…。あの外見にか?」


赤い髪に額に小さな角。似ているということは本人しかありえない気がする。


「うーん、雨の中で見えただけだから本人かわからなくて…」

「つってもお前、本人だろうと他人の空似だろうとこの雨の中にいたのか?」


窓の外を見るともはや遠くを見渡せないほどに大雨に変わり、風も強くなってきているせいか嵐の様相へと変わっている。


「……どの辺りで見たんだ?」

「河原寄りの側道を歩いていたみたいだけど」

「ちょっと見てくる。悪いがスパゲティのパスタ茹でておいてくれ」

「ふぇ?」


由希の間抜けた声を聞こえたが気にせずに玄関へ向かう。傘立てから傘を取ると靴をはいて玄関を開けた。


「このままだと夜は嵐だな」


少々風の強い雨の中、見かけたらしい場所まで歩いていく。河原に出ると、川辺に見違えようのない赤い髪の少女が川を見るように佇んでいた。


「何してやがんだか…」


近づいていく間も少女はこちらに気づく様子はない。数mの距離をあけて立つ。


「――で、お前はこんなところで傘もささずにずぶ濡れになって何をしてるんだ?」


その声でようやく気がついたのか、少女――レンは一度こちらを振り返る。


「灯、里…」

「……おう。……で、何してるんだ?」

「……帰る方法をな、探していたのだ…」


川の方へと向き直り、手近な石を川へと蹴り入れる。


「……見つかったのか?」

「…さてな。少なくとも転移魔法は役に立たんということはわかった」


その言葉は灯里としては意外ではなかった。転移魔法で家の浴槽に落ちてはきたが、それも選択肢のない状態で起こした自棄になった行動だと目の前の少女は言っていた。

つまり、本来なら転移魔法とは世界を渡る力は持ってはいないのだと見切りをつけていた。


―――ならば、帰る方法として考えられる選択肢は最初から存在しない。来た方法では確実に帰ることは出来ないのだから…。


「じゃあ、どうする?」

「そう、だな…。帰る方法が見つかるまで…この世界で生活するしか、ない…のだろう、な」

「いく宛も無しにか?」

「実は今日は街を見て回った。時々、紙と青いビニールで作られた家みたいなものを見かけたから、私もああいう生活でも…、……っ」

「お前には無理そうな気がするが…」

「……っ、……かもしれ、ないな…」


泣いているのだろう。声は切々で時折、嗚咽が漏れている。それでも気丈に振る舞う少女は灯里にとっては思い出してしまう。


―――引っ越すことになった契機の事件を…。


だがそれでも、灯里は思い直す。


友人は言っていた――『お前が納得出来ていないからじゃないかと』

その妹も言っていた――『答えの出ない考えは貴方が納得出来ていないからだと』


きっと、そうなのだろう。でなければ自分は今日1日思い悩み続けることはなかったのだし、目の前の少女は今――泣いていることはなかった。


「――なら、家に来い」

「……ぇ…?」


振り返った少女の目は赤い。涙の流れた筋は雨に紛れて見えないが、泣いていたのは確かだ。


「勘違いはするな。お前が俺にとっての厄介事であることには変わりはない。だが俺は生来、厄介事を遠ざけることがなかなか出来ない。だから、お前が本当に厄介事を持ってくるまでは家で生活させてやる」

「よい、…のか…?お前の言う通り…、きっと我は厄介事の塊で――」

「その厄介事が噴出したら追い出す。それまでの生活は面倒みてやる。ただし、家事の手伝いはしてもらう。それが最低条件だ」

「………そう、か…」


レンは雨の中、儚げな微笑みを灯里へと向ける。それに対して、灯里は手を差し伸べる。


「家に来たいなら掴め。1人でどうにかするというならそのまま――」


言い切る前に手を握られていた。


「……教えることは山ほどあるぞ?」

「…それで生活させてもらえるのなら、安いものだ。世話に、なる…」

「なら、帰るぞ。とりあえず風呂に入って身体を温めることからしろ。風邪を引かれでもしたら面倒だしな」

「っ、…ぅむ…」


わずかに漏れた嗚咽は聞き流し、灯里はレンの手を引いて家路へとついた。



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