-EP.02-葛藤
次の日――
日が昇り始めた時間に起きた灯里は学生服に着替え、上からエプロンを身につけると冷蔵庫の中を覗き込んでいた。
(卵は3つか…。ベーコンも1パック…。食パンはさっき見た時は3枚しかなかったし、今日の分の弁当を作るとなると、今日は帰りに買い物を済ませないといけないか)
頭で弁当の献立を考えながら朝食用にトーストとハムエッグを作る。
2人分を作っていたところで今日はもう1人いることを思い出す。
(……仕方ない。材料は3人分あるしな。使い切ることを考えてあの自称魔王の分も用意してやるか)
誰に言い訳しているのかわからない理由付けをしながらも朝食を作り終えると、次は弁当の献立を作り始める。
そうして弁当が出来上がる頃合いを見計らったかのように、リビングの扉を開いて由希が眠い目のままのレンを引っ張ってきた。
「おっはよーございまーす!!」
「うむ…。由希とやら…、我はもう少し寝たいのだが…」
「アホ。お前が俺達より長く寝られるわけないだろ」
「ムッ…。まぁ、家主の居なくなる場所に留まることは出来んな…」
「やけに物分かりがいいな?」
「ふん。我は確かに王たる者ではあるが不遜な輩になるつもりは毛頭ないのだ。それに、一晩とはいえ世話になったのも事実だ」
「レンちゃんは賢いからわがままは言わないってさ。よかったね、お兄ちゃん」
「……あぁ。そうだな」
自分が決めたことのはずだ。この理不尽を抱える必要はない。
この理不尽を抱えてしまえばきっとまた面倒なことになる。そうなればきっと―――
「……はぁ。とにかくお前も朝飯ぐらいは食っていけ。腹を減らしたまま放り出すのはこっちも気が引ける」
「うむ。すまんな、わざわざ…」
「あっ、今日は手抜きご飯だ…」
トーストにハムエッグの朝食を見た途端に落胆を露にする由希を見ながら、レンは少し視線をそらしていた。
◇◇◆◇◇
玄関の鍵を閉め、家から少し離れた公園で2人の少女は待っていた。
「しかし、由希。本当によいのか?この『じゃぁじ』とやらをもらっても…?」
「うん。もう着てないやつだったから。それに、レンちゃんの服だと警察に補導されかねないから」
「そういうものか…」
「うん。前があれだけガバッ、って開いた服だとさすがにね」
笑顔で話す2人を見るとなんとも形容できない感覚が胸の奥に溜まる。それを頬を叩くことで忘れる。
「準備はいいようだな」
「うむ。この世界のことはまだまだ理解しているとは言い難い…。だが、迷惑しておる相手の下に庇護を求めるのもまた間違いだ」
「思うがお前、最初に現れた時と雰囲気違うな…?」
「不遜な態度を取れるような場所ではないことは理解している。アスガルツではない以上、我は余所者だ。大きな態度は不利益しか生まん」
「王の器、か…」
「そんな大層なものではない。我を育ててくれた者からの教えだ」
「えっ?レンちゃん、お母さんは…」
「おったよ。ただ、我を産んでから体調を崩し、回復に専念しておったから育ててくれたのは母ではないのだ。父は魔王として国を治める立場にあったのだしな」
「そ、そうなんだ…」
また何かが溜まる感覚。それに耐えきれず、さっさと背を向ける。
「じゃあな、自称魔王。俺と由希は学校がある」
「うむ。わずかばかりとはいえこの世界の貨幣まで融通してくれたことに感謝する」
「たかが五千円だ。2~3日食事が質素になるだけだ」
「えぇ~?そこに影響出てくるのぉ?」
「そう言うならお前の財布から払え」
「今月分の小遣いはピンチだから無理です」
「なら文句言うな」
そうして歩き出すと由希がこちらへ走り寄ってくる気配を感じ―――
「じゃあねー、レンちゃん!!」
「うむ!また会える時あれば会いたいものだ、由希!!灯里も元気でなぁ!!」
「……ふん」
大声を出して手を振っているレンを一瞥して、灯里は形容できない感覚を膨らませながらも学園へと向かって黙々と歩いていく。
◇◇◆◇◇
授業も午前中の分を消化し終えて昼休み。昼食を取ってからも胸の奥にわだかまる感覚は一向に消える気配がない。
どこか苛立ちを感じている自分がいるのもわかってはいるが、どうすればこの苛立ちが無くなるのかもわからない。
「朝から暗いなぁー、灯里はよ」
窓の外をぼんやりと眺めていたが、そこへ不意に前の空いたイスに学園の友人の1人でもある古賀快斗が座る。
「快斗、何か用か?」
「用ってほどのもんでもねぇ。ただ、珍しく親友が朝から暗い顔して外を眺めているみたいなんで気になってさ」
「暗い?」
「自覚ねぇのかよ…!」
こちらを覗き込むようにしていた快斗が驚きを示すように上体をそらす。
「お前なぁー、朝からクラスの空気が重苦しい感じになってたことに気づいてなかったとか言わねーよな?」
「あぁ。一時間目終了以降はやたらと重い感じはあったが…。それがどうかしたのか?」
灯里の返した反応に快斗はため息をつく。そのため息の理由は灯里には理解し難かった。
「なんだよ、ため息なんかついて」
「いや、あのな…。自分が原因だとは考えないのか?」
「俺が原因?」
「授業が終わる度に窓の外に仇でもいるかのように睨み付けるクラスメイトがいれば、そんな空気になると思わないか?」
「別に睨み付けていたわけじゃない…」
「つっても、普段のお前ってクラスの相談役みたいじゃねーか。そんなやつが小難しい顔して窓の外見てりゃー、周りが気にするのも当たり前だろ」
その言葉を聞いて、改めてクラス内を身やると何人かはこちらを気にするようにチラチラと視線を向けていた。
「……悪い。少し、虫の居所が悪くてな…」
「いや、誰にでもあることだから悪く言うつもりはねーんだ。お前にしちゃあ、珍しいと思ってさ」
労るような笑顔を向ける親友たる男の顔を見ていたからか、不意に相談してみたくなった。
「なぁ、快斗。少し相談したいことがあるんだが…」
「おっ?それこそ珍しいな。俺なんかでいいのかよ?」
「あぁ。気心知れた相手の方が相談しやすい」
「よっしゃ。じゃあ、相談ってのを聞こうじゃねーか」
イスの向きを変えて正面から向かい合う態勢に変わる。
「お前もある程度は知ってくれてるだろうけど、俺の体質的なものについてだ」
「あぁ…。一時期は妹共々世話んなった」
「あぁ、それは気にするな。実は、それ絡みなことが昨日あってな」
「またかよ…。でもまぁ、一月は静かだったことから考えたら珍しいことか?」
「そこまで頻繁には巻き込まれているつもりは―――って、そうじゃなくてだな…」
「悪い。きちんと聞くわ」
「頼む。実は昨日、とある家出少女を拾う羽目になった」
さすがに家の湯船に別世界から魔王が降ってきたなどと話しても現実味はまるでないので、そこは軽くごまかす。
「あぁ、なるほど。いつもの厄介事か」
「あぁ。だがまぁ、今までのやつよりは聞き分けがよくてな。昨日一晩は家に泊めて、今日の朝にここへ来る前に少し金を持たせたんだが…」
「そういうところ律儀だよな、お前。……で?」
「あいつを家から追い出した形になったんだが、どうにもモヤモヤしてな…。その理由がいまいちわからないんだ」
「そりゃー、お前さ。お前自身がお前のやったことに自信が持ててないからじゃねーのか?」
「自信?」
「いつものお前ならさ。とりあえず家には住まわせておいて、悩み事を解決させた上で金持たせて追い出したと思うんだよ」
「………」
うつむいて悩む。確かに今までの自分ならそうしていただろう。
「だからさ。今までの自分の行動とのギャップとかをさ、お前が自分の中で処理しきれてないんじゃないか?」
「……そう、なのか…?」
「いやいや。あくまでもお前の話を聞いた上で、今までのお前の像を俺なりに分析してみただけだぜ」
そこで昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴る。
「おっと、もう時間かよ」
「悪い。昼休み、無駄にさせて」
「そんなの気にすんなって。とにかくさ、お前自身が納得出来てないからモヤモヤしてるってことだと俺は思うぞ」
自分の席に戻っていきながらかけられた言葉が胸のストンと落ち着いた気がした。