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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

テロと少女

作者: じゃぱ

「おい、またあの子がいるぞ」

 助手席に座る相棒の声で、その視線の先に目をやる。その歩道にいつも見かける女の子の姿がそこにあった。

 日本ではない、外国の繁華街。人がごった返している中に、その少女はいた。

「おい、停めてくれよ」

「また買ってやるのか?やめとけよ」

「そんなこと言いつつも、ちゃんと左右後方を確認して停めてくれるところが、お前らしいよな」

「…うるさい」

 歩行者を避けながら軽装甲車のスピードを落とし、ちょうどその子の目の前で停止させる。

 相棒は助手席の窓を開けて身体を乗り出し、その子に話しかける。

「よお、今日は何があるんだ?」

 陽気な声で話しかける相棒に少女はとてとてと駆け寄る。

「きょ、きょうは、タバコと、ビ、ビデオディスクが、あり、ます」

 片言の日本語で話す少女は、バスケットから現地のものらしき煙草を出してこちらに見せる。

 まだ十歳くらいだろうか。この街でこうやって子供が物を売ったりして働いている姿は珍しいことではない。

 この国と日本は戦争中なのだ。現在、日本軍の占領下にあるこの街では、親を亡くした子供達がこうやって兵士相手に商売して生活している。

 と思うと見知らぬ少年が勝手に装甲車の窓を拭いていた。汚れた服装だ。手を動かしながらもじっとこちらを見ている。

 俺は向こうに行けと身振りで示すと、少年は不服そうな表情で去っていった。

「お前は何かいるか?」

「俺はいいよ。早くしてくれ」

「はいはい。じゃあ、その煙草、もらおうかな」

「あ、ありがとう、ござ、い、ます。に、じゅう、えん、です」

 相棒は硬貨を少女に手渡し、煙草を受け取る。

「いいか、出すぞ」

「ああ。またな」

 少女に手を振る相棒を傍目に、車を発進させた。

 相棒はすぐに煙草の封を破ると、一本口に咥えて火を点ける。

「吸うか?」

「ああ」

 差し出された箱から一本拝借し、俺も口に咥える。火を点けてゆっくり煙を吐き出すと、視界がうっすら白くにごった。

「なあ」

「うん?」

「あの子、親いないんだろうな」

「…だろうな」

「やっぱ、この街の戦闘の時かな」

「…かもな」

「あの子、どんな気持ちなんだろうって思うんだよ。自分の親を殺した奴ら相手に商売するなんてさ」

「…生きるためなら、そんなこと言ってられないだろ。それに戦争で人が死ぬのは当たり前だ。誰が殺したとか言ってたら切りがない」

「でもさ。俺、日本に女房と子供残して、ここに来ちまったからな。あの子くらいなんどよ。俺の子も。なんか、放っておけなくてさ」

「……独身の俺に言われても、わかんねえよ。ほら、今日の巡回も終わりだ。駐屯地に戻るぞ」

 やや強引に話を打ち切り、俺はハンドルを切る。

 相棒は煙草を懐にしまうと、ゆっくりと煙を吐き出した。

 俺達の部隊はこの街を占領した後、駐屯して治安維持の任務に就いている。ここからさらに前線の部隊への補給路にもなっている重要拠点だ。

 しかし治安維持はうまくいかず、街のあらゆる場所で日本軍に対するテロが起こっている。

 兵士に対する銃撃や爆弾を携えての自爆。中には現地の店で買った商品に爆弾や毒物が仕込まれていることもあった。

 その為、俺達は駐屯地の外では何か受け取ったり、口にすることは厳禁とされていた。つまり、さっきの買い物は違反ということだ。

 相手は子供だし、既に何度も買い物して何も起こっていないから大丈夫だとは思うが。さすがに他の者とやり取りするのだけは相棒にもきつく言ってある。あの少女だけだ。


 二日後、巡回でまた少女のいる通りを通ることになった。巡回ルートや回る時間は毎日変える。規則的な行動を取れば動きが読まれ、それだけ敵から標的にされやすくなるからだ。

「おい、あの子がいるぞ」

「ん?ああ、また寄るのか?」

「頼む」

 俺は歩道に車を幅寄せし、速度を落とす。

「あ、まずい。他の巡回車だぜ」

 現地の者から買い物しているところを見られては後々面倒なことになる。

「仕方ない。通り過ぎるぞ」

「ああ」

 それでも相棒は窓を開け、せめて少女に手を振る。

 少女も気づいたのか、にっこりと笑いかけてくれた。

 その時、眼前数十メートルですれ違おうとしていた巡回車が、炎を上げて吹き飛んだ。

「――!」

 耳をつんざく衝撃音。一瞬何が起こったのか分からなかった。

「テロだ!」

 相棒が叫ぶ。

 俺はずぐに停車させ、車載無線機を手に、本部へ連絡を試みる。

「こちら第03巡回装甲車。リバー通りでテロ発生。別の巡回車が爆破された。生存者不明。これから確認を試みる」

「出るぞ!」

 小銃を手に二人で車から降りる。さらに俺は車に積んである消火器を背負う。

 テロの犯人が何処に潜んでいるのか分からない。

 周りは群集だらけだ。爆発で炎上する車の周りには誰もいないが、遠巻きに見る野次馬は山ほどいる。この中に紛れ込まれては特定しようがない。

「油断するな!どこから攻撃を受けるか分からん!」

 お互いを援護しながら交互に前進し、車の前に辿り着く。

「どうだ?」

 相棒は周りを警戒しながら俺に尋ねる。

 炎は鎮火することは出来たが、爆発の衝撃で乗っていた兵士はバラバラに上に焼け焦げていた。

「ダメだ…。生存者なし。全員、戦死」

「くそっ!」

 悪態をつく相棒が、頭上に銃を乱射しながら、注目する群集の前に躍り出た。

「誰だあああ!殺りやがった野郎わあああ!ぶっ殺してやる、出てきやがれええええ!」

「ば、バカ!止めろ!」

 慌てて走りより、相棒を取り押さえる。このままでは無関係の群集にまで銃口を向けかねない勢いだ。

「ふざけんなああ!俺達を殺りたかったら、汚ねえ手を使わず、堂々と出てきやがれ!いつでも相手してやらあ!」

「やめろといってるだろう!いい加減にしろ!」

 結局、相棒は応援が駆けつけてくれるまで収まらなかった。



「テロを起こしているゲリラの拠点が判明した」

 その知らせが入ったのは、あのテロから一週間後のことだった。

「わが部隊で拠点を攻撃する。首謀者は取り押さえたいが、抵抗するようなら射殺しても構わん。投降する意思を見せなければ即座に射殺しろ。油断すると殺られるぞ」

 テロが起こっていたとはいえ、戦闘行動を取るのは久しぶりだ。部隊の仲間の間にはいつになく緊張が走っていた。

「やってやる…」

 相棒はいつも所持している小銃ではなく、自動装填式の散弾銃に弾を込めながらぶつぶつと独り言を言っていた。

「おい、何を持っていく気だ」

「みりゃわかるだろ。ショットガンだよ。狭い屋内じゃこいつで面制圧するのが効果的なんだよ。小銃でチマチマ狙ってられるかよ。どうせ皆殺しにするんだぜ」

「おい、どうしたんだよ。ちょっと異常だぞ」

「異常?俺が異常ならテロ班の野郎は狂ってるぜ。あいつら同じ国民が巻き添えになろうがお構いなしだ。それどころか子供を利用してるって噂まである」

「それは…そうだが…」

「あの女の子」

「え?」

「あの時、近くに居ただろ。巻き添えになってたかもしれないんだぜ。俺、許せねえんだよ」

「お前……」


 テロ犯の拠点はとある雑居ビルにあった。情報によるといくつかの棟に分散され、地下室まであるらしい。

 うまく制圧するには、それぞれのビルに同時に突入する必要がある。銃声が1発でも聞こえればたちまち迎撃体勢を整えられてしまうだろう。

「俺達の班はこのビルの地下に突入する。油断するなよ」

 班長の言葉に班員は皆無言で頷く。

 腕時計をじっと見つめる班長。

「…3…2…1…突入!」

 その言葉で皆が一斉に動き出した。

 窓ガラスを破って閃光弾を投げ込み、同時にドアの蝶番を散弾銃で破壊し蹴り破る。

 問題のない動きだった。

「いくぞ!」

 俺は相棒に続いて突入する。

 既に四方から銃声と怒号が耳を切り裂いている。

 先行から部屋を順番に確認する。俺も手近な部屋に突入した。

 部屋に入ればすぐにドアから離れて狙いを定める。仲間が突入する妨げとなるし、敵が狙うのも当然出入り口であるからだ。

 部屋は真っ暗だ。小銃に付けたライトで敵が潜んでいないか確認する。

「クリア!」

 この部屋にはいない。ポケットからスプレーを取り出してドアに大きく×印を付ける。確認済の目印だ。

 よし、次の部屋だ。

「――動くな!」

 相棒の声だ。敵がいたか。すぐに応援として声の聞こえた部屋に飛び込む。

「大丈夫か?」

 相棒の背中が見えた。部屋の奥に向かって銃を構えている。

「銃を下ろすんだ」

 おかしい。相手に降伏の意思があろうと即座に射殺しかねない雰囲気だった相棒の言う台詞ではない。

「どうした?」

「来ないでくれ!」

 突然の相棒の制止の声に動揺する。

 それ以上奥には進まず、ゆっくりと横に動き、相棒の背中の先にあるものを確認する。

「――!?」

 そこに居たのはあの物売りの少女だった。

 小銃を構えている。ガタガタと震えていた。銃口はこちらを向いている。

「何をしている!撃て!」

 俺は相棒に向かって叫んだ。

 たとえ女子供だろうと、知り合いであろうと、銃口を向けられたら撃つしかない。そうしなければ自分だけでなく、味方の命も危険にさらすことになる。俺も相棒も、これまでの実戦経験で十分分かっているはずだ。

「早く撃つんだ!お前が殺されるぞ!」

「やめてくれ!頼む、この子だけは死なせたくないんだ!俺に任せてくれ!」

 そう言うと相棒は少女にゆっくりとした口調で話しかけた。

「お願いだ。銃を下ろしてくれ。俺は君に何もしない。この銃が怖いのか?ほら、下ろすよ。だから君も銃を置いてくれないか」

 相棒はそう言いながらゆっくりと少女に向かって歩いていく。

 それでも少女は震えながらも銃を下ろそうとしない。

「…ちっ」

 俺は銃口を少女から離せない。

「ほら…怖くないから」

 少女はガタガタ震えていた。手にしている小銃もカタカタと音を立てている。

 そして相棒がもう後一歩で手を触れそうな距離に近づいたその時、一発の銃声が鳴り響いた。


「……!」


 それが故意かどうかは分からない。恐怖で手が震えて思わず引き金を引いてしまっただけかもしれない。

 しかし、少女は撃った。相棒がゆっくりと倒れる。

 俺の視界には相棒の背中に隠されていた少女の姿がはっきりと見えるようになった。

 少女は銃を離そうとしない。

「…くそっ」

 俺は引き金を引いた。

 少女の小さな身体に鉛玉が音速で衝突する。それは身体の内臓を破壊し、生命活動を停止させる。まるで木の葉のように、少女は倒れた。

「おい、大丈夫か!?」

 相棒を仰向けにして身体の状態を確認する。ちょうど身体の中心に弾が当たったようだ。心臓がやられているかもしれない。

「あの子は…無事か…」

 目が見えないのか、耳が聞こえないのか、相棒は状況が分かっていないようだった。それでも少女のことを無事を願っていた。自分が撃たれながらも。

「ああ…無事だよ。うまく気絶させたんだ」

 そばで遺体となって倒れている少女の亡骸を一瞥しながら言った。

 俺の声が聞こえたのかも分からない。ただ俺の表情を読みとっただけかもしれない。

 俺の腕を掴んで相棒は言った。

「あの子を…頼む」

「ああ…」

 力強く言った俺の言葉に安心したのか、掴まれた腕から力が抜けた。

 相棒は、戦死した。


 少女も含め、敵の遺体は回収される。所持品等を検査された後、まとめて穴に埋めて処分される。

 相棒の遺体は死体袋に入れられ、本国の遺族の元へ返されるだろう。

 国で待っている相棒の妻と幼い娘のところへ。

 俺は駐屯地へ戻るトラックの荷台に座っていた。幌のために後方しか外が見えない。そこからは夜明けを告げる光が差しているのが分かった。

 あそこで少女を撃った俺と撃たなかった相棒。何が違ったのだろうか。

 相棒は兵士である前に親だった。幼い少女を自分の娘と重ね、兵士としての判断を鈍らせた。

「お前は、兵士失格だな。だから死んだんだ」

 俺は何気なくつぶやいた。

 俺はたとえ相手が女子供であろうと容赦なく撃ち殺せる。それは兵士としては合格だ。

 しかし。

 しかし、人としてどちらが正しいのだろう。

 地平線から顔を出した太陽を見ながら俺は思った。

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