第3話 来世で幸せに
話しながら歩くと、三十分という時間はあっという間だった。気付けば住宅の控えめな明かりは、店のカラフルな看板へと姿を変えている。一つしかない影を揺らしながら、三人はカラオケボックスへ向かうエレベーターに乗り込んだ。
受付用紙の人数欄に、蓮はさらさらと「一」という数字を書き込む。守は少し不安に思ったが、店員は疑う様子もなく受付を行った。
守は初め、初対面の人間とカラオケに行くという選択を少し心配していた。しかしここに来るまでに十分に打ち解け、何の気兼ねもなく歌うことができた。明るい性格の沙斗琉が場を回してくれたおかげもあるだろう。
静電気を感知するタッチパネル式のリモコンは、蓮しか使うことができない。沙斗琉と守が蓮に曲名を伝えると、蓮は当然のようにその曲を予約した。
守は霊体でもマイクを持つ方法を沙斗琉に教わった。今カラオケボックスの床を踏んでいるのと同じように、コツを掴めば物を持ち上げることもできる。マイクが声を拾うことはないが、それでも十分にカラオケを楽しむことができた。
一通り歌った守は、自分の中で何かが少しずつほどけていくのを感じていた。
「僕、友達がいなかったんです。小さい時は、もう少し周りとうまくやれてた気がするんですけど……。小学校の五年生くらいから、だんだん周りの話についていけなくなって……」
「思春期あるあるだねぇ」
沙斗琉の言葉に蓮もうなずく。理解してもらえたことに、守はほっとした。
「名前のせいもあったと思うんです。野呂 守だから、『のろま』って呼ばれて、実際、運動神経も悪くて……。親には申し訳ないんですけど、この名前をつけたことを何度も恨みました」
「“ま”で始まる名前だけは、避けてほしかったよねぇ……」
「“い”もやめた方がいい」
沙斗琉と蓮から共感を得て、守は首がもげるくらい何度もうなずく。守は苦い記憶を思い出しながら目を伏せた。
「高校に入ってから、パシリに使われたり、お金をせびられるようになって……。先生に相談しても、相手の成績がいいからか信じてもらえなくて、しかも相談したことが相手にばれて、暴力を振るわれるようになって……」
「椅子の角で殴られた、と」
蓮の言葉に、守は目に涙をためてうなずいた。
蓮はポケットからスマートフォンを取り出し、学校でも見ていた守の個人情報ページを開いた。
「同級生から椅子の角で殴られ、打ち所が悪く数十分後に死亡。加害者が逃げ出し、部活中で誰も教室に立ち寄らなかったことで発見が遅れた。……まあ、あんな端っこの教室じゃ誰も来ねーよな」
「はい……。でも、足を滑らせたってことになってるんですよね」
守の問いに、蓮は小さくうなずく。
「相手の成績に配慮したか、もしくは学校が責任逃れのために隠蔽したんだろうな」
守は諦めたように微笑む。そうであることを、わかっていたようだった。
沙斗琉は守の表情を覗き込むように身を乗り出す。
「学校とか同級生を、許せない気持ちはないの?」
「……ありましたよ。でもそれ以上に、助けてくれる友達がいないことの方が悲しかったんです。椅子で殴られたとき、相手には一緒に逃げる友達がいました。あんな奴でも友達がいるのに、どうして僕にはできないんだろうって、そっちの方が苦しくて、心残りだったんです」
守の膝の上に、水滴がぽたぽたと落ちていく。ズボンに染みができることはないが、守は確かに冷たさを感じていた。
「移動教室は友達と一緒がよかった。休み時間に趣味の話をしたかった。友達と弁当食べたかった。学校帰りに友達とカラオケに行ってみたかった。それを当たり前にしてるみんなが羨ましかった……!」
歌っていたときよりも大きな声で守は叫んだ。地縛霊になるよりずっと前からため込んでいたそれは、文字通り“魂の叫び”だった。
カラオケの終了時間になり外に出ると、既に東の空が白んでいた。
カラオケボックスから少し離れた公園で、蓮は真面目な話をするように守を見た。
「未練は果たせたか?」
守は落ち着いた様子で、ゆっくりと首を横に振る。
「全然。でも、あのまま学校に縛られていても友達はできないし、もっとみじめになるだけだったと思います」
守は眼鏡の下を少しだけ潤ませながら、満面の笑みを浮かべた。
「来世では友達たくさん作って、幸せになってみせますよ!」
守の吹っ切れた様子に、蓮と沙斗琉が目を細める。蓮は守に背を向け、何もない空間にそっと手を翳した。
蓮の手から生み出されるように、金色の光が広がっていく。光は四角く壁を張り、それは大きな金庫のような扉に変化した。
重厚な扉に付いている三つのダイヤルを、蓮が迷いなく回す。ギィという鈍い音と共に、扉が開かれた。
観音開きの扉の先から熱気があふれ、守の眼鏡が曇る。その先が冥界であることは、誰が見ても明らかだった。
「次会うときは、実体でな」
蓮はうっすらと笑みを浮かべ、沙斗琉はひらひらと手を振る。守は二人に答えるように、力強くうなずいた。
「はい!また来世で!」
守は力強い足取りで扉をくぐる。そのまま扉が閉まるまで、守が振り返ることはなかった。
開いたときと同じように、鈍い音を立て扉が閉まる。扉を覆う湯気が晴れたときには、そこには見慣れた公園が広がるだけだった。
「今回はちゃんと送り出せてよかったね。納得いかないまま冥界に行く人も、たくさんいるから」
「そうだな」
沙斗琉の言葉に、蓮は返事をしながら踵を返す。朝焼けに目を細めながら、蓮は再び都会のビル群に向かって歩き出した。




