第1話 霊魂管理局 回収課
夜の高校の廊下を、ペタペタと一つの足音が響く。明かりは一つもついていないが、外の光が差し込み、視界はぼんやりと薄明るい。
音の主である小柄な青年は、手元のスマートフォンの画面を下から上にスクロールしている。そこにはこの高校の生徒であった、とある少年の個人情報が簡潔にまとめられていた。
「クラスどこだっけ?一年四組?」
青年の隣、足音のない場所から聞こえた男の声に、青年は画面から一切視線を動かさずに答える。
「一年六組。四階の突き当たり」
質問主の男は「そうだったそうだった」と軽い調子で笑う。
「四階と四組が混ざっちゃった。下駄箱の一番反対側とか、遅刻しそうなときに不利だよねー」
「別に。遅れて入ればいいだろ」
「自分で言っといてなんだけど、そこは“遅刻しなければいい”じゃない……?」
怪談の定番の場所とは思えない、あまりにも普通の様子で話しながら、二人は下駄箱から最も遠い階段の前に来る。青年はスマートフォンの画面を閉じ、ポケットに入れてから階段を上り始めた。
軽い調子の男の方が先に踊り場に着き、青年を待つ。男は周囲を一瞥し、長めの金髪をなびかせて青年の方を振り返った。背後の窓からは付近のマンションの明かりが差し込んでいるが、男の足元に影ができることはない。
「夜の学校って、何回来ても背徳的だよねー。見つかったらどうしようって思わない?」
「もう慣れたな。学校は多いから。つか、お前は見つからないだろ」
青年はペタペタと段差を踏み、三白眼を足元に向けたまま言葉を返す。青年は男に顔を向けることなく踊り場を曲がり、再び階段を上り始めた。
男はすぐに青年に追いつき、整った顔をつまらなそうに歪めた。
「ロマンがないなぁ。たまたま肝試しに来た人が見える可能性だってあるじゃん」
「いい肝試しになりそうだな」
「オレが白いワンピースの女の子だったら、もっと雰囲気出るんだけどね」
そんな雑談を続けているうちに、二人は目的の教室の前にたどり着く。青年はノックもせず、無遠慮に扉を横に引いた。
ガランとした教室の窓際に、眼鏡をかけた少年が佇んでいる。少年の眼鏡が街の明かりを反射するが、光が向かった後ろの黒板は深い闇に覆われている。
少年は驚いたように青年たちを見たが、すぐに顔を伏せて窓の外に目を向けた。きっと青年たちのことを、肝試しに来た学生とでも思っているのだろう。二人とも成人しているのだが、特に平均身長にも満たない青年は学生に間違われやすい。
青年はスマートフォンをポケットから取り出し、廊下で見ていたのと同じ画面を映し出す。画面に映る少年と目の前の少年を見比べ、青年は少年に聞こえるように声を発した。
「あんたが野呂 守か?」
少年は素早く振り向き、再び驚きの表情を見せた。
「え、なんで僕の名前……」
少し高めの少年の声に答えることなく、青年は画面を見ながら少年に近づく。
「滝沼高校一年六組。出席番号二十一番。総合成績は中の下で、得意科目は現代文。一昨年十月に教室で足を滑らせ、運悪く椅子の角に頭を強打し、十五歳の若さで死亡。……ってことに、世間的にはなってる」
そこまで口にして、青年は再びスマートフォンの画面を落としポケットにしまう。青年は黒いパーカーの首元から手を入れ、名札を取り出して少年に向けた。
「俺は霊魂管理局 執行部回収課の郷間 蓮。あんたの地縛を解きに来た」




