名前の出ないモブ令嬢に転生したら悪役の令息と幼馴染になっていた
※がっつりとBLな話がありますのでそれで無理な方は読まないようにお願いします。
※主人公は女の子です相手は男の子です。
※それ以外のところで出てきます。
異世界転生は世知辛い世の中を生き延びる為の現実逃避であり、現実に起こるのは困るってものではない。
生活水準とか趣味とかもろもろ。スマホないと生きていけないと思ってるスマホ依存症を転生させるなって思うのは私だけじゃないと思うのね?
メリッサ・フィンバートの切実な心の叫びであった。
前世での名前とか何歳まで生きたとかはこれっぽっちも覚えていなかったのに、メリッサが今生きているこの世界がとあるゲームの世界に似てるなぁと思ったのは、彼女の記憶に強く強く焼き付いていたのが、二次創作をしていたものだったから。
メリッサの父はフィンバート伯爵で、可もなく不可もない無難な地位を維持し、無難に生きているモブ・オブ・モブである。とは言えど、娘の目から見ても父は中々に良い顔をしていた。
悲しい事に母は病気でメリッサが五歳の時に呆気なく亡くなったけれど、兄とメリッサを父は可愛がってくれていた。後妻をという話もあったそうだけれど、亡くなった妻を思うと、なんて言いながらゆるりと躱しているあたり、中々に強かだなぁと思っている。
何故なら、兄から聞いた父と母の仲は貴族らしく淡々としていたものだったから。父の方は歩み寄ろうとしたけれど、母の方が満足出来ない地味な伯爵家を嫌っていたらしい。
せめて歩み寄っていれば、もうちょっと長生きできたと思う。家にいるのが嫌で遊び回った挙句に病気を移されたのは自業自得だと思う。表に出せない裏事情。
メリッサがゲーム世界に近いね、と認識したのは、父の友人が遊びに来たのを見た時。母が亡くなってからはよく遊びに来るようになったその人は、公爵なんだけど、そのゲームでは悪役だった。裏にいるボス的な。
黒髪に金目のイケメン。父の三歳年上で、学園の寮で同室だったそう。父が遅めの結婚で公爵が早めの結婚だったからか、公爵には兄よりも年上の長男がいて、それから兄、メリッサと同じ歳の子供がいる。
その悪役公爵は二次創作界隈で結構ネタにされていた。夢でもBLでも、だ。メリッサは後者の方で悪役令息公爵関係の作品を読んでいた。鬼畜ド攻め×性別選択可能な男主人公とか、因縁のある王太子とか相手の作品が結構あった。
ゲーム本編でそれらしい描写は無くとも生み出すのが業の深い腐女子だし、フレーバーテキストでのなんとなしの匂わせとかそんなので生きていけたんだけど。
前世の記憶が脳みそを半分侵食したのが五歳の時、母が亡くなった後。一年間喪に服してからランドール公爵はよく家に来るようになった。
スマホが欲しかった。メモアプリにネタを書き留めたかった。紙はそれなりに高価だから無駄遣いなんて出来ない。スマホ……スマホがあれば……と何度メリッサが涙を流した事か。
はっきり言おう。ランドール公爵は父を狙っているとしか思えない。メリッサは女なので男同士の付き合い方は分からない。しかし、何かにつけて腰に腕を回したり、伸ばしている父の髪の毛に口付けるのは友人同士でするものではないと思う。
父がどう思っているのかは分からないけれど、躱し技術の高い父は上手く逃げてる気がする。
パッと見は地味っぽく見えるけれど、穏やか系なイケメンの父は前世のメリッサがどハマりした系統そのままなので、今の人生の大切な父とは言えども萌との狭間で揺れ動いていた。
大切なお父様をそんな目で見るなんてダメ、という気持ちと、それはそれとして萌えは萌えだからしゃーないやん、の狭間でメリッサは苦しんでいた。
メリッサが十歳の年、十五歳の兄が学園に通うことになったのだけれど、ランドール公爵の次男が兄にべったりとしていた。
確かにランドール公爵家とはそれなりお付き合いはしている。ゲームでもランドール公爵家は悪役ではあるけれど一見すればそうとは分からないようにしていたし、それなりに付き合いのある家も多くあった。友人を望む子供は多いはず。
なのに、どうしてか次男のミハイル様は兄ケヴィンを大層気に入っていた。
因みに、三人の子供のうち顔グラありで出てくるのは公爵と三男なんだけど、ここの三兄弟は全員公爵に似ている。つまり、イケメン。恐ろしいことに彼らの母親をメリッサは見た事がない。
メリッサの父は基本的に領地にいて、社交シーズンになると王都へ行き、無難な社交をして戻ってくるのだけれど、何故か毎回ランドール公爵が迎えに来る。タウンハウスはあるので別に父一人で行けるのに、何故か、だ。
そこに来てミハイル様が兄をお気に召したという事実はメリッサに衝撃を与えた。
「お父様だけでなく、お兄様までランドール家の毒牙に」
「毒牙とはなんだ、毒牙とは」
「ローデリック様は何故ここに?」
「父上に拉致された」
「領地はいいの?」
「ヴィクトール兄上がいるからな」
「沢山お勉強する時期じゃないの?」
「俺にはわかんないよ」
「だよね」
三男のローデリックは兄が学園の為に王都に行ってから、ミハイル様と入れ替わりで連れてこられるようになった。ランドール公爵は子供をダシにせずとも一人で来れば良いのに、名目が必要なのかな、とメリッサは考えていた。
「我が家、お兄様が跡取りだからお嫁さん見つけてもらわないといけないのに、見つかるのかなぁ」
「……俺にはなんとも言えないって言うか」
この国は愛の女神が主神なので実は同性愛にも寛容なところがある。ゲームではそんな情報は無かったので、やはり人物は同じ似た世界なのかなぁとは思う。
嫡子は子作りが義務なので、同性の恋人がいる人は異性と契約結婚して子供が出来たらきちんと契約に基づいてお金とかを支払って離婚が認められている。
父と母は政略結婚だったらしいし、父は中々結婚出来なかったけれど、ランドール公爵が邪魔してたんじゃないかなぁと思う。母を紹介したのはランドール公爵らしいので、こう。うん。作為しか感じないよね。
「もしもお兄様がお嫁さん見つけられそうにないなら、私が跡取りになるかもしれないんだよねぇ。嫁入り先とお婿さん候補、どちらでも対応出来るようにしないといけないのかなぁ」
「は?」
「ミハイル様ね、お兄様がいないところで私に言ったの。『ケヴィンの妹だから可愛いけどそうじゃなかったら邪魔だなぁ』って。泣きそうになって涙目になったらミハイル様がお兄様に怒られてたけど」
「兄上……」
頭を抱えてしまったローデリックには申し訳ないけれど、ミハイル様は中々に危ない方だと思う。
「なんか、俺の家がすまん」
「害がないから大丈夫。ただ、お兄様がどうなるのかなぁって」
兄は父に似た穏やか系イケメンなのでモテると思う。伯爵家の嫡子だし。未来の伯爵で穏やかな雰囲気だから優良株だと思うんだけど。
と、未来を憂ていたメリッサが十二歳の時、父の執務室に呼ばれた。父の顔は申し訳なさと諦めが混じった微妙なもので、メリッサには何となく呼ばれた理由が察せられた。
「今からで申し訳ないが、後継者をメリッサにするから」
「……逃げられなかったのですね」
「あの家、しつこいから」
「お父様は逃げられているじゃないですか」
「コツがあるんだよ」
父は分かっていて翻弄しているようだけど、兄は逃げられなかったらしい。ミハイル様の粘り勝ちなのだろう。
国としては同性愛を認めるけれど、それはそれ。後継者は子作りが必須になる。契約婚みたいに割り切れるならいいのだけれど、それが無理な場合は確実に子供を作れる人が跡取りになる。
当主の性別は問わないのはおそらくこういう事があるから。
兄は契約婚すら許されなかったのだろう。
メリッサの生活はがらりと変わって、父の元で領地経営のあれこれを学ぶ事になった。婿になれる人を探さないと、と思いながらも学園に入って見つけるのがスタンダードなので焦りはしていない。兄のようなパターンがあるから早めの婚約は推奨されていないのだ。
「お父様、ここの地域の視察に行きたいです」
「うん?ああ、ここだね。いいよ。そうだね……二週間後でいいかな?」
「はい」
地図や報告書と照らし合わせて興味のある地域へ視察に行くのは三度目。今回は海辺の町で、魚介が食べたくなったからおねだりしてみた。
ワクワクしながらその日を待ちわびていたら、当たり前のようにやってきたランドール公爵がローデリックも連れて行って欲しいと言い出した。
ローデリックは三男なので家を出なければならない立場で、どこかに婿入りする可能性が高いので経験として、とかなんとか。
メリッサは良くても父がどう思うかだったけど、父はあっさりと了承していたからローデリックも一緒に海辺の町に視察へ行くこととなった。
「うわぁー。海だぁ」
「すごいな……」
「そうか。海は初めてだったね」
晴れているからか、きらきらと眩しいほどに輝いている。子供二人が喜ぶ姿を眺めている父の朗らかな声。と、その隣で何とも言えない圧を醸し出す父のストーカー……ではなくランドール公爵。
ローデリックだけかと思いきや、何故か公爵も着いてきた。この人本当に悪役なのか?と思うけれど、父以外には冷酷らしい。怖い。
「ねぇ、ロディ。砂浜に行こう」
「おう。父上、いいですよね?」
「怪我はするな」
「はい」
父から水際ぎりぎりまでならと許しを得ていたメリッサは、平民が着ているようなワンピースを着用していた。もちろん仕立ててもらっているので質は違うけれど軽さが違う。
貴族の令嬢は十歳頃から少しずつスカートの丈が長くなる。元々幼子でも膝より短いことはありえないけれど、メリッサの歳だと脹脛の丈にはしておかなければならない。
胸元は開いても足を隠す辺りで、どこが性的に見られるのかがよくわかる。
メリッサも当たり前のようにミモレ丈なのだけれど、軽い素材と潮風を嘗めていた。元々貴族の服は布地をたっぷりと使うのが豊かさの証でもあるので、ふわりと広がるものだけれど、まさかぶわりと下から吹き込む風で膝くらいまで浮くとは思わなかった。
真正面にいたローデリックが直視して動きを止めていたけれど、メリッサは中途半端な前世の記憶のせいでそれが恥ずかしい事だとイコールになっていなかった。
慌ててスカートを抑えながら「うわぁー、風強かったね」と呑気に行言ったらとても怒られた。顔を真っ赤にしたローデリックに。
気を付けるね、と謝罪したけれど何が悪かったのかいまいち理解していなかったメリッサに、夜、父から切々と説明されてようやく理解出来た。
「貴族の十二歳って、成熟早いのかなぁ」
なんてちょっとボヤキながらメリッサは代官の屋敷の一室でそんな事を思ったりした。
泊まりがけの視察は二泊三日で、その間ローデリックもメリッサの隣で真剣な顔して話を聞いていた。勉強熱心だなぁ、負けてられないなぁと考えながらメリッサは海の幸も堪能出来でご機嫌だった。
メリッサが十五歳で学園に入学する年、入れ替わりで卒業した兄はミハイル様をひっつけて帰ってきた。後継者の交代を何度も詫びる兄だけど、本当に謝るべきはミハイル様じゃないのかなぁ、なんて思いながら二人が今後どうするのかを聞いたら、フィンバート伯爵領と接するランドール公爵領の街で代官が高齢なものだから交代となるので、そこをミハイル様が治めることになり、兄も一緒に暮らすのだとか。
そこなら兄も直ぐに戻って来れるから、と言っていたけれど、1人で帰ってくることは無いんだろうなぁとメリッサは察していた。
父は公爵に未だに狙われているし、兄はミハイル様に掻っ攫われたけれど、そんな状況でメリッサとローデリックは友人関係を維持していた。
ローデリックはゲームで顔グラのあるキャラで、女性主人公の攻略対象だった。悪役の公爵の息子ってことで最初は警戒されていたけれど、ローデリックは家族のおかしさに気付いていて敵対する立場になっていた。
でも、それって結局ゲームだからで現実では違うよね、とメリッサは心の片隅にしこりのようにあったゲームと同じようになるんじゃないか疑惑を捨てた。
何せ長男のお嫁さんは司法院の長官の娘で、悪どいことをしていたら絶対に関わりを持つはずがないし、そもそも高頻度で父に会いに来ている公爵が悪どいことをする暇があるのかって話で、ついでにミハイル様だって兄と常にべったりなのに。
ゲーム自体は男主人公、女主人公が選べて、ストーリーは共通で攻略対象は異性で、同性キャラは友人とかライバルとかそう言った違いで楽しめた。
男主人公モードで見る男キャラと、女主人公モードで見る男キャラの違いが楽しめるのもあって、ユーザーは女性が多かったけれど男性もそこそこにいたゲームだった。
ローデリックに幼馴染がいるなんて話は出ていなかったけれど、メリッサは付き合いがそこそこにある幼馴染だと思っている。あえて隠されていたならちょっと悲しいなぁと思うくらいには大事な友人だ。
メリッサは最初、寮に入るつもりだったけれど、父からタウンハウスを使うように言われた。こちらにいる執事から領政の一部を学ぶようにと言われ、メリッサは確かにと納得した。寮だと一人で限界があるし、二人で一室は少しばかり辛いと思ったので。
ローデリックも屋敷から通うようで、道中だからとランドール公爵家の馬車に拾われて一緒に通学するのが決まっていた。
「私と一緒だと婚約者だと思われちゃうよ?ロディは婿入り先探さなきゃでしょ?」
「いいんだよ。お前は気にすんな」
成長期なのか背が伸びたローデリックはランドール公爵にそっくりになってきた。多分三兄弟の中で一番似ていると思う。
馬車の中で向かい合わせに座ろうとしたら、ローデリックの隣に座らされた。流石にこれは駄目だと思う、と注意する前に、ローデリックの手が重なり指が絡められる。
「ロディ、これ、友達の距離じゃない」
「ならそういう事だろ」
「……何も聞かされてないもの。ロディと私は、友達だと思ってたのに」
「ただの友達があんなに頻繁に家を訪れるかよ」
すり、と手の甲を指の腹で撫でられる。婚約者ではない男女では許されてはいけない接触。そもそも二人きりで馬車に乗る事自体ダメなのに、領地では当たり前だったから忘れていた。誰も止めなかったから。駄目だと言わなかったから。
学園の入学式の為に向かう馬車の中。今日は恐らく馬車止まりは混雑しているだろうし、道も混んでいる。早めに出たけれど馬車の速度は遅い。
そして、外から見えにくいカーテンがされていた。
ローデリックが手を持ち上げて、メリッサの指を噛む。同い年なのに大人びていて、怖いのにぞくぞくとする。
「ランドール家の男は好きになったら一途なんだ、メル」
「何時からなの?」
「初めて会った時から」
「気付かなかった」
「そりゃあ、気付かせなかったからな」
ちゅっ、と指にキスをしたローデリックの上目遣いにメリッサの心臓はバクバクと止まらない。
「なんで?」
「そりゃ、父上とミハイル兄上にメルが逃げ腰になってたから」
「え?」
「冷静に振舞ってたけど、本当は怖がってたろ」
気付かれていた。
前世の記憶でそういう恋愛を好んでいて、実の父と兄を見て最初こそ興奮出来たけど、今のメリッサと前の名前も覚えていない「私」が溶けて馴染んで「メリッサ」として一つになってから、父と兄へ執着する親子が怖いなぁと思ったし、私のお父様とお兄様を取らないで、とも思った。
それと、ローデリックも同じだったらどうしようと思ってた。ローデリックが誰かを選んだら、その人しか見なくなったら、メリッサの傍から居なくなったら、と思うのが怖かった。
「メル。伯爵はメルが嫌がらないなら俺を婿にするつもりで動いてる」
「え?」
「そうでなければ、領地の視察に同行なんて普通はさせないって」
「そう、だよね」
「メリッサ、好きだ。俺もランドールの男だから、嫌だって、怖くなっても逃がせない」
「心変わりは、しないの?」
「歴代誰を見てもしてないし、俺もしない。もししたなら殺してくれていいよ」
「重い……殺すとか言わないでよ」
「信じて欲しいからな」
黒髪の中に光る金の目が怖いのに、ずっとそばに居たからそれが安心だとも分かってる。
「あのね、凄くドキドキしてるの。ロディの事が好きなのは間違いない。でもね、ロディと同じ好きかどうか分からないの。それでもいい?」
「うん。今はそれでいい。メルが頷いてくれたらその瞬間から婚約者になるんだけど」
「いいよ。ランドールの男の人の一途さは、分かるから」
結婚しても子供が出来てもずっと父を求める公爵と兄を連れて行ったミハイル様を見ていたのはメリッサだ。
嬉しそうに、恥ずかしそうに、それでもいっぱい好きだって分かる笑顔を向けられたメリッサが思わず仰け反る前に、ローデリックは彼女の背中に腕を回して引き寄せると躊躇なくプルプルとした唇に己の唇を重ねた。
そんなこんなで既に外堀を埋められ尽くしたメリッサはローデリックのエスコートで馬車を降りた時点で婚約者になっていた。ほぼ決まっていて、メリッサの気持ち次第だったので。
メリッサが頷いた時から公に婚約者だと言えるようになったし、婚約の発表は直ぐに行われると事を公表しても良いと言われているそうだ。
ローデリックは攻略対象なだけあって整った顔立ちをしている。メリッサは地味な顔立ちなので隣に並ぶと不釣合いだよねぇ、と思っていた。
***
メリッサは自分の顔を正しく認識出来ていない。この世界の鏡はあまり質が良くない。侍女が整えてくれるのが全てで、水に映る顔で何となくこうかな、とは思っていても正確には分かっていない。
ただ、水への反射を見る限り、父や兄に似てないなぁと思っていた。家族の肖像画は美化するものだと思っているので、余計に自分の顔を理解出来ていなかった。
メリッサの亡くなった母親は派手な美人だった。その母と穏やかな顔立ちの父の良いとこ取りをしたメリッサは、大きな目をしながらどこか隙のある可愛らしい顔をしていた。
ローデリックはメリッサと初めて会った時に一目惚れしたのだが、彼女は自分の可愛さに無頓着だったし理解も出来ていなかった。だから、ローデリックはことある毎にメリッサの隣を離れなかった。油断したら間違いなく攫われる可愛さだったから。
フィンバート伯爵領ではメリッサの隣を常にローデリックが立っていたから、未来の婿さんはあの子なんだなぁ、と思われていたのに、メリッサだけ気付いてなかった。そこが可愛いのだけれど。
学園に入る前にはどうにか婚約関係になりたかったのに中々言い出せなくて、入学式当日になったけど間に合ったと安堵した。
馬車をまずローデリックが降り、手を差し伸べるとメリッサの手が重なる。ゆっくりと降りるメリッサの柔らかな金色の髪の毛がふわりと風に揺れた。
大きな目はグレーで、淡い髪色と目の色が合わさってまるで物語に出てくる精霊のような神秘性がある。
メリッサは今まで王都での令嬢達との社交をしてこなかった。そこにはローデリックだけでなく、ランドール公爵家自体の強い意志が働いていた。
我が父と兄がとても気持ち悪いのだが、ランドール公爵家とフィンバート伯爵家の間に子供がどうしても欲しかった。ただ、どちらも男同士なので子供は無理。だからこそローデリックとメリッサの間に生まれる子供を愛でたい。
その為に彼らはメリッサを好きになったローデリックを支援した。絶対にこの事はメリッサには言えやしない。ある程度の頭のおかしさは理解していても、ここまでとち狂ってるとは思ってないだろうから。
長男は長男で自分の妻を溺愛している上で独占欲が強いので、父と弟がフィンバート伯爵家に向かってるのは良い事と思っている。ある意味放任なので自由を満喫していた。
そんな頭のおかしな家族のお陰でメリッサは今まで存在を隠されていた。特に同年代には王子がいるので、それに合わせて生まれた子供が兎に角多い。メリッサが王子の婚約者を選ぶお茶会が開催された時に招待を受けなかったのは、その直前に後継者として確定したからだ。タイミングがずれていればお茶会に参加は必須で、きっと目をつけられていたに違いない。
「ロディ、荷物持つわよ」
「俺が許すと思うか?」
腕に手を添えるメリッサは女性としては背が高い方だと思うけれど、甘い顔たちと背の高いローデリックの隣にいるからか小柄に見える。つまり、バランスとしては問題がない。
エスコートで腕を組むのは婚約している者だけなので、これだけでも周囲への牽制になる。メリッサとは幼い頃の付き合いだし、伯爵邸で食堂へ向かう時などに腕組みをしていたから慣れているのだろう。慣らしたのはローデリックだけど。
「ロディって目立つわね。皆あなたを見てるわ。私が隣にいるのが不釣合いって思われてるのかも」
「いや、見られてるのはメルだろ」
「まさか。あ、ロディの隣の地味女は誰だって注目ね」
メリッサの可愛さに、あれは誰だとざわついていても本人がこれだから気付いていない。
クラス分けは所属科で変わるが、メリッサとローデリックは領地経営科である。メリッサは後継者だからなのだが、ローデリックのように家が爵位を複数有する場合はそれを受け継ぐ事もあるので認められる事がある。
そして、領地経営をする者は全体の中でもごく一部しかいない。
ローデリックは概ね満足していた。
時々わけのわからない女がやって来て「あなたを家から救い出すわ!」とか男がメリッサに「君を幸せにするから」なんて言ってきたりしたが、どちらも下位貴族の出身で、何度注意しても反省しないので、家に対して厳重注意を三回繰り返したところでどちらも居なくなった。
「私はひろいんなのよ」とか「俺は主人公なのに」とか言っていたけれど、妄想癖が行き過ぎてるのではないだろうか。巻き込まないで欲しい、とローデリックは切実に思っていた。
王子や宰相の息子とか騎士団長の息子等が同じ年に入学していた。態々ローデリックとメリッサに王子主催のお茶会の招待状を送って来たのにはうんざりするけれど、参加しない訳にも行かず共に向かった。
二人の婚約は恙無く認められた。メリッサの家にローデリックが婿に行くのだから。ただ、兄が兄だし二人の家がべったり過ぎるのはとなるが、長男夫妻のおかげで問題はないとみなされた。
学園には制服があり、一部は変えても良いことになっている。男ならクラバット、女ならリボンの色を婚約者の色にするのは許されている。
メリッサは黒地に金糸でリボンの端の方にお互いの家紋を刺繍していた。ローデリックはグレー地に金糸で花の刺繍をしている。その花はレモンバームだが、別の名をメリッサと言う。
「貴方のような素敵な女性がいたと知らなかったな……残念だよ」
「ご招待頂きありがとうございます」
いつも通り腕組みでエスコートしながらお茶会の行われるサロンに来れば、王子やその友人達の視線がメリッサに集まる。そのメリッサは気にせず、テーブルの上のお菓子に夢中だけれど。
他にも招かれた令嬢達がいるようだが、彼女達は王子の婚約者候補なのだろうなと判断して、人のいないテーブルへと向かう。おそらく席は自由。
メリッサはローデリックという婚約者がいるので候補者達の席に交えない。万が一にもそう思われたら、王家ならばなし崩しに取り込みそうな気がするので。
ローデリックの父と王太子は同年代で仲が悪い。その理由はメリッサの父であるフィンバート伯爵で、王太子は伯爵が初恋だったらしい。魔性の男か?と思うくらいに伯爵は高貴な人々に思いを寄せられるが、本人も家族も彼を平凡だと思っているし、貴族社会の中で埋没していると本気で思っている。
だからこそ傍で守らなければならない。認知が歪んでいるから。
そんな訳で、ランドール公爵が考えたように王太子も伯爵本人が駄目なら我が子と伯爵の子を結婚させて子を産ませようと考えたらしいけれど、メリッサが後継者になったので断念せざるを得なかった。
表舞台に立つ機会が無いままフィンバート家の幻の娘になってた所で学園への入学はかなり強烈だっただろう。しかも本人はこんなにも可愛いのに自覚が無い。
令嬢達が積極的に王子達に話し掛ける中、ローデリックとメリッサは我関せずとお菓子を堪能していたが、王子からの強い視線がメリッサに向けられるのは不愉快であった。
色々と厄介なことになりそうだから、とローデリックはフィンバート伯爵に許しを乞うた。王家に確実に嫁げないようにしたい、という願い。
王族との結婚にはいくつか条件がある中で、女性は純潔でなければならないと言うものがある。つまり、そうでなくなれば良い。
ローデリックとメリッサは婚約者同士だし、この事は家長の許しも取っている。王家に巻き込まれる面倒さを伯爵も知っていたので苦渋の決断ではあるが認めた。
メリッサは兎に角可愛かった。親公認だと知ると顔を真っ赤にしていたけれど、理由を説明すれば納得されたし、王太子の執着を怖がったので、己の父親のことは隠し通そうとローデリックは決意した。
一年目にたくさんの騒動に巻き込まれたけれど、二人を引き離す物はとことん排除した。
「ロディ。あのね、飛び級をすれば早期卒業が出来るらしいの。目指したいけどいい?」
「もちろん。メルがそうしたいなら俺もやるから」
メリッサは巻き込まれに疲れたらしく、さっさと卒業する事を選んだ。元々頭が良いメリッサが本気を出し、単位をどんどんと取得し試験も受けて、二年で卒業する事になった。
「殿下からの誘いがね……疲れちゃった」
ことある毎にメリッサをサロンに誘う王子だが、ローデリックを誘わないのは問題でしか無い。男だらけのなかに大切な婚約者を一人送り出す馬鹿はいない。
決して油断すること無く無事に卒業して領地に戻った時には安堵した。道中に攫われる可能性も考えていたので。
「結婚式楽しみね。ドレスの刺繍増やそうかしら」
そう言った男達の水面下での争いを知らないメリッサは一ヶ月後の結婚式を楽しみにしている。
隣に座る時に体が触れても文句は言われない。それが当たり前の距離になったから。不意討ちで口付けると照れて怒るけれど、拒絶されない。メリッサがゆるすのはローデリックにだけだから、心が満たされる。
結婚式当日、メリッサが何かを呟いたけれど聞き取れずに「何言ったんだ?」と聞けば、にこりと微笑んで「うれしいなって言ったのよ」と幸せそうにわらったので、つられてローデリックも笑った。
なお、メリッサが呟いたのは「ローデリックルートの結婚式スチルやん」であった。
活動報告に重めの裏話を載せています。




