007 警戒心こそ生きる術
「残り一発」
サーシャはそう呟き、幹部と思われる男の眉間にマズルを押し付ける。
「お、オマエは何者だ!? なんでこんなことするんだ!?」
「なんだって良いだろ。声を潜めろ。馬鹿の声聞くと、頭が腐りそうになる」
「い、イカれてやがる……。ガキのくせに」
幹部の白人から見たサーシャは、なにも美しい白人少女ではなかった。そのエメラルドのような目は、幾多の修羅場を乗り越えてきた、怪物の目つきであった。
銃口を突きつけたまま、サーシャは先ほど受け取った携帯電話で先ほどの男へ通話する。
「仕事、終わりました。今マズルを突きつけているんですけれど、早く回収班をよこしてくれませんかね?」
『おー。見込んだ通りだったな。すぐ向かわせる。ただ油断するなよ? 能力者かもしれねぇ』
「はい」
手短に会話を終わらせる。この状況で逆上して能力を行使すれば、幹部の脳髄は吹き飛ぶ。ほとんど心配はいらない。いらないが、警戒を怠ってはならない。
「クソガキが……。おい、交渉させろ」
「なんの交渉?」
「オマエの雇い主の倍額払う。だから逃がしてくれ」
「あぁ、そういう感じ」サーシャは人差し指にやや力を込める。「悪いが、カネがすべてじゃないんだ。こういう仕事は信用・信頼が第一だからな。あとひとつ。次舐めた口利いたら、分かっているよな?」
男は情けない声を漏らす。「ひ、ひぃ!!」
「良くもまぁ、死ぬ覚悟もできていねぇのにギャングなんてできるモンだ。感心しちまうよ」
サーシャは目を細めながら、他の護衛2人にも目を配る。左足と右腕を撃たれているため、普通であればなにもできずへたり込むしかない。だが、ここは〝アンゲルス連邦共和国〟であり、神様だか悪魔だかと契約すれば異能力を使える世界でもある。恐怖でろくに能力を使う素振りも見せない幹部の男より、護衛のほうに気を配るべきかもしれない。
(片割れが怪しいな……。ビビっている振りしつつ、こちらが隙を見せるのを狙ってやがる)
左側でへたり込む男は、どうも反撃の機会を伺っているようだった。一応殺さない程度に、〝ルール〟をいじくったほうが良いだろう。彼が落っことしたハッパに目をつけ、サーシャは左手を動かす。
そうすれば、ハッパが意思を持ったかのごとく、まるで削器のように左側の護衛の胴体を斬り裂いた。
「ぎゃあぁああああ!!」
黒い血が溢れ、特有の鉄の匂いが鼻につく。サーシャは溜め息をつき、
「お利口さんにもなれないのか? さっき、指を2センチ動かしたよな。こっちは動くな、って意味合いで銃を突きつけているのにさ」
これでいよいよ反抗してこないであろう。戦意は完全にへし折れたはずだ。
「よう!!」
そうこうしているうちに、クール・ファミリーの迎えがやってきた。男は幹部の顔を背後から思い切り蹴って、彼を無理やり気絶させてしまう。
「って、お嬢ちゃんがヒットマンなの?」クール・ファミリーの構成員はサーシャを見て、怪訝そうな面持ちになった。「すげぇ時代になったな。ガキだろうと利用するクールの親分もすげぇけど」
「あぁ、あのヒトがクールさんですか。あの高身長で茶髪パーマの」
「そうそう。さて、この馬鹿どもはおれらが連れて行く。嬢ちゃんはどうする? もうお家に帰っておネムか?」
「そうですね。色々ありすぎて疲れました」
時刻は夕暮れだった。治安の悪い区域なので、今のサーシャみたいな子どもが出歩いて良い時間でもない。
「2台車用意してあるから、家近くまで送ってやろうか?」
「そうですね。近くについたら言いますので、よろしくお願いします」
家が割れたら、いざというときクール・ファミリーの襲撃を受ける。警戒心というものは、裏仕事をするのであれば必須のスキルだ。




