031 悪党の悪夢
『テメェみてぇな穀潰しを養うカネはねぇんだ!!』
『アンタの所為でお父さんが怒ってる!! アンタなんか、今すぐ死ねば良いのよ!!』
チクタク、と秒針の音がやかましい。サーシャは手を組みながら、脂汗を垂らす。
『鉄砲玉にさせてくれ? なら、親を殺せるのかい。……へぇ、もう殺してきたと』
『体制にとって都合の悪い連中を消す。それがおれらの役目だ。変革なんて求めるな』
汗はすでに身体を包み込んでいた。不愉快な感覚が、雪だるま式に膨れ上がっていく。
『この世界に神がいるとしたら、いつかぶち殺してやれ。死体は犬の餌にでもしろ。まぁ、犬どころか豚すらも食いたくねぇだろうが』
『サーシャ……オマエはおれらの希望だ。必ず生き残って━━』
「はッ━━!?」
目を冷ましたサーシャは、拳銃を持って辺りにそれを向ける。だが、誰もいない。真っ暗な部屋には、秒針の音以外なにも響いていない。
「クソッ、夢か……」
ひどい汗塗れになったサーシャは、電球をつけて近くに落ちていたパーカーを羽織る。汗の垂らしすぎでむしろ寒いくらいである。
時刻は午前2時だった。どれだけ寝たか分からないが、あまり良い睡眠はとれなかった。こういうときはウォッカでも流し込みたい。サーシャは黄色のパーカーに黒のタンクトップというラフな格好で、外に出て酒でも買いに行こうとした。
しかし、部屋に置かれていた姿見は、酷薄に金髪翠眼になった幼女を映していた。こんな姿で酒なんて買えるわけもない。サーシャはベッドに座り、高熱にうなされているように息をまばらに吐く。
「チクショウ、なんでうまく生きられないんだ。誰も彼も幸せそうに生きやがって━━」
ドアが開いた。サーシャは拳銃を向けようか迷うが、ひとまずそれを降ろす。
「……どうした? うなされていたように見えるが」
切り揃えられた黒い髪、病的に白い肌、赤い目のリオが心配げにサーシャを伺いに来たようだった。
「なんでもねぇよ。ただ、悪い夢を見ただけさ」
「……悪い夢?」
「どうも環境が変わると、体調ってヤツは崩れやすくなる。サウスAs市は暖かいが、それがすべて良いほうへ傾くわけじゃない」
「……ハーブティでも持ってこようか? オマエ、顔色悪いぞ」
「あぁ、頼んだ」
サーシャは冷静を取り繕い、リオを一旦引かせた。とはいえ、起きてから3分くらい経過しているので、だいぶ錯乱状態から抜け出せている。それならばいつも通り、愛らしい幼女をやっていれば良い。
「つか、ここどこだ?」
サーシャは記憶を辿ってみる。確か、スナイパーに襲われて返り討ちにしてやった。ただ、それ以降の記憶がない。強いて覚えているのは、リオがスマホを見ろと言ってきたことくらいだ。
そんなわけで、サーシャはスマホを見てみる。メモアプリが起動していた。多分そこに書き残したのであろう。
『マルガレーテさんは、これから会うキャメルさんに逮捕された。キャメルさんはクールのオヤジの妹だ。実力も、今の僕らでは敵わないほど。そこでオヤジが大幅な計画変更を求めてきた。要するに、政府の連中とつながりを作ることが僕らの仕事だ』
サーシャは先ほど見た悪夢を、また思い出してしまう。
(結局〝おれ〟ら悪党は体制側に生かされているだけだ。国盗りでもすれば、せめて気分も良くなるのかね)
散々体制にこき使われ、使えなくなったら捨てられる。それが無法者の定めであり、親殺しのサーシャに科せられた罪でもある。




