024 動き出す歯車
「なっ……!?」
リンが縛り付けられている椅子も、倒れた部下たちも、工場の機材も、全てが柔らかな床に沈み込み、衝撃を吸収する態勢に入っている。 唯一、硬いコンクリートのままなのは、男が立っている場所だけだ。
「さぁ、審判の時間だ!!」
サーシャは獰猛に笑う。ヤクザの男の脳裏に死がよぎった。
そして、激しい轟音とともに、
ロケットのように落下してきたサーシャは、男の身体をつらぬくのだった。
「ぐ、ぉ……」
リンは残虐な絵面に目をそむける。だが、この戦闘で一切のダメージを負っていないのも事実だった。
自身が縛られていた椅子周りを、ゴムのようになった地面が優しく包んで彼女を守っていたからだ。
「さてと、リンお姉ちゃん。逃げようか」
返り血に染まったサーシャは、されど優しげにリンへ手を伸ばす。感情の整理が追いつかない中、妹は言う。
「大丈夫、なにがあっても私はお姉ちゃんを守る」
無法者が呻く中、サーシャはリンに肩を貸して廃工場から出ていく。
「……アンタ、本当に変わったね」
「そういう運命に生きているんだよ、私は」サーシャはあっけらかんと答える。「まぁ、お姉ちゃんの前で虐殺見せたのは良くなかったかもだけど、こうするしか勝ち目はなかった。あの野郎、相当強いみたい」
「それはそうかもしれないけど……まるで別のヒトがアンタの身体に入り込んでるみたい」
「そうかもね」サーシャの身体から少しずつ力が抜けていく。「あぁ。魔力ってヤツが切れかけているみたい。お姉ちゃん、タクシー拾って家まで帰ろう」
*
シャンパンファイトを終えたクール・ファミリーたちは、3人を除いてみんな酔いつぶれていた。
「親分、果たしてサーシャってガキはヤクザに勝てましたかね?」
「ポーちゃん、心配は無用だぜ。アイツは強ぇし、どうせ姉を拉致した連中に主戦力はいないだろ」
「……オヤジ、警察の内通者から連絡がありました。サクラ・ファミリーの若頭ことナンバー2、峰が死んだとのことです」
「あァ? どういうことだ、リオ」
「……イーストAsの廃工場で発見されたとのことでした。つまり━━」
「サーシャってガキが殺ったのか?」
「……そうだと思います。アニキ」
クールは近くに残っていたシャンパンを飲み干し、威嚇的な笑みを強めた。
「最高じゃねぇか!! これでサクラ・ファミリーは終わった!! 峰のクソがヤクネタだったが、これで安心してネクサスのアホどもと喧嘩できる!!」
思わぬ形で、クール・ファミリーに吉報がもたらされた。この機会を使わない手など、端からクール・ファミリーにはない。
「よし、ポーちゃん。オメェはサクラ・ファミリーから離脱するだろう、有力な子分どもをウチに勧誘しろ」
「御意」
「リオ。オメェはサーシャと組んで、いつでも地下に潜れるようにしておけ。ネクサスのゴミ箱どもとの雌雄をつけるぞ」
「……分かりました。オヤジ」
ひとりの転生者が起こすマジックに、クールもまた乗っかろうとしている。ならば、彼に忠誠を誓う者たちは従わざるを得ない。
……もっとも、クールは忘れている。いや、忘れている振りをしている。かつて抗争で有力な子分を大量に失い、ナンバー2のポールは投獄され、リオのような子どもを抜擢するしかなかった苦渋のときを。
*
「サクラ・ファミリーが壊滅したようだ。カルティエ」
「……どうせあのクソガキが仕組んだんだろ? クレーバー博士」
カルティエは、担ぎ込まれた病院でクレーバーから手短な報告を受けていた。身体は雷の所為で爛れ、強制入院を余儀なくされた彼女は、苛立ちからか爪を噛む。
「だろうな。逮捕されたサクラ・ファミリーの構成員は皆瀕死だが、口を揃えてこう言っていたよ。……〝女児の皮を被った怪物がいた〟と」




