020 一難去ってまた一難
「んじゃ、アニキ。まずタバコ吸いますか?」
「おう。チョコレートも食べたい」
「……どうぞ」
「おぉ。気が利くな。ありがとう」
リオはポールにタバコとチョコレートを差し出した。彼はクールと同じく喫煙者で、刑務所の中ではあまり甘いものが食べられないため、うってつけだと思っていたのだ。
「ふぅ……。やはりタバコはうまいな。しかしリオ、良くおれの吸ってるタバコ知ってたな」
「……オヤジが用意してくれたので」
「親分は元気か?」
「……相変わらずです」
「そりゃ良かった。おれと親分がいれば、敵なんていねぇようなものだしな」ポールはチョコレートをかじる。「うまいな。シャバにいれば毎日食べられるものだが、きょうだけは特別だ」
「アニキ、親分が特上の寿司料理店を予約したみてぇです。出所祝いしましょう」
「親分と会うのも久々だな……。なぁ、リオ」
「……なんですか?」
「クールの親分に会えて、良かったか?」
「……もちろんです」
「なら良いんだ」
アンゲルス最強レベルの能力者にして、最強クラスの無法者が解き放たれた。アンゲルスはどこへ向かっていくのか。それこそ、神のみぞ知る話であろう。
*
「良く寝たぁ~」
あれから8時間後、サーシャは起き上がって洗顔と歯磨きに向かっていく。子どもの身体には未だ慣れない。少し動いたと思ったら、すぐガス欠を起こしてしまう。
「んん? リンがいないな」
時刻は夕方を過ぎている。ふたりの暮らすイーストAsはとても治安が悪いので、この時間帯はまず外へは出ない。それなのに、姉のリンはどこにもいなかった。
「厄介事に巻き込まれていなけりゃ良いが」
転生していきなり家族になったリンだが、サーシャからすれば結構思いは重たかったりする。さすがに自分の命より大切ではないが、ああやって軽口を叩き合える仲の姉妹は素敵だとも感じるからだ。
そして、嫌な予感というものはなぜか的中してしまう。
「ふむ……」
サーシャは、顎に手を当てながら、血まみれになった玄関を見る。
「拉致されたか。しかし、なんのために……いや〝おれ〟に恨み持つ馬鹿どもは多いだろうが」
その血痕は抵抗の証。もしかしたら、相当痛めつけられているかもしれない。サーシャはなにか手がかりかないかと、家の中を歩き回る。
「なんだ、このバッジ」
玄関付近で、金バッジを見つけた。サーシャは即座にリオへ電話をかける。
「リオ、姉がさらわれた。金バッジつけている裏組織に心当たりある?」
『……今、アニキの出所パーティーなんだけど』
「すぐ分かるだろ。あれだな、日本語っぽい」
『……なら〝サクラ・ファミリー〟じゃない?』
「サクラ・ファミリー? クール・ファミリーと反目なの?」
『……どちらでもない。それにオマエは、クール・ファミリーの構成員じゃない。だから好きにすれば良い』
「寂しいねぇ。相棒が着いてきてくれないのは」
『……パーティーが終わっても終わらないなら、僕も出向く。アニキがシャバに帰ってきたのに、金庫番の僕がいないわけにもいかない』
「あぁ、そうかい。組織に縛られるのも難儀だな」
『……アニキやオヤジのことは敬愛している。だから祝ってあげたいだけだ』
「へいへい。んじゃ、せめてサクラ・ファミリーの事務所だけ送ってくれ。あとは私でなんとかする」
電話を切り、サーシャはメッセージアプリでリオが送ってきた〝サクラ・ファミリー〟の事務所を知る。
「ジャパニーズ・ヤクザか……。アイツら、失態したら指を切るらしいな。なら、指全部切り落としてやるか」




