016 国家最高戦力
(治安もイーストAsよりだいぶ良い。少なくとも、発砲音は聞こえないし)
もはや銃声音が聞こえないだけで感動してしまう始末だった。イーストAsがそれだけ歪んだ街である、と再認識させられる。
(まぁ良いや。髪切り行くか)
サーシャは目の前にある美容院へと入っていく。料金は、看板を見る限り『小学生以下:200メニー』。随分強気な価格設定である。とはいえ、それだけの技術があるのであろうと、サーシャは予約もしていないのに建物の中へ入っていく。
「いらっしゃいませ。ご予約は?」
「していないです」
「でしたら、少しお待ちになりますがよろしいですか?」
「はい」
「では、そちらへどうぞ」
待ち合い席には、ふたりの女性がいた。年代はともに似通っているように見える。おそらく30代前半だろう。仲良く席を隣にしている割には、ふたりともスマホに夢中なのか会話すらしていない。
しかし、たとえこのふたりが険悪だろうとサーシャには関係ないため、ひとつ席を空けて座り、雑誌を読み始める。
そんな最中、サーシャはなにか悪寒を感じた。睨まれているような、そういう感覚。美容師は髪を切るのに集中しているので、そもそもこちらを見ていない。となれば、
(……どうも、このふたりが睨んでいるようだな)
直感なので確証はないが、いつ戦闘態勢に移ってもおかしくないくらい殺気のような気配を飛ばされている。こんな〝いたいけ〟な子どもを睨んでどうするのか。
されど、サーシャは涼しい顔をしながら女性のトレンドの髪型を見続ける。殺気を飛ばされようが、なんだろうが、店内で絡んでくることもあるまい、と。
「━━〝キラー・クイーン〟サーシャだな?」
サーシャは「はぁ」と溜め息をつき、
「そう言われているみたいですね。貴方のお名前は?」
と飄々とした態度で返す。
サーシャは彼女をチラッと見る。
白い髪は、白髪というわけではなく地毛のようだ。モジャモジャした髪質で、メガネをかけている。身長は目視範囲で170センチ弱。目の下にはクマがあり、高級美容院に来ているというのに白衣をまとっていた。
「私はクレーバー。近々、君を逮捕しようと思っている者だ」
「あぁ、そうですか」
美容師たちの手が一瞬止まった。当然だろう。こんな8歳程度の幼女を逮捕する? 一体なにをしでかした? と。
「なに言ってるんですか、博士。キラー・クイーン、というか……クール・ファミリーの無力化はあたしの管轄ですよ」
そう反論した女性は、サーシャと同じく金髪━━ただしだいぶオレンジ色に近い色合いだ。髪の毛はセミロングヘアくらいで、目は青い。こちらは〝クレーバー〟という女性より、身長が幾分か高い。175センチくらいか。
「ま、そういう話は髪を切り終わってからでも良いじゃないですか。ここだとカタギもいますし」
サーシャは、そう言ってふたりを落ち着かせようとする。一方、このふたりは政府側の人間なのにも気が付いていた。確かに一般人にも逮捕権はあるが、サーシャが〝キラー・クイーン〟の異名を持っていること、そしてサーシャという8歳の幼女がキラー。クイーンだと断定できる時点で、結構な情報を握っている━━すなわち、政府の狗なのだ。
(ッたく、イーストAsからリオとかを応援に呼べないし、こりゃあ喧嘩かね)
後ろ盾になっているクール・ファミリーに今連絡したところで、更にいえばこんなジロジロ監視されている中で、応援を呼べるわけもない。サーシャはあくびして、身体を伸ばすのだった。
*
「あ、ありがとうございました。あの、お気をつけて」
「あのふたりのことですか?」
「は、はい。あの方たちは〝この国の最高戦力〟。貴方がどんなことをしでかしたか知りませんが、覚悟しておいたほうが良いですよ……」




