012 鬼畜の所業
中は埃っぽく、カビ臭かった。金属製のダクトは、大人のサーシャなら這うこともできなかっただろうが、今の二人には十分な広さだ。
這いながら、ふたりは静かに目的地まで向かっていく。サーシャが先頭で、リオが背後にいる。まずこの段階で気づかれることもないため、サーシャは小声で「あと何メートルくらい?」と聞く。
「……30メートルほどだ」
「了解」
二人は音を立てないよう、慎重に四つん這いで進んでいく。時折、下から響くけたたましい音楽と話し声が、ダクト内で鈍く反響した。
(しかし、こんなガキに侵入を頼むクールもすげぇ野郎だな)
サーシャは内心で毒づくが、同時に、この死と隣り合わせのスリルに血が騒ぐ自分も感じていた。 10分ほど進んだだろうか。リオがサーシャの足に触れた。つまり、ここで止まれという合図だ。
「……ここだ」
リオが指差す先、ダクトの床部分に、格子状の通気口があった。そこから、階下の様子が伺える。 サーシャとリオは、通気口の隙間から階下を覗き込んだ。
そこは、いかにも高級そうなVIPルームだった。
悪趣味なシャンデリアの下、下劣な革張りのソファに、ひとりの男がふんぞり返っている。太った中年男。間違いなく、女性向けアパレル会社のアホ社長だ。 男は、両脇に露出の多い女を侍らせ、下品な笑い声を上げている。 そして、部屋の四隅には、スーツ姿の護衛が4人、鋭い目つきで周囲を警戒していた。
サーシャは小さく呟く。「ビンゴだな」
「……まだだ」リオは呼応するように言う。「クールのオヤジがほしいのは、ヤツの〝痴態〟で、株価操作の前にヤツを脅したいらしい。ただの女遊びじゃ、まだ足りない」
「そうかい」
クールの考えは、まさに鬼畜の所業である。SMパーティーで女を辱めしているところを激写し、それを使ってアホ社長を脅す。脅してカネをぶんどった上で、マスコミに洗いざらいネタバラシする。恐ろしいヤツだな、とサーシャは内心思う。
そんな最中、アホ社長の周りに女が集まってくる。女たちは媚びるように笑い、おもむろに服を脱ぎ始めた。ムチやらろうそくといった道具が用意され、アホ社長は護衛たちに出ていくよう仕草する。これはビッグ・チャンス。サーシャたちは無音のペン型カメラで、写真を撮ろうとした。
ところが、
「なぁ、近くで〝魔力〟を感じねぇか?」
「だよな。社長。ネズミが忍び込んでいるかもしれません。『お楽しみ』を少し控えてくれませんか?」
「なんだよ、水差すようなこと言いやがって」
リオは溜め息を吐いた。
「……オマエ、魔力の抑制もできないのか?」
「魔力ってなに?」
「……オヤジもなに考えているんだか。オマエ、もっと先へ進め。魔力の元があったら、アイツらいつまで経ってもSMパーティー始めないから」
「良く分からんが、良く分かった」
促され、サーシャは通気口を更に這っていく。やがて出口が見えてきたが、そこにも護衛がいる。となれば……、
サーシャは、近くにあった花瓶が割れるように法則をねじ込んだ。当然注意がそちらへ向かうので、彼女はサッと降り、足音を殺して護衛たちの背後へ忍び寄る。
そして、サーシャは懐に忍ばせていた44マグナムのグリップを握りしめた。
(44なんて撃ったら、銃声音で台無しか)
花瓶の音に気を取られている護衛は二人。 サーシャは「ルール・オブ・ロー」を発動させた。 護衛たちの足元の床の摩擦係数を、瞬間的にゼロにする。
「なっ!?」
「ウォッ!?」
護衛たちは、まるで氷の上に立たされたかのようにバランスを崩し、派手に転倒した。
その隙に摩擦係数を元に戻し、サーシャは即座の後頭部にマグナムの銃床を叩き込んだ。なお、また能力で自身にかけられる重力を強化しているため、ゴッ、ゴッ、という鈍く弱い音が2回響き、護衛たちは完全に沈黙したのだった。




