06 陸上長距離選手はゴールした快感をもう一度味わうために走り続ける
主人公視点です。
おいおいおい!!!なんだあの化け物は!!!
そんで何普通に倒しちゃってるの?!バケモンかよ!?
なんだここ…やっぱり日本じゃない。そして、この世界は俺の前世とは違う世界だ。
あんなマンモスの牙が生えた狼に急に襲われたら嫌でも自覚するわ。
ここは僕の知らない世界ーー異世界だ。
そして、ここは前世よりも遥かに危険な世界みたいだ。だって、黒髪の親方が魔物を平然と斬り殺したのを周りの人達は普通に受け入れていたのだ。やっぱり僕は野生では生きていけない。この森の中にあんな魔物がうじゃうじゃいるのなら、ここでの僕の寿命はあの幻のモンブランよりも短いはずだ。
ここから出るまではこの人間達と一緒にいよう。
さっきのマンモス狼との遭遇により森から一刻も早く出ないとという使命感が生まれた。早く水場を見つけてこの人間達に元気になってもらわないと僕が困る。
そう思いながら歩いていたら、目線の上にキラキラしたものが映った気がした。そんなことを気にしてる場合じゃないと思い無視をしようとしていたが、どうしても気になる。
見るだけならバチは当たらないよね!
勢いよく見上げたら、やっぱり気のせいじゃなかった。上にキラキラと光る淡いピンク色の果実が木の枝からぶら下がっている。あれは桃か?
桃から淡い光が出てるんだけど??
この世界のフルーツは光るのか?
それにしても、あれ!!なんてデッケェ桃なんだ!立派すぎるだろ!日本だったら絶対5000円以上で売れる!
ドデカい桃に吸い寄せられるように歩いていたら、大きな手がその桃をガシッと掴んだ。
何をする!!
僕の桃を鷲掴んだ犯人の元に駆けつけると、親方は手に持っている果実を無表情でじっと見つめていた。
「キューン!(返せよ!)」
足元にいる僕に気づいた親方は僕とデカい桃を交互に見てから唇の片端を上げ、実に意地悪そうに手にある桃をゆらゆらと揺らし始めた。
「食いてぇのか?」
「(渡しやがれ!)」
親方は頷いた僕に目を細めた後、デカい桃を僕の前に置いてくれた。ありがたい!
淡いピンクの果実に鼻を近づければ、桃の良い匂いがした。
これは桃だ。
それでは、遠慮なく異世界の桃をいただきます!
1口齧れば甘い果汁が口内に溢れ、ゴクゴクと搾りたてのジュースを飲んでいるみたいだ。薄皮1枚により秘められていた最高級のネクターが完璧に熟している桃から止めなく滲み出てくる。
100点満点中120点の桃だ!!
美味しすぎる!もはやジュースよりもジュースだ!
桃を貪っていたら誰かに声を掛けられたが無視をした。
こんな美味しい桃を食べている間は邪魔をするな!と、思っていたらイルという男から「これは人間が食べても大丈夫か?」と聞かれた。
…わからない。少なくとも、動物の僕が食べても何も問題がない。むしろ、お腹が満たされることで体の調子が良くなり、少し体力も戻ってきた気がする。
僕が桃を食べている間に答えが出たみたいで、人間も食べられるみたいだ。それはよかった。
エニスがはしゃぎながら手を一生懸命伸ばして桃を取っている。ドリスは体が大きいので片手で桃を2つもぎ取っている。そして、彼に背負われているフィンは嬉しそうに1つの桃を両手で包み込んでいる。
親方がエニスに貰った立派な桃を見つめてから、口を大きく開けて豪快に齧り付いた。ぐしゅっと果汁が溢れ出てきて、親方が顔を壮大に汚したのを見たイルは顔を顰めた。
そして、果汁を気にしながら桃に噛み付いたイルは目を僅かに見開いた。
「うまっ!!こんな甘い果物食べたことないっす!」
「やべえだ。オレもこんなの食べたことねえでよ」
「お、美味しすぎます…!何ですか、コレ?」
「ヤベぇ」
皆顔も拭かずに桃にがっつきはじめたため、5人の若い男の咀嚼音以外無音だ。
綺麗に種だけを残して桃を完食した僕はそんな人間達を観察しながら自分の口周りを舐めた。
桃が大きかったので1つ食べただけでお腹がすごく膨れた。
大満足だ!!
気分が良くなり、人間観察にも飽きた頃に僕は視線の端に映るモフモフしたものに興味が惹かれた。僕の尻尾だ。とても丸くて長く、ほとんどオレンジ色だが先っぽが白色だ。そして、毛量が尋常じゃない。
僕の尻尾めっちゃ大きいな…
尻尾を少し揺らしてみるともふぁと左に動いた。
尻尾を自由に動かせることに関心をしていると、尻尾の奥に映る空間の1部が光っていることに気づいた。テ○ンカーベルが残した魔法の粉が撒かれたみたいに茂みの奥に続くキラキラした1本の道筋が空中に浮いて見える。
お?なんでこの世界には輝くものが多いのかはわからないが、今まで光るものを追い求めて悪いことが起きたことはない。それは今世でも前世でもだ。
輝く線の先に何があるか見てみよう。
僕の勘がこのキラキラした道筋に向かって歩けというので少し興奮してしまう。
僕は前世ではキラキラした夢を諦めたが、今世は好きなだけキラキラと輝くものを追い求めようと決めたではないか!!
桃を口に詰め込んでいる人間達を置き、ダッシュで茂みに向かって走った。後ろから僕に気づいた親方の焦った声が聞こえてきたが、あの人ならすぐに僕を見つけて追いついてくるだろう。
生まれて初めて出すスピードで走っていたら真に動物になった気がした。それにしても僕の全速力はとてつもなく速いと思う。これでは親方達が追いついてこれないかもと不安になったが、後ろから「待ちやがれクソチビ!」と聞こえてきたので要らぬ心配だったかとペースを落とさないことにした。
4足で地を蹴り、前に駆けるのはとてつもなく楽しくて。僕は夢中になってキラキラした道筋に沿って走った。
前世では短距離よりも長距離走の方が得意だった。苦しいのを我慢をしながら長い間走るのが僕の性格に合っていたのだと思う。何よりも、ゴールをした瞬間の達成感が短距離に比べたら長距離の方が大きいのもまた魅力だった。
どれほど走っていただろう。
息が切れ始め、ペースが落ちてきて、僕を追いかけている親方達の罵倒が徐々に鮮明に聞こえてきた。
疲れを感じ始めた時に僕が蹴っていた地面が段々とひんやり冷たくなっていった。最初は前足が濡れ、そして後ろ足も。
あ!あそこでキラキラと輝く道筋が途絶えている!
残っている力を振り絞り、最後の100メートルを全速で駆け抜けていく。
そして、ゴール!!!
僕は今世初の持久走を完走することができた!!
何という達成感だ!
ゴールの先にある賞品は何だ?!
前足と後ろ足が濡れ、へっへっと舌が自然と出てしまった僕が見た景色は木々に囲まれ静かに潜む壮麗な水色。日が落ち始めたことによって、柔らかい黄身色が反射して周りが優しく輝いている。鳥の鳴き声が時々聞こえ、地面から生い茂っている草から水滴がぴちょんと落ちた。
ここはーー
「川だ!!!」
背後から轟いたエニスの大声に心臓が止まりそうになる。
後ろを振り返ったら僕同様に息を切らした人間達が立っていて、先頭に立つ親方と目が合う。
口を大きく歪めて犬歯を見せるように笑った親方はとても男臭くて、彼の水色のオーラも合わさってとてもかっこよかった。
「森のもの、よくやった」
第1章6話を読んでいただき、ありがとうございます!
急に暖かくなりましたね。皆さん体調にはお気を付けてお過ごしください。
この物語がよかったら評価していただけると嬉しいです!
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