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キツネ転生者と騎士王子が世界を救う冒険物語  作者: 森野魚
第1章「始まりのセファルス大国」
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05 人の上に立つ者は、常に腹を括るべし

ロウル(親方)視点の話です。

 俺達が死に物狂いでテムテ小国から逃げていたら、知らぬ間にセファルス大国の大森林に入ってしまった。


 俺達の中でも若ぇの2人とドリスは知らないと思うが、セファルス大国の大森林は『()()』とも呼ばれている。名の通り、魔物が多く住み着いていて、森の中には魔素が濃く漂っていることで知られている。ここにいる魔物は普通の奴らよりも数倍強く、基本無害なスライムですら警戒をしないといけないらしい。そのため、この森に誤って入った者で生きて帰って来れた奴は少ない。この事は俺達の中で1番賢いイルも知っているはずだが、俺と同じ理由で他の奴らには何も言っていない。

 足を怪我して歩けないフィンを抱えて移動しねぇといけねぇし、俺達はあまり食料を持ってねぇ。正直に言って、俺達がセファルス大国の『()()』から生きて出ることは不可能に近い。だから、俺達を殺そうとしていた追っ手ももういねぇんだろう。今頃、俺達が大森林に入ったとこを見て、もう死んだも同然だと嘲笑ってるに違いねぇ。

 ああ、はらわたが煮えくり返りそうだ。アイツら、俺達がどっかのお貴族様の宝石を盗んだとかふざけたことを言いやがって。そりゃ、あんな腐った国で生き残る為に盗みもしたさ。でも、今回は俺達には関係がねぇ。


 腕の1本でも脚でも魔物にやってもいいから、この森から絶対生きて出てやる。

 そんで、アイツらを1人残らずぶっ殺す。


 決意を固めながら森の奥に進んでいくと少し開けた場所に辿り着いた。意識を失ったフィンを治療する為にも1度ここで休憩をすることにした。せめて水を確保しねぇとまずいと思うものの、どこに水場があるかなんてわかりやしねぇ。焦りが体を支配しつつも、脳だけは支配されねぇようにと努めていたら、フィンが意識を取り戻してくれた。俺は安心をして、気が抜けてしまったのだろう。そうじゃなきゃ、あんな近くに魔物が1匹潜んでいたことに気づけねぇなんて盗賊団の頭として胸張れるかよ。


 考えるよりも先にフィンが指差した方向に走り、剣を抜いていた。そして、魔物をろくにも確認せずに剣を振り下ろした。しかし、剣の先にいた小型の魔物はひっくり返り、こっちを攻撃をする意思がない。そのことを不思議に思い、気づいたら腕が止まっていた。先手必勝である魔物との戦闘で、人が攻撃の手を止めることはバカのすることだ。それでも、何故か目の前のひっくり返った妙な橙色の毛玉を見たら、コイツは殺す必要がねぇと思ってしまった。

 これは、テモテ小国である程度名の知られている盗賊団の頭としての直感なんだと思う。

 この毛玉は他の魔物とは違う。特別な存在なんだと。


 そして、俺の直感通り、イルはコイツを「使い魔」かもしれないと言った。


 使い魔とはほとんど伝説みたいな魔物だ。子供達に人気のある御伽話の1つ『魔女と森の魔物』に出てくることで有名だが、実際見たことがある人なんていない架空上の生き物だと思われている。

 御伽話ではこう言い伝えられている。


 昔々、森の奥に1人で住んでいた魔女が死にかけの魔物を助けた。

 助けられた魔物は、魔女にとても感謝を感じ、森のありとあらゆる知識を与えた。魔女は未知の知識に喜び、森で新しい魔法を試しながら魔物と楽しく遊んだ。

 自由を愛する森の魔物は、自由を渇望して1人で森に住むことにした魔女をとても大切に思うようになっていった。

 2人は平和な日々を過ごしていたが、ある日、1人の迷い人が森の中で偶然魔法で遊んでいる2人を目撃してしまった。急いで村に戻った男はそのこと村の人々に伝えた。

 魔女を「悪」だと思い込んだ村の人々は魔女を殺しに森の中に入った。優しい魔女は新たな強力な魔法の術を得たにも関わらず、町の人々を攻撃しなかった。

 そんな一方的な戦いの中で1本の槍が魔女の心臓を貫いてしまった。

 戦いの音に気がついた魔物が急いで魔女の元に駆けつけたが、彼女を見つけた時には魔女の体は既に冷たくなっていた。

 それに激怒した魔物はそこにいる人々を皆殺しにした。

 魔女を守れなかった自分に怒りを感じた魔物は、魔女の元に戻り、禁断の契約を彼女の死体と結んだ。

 お互いの感覚や思考が共有できるようになる「使い魔」契約だ。

 魔物の目から流れた涙が魔女の顔に落ち、契約を結び終えた瞬間、魔女はゆっくりと目を覚ました。

「使い魔」契約を結んだことで、魔物は魔女に自身の命を分け与えることに成功をしたのだった。

 生き返った魔女は森の魔物から自由を奪ってしまったことにひどく胸を痛めたが、魔物は魔女を失うよりも自由を失う方が何倍もマシだと魔女に伝え、初めて笑った。

 使い魔契約を結んだ2人はそれから命が尽きるまで誰も知らぬ更なる森と魔法の知識を求めながら楽しく過ごしたとさ。



 御伽話の魔物は賢いみたいだが、現実のは違ぇ。多くの魔物は知能が低く、人に対して友好的ではない。そのため、『魔女と森の魔物』は『魔物の恐ろしさ30』という言い伝えとセットで子供に伝える親が多いらしい。

 そして、好き勝手自由に生きる魔物にとって、自由を失い、人に結びつけられることがどれほど苦痛であることかなど想像しなくてもわかることだ。自ら使い魔になろうとする魔物なんてこの世に存在しないだろう。


 御伽話に出てくる森の魔物のように、賢くて人の言葉を理解できる魔物なんかに出会ったことがねぇ。使い魔なんて二の次だ。


 そんなもん存在しねぇと思っていたが、この歳になって御伽話を信じることになるなんてな。



 俺達は今日、セファルス大国の『()()』で使い魔に出会った。


 そして、その使い魔が今、俺の目の前を歩いている。


 歩きながら魔物を観察していたら、コイツはますます未知の生物だと思い知らされる。


 全体的に橙色で、足先だけが黒色だから靴下を履いてるみてぇに見える模様だ。全身は柔らかそうな毛で覆われていて、頭の上には三角形の尖った耳が立っている4足歩行のチビだ。これほど小さい4足の魔物は見たことがねぇ。小さい種族なのか、コイツが生まれて間もない個体からなのかはわからねぇ。ちょこちょこ後ろを振り向いてくることで見える顔の下半分は白色で、鼻が長く、頬が丸い。大きな黒い目が俺が後をついてきてるのを確認しては、前を向くことで見えなくなる。


 てくてくと歩いている魔物の後ろ姿を眺めていると気が抜けそうになる。


 コイツの主人はどんなヤツなんだ?


 その時、チビが急に足を止め、鼻を高く上げて周りの匂いを嗅ぎ始めた。なんだ?と思いながら周りを警戒したら、左前方からこちらに向かってきてる足音が聞こえてきた。


「武器を取れ!魔物が出るぞ!」


 俺がそう指示を出しながら腰に下げている剣を抜いた直後に大きなルウモスが木々の間から飛び出てきた。


 小さい魔物の上を飛び越えたルウモスは、ソイツに目も向けずに俺に牙を向けてきた。デケェ牙を咄嗟に剣で受け止めた衝撃にビリビリと痺れる両腕に力を入れ、なんとか押し返すことができた。体制を整える間もなく、ルウモスが再度大きく口を開けて飛びかかってきやがったから、俺は出来る限り力を込めて剣を垂直に振り下ろした。俺の剣が通ったところから赤い血が噴出して、魔物の顔を2つに斬ることができたことがわかった。頭を切られた魔物は、よろよろと4足で踏ん張ろうとしたが、力を失い崩れ落ちた。しばらく体が痙攣しているルウモスを息を飲んで観察していたが徐々に動かなくなり、静かになった。周りを警戒し続けたが、仲間は近くにいねぇみたいだ。


「死にましたね」

「流石親方!!あんな大きなルウモスを一瞬で仕留めるなんてやっぱり凄いっす!」

「いや、コイツは」

「小さい」

「え?」

「普通のルウモスよりも小さい。まだ、幼体なのだろう。そして、ルウモスは通常群で行動する魔物だ。コイツが単独でいたことがおかしい…それにしても、この牙の大きさは…」

「ああ。俺の知っているルウモスの牙はもっと小さいはずだ」

「これがセファルス大国の変異種なのか…」

「どういうことでい?」

「セファルス大国の森の魔物は独自の進化を遂げている。俺達が知っている普通の魔物とは生態までもが大きく異なる可能性があるってことだ」

「それって…」

「心配するな。魔物が出てきても今みたいに俺がやるし、使い魔に案内してもらってるんだ。すぐにこんな森から出れる」

「…そう願うしかないのが不安だ」


 不安そうにフィンやエニスが俺を見ているのでそう言ったが、これ以上魔物との戦闘は避けたいのが本音だ。イルもそう思っているみたいだ。

 俺はずっとルウモスの死骸を眺めている魔物のチビに向き直り、声をかけた。


「チビ、出来るだけ安全な道を通ってくれよ」

「あなたがチビ呼びするから俺達はこんな危ない目に遭ってるのでは?」

「あ?じゃあ、コイツのことなんて呼べばいいんだ?」

「それは…コイツの主人に聞かないとわからない」

「『毛玉』はどうでい?」

「そりゃチビと変わんねぇだろ」

「それでしたら、『森のもの』はどうですか?森の中で見つけた魔物なので」


 フィンの提案にチビが「コン!」と鳴いたので、俺達はこれからソイツのことを『森のもの』と呼ぶことにした。心の中ではチビ呼びを続けるつもりだが、イルが言った通り、チビを怒らせて俺達が危険な目に遭うのは不本意なので口を慎むつもりだ。


 そんなハプニングから俺達は歩き続けて10分ほどが経った時、前方にいるチビがしきりに上を気にするようになった。時々、足元が覚束なくなるので、俺達も合わせて歩くペースが落ちている。チビの視線の先は、木の枝になっている果実に向けられていることが多い。

 腹が減ってるのか?

 そう思いイルをチラッと見ると、あいつも俺を見ていた。俺達は同じ考えに到達したみたいだと頷きあった。


 俺達のガイドが腹を空かしてるなら、食い物を取ってやるしかねぇだろ。


 チビが特に見入っていたデケェピンク色の果実に近づき、手を伸ばして木からもぎ取った。ずっしりとした重さに感心をしていると、足元から「きゅ〜ん」となんとも情けねぇ声が聞こえてきた。下から見上げてくるチビの視線は俺の手の中にある果実に釘付けだ。果実を揺らしながら、聞いた。


「食いてぇのか?」


 そしたら、チビが返事をするかのように頷いた。


「い、今、頷きましたよね?!」

「凄!やっぱ賢いっすね!」

「ほら、やるよ」


 果実を地面に置いてやると、チビが顔を近づけ、勢いよく匂いを嗅ぎ始めた。そして、果実に齧り付いた。むにゃむにゃと奇妙な声を発しながら、美味しそうに食べている。その姿を見つめていると、ごくりと誰かの喉が鳴る音が聞こえた。


「オレだちも食べれるかな?」

「森のものに聞いてみたらわかるかもしれないですよ」

「…森の」


 イルがチビに話しかけたことに少し驚いたが、ここで俺達が食料を確保することができるかで俺たちの未来は大きく左右されるのだから必死にもなるかと思い直した。


 イルの声にチビがチラッと視線を1度寄越したが、反応はそれだけだった。食べることを止めずに、鼻を果肉に埋めている。そのことに横に立つイルが少しイラッとしたのがわかったが、イルは普段の彼にしては丁寧にチビに問うた。


「その果実は人間が食っても大丈夫なものか?」


 イルの質問にチビはやっと顔を上げ、俺達に注意を向けた。口元をペロペロと舐めながら、じっとイルのことを見つめること数秒、チビは首を傾げた。


「わからないのか?」


 うん、と返事をするかのようにチビが頷いた。これは困ったなと考えていると、イルが木の枝になっている同じ果実をもぎ、指を果肉に突き刺した。「コンッ!」と信じられないものを見たかのように驚きを示したチビを無視して、イルは引き抜いた指を舐めた。深く考えるかのように目を閉じたイルを俺達は静かに見守った。


「大丈夫そうだ」


 イルは目を開け、俺達に向かってそう言ってきたので、俺達も食べれるみてぇだ。もしも、この果実が人間にとって有毒だったら、イルはここで大変なことになっていたかもしれねぇ。普段だったらそんな無茶をしたイルを叱るが、今はそうは言ってられないのかもしれねぇ。


 日が沈んできたし、水場はまだ見つけれてねぇ。

 盗賊団の頭として、そろそろ腹を括るべきかもしれねぇな。


 ピンク色の果実をもぎ始めたドリスやエニスを見ながらそう考えた。




第1章5話を読んでいただき、ありがとうございます!

次の話は、主人公視点に戻ります。


この物語を面白いと感じていただけたら評価していただけると嬉しいです!


また、この作品に対してのご意見やご感想をお待ちしております!

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